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ワクチン不妊デマが生まれた経緯(6月23日こびナビTwitter spacesまとめ)

※こちらの記事は、2021年6月23日時点での情報を基にされています。※

2021年6月23日(水)
こびナビの医師が解説する世界の最新医療ニュース
本日のモデレーター:安川康介

安川康介
おはようございます。

全員
おはようございます。

安川康介
いま曽宮先生も誘ってみました。お忙しいかもしれないですけど。

木下喬弘
いいですね。安川先生、調子はどうですか。

安川康介
朝からこびナビのミーティングが続いて、木下先生と結構長い間話して、また黑川先生とも話したので、こびナビメンバーとたくさん話してる感じがしますね。

木下喬弘
なかなか最近きついですよね。

黑川友哉
安川先生とかアメリカにいらっしゃる先生方は、毎日こびナビから1日が始まると思いますが、我々はこびナビで1日が終わっています。

木下喬弘
あれ? 峰先生、アレ(=Twitter認証バッジ)ついてるやん。
やっぱり「峰温泉」が問題やったんですか。

黑川友哉
これ写真なんですか?

峰宗太郎
写真ですよ写真。
しかもね、ハンサムじゃないと認証取れない。

安川康介
(笑)
じゃあそろそろ始めます。

いま718名の方に聴いていただいています。
皆さん、おはようございます。今日モデレーターを務めます、アメリカの内科医の安川康介です。今日はまず最初にこびナビメンバーの曽宮先生を初めてスピーカーとして招待します。曽宮先生は基礎の研究者で、こびナビの Q&A を僕と一緒に作成してサポートしてくださっている先生です。曽宮先生、自己紹介していただいてもよろしいでしょうか?

曽宮正晴
どうも初めまして。
いま出勤で大学まで歩いている途中でちょっとびっくりしてるんですけど(笑)
大阪大学の曽宮といいます。私は医師ではなく基礎研究者ですが、こびナビのお手伝いをさせてもらっています。今日はお役に立てるか分かりませんが、よろしくお願いします。

安川康介
僕も基礎的な質問があると曽宮先生と峰先生に聞いています。論文が出たら「これはどういうこと?」みたいな感じで訊いて、かなり頼りにしています。

さて池田先生、日本はどうですか?

池田早希
安川先生ありがとうございます。
初めて公の場で日本にいることを伝えてくださって(笑)

安川康介
え? これダメなんですか?

池田早希
いや、全然いいと思います(笑)

皆さん、おはようございます。リアルにおはようございます。日本に戻ってきました。今のアメリカの職場はフェローという、小児感染症科のトレーニングをする場所でした。一応6月最後までは所属しているのですが、このたび卒業しまして、愛する母国日本に帰ってきました。

日本ではもう全てが美味しくて、コンビニにあるパック入りのサバの味噌煮ですら、本当に柔らかくて美味しくてもう感動しております。これからも、日本のために自分のできる小さなことを続けていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

安川康介
アメリカから日本に帰るとコンビニに置いてある食べ物やお菓子の1つずつがもう本当にうまいなって感じますよね。同感です。

峰先生、今日は何かいいことありましたか?

峰宗太郎
セミがね。

安川康介
ハッハッハッ、またセミ(笑)

峰宗太郎
「また」って言ってますけど、セミの絵を描いてセミの標本を作ってるんですよ。

安川康介
僕は拝見しました。
本当にすごいですこれは。

峰宗太郎
あるところで標本をお披露目したら買い注文が殺到して、セミの標本を急ピッチでたくさん作んなきゃいけなくなりましてね。もう完全に違う職業の人になってるわけですよ。

安川康介
峰先生は少しの間こびナビの活動から離れなければならない状況ということですね。わかりました。

峰宗太郎
やります。ちゃんとやります。はい。


【不妊のデマが生まれた経緯】

安川康介
今日は僕から今お聴きの皆さんに6か月遅いクリスマスプレゼントを贈りたいと思います。それが何かは後々お伝えします。今日のスペースのためにいくつかテーマを用意していますが、多分お話しできるのは2つぐらいでしょう。

まず最初にお話ししたいのが、新型コロナウイルスワクチンが不妊を起こすのではないかというデマがあり、いまだに多くの人が不安に思っている状況についてです。

重見先生は産婦人科がご専門ですが、このような不安の声を日本で聞くことはありますか?

