熊谷六人連続殺人事件公判傍聴記・2019年8月1日(被告人・ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン)

2019年8月1日
東京高裁第六刑事部
429号法廷
事件番号・平成30年(う)第651号
罪名・住居侵入、強盗殺人、死体遺棄
被告人・ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン
裁判長・大熊一之
裁判官・浅香竜太
裁判官・小野寺健太
書記官・梅田俊次


 9時35分が傍聴券の締め切りであったが、傍聴券22枚を求めて、50人以上の傍聴希望者が並んだ。事件内容について、理解していない人も並んでいた。
入廷前には荷物預かり、金属探知機によるチェックが行われた。開廷前、法廷の前に傍聴希望者たちはならばされた。この日は真夏だったこともあり暑く、他の傍聴人はしきりに時計を見たり、タオルで汗をぬぐったりしていた。
 裁判長は、目つきの険しい、頭の禿げあがった初老の男性であった。事件の重大性の重圧ゆえか、張りつめた声で、訴訟指揮を行っていた。
弁護人は3人ついている。死刑事件の控訴審としても多い。
検察官は、眼鏡をかけた太り気味の中年男性だった。その横に、痩せた眼鏡をかけた、浅黒い初老の男性と、太り気味の中年女性が座っていた。遺族の参加代理人だろうか。
 被告人は、刑務官6人に囲まれて入廷し、被告席に座ってからも5人の刑務官に囲まれていた。そのため、被告人の様子や風体は傍聴席からは観察しにくかった。しかし、それでも被告の異様さは解った。
 どうやら黒いジャージの上下を身に着けているらしい。やや褐色の肌であったはずだが、数年間外に出ていないためか、色白である。黒い巻き毛は長く伸び、ぼさぼさであった。そして、口髭と顎髭が顔を覆い、長く垂れさがっている。高い鼻が、髭の中からどうにか覗いていた。公開された写真の、さわやかな好青年風の風貌とは、似ても似つかない。ラスプーチンのような風貌である。目は座っていた。
何より、異様なのは、発言であった。被告人は入廷している間、被告席に座ってからも、途切れることなく呟いていた。
「アナ・サン・グラス・アイ・レス・サー・グラス・ラーナ・アイ・エスタ・セノ・アナ・レ・エレ・ベサリ・イタ・ハナ」
「・・・ルイス・・・」
被告人の母国語なのだろうが、私には何を意味するのか全く解らず、殆ど聞き取れなかった。聞き取れた部分は書いたが、正確な表記ではないだろう。
刑務官は、「ちょっと待って」「大丈夫だから」と、恐る恐るといった様子で被告人に話しかけていた。
 ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告の第二回控訴審公判は、10時より開廷した。
 裁判長は、職権で訴訟能力についての被告人質問を行うこととした。弁護人はもちろん、検察官さえも、異議を唱えなかった。このやり取りの間も、ナカダ・ルデナは、大声で一人、彼にしか見えない何かと話をしていた。
「被告、法廷なので静かにするように、と通訳してください」
 裁判長の指示を受け、通訳はナカダ・ルデナに話しかける。それでも、ナカダ・ルデナは独語をやめなかった。この状態のまま、被告人質問が行われた。弁護人からは、佐藤という小太りの中年男性が質問に立った。

