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ワクチン接種後のコロナ入院、モルヌピラビルについて議論しました(10月13日こびナビTwitter spacesまとめ)

※こちらの記事は、2021年10月13日時点での情報を基にされています。※

2021年10月13日(水)
こびナビの医師が解説する世界の最新医療ニュース
本日のモデレーター:安川康介


安川康介
皆さんおはようございます。内科医として働いている安川康介です。本日のモデレーターを務めさせていただきます。今日はトピックを2つ用意していてボリュームがあるので、いきなり本題に入ります。


ワクチン接種後の「ブレイクスルー死」「ブレイクスルーコロナ入院」は誰に起きているのか

安川康介
こびナビTwitterスペースをお聞きの方のほとんどが、たぶん既に新型コロナワクチン接種を完了されている方だと思います。そこで、ブレイクスルー感染で重症化したり、亡くなったりするのはどんな人なのかについてお話をいたします。
後半は、僕も非常に注目している新型コロナウイルスに対する飲み薬、モルヌピラビルについてお伝えします。

僕の勤務する病院にも、まだ新型コロナ感染症の患者さんが入院してきます。
今は、20~30人ほどが入院している時期がかなり続いています。
僕がみる中で、ブレイクスルー感染で入院が必要になる方はそれほど多くありませんが、やはり、免疫機能が低下している方が多い印象があります。例えば、多発性骨髄腫の治療中の方や、リンパ腫で治療中の比較的若い方などです。そういう方が、ブレイクスルー感染でしっかりした肺炎を起こして入院されるのを何人かみてきました。

ブレイクスルー感染で亡くなる方の詳しいデータはそんなに多くないのですが、いくつか参考になる資料や論文がありますので、今回はそれをご紹介したいなと思います。

まずご紹介したいのがイギリスのデータです。

▼Deaths involving COVID-19 by vaccination status, England: deaths occurring between 2 January and 2 July 2021
https://www.ons.gov.uk/peoplepopulationandcommunity/birthsdeathsandmarriages/deaths/articles/deathsinvolvingcovid19byvaccinationstatusengland/deathsoccurringbetween2januaryand2july2021
出典:Office for National Statistics 2021/09/13

これは Office for National Statistics というところが発表している、ワクチン接種状態ごとの、COVID-19 による死亡1月2日から7月2日のデータで、9月13日に公表されました。この時期に、51,281人が新型コロナ感染症によって死亡しています。

Office for National Statistics:国家統計局 イギリスの統計情報を収集・分析・公表する機関

こびナビTwitterスペースでは、ブレイクスルー感染という言葉について何回か説明してきました。
基本的には、新型コロナワクチンを2回接種完了後2週間以降に新型コロナウイルスに感染した場合を、ブレイクスルー感染と言います。
この資料では、さらにブレイクスルー・デス(death)という言葉が出てきます。
ブレイクスルー死とでも表現した方がいいと思うのですが、このブレイクスルー死を「2回接種後から14日以降に PCR陽性になり、新型コロナ感染症で亡くなった方」と定義しています。

ブレイクスルー死に至った方はこの期間に256人いらっしゃって、どのような特性があったのかが、詳細に書かれています。
まず、61.1%が男性。年齢の中央値は84歳と結構高いんですね。この時期にコロナ以外の原因で亡くなった方の中央値が82歳なので、若干高いかなという数値です。

さらに clinically extremely vulnerable (=とても臨床的に脆弱)という、あまり聞きなれない表現が出てきますが、これはイギリスが使っていた用語のようです。clinically extremely vulnerable の状態にある方が76.6%です。

例えば
・がんで治療中の方
・重度の COPD や喘息を持っている方
・神経疾患がある方
というリストがあります。

それ以外にも、QCovid リスクモデルというのをオックスフォード大学が開発していて、このモデルにより、新型コロナによる重症感染のリスクが高いと判定された方は、clinically extremely vulnerable に分類されるようです。

clinically extremely vulnerable に分類される方は
・コロナで亡くなった方+ブレイクスルー死をした方のうち76.6%
・コロナ以外の死亡のうち69.7%
さらに、ブレイクスルー死をされた方の13.1%が免疫不全のある方です。