重見大介先生
おはようございます。産婦人科医の重見です。
産婦人科医をしていると、やはり様々な方からご相談を受けます。不妊の件も含め、妊娠初期だと「流産ってどうなんですか」とか「不妊に関係しますか」という質問は定期的に来ますね。

安川康介
なるほど。

新型コロナウイルスワクチンが実際に不妊を起こすという科学的な根拠はありません。例えば生殖毒性試験といって、ラットにかなり大量のワクチンを投与して妊娠に何らかの影響があったかを詳しく調べる研究がされています。この試験で毒性は全く確認されていません。

生殖毒性試験については岡田先生が詳しくツイートしています。

▼れおにい@こびナビ | 小児科医 @eireonaok
https://twitter.com/eireonaok/status/1400014146767253505?s=20
岡田玲緒奈Twitter 2021/06/02

ファイザーとモデルナの大規模な臨床試験では、ワクチン接種者群でファイザーの臨床試験だと11人、モデルナだと6人の妊娠が確認されています。また最近では、不妊治療中の方で、採卵にかかった日数や、採卵された卵子の数などがワクチンを受けた後で変わらなかったと報告されています。いろいろな臨床研究の結果が出てきていて、どれも不妊を起こすようなデータは全く無いにもかかわらず、いまだにこのデマが広がっています。

今回はどうやってこの不妊のデマが出てきたのか、これを聴いていただいている皆さんが日本で1番詳しくなるくらい詳細にお伝えしたいと思います。

なぜこの話をしたいかというと、今お聴きの方は、新型コロナウイルス感染症やワクチンについて、強い興味を持っていると思ったからです。朝の8時半から、僕たちみたいなオタクっぽい医者の新型コロナウイルスのワクチンの話なんて普通だったら聞きたくないでしょう。それでも聴いてくださるような関心の強い皆さまが、不妊のデマについていつどういう経緯で始まったのか知っておくと、周りの方にも話しやすいと考えたのです。

そもそも、ことの始まりは去年の12月1日、マイケル・イードン(Michael Yeadon:イギリスの科学者で元ファイザーの研究者)とヴォルフガング・ヴォダルグ(Wolfgang Wodarg)というドイツ人の医者が、EMA(欧州医薬品庁)にファイザー社製ワクチンの臨床試験中止を求める嘆願書を送ったことでした。マイケル・イードン氏は、かなり前にファイザーを辞めた研究者で、一応ヴァイスプレジデントという役職があったようです。ただ、ヴァイスプレジデントといっても CEO の次に偉いのではなく、CEO からは何段階も下の役職だと、ファイザーで以前働いていた僕の友人に教えてもらいました。

マイケル・イードン氏は非常に有名で、不妊のことだけではなく、新型コロナウイルスにはワクチンが不要だとか、いろいろな反ワクチン的な情報を流している方です。次に、ドイツ人医師のヴォダルグさんは、コロナが流行してからコロナウイルスはただの風邪みたいなものだとか、いろいろな誤情報を発信している医者ですね。

この嘆願書は興味深いので、今お聴きのメディア関係の方やデマに対処している方にはお読みいただきたいです。元々この嘆願書の目的は、ファイザーのワクチンの臨床試験の方法に問題点があり、ワクチンに危険な可能性があるので一時中止した方がいいという内容でした。その方法の問題点として指摘されているのは、感染症の診断には PCR検査ではなく、サンガー法という別の検査を使う方がいいとか、Ct値(Cycle Threshold)が高いのが問題(Ct値に関しては日本人でも同じようなことを言う人がいますが)だとかいう内容で、後半部分はワクチンの安全性の問題点についていくつか書いています。

この安全性に関して述べた中には、抗体依存性感染増強の可能性などいろいろ書かれています。この文章の項目11で不妊の可能性に言及しています。少し読み上げます。

There is no indication whether antibodies against spike proteins of SARS viruses would also act like anti-Syncytin-1 antibodies.