<佐藤弁護人の被告人質問>
弁護人『弁護人の佐藤から質問です。あなたの名前は?』
ナカダ・ルデナは、質問の間も、ずっと何かと話をしている。
被告人『私はパウロ。お兄さん。そして、お兄さんって?』
弁護人『あなたの生年月日を教えてください』
 この質問の間も、話し続けている。質問に答えているのだろうか?
「・・・ミエント、・・・ミエント、・・・ミエント、パウロ、レーセ」と、ナカダ・ルデナはポルトガル語で呟く。それが、通訳される。
被告人『生年月日ですか?22日9月に生まれているから、私は30日です』
 一応は質問に答えているらしい。しかし、その内容は支離滅裂であった。この支離滅裂さが、被告人質問の間、ずっと続くこととなる。
弁護人『あなたは何処で生活していますか?』
この質問の間も、被告はずっと何か独語している。
被告人『私、どこに住んでますか?私は今、地獄に住んでいます。地獄です』
弁護人『あなたの生まれた国は?』
「エン、ケーパ、エリナ、スィー、ヨイ、エン、ケーパエリナ、スィー、ヨウ」と、繰り返し何か話をしていたが、だんだんと話し方は静かになっていった。「ホーマ、エイセイ、ケノサ、エィ」などと、質問の答えらしきことを口にする。
被告人『私の生まれた国ですか?未知の国です。見知らずの国です。フジモリが支配していたところです』
弁護人『あなたは以前、日本で仕事をしていましたか?』
被告人『いつのことでしょうか?』
弁護人『あなたが生まれてから現在まで』
 ここでナカダ・ルデナは長く沈黙し、首をかしげている様子であった。そして、「デーサ、エリナ、スィ、・・・オーラ、スィオン、ビート、ケア、トーレ、ナト、トーレ、レス、セィ、ヨ・・・」と、途切れ途切れに、質問の答えらしきことを呟いた。
被告人『生まれた時からですか?今まで私が、私が、今まで、私は、こういう状況に置かれてからは認識は全くないです。行動も責任を問われない。私の言うことは検察庁に話した』
弁護人『質問者の名前、解りますか?』
また、長い沈黙があった。今度は、いつまでたっても答えない。
弁護人『聞こえていますか?』
「ボーボ、レ、カポンティ、ガラス、セニョーラ」と漸く答えたが、その意味は、またしても支離滅裂なものだった。
被告人『顏二つ持っているんです。そして、刑務所にも顏二つ持っているんです。日本全体、顏二つ持っているんです。で、そして、ルイスお兄さんもそうです。パクさんもそうです。みんな二つ顏です』
ナカダ・ルデナはさらに続け、通訳は意味不明な言葉を訳する。
被告人『そうです、日本は顏二つを持っているんです。警察は私を刑務所に送ったんです。刑務所のことです』
さらに、呟くような声で、途切れ途切れに話す。
被告人『警察に捕まったんです。私は、何もしたことはないです。2015年から、私に認識はないんです』
弁護人『私の仕事は解りますか?』
被告人『私は聞こえないんです。耳が聞こえないんです』
弁護人『この三人がどんな立場の人たちか解りますか?』
被告人『これはいい、黒いスーツの紳士ですか。こういう人は、私は何も知りません。こういう人はここにはいません。最初に・・・父親と同じ・・・何かの方が良い・・・』
弁護人『次は、左を向いてください。眼鏡をつけ、胸にバッジをつけている人が、どんな人か解りますか?』
ナカダ・ルデナは、「スィー・・・」と、何度も呟くような声で、繰り返した。日本語に直すと、バッジ、と繰り返しているらしい。
弁護人『今は、どこにいるか解りますか?』
ブツブツと小声で何かを繰り返し呟く。「ミエント・・・、ミエント、アンテ、デ、・・・アンテ・・・エスィグトン・・・」と聞き取れた。
被告人『私、どこにいるか?私・・・、アンテ、アンテです。いえ、私は、ロサンジェルスに居ます』
弁護人『あなたは、刑事裁判という手続きを知っていますか?』
被告人『私のせいではないです。日本が病気を患っていることについて、私のせいではない。日本は病気している国です』
弁護人『過去に判決を言い渡されましたか、日本で』
ナカダ・ルデナは、強く「ノー!」と答えた。続けて、「エバ、セイ、デ、パウロ、ダ、アク、エスィ・・・」と呟くように答える。
被告人『いいえ、パウロ兄さんが発砲したんです』
そして、「パウロ、パーウロ、パウロ、パウロ、パウロ」とパウロという人名を繰り返すだけとなった。弁護人の被告人質問は、終わる。


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