(免疫不全のある方を)どのように決めているかというと、ICD-10コードという診断のコードを使用しています。
例えば
・抗がん剤の治療を受けている方
・臓器移植を受けた方
・腎不全があって透析を受けていた方
・HIV
・好中球減少
といった状態の方が含まれています。
ただ、このリストで見る限り、少し粗いというか、免疫機能が低下している方全てを網羅的に拾えていない印象を受けました。

コロナ以外の死亡では免疫不全がある方の割合は5.4%なので、ブレイクスルー感染で亡くなった方では、免疫機能が低下している方の比率が多いという結果です。

これは結構重要な資料なので、僕のツイートでも紹介しています。

▼APPENDIX I: Immunocompromised State Diagnosis and Procedure Codes
https://www.qualityindicators.ahrq.gov/Downloads/Modules/PSI/V60-ICD10/TechSpecs/PSI_Appendix_I.pdf
出典:Agency for Healthcare Research and Quality

以上がイギリスのデータです。


次はアメリカのブレイクスルー感染関連データを見ていきます。僕のツイートの参考文献にも載せましたが、感染症の世界では有名な Clinical Infectious Diseases という学術雑誌に掲載されている論文です。

▼Effectiveness of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 Messenger RNA Vaccines for Preventing Coronavirus Disease 2019 Hospitalizations in the United States
https://academic.oup.com/cid/advance-article/doi/10.1093/cid/ciab687/6343399
出典:Clinical Infectious Diseases 2021/08/06

この論文は、3月11日~5月5日、アメリカの18の病院が行ったワクチンの効果についての臨床研究で、ワクチン接種を完了して入院されている方の特性が詳しく書いてあります。
アメリカの場合、基本的には、酸素が必要になるとか、肺炎があって具合が悪い場合以外は入院しないので、おそらく何らかのしっかりした症状があって入院された方だと考えられます。

ブレイクスルー感染して入院が必要になった方は45人で、年齢の中央値は68歳。
ワクチン接種してから症状が出始めた中央値が44日なので、1か月半程しか経っていませんでした。

このうち20人=44%は免疫機能が低下する状態でした。
また、この20人中9人が治療中の固形癌、血液がんがある方、7人が臓器移植後の方でした。集中治療が必要になったのが45人中9人=20%です。
ワクチン未接種で入院が必要になった方が、この臨床研究では455人中153人、33.6%とやや高いのですが、統計学的にはあまり差が無かったという結果になっています。

「Supplementary テーブル」という雑誌の付録のようなところに、1人ひとりの詳細な情報があるので、興味のある方はご覧ください。
これを見ると、72歳でただ高血圧があるだけという、ほとんど基礎疾患が無い方もいるので、必ずしも免疫機能が悪くなければブレイクスルー入院が起きないということではないと思います。

最後に、これに関しては、イスラエルのデータがあります。ファイザー社のワクチン接種完了後に入院が必要になった152人を調べた論文で、Clinical Microbiology and Infection という雑誌に掲載されています。

▼BNT162b2 vaccine breakthrough: clinical characteristics of 152 fully vaccinated hospitalized COVID-19 patients in Israel
https://www.clinicalmicrobiologyandinfection.com/article/S1198-743X(21)00367-0/fulltext
出典:Clinical Microbiology and Infection 2021/07/06

152人のうち24人は、入院するほど重症ではなかったものの、隔離が難しいという理由で入院された方が含まれています。

152人のうち97人=64%が重症です。これは、日本の定義ではなく海外の定義なので、酸素が必要なほどの肺炎がある状態の方が多いと予想します。
この152人を見ると
・年齢の中央値が71歳
・男性が70%
・糖尿病があった方が48%
・心不全が27%
・認知症が19%
・がんを患っていた方が24%
・長期療養施設に入居されていた方が25%
・何らかの理由で免疫機能が低下している状態の方が40%
 (ステロイド・抗がん剤・抗CD20抗体で治療中)

抗CD20抗体というのは B細胞をターゲットにする抗体で、薬の名前でいうとリツキシマブなどがあります。これは自己免疫疾患の治療に使われることがあります。この152人中10人は、抗CD20抗体での治療を受けていた方でした。