「SARS-CoV-2 のスパイクタンパク質に対する抗体がシンシチン-1 という胎盤にあるタンパク質に作用する兆候は無い」と書いてるんですね。この後、「ただ、もしそうだとしたら、もしかしたら女性が不妊になるんじゃないか」と続けています。これが12月1日に EMA に送られた内容です。

この翌日、ヘルス&マニー・ニュースというウェブサイトが「新型コロナワクチンは女性不妊を起こす」みたいなタイトルの記事を出しました。この記事が Facebook で何千回もシェアされ、ここからデマが広がりました。

実は同じ日にツイッター上でマイケル・イードン氏と何人もの研究者が議論していて、イードン氏、かなりコテンパンにやっつけられています。つまり1番最初にこのデマを消そうという動きは、ツイッター上で起こったのです。言うなれば、誰か科学者が発言して、木下先生がすぐ「そんなのはありえない」みたいなツイートをするようなことが起こっていたのです。

その後、マイケル・イードン氏のツイッターのアカウントは削除されて今は見られません。しかし、実は僕は去年のクリスマスイブに、デートではなく、不妊に関するデマに関して調べていて、このときの議論をスクリーンショットにしています。それをいま皆さんにシェアする形でツイートします。これが僕の半年遅れてのクリスマスプレゼントになります。

▼削除されたイードン氏のツイートのスクリーンショット
https://twitter.com/kosuke_yasukawa/status/1407485103962570753?s=20
出典:安川康介@米国内科専門医(@kosuke_yasukawa)Twitter 2021/06/23

そこにイードン氏が何と書いたかというと、スパイク蛋白には VVNQN(バリン-バリン-アスパラギン-グルタミン-アスパラギン)というアミノ酸の配列があり、シンシチン-1 には VVLQN(バリン-バリン-ロイシン-グルタミン-アスパラギン)という並びがあるから、
「大したことではないけれども、もしかして(what if)交差反応が起きてしまうんじゃないのか」という意味合いのツイートをしました。この後、アンドリュー・クロックスフォード(https://twitter.com/andrew_croxford)という免疫学研究者やフランコイ・バロ-(https://twitter.com/BallouxFrancois)という研究者が「そんな事は起こらない」とたくさんツイートで反論しています。

例えば体の中にコラーゲンという物質があります。これは2キロほどあるようですが、他にはヘモグロビンとか(赤血球の中に含まれる酸素を運ぶタンパク質)、アクチンとか、体の中に非常にたくさんあるタンパク質でも、アンドリューさんはこの程度の相同性(=似ている)ならよくあることだと言っています。「もしその程度で交差反応を起こすなら、体中がワクチンですごいことになってしまうからありえない」と書いているんですね。

イードン氏の話では、5つアミノ酸の並びがあってそのうちの2つしか一緒じゃないんですね。真ん中が違って、両はじ2つが一緒という、ただそれだけの配列が似ているだけなのに「交差反応が起きたんじゃないか」と、結局イードン氏の主張はたったこれだけなのです。

交差反応を起こすにはどの程度アミノ酸の類似があったらいいのかについて、峰先生、曽宮先生、教えていただけますか?

峰宗太郎
じゃあまず私からでいいですか? まず交差反応とは何かですが、いま安川先生に軽く述べていただいた話の中に全部含まれています。免疫の細胞は主に獲得免疫の細胞で T細胞と B細胞というのがあります。B細胞は抗体を作ってくれる細胞ですね。T細胞は、ウイルスなどに感染した細胞を殺すことで細胞ごと感染を排除してくれる細胞です。

両方とも非常にバラエティーに富んだ抗原(=攻撃するターゲット)を認識する機構を持っています。抗原とは何かというと、まず1番大事なことはペプチドなんですね。ペプチドとは何かというと、アミノ酸(タンパク質の構成成分。ヒトの体には20種類存在する)がチェーンのように繋がったものをペプチドと総称します。タンパク質も、実は大きなペプチドなんですね。例えば グリシン-グリシン のように、アミノ酸が2つ繋がったものもペプチドと呼びますが、アミノ酸のチェーンから成っているのがタンパク質だと知っていただく必要があります。

大事なことは、T細胞は T細胞レセプター(TCR)、B細胞は抗体もしくは B細胞レセプター(BCR)と呼ばれる分子を使って特異的なペプチドを認識し、認識したペプチドを攻撃するということです。1種類の T細胞、B細胞は……1種類という言い方は難しいですが、レパトアと言われる中では、その特異的なアミノ酸の配列を認識して攻撃を開始します。どう攻撃を開始するかというと、T細胞の場合は抗原提示細胞といわれる別の種類の細胞が関与します。例えば、スパイクタンパク質の一部のアミノ酸を……ホットドッグを思い浮かべてください。ホットドッグってパンの部分があって、真ん中にソーセージがはまってますよね。あのソーセージがペプチドだと思ってください。ホットドッグのパンの部分が抗原提示細胞が持っている MHC という別の分子なんです。このホットドッグの中に乗った部分がペプチド(アミノ酸の並び)なので、そこを認識して反応します。これが T細胞なんです。だから、例えばいま安川先生が述べていただいたように、いくつかのペプチドの配列がありましたよね。それと一緒で、例えば グリシン-グリシン-イソロイシン とあれば、この部分に特異的に反応する T細胞だけが「お!敵だ!」と認識します。T細胞はこの並び順をかなり特異的に認識します(実際には3文字などではなくもっと長い)。大体ペプチドでざっくりと11~20個程度アミノ酸が繋がったチェーンを認識できるんですね。その特異度がどのくらい高いかというと、実は十何個のうち1個が変わるだけとか、端っこの1個がなくなるだけで T細胞は反応しなくなることもあります。例外もありますが、それくらい特異的なんですね。似通った配列だから攻撃するかというと、T細胞は非常に特異的で、なかなか交差反応は起こらないということが1つ言えるんですね。

長くなりましたけど、大丈夫ですかね? ちょっと細かすぎますか?

安川康介
大丈夫です。
ホットドッグの部分がかなり似ていないと、つまりソーセージがそっくりじゃないと反応しないということですね。

峰宗太郎
その通りです。

安川康介
先ほどのイードン氏の主張で VVNQN と5つあって、真ん中を抜かして両はじ2つが一緒ということではまず反応しないと考えてよろしいですか?

峰宗太郎
はい。T細胞は反応しないでしょうね。

じゃあ今度は B細胞はどうなのかという話をします。B細胞というのはおもしろくて、提示された抗原をどのように認識しているか正確には分かっていない部分があります。B細胞はペプチドの配列だけではなく、三次構造といって、このペプチドの鎖が立体的にどうねじれているかという立体構造を認識しています。ペプチドの鎖は、わずか1文字が変わっただけで、例えばグリシンがプロリンに変わっただけで、大きく形がゆがむんですね。

つまり三次構造が変わると途端に反応しなくなるのが B細胞です。ペプチド構造が非常に似ているとか、両はじのバリンが似ているとか言っても、真ん中が全然違うものだと立体構造は大きくねじれるわけです。このような性質から、B細胞は、ペプチドの配列の類似性だけからいうと、交差反応は簡単には起こしません。この程度の相同性に関しては、場合によっては1アミノ酸変わるだけで、B細胞では大きく交差性が変わります。ただ、立体的な部分があまり変わらない場合は、数文字分変わっても反応するような厄介な性質があります。実は配列だけ見ていても B細胞が交差するとは言えないし、逆に、一見似ているようでも、多少の相同性では交差することは滅多にないと言えるんですね。

安川康介
なるほど、ありがとうございます。このデマが出た時点から、基礎研究者の方が実際のデータがなくてもかなり反論していたのは、いま峰先生がおっしゃったように、普通に考えれば、この程度似たくらいではソーセージがほとんど似ていないから、交差反応を起こすことはあり得ないという主張だったと思います。