ということで、ブレイクスルー感染によって亡くなる方や死亡する方のデータを見ると、特にアメリカとイスラエルのデータでは、40-44%が免疫機能が低下する状態にあることがわかります。

これを聞いていただいている方の周りでも、ワクチンを接種完了した友人や家族の方が多いと思います。
がんの治療中の方、自己免疫疾患や臓器移植後で免疫抑制剤を使用中の方は特に、ワクチン接種後も基本的な予防対策を続けることが重要です。
また、こういった方に対しては、ブースター接種が非常に重要になってくるのではないかと考えています。

ワクチン接種完了後に亡くなったり入院したりする人がどういう人なのかについて、今わかっていることをまとめました。
岡田先生、何かコメントありますか?

岡田玲緒奈
こういう数字の出し方だと難しいですね。
入院した人のプロファイルなので、接種した人全体からの数字ではないところに注意が必要かなと思いながら聞いてました。

安川康介
ありがとうございます。前田先生とか曽宮先生とか、他にコメントありますか?

前田陽平(Twitterネーム「ひまみみ」)先生
そもそも入院のリスクになる人が、ブレイクスルー感染の中でもリスクになるということで、一般的には説明したらいいのかなと思いました。

安川康介
そうですね。ワクチン接種を完了している方で、比較的若い方は、あまり入院されていません。亡くなるところまで行く方は、やはり高齢であったり、免疫不全がある方だというのが、今のデータから示されていると思います。

前田陽平先生
そうですね。当たり前なのですが、入院・死亡を大きく減らすという前提は全く崩れていないとした上で、今のデータを考える必要があります。
岡田先生が言いたかったのは多分そういうことかなと思います。
ここに参加されている方はほとんどわかっていらっしゃることだと思いますが、一応そこを確認しておこうかなって思いました。

安川康介
ありがとうございます。木下先生、何かありますか?

木下喬弘
えっとですね。だいたい予想します。今何の話をしていたか。

安川康介
ハハハ!
いや、今入ってきたのはわかってるんですよ(笑)

前田陽平先生
15分間ほとんど先生の悪口言ってましたけどね。

木下喬弘
それ、1500人相手にやることかな?(笑)

前田陽平先生
冗談です、すいません(笑) どうぞ。

木下喬弘
結局3回目を打つことを決めるコンセプトというか、どういう精神で決めるのかを、皆で決めないといけないんじゃないかなと思いながら、この問題をいつも見ています。

安川康介
そうですね。今あるデータを見る限り、全員がブースター接種を絶対受けなければいけないというのはあまり無さそうです。
国としてどこを目指すかですね。死亡者をなるべく減らすことを目標にするのか、社会の中でなるべく多くの人になるべく高い免疫をつけさせて感染の流行を徹底的に抑えることを目標にするのか、とかですね。
どこに目標を設定するかによって、3回目接種をどの程度積極的に進めていくのかが決まると考えています。


モルヌピラビルは魔法の薬? いま知っておきたいコロナの飲み薬

安川康介
次はモルヌピラビルについてお話ししたいと思います。峰先生もちょうど来ましたね。

モルヌピラビルは今後もっと話題になってくるので、今これをお聴きの方には、周りの方よりもはるかに詳しくなっていただこうということで取り上げてみます。

10月1日にメルク社が発表したプレスリリースで、入院または死亡を50%も減らすということが話題になりました。
ニュースで見聞きしてご存知の方も多いと思いますので、今回はモルヌピラビルを、僕のような医者目線で詳しく見てみたいと思います。

まず、モルヌピラビルはどういう薬なのかについてお話しします。

ちなみに、モルヌピラビルが発音しにくいと木下先生がツイートして、皆さんも発音しにくいと言っていましたが。

木下喬弘
今あだ名付けてください、あだ名。僕、無理なんで。モrヌヌ#$☆なんて言えないので。
いい感じのあだ名を作ってもらえると助かります。

安川康介
笑。モルヌーとかじゃダメですか。

木下喬弘
モルヌーくらいなら言えますね。

安川康介
多分、コロナのせいでアナウンサーの方は大変ですよね。
「カシリビマブ・イムデビマブ・レムデシビル・モルヌピラビル」とか、早口言葉を練習しているんじゃないかと予想しています。