曽宮先生、何か補足がありますか? まだプレプリントだと思いますが、これに関する研究結果が出始めているようですが。

曽宮正晴
峰先生のコメントで既にほぼ網羅されていますが、敢えて言うと、5~6文字のアミノ酸がコロナのタンパク質に似ているということは、99%の科学者から見ると「荒唐無稽でそんなことありえない」と考えます。さらに、ワクチンでできる抗体でシンシチン-1 に結合する抗体は生じないという結果が実験的にも出始めています。つまり、イードン氏の主張は、基本的には元々否定されていたし、実験的にも否定されたのが現状です。イードン氏から出てきたシンシチン-1との交差反応による不妊の可能性というのは、基本的に否定されたと考えてよいでしょう。

安川康介
もともとこのデマが出た瞬間に、ツイッター上で木下先生みたいな方が結構こてんぱんにやっつけているんですね。それにもかかわらず、出始めた時点からいろんな人が反論していたのですが、乾燥した山の山火事のようにこのデマがどんどん広がって、こびナビだけでなく CDC など、世界中の医師や団体が「ワクチンによって不妊が起こるという情報に科学的根拠はありませんよ」という消火器を持って、頑張って火消しをしている状況です。昨日、木下先生もある政治家の方が不妊に関連したツイートをしたことに対してかなり反論していましたよね。

木下喬弘
……していましたね。
(注:辟易しているご様子でした)

安川康介
(笑)
こうやって至るところで火が起こったら消火器を持ってこびナビのメンバーが走って行ってシュー!っとやるのですがなかなか消えません。ツイッター上だけでなく Buzzfeed の記事や、色々な動画や、Q&A とかを作って「不妊になる科学的根拠はありませんよ」と言っているんですね。

もともとイードン氏のたったこれだけの、科学的根拠のない発信だったものが世界中に広がってしまい、今こんな状況になっていることに、なかなか考えさせられます。デマに関する非常にいいケーススタディーと言うと語弊があるかもしれませんが、この件がどう始まり、どう広がったかが非常にわかりやすい事例なので、メディアの方も興味があるかもしれないと考え、お伝えしました。

木下喬弘
実は質問したいことがあって。
峰先生は先ほど B細胞は三次構造が相当似ていないと反応しないと言っていましたが、自己抗体って、相同性があるアミノ酸配列を攻撃してしまうのか、それとも何かの間違いで別のすごく特異的なペプチドに対する抗体を作ってしまうのか、どっちか教えてもらっていいですか? すごく基本的な質問かもしれませんが。

峰宗太郎
自己抗体というのはどういう場合を想定されていますか?

木下喬弘
例えば抗核抗体とか、要するに自己免疫疾患の原因になっている抗体を想定しています。

峰宗太郎
これはいい質問ですね。基本は今、タンパク質のペプチドの話だけしましたが、DNA とか糖鎖、それらを含む複合体などに対する抗体もできるんですね。そういったものに対する抗体に関しても、基本は立体構造を認識するのが抗体です。これはエラーで認識することが非常に多いですね。一方で、それ以外のタンパク質、例えば先ほど安川先生のお話に出てきたコラーゲンは、皮膚などに非常にたくさんあるわけですよ。コラーゲンは様々なところにあります。腎臓の基底膜、肺胞の基底膜、網膜の基底膜などにもあるわけですが、そういうものに反応するようになってしまうのは、主に非常に似通ったペプチド構造かつ立体構造を持っているという、複数の条件が重なった場合が多いとされています。抗体も実は三次元の形をしていて、V領域(variable region;可変領域)というところで認識をするのですが、このV領域自体が三次元構造なので、そこにスパッとはまると間違っちゃうんですね。たまたまペプチドが似ていることもあれば、ペプチドが全然違うのに立体構造がすごく似てしまうこともあり、これがコンピュータを使ってもまだなかなか正確には予測できません。非常に面白い質問で、実は「我々は明確な答えを持ちあわせていない」というのが正しいですね。