モルヌピラビルの「ピラビル」は抗ウイルス薬で使われることがある名前です。
例:ファビピラビル(商品名:アビガン)

前半の「モルヌ」は、北欧神話のトールという神様が持っているハンマー、ミョルニルから来ているようです。
少し脱線しますが、僕は北欧神話はあまり詳しくないのですが、英語の
Tuesday=火曜日は北欧神話の軍神チュールの日という意味です。
Wednesday=水曜日はオーディーンの日という意味です。
Thursdayは……

木下喬弘
ちょっ、ちょっと、オーディーンの日が Wednesday って全然スッと入って来なかったんですけど。

岡田玲緒奈
長い長い(笑) 1個くらいにしといてくれや(笑)

前田陽平先生
今日話題多いっていうフリやったのに大丈夫なんですか(笑)

木下喬弘
流そう。やっぱ流そう。

安川康介
はい、わかりました(笑)
木曜日がトールの日(Thor's day=Thursday)なんですよ。なので、モルヌピラビルと聞いたら木曜日を思い浮かべていただいたらいいかなと思います。

モルヌピラビルが、新型コロナウイルスに対してすること、その効果は「エラーカタストロフ」と呼ばれています。
めちゃくちゃかっこいい言葉が出てきました。
カタストロフィーには、破滅とか大変動といった意味があります。

エラーカタストロフとは何なのか、モルヌピラビルの作用について簡単に説明します。

まず、新型コロナウイルスは RNAウイルスです。RNA の塩基配列では
A=アデニン
G=グアニン
C=シトシン
U=ウラシル
が使われています。

新型コロナウイルスが自分のコピーを作るときは、「RNA依存性RNAポリメラーゼ」という道具を使って、一つひとつ A、G、C、U をブロックのように繋げていくわけです。

モルヌピラビルは「リボヌクレオシド類似体」とよばれています。
具体的にいうとUとC、という遺伝子を構成するブロックに似ているわけですね。
そのままで作用するわけでなく、ベータ・D - N4 ヒドロキシシチジン三リン酸という物質になります。これが、本来のUかCの代わりに入り込むわけです。
よくできた偽物のブロックが使われてしまうという感じですね。

新型コロナウイルスは1本のプラス鎖の RNAウイルスなので、複製の際に1回マイナスの鎖を作ってから、もう1回プラス鎖を作らなければなりません。
なので、まず、マイナス鎖を作るときに、UかCが本来入るべきところにモルヌピラビルが入り込みます。
そしてプラス鎖をそこから作り直すときに、モルヌピラビルの反対側にはAかG、どっちかが入ることがわかっています。

つまり、例えばCのかわりにモルヌピラビルが入ったとしたら、GになるべきところにAがきてしまうと変異が起きます。
または、モルヌピラビルがUのかわりに入ったら、もともとAがくるべきところにGがきてしまうことで変異が起きます。さらにプラス鎖を作る際、UかCが入り込むべきところに、またモルヌピラビルが入ってきます。

できあがった+鎖は変異がたくさん入った情報になっていて、ちゃんとしたウイルスにはならないわけです。これが「エラーカタストロフ」と呼ばれています。

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図 エラーカタストロフ模式図 岡田玲緒奈・作
図は、説明中の「Cの代わりにモルヌピラビル M が入った」パターン。G の決まったペアの相手である C が入るべきところに M が入る。M のペアとして G が入ることもできる(その場合は元のウイルスゲノムと同じ配列になり問題ない)が、A が相手になることもできるのがポイント。本来同じに複製されるはずの一番上の+鎖と一番下の+鎖に食い違いが起こる。変異が多すぎると、ウイルスは増殖できない。

こういう理解で合っていますか? 峰先生、曽宮先生。

峰宗太郎
まあ、基本的には合っていますね。
チェーンターミネーターといって、RNA が伸びていくのを止めるとか、キャップ依存性の RNA の転写開始といって、そもそも写し出すのを止めるお薬とか、いろいろあります。後者は、ゾフルーザというインフルエンザの薬がそれにあたります。