木下喬弘
なるほど。じゃあ自己免疫疾患は山ほどあると。抗核抗体は確かにタンパク質に対する抗体ではないかもしれませんが、まあ、他にもその何か色々あるじゃないですか抗サイログロブリン抗体とか、ああいうのがなぜ出来るかは、はっきりとはわかっていなくて、立体構造が似てたりとかが原因で起きるっていう感じですかね。

峰宗太郎
そうそう、自己免疫疾患はいくつか理由があるんですよ。例えば普段はさらされるはずがない抗原に抗体がさらされて起こることもありますし、ギラン・バレ-症候群のようにカンピロバクターの表面にあるものとヒトの神経鞘に一部が交差する、非常に似ているペプチドであるという場合もあるわけです。これは明確に「こうだからこう!」と一対一で言えるほど単純な話ではありません。

非常にいい質問ですねぇ。免疫の教科書を見ても結構ごまかして書いてあります。「交差する」とだけ書いてありますが、交差の最低条件、必要条件、十分条件などが書いてある免疫の教科書があれば持ってきて欲しいです。それがわかれば本当にすごい成果ですよね。

木下喬弘
ありがとうございます。勉強になりました。

安川康介
アミノ酸の配列がわかっていても、三次構造を予測するのは難しいということですか?

峰宗太郎
予測しやすいときもあるんですよ。既存のタンパク質に非常に似ていて、なおかつタンパク質の構造が、例えば X線結晶解析で同定されていれば、そのデータと合わせてコンピューターシミュレーションをして、立体構造を見たりできます。それから、クライオEM(Cryo-electron microscopy;クライオ電子顕微鏡)を使って構造を決定し、そこに当てはめる方法で実験的に見ることも可能です。ただ、非常に難しい状態が残っているのも事実です。構造生物学の人たちは非常に優秀で技術も発達しているのですが、いまだに決定できない構造もいっぱいあります。以上から、全てが予測できるかというと「否」ですし、全ての交差を予測できるかというのも「否」ということになります。

安川康介
なるほど。ありがとうございます。
池田先生、何かありますか?

池田早希
少し話を戻す感じなので、これに関連したことがあれば先にどうぞ。

安川康介
次のトピックで「ワクチンを打った後にリンパ節が腫れるかもしれないよ」という話を用意していましたが、時間が来たのでもう締めようと思っていました。何かあればお願いします。


【デマで人生を変えられた人々】

池田早希
不妊に関してですが、先ほど安川先生がおっしゃったように、発信した人は「こういうことかもしれない」という程度で言ったのかもしれません。しかし、反ワクチンの人たちや団体がそれを誤った根拠にし、いい餌に加工してどんどん拡散していきました。私はそのことに強い憤りを感じます。そのことで不妊になると考えて接種を控えた女性もいるでしょうし、妊娠・妊活をしたかったのに「不妊になるかもしれないから」と接種を止めて人生計画が狂った方もいらっしゃるでしょう。接種しなかったことで感染してしまったり、自分がご家族に感染させてしまい、その方が重症化して亡くなってしまったり……そういうことに繋がるので、デマが小さいうちからどうにか減らすように色々と工夫して行かないといけませんよね。

安川康介
これは本当に重要なことです。僕たちが誤情報にここまでこだわる理由は、間違った情報をもとに判断した方が、最悪の場合亡くなってしまうことがあるからです。情報が人を生かしも殺しもするんですね。メディアや誰かが間違った発信をしたら、木下先生が強く批判されるのは情報の大切さを知っているからだと思います。

これをお聴きの方は「この変な医者たちはなぜこんなに一生懸命発信してるんだ」と思うかもしれません。それは、間違った情報を信じることで実際に亡くなった方を病院で見ることがあるからです。これはコロナウイルスに限らず、癌の情報や、他の医学に関する情報も同様です。情報に翻弄され、好きなように生きられなかった方がいるのです。

池田早希
そうですね。不妊のことだけではなく、新型コロナワクチン以外のことでも繰り返されています。安川先生もミネソタで内科のレジデントをされていましたが、私もその前にたまたまミネソタで小児科のレジデントをしていたことがあります。その当時、2017年に、麻疹のアウトブレイクが起こって75名の方が感染しました。感染者のほとんどがソマリア系移民でした。なぜかというと、その当時、ソマリア系の移民のこどもたちだけ麻疹の接種率が40%くらいに低下(普通は90%程度)したからです。

接種率が低下した理由は、アンドリュー・ウェイクフィールドという、現在は医師免許を剥奪されたその人が、学会誌に MMRワクチン(おたふく・麻疹・風疹の三種混合ワクチン)が自閉症を起こすという誤った情報を発信したのがきっかけでした。その情報を元に反ワクチン団体が様々なプロパガンダを作り、ミネソタにも多いソマリア系移民をターゲットとして説明をした経緯があるからです。たまたま私は救急外来で働いていたので、麻疹のアウトブレイクが認識される前に、多分3症例目くらいを診たのですが、本当にたくさんの患者さんが感染しました。子供によっては合併症で二次肺炎が起こったり、ゼーゼーが続いて何日も入院した患者さんもいました。ですから、そういう誤った情報で判断をして欲しくないというのが、こびナビの活動をしている理由です。

その後、6月にラマダン(イスラム教のお祭り)がありました。そこでミネソタ保健所とミネソタ大学の小児科医数名で協力し、ソマリア系移民が通うモスクに行き、対話し、MMRワクチンについて啓発をする機会を数か所で設けました。モスクでは男女に分かれていたので、そこの母親たちに MMRワクチンと麻疹について説明をしたのですが、お話をしたらしっかり聴いてくれたんですよね。ワクチン忌避のグループで言うと、一番外側の「不安で何も情報を知らなかったので打たない」と選択していた部類の方々でした。正確な情報を医療者側から積極的に発信することは非常に大事だと思いました。

皆さん難民として移入した人たちなので、ミネソタに来るまでには難民キャンプで生活することもあったんですよね。そしてその中のお母さんの1人が
「もしも MMRワクチンの M が麻疹だとわかっていたら接種したのに。なぜなら自分の弟が難民キャンプで麻疹にかかり、亡くなったから」
と言っているのを聞いて、本当に正確な情報を伝えるのはとても大事だと思いました。

安川康介
池田先生、本当に貴重な経験を共有してくださってありがとうございます。ワクチンはいま定期接種で色々ありますが、なぜ打つかというと重要だからなんですよね。打たないと、打たないことによるリスクが確実にあり、そういう方を僕たちは病院で実際に見ているのです。ありがとうございました池田先生。

これで終わりにしたいと思いますが、最後に何かコメントある方いらっしゃいますか?

谷口俊文
僕は簡単なネットワーク分析のようなことを趣味でやっていますが、いま実はツイッターで圧倒的に誤情報のツイートが多く、正しい情報を伝えるツイートが非常に少なくて、誤情報がすごく巨大なんですね。例えば、知念先生のツイートは非常に巨大でデマ情報に対する強力な武器になっているのですが、それが続いていかないというか。だから私たちも本当に頑張って正確な情報を配信し続けなくてはいけません。ネットワーク分析をしていると、デマが連鎖してどんどんどんどん拡散するのがよく見えるので、正しい情報を積極的に発信していかなくてはいけないと強く思いました。

安川康介
ありがとうございます。ツイッターもそうですが、こびナビのメンバーはいろんなプラットフォームで頑張ってやっていこうと思います。こびナビ以外でも本当に多くの医者の方が誤情報を正すための様々な情報発信をされていて、実に大きな力になっています。

ということで9時10分なのでこれで終わりにいたします。
それでは日本の皆さん、今日も良い1日をお過ごしください。
明日は峰先生のこびなびスペースですか?

峰宗太郎
そうですね。はい、承知しました。

安川康介
よろしくお願いいたします。それでは、さようなら~。

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