今回のお薬はですね、ブロック単位でどんどん変異を入れて行って、ウイルスをズタボロにしてしまうことで、有効なウイルスが出てこないようにするものです。
そういう意味では、エラーカタストロフは1つのあり方というか、仕組みとして合っていると思いますね。

安川康介
ありがとうございます。付け加えますと、レムデシビルがチェーンターミネーターで、RNA鎖の伸長を止める薬だと理解しています。

それでは、今の時点でわかっているモルヌピラビルの効果について話します。
どういう人が対象になった臨床試験があったのかを知ると、今後どういう人に対して承認されるのか予測できるので重要です。

・Move-Out試験の結果はまだ論文化されていないため、現段階ではメルクの10月1日のプレスリリースの情報のみ。
・臨床試験は第3相の二重盲検ランダム化比較試験の結果。臨床試験の名前が Move-Out

この Out はアウトペーシェント=外来からきています。
以前は Move-In という、入院患者を対象とした臨床試験が行われていましたが、中間解析の結果から、入院患者に関しては効果がなさそうだということで、第3相試験には進みませんでした。

Move-Out試験は、もともと1500人以上が参加予定の臨床試験で、約9割が既に参加されています。

8月5日までの775人の情報の中間解析を行ったところ、明らかに効果がありそうなので、「これ以上続けるまでもない」という理由で早めに臨床試験が終わりました。775人のうち、377人がプラセボ、385人がモルヌピラビルを投与された方で、入院もしくは亡くなった方が

・プラセボ群・・・377人中53人=14.1%
・モルヌピラビル投与群・・・385人中28人=7.3%

14.1%から7.3%に減少したので、効果は約50%という結果です。
このうち死亡については、モルヌピラビル投与群ではゼロ、プラセボ群では8人でした。また、有害事象は両方のグループで同等でした。

この数字だけ見ると、かなりいいと思いますよね。自分が新型コロナウイルスに感染したらぜひ使ってもらいたい、そう思う人も多いかもしれません。

この臨床試験の結果をもって FDA に緊急許可の申請を出しているので、eligibility critieria、つまり、どういう選択基準があったのかを知っておくと、自分にもどれくらい使われる可能性があるのかわかると思います。

Move-In は第3相に進まなかったということで、既に入院されている方や酸素が必要になる状態の方は、この臨床試験から除外されています。
このことから「入院するほど重症の肺炎が出てからモルヌピラビルが使われることはない」と考えられます。

今回の臨床試験の基準で重要だったのは、症状が出始めてから5日以内という、結構厳しい基準があったんですね。

僕がみる新型コロナウイルスの感染症で入院される方は、診断されるまでに症状が7-10日ほどダラダラ続いて、悪くなってやっと来院される方が多いのです。モルヌピラビルが承認されたら、いかに早めに診断するかがとても大切になってくるでしょう。

あと、この臨床試験で対象となった方は、少なくとも重症化のリスクが1つないといけないということがありました。例えば、この臨床試験で多かったのが、肥満、60歳以上、糖尿病や心疾患があげられています。

以上から、例えば僕が新型コロナウイルスに感染しても、30代で、基礎疾患も今のところ無いので、対象にならない可能性が高いです。あとは、症状が出始めてから1-2週間経過した方に対しては、使用されない可能性があると思います。

もう1つだけ、モルヌピラビルについて付け加えておきたいことがあります。
これは曽宮先生と峰先生の意見をお伺いしたいと思います。

Journal of Infectious Diseases(以下 JID)という雑誌に、in Vitro、つまり試験管の中のハムスターの卵巣の細胞の実験で、もしかしたらモルヌピラビルが DNA に入り込んだかもしれないという結果を発表しています。
これに対し、メルクの研究者がすぐに反論のレターを書いています。
まず JID に掲載された論文の不備、例えば、32日間もの長い期間モルヌピラビルに細胞を暴露し続けているとか、その他の実験のリミテーションについて書いていて、メルク側が独自に行った、2つの in Vivo、実際の動物を使った実験では、モルヌピラビルを投与した動物で変異が明らかに多く起こるとは確認されなかった、としています。

といっても、安全性についてはまだまだ慎重に評価する必要があります。
承認されたとしても、妊娠中の方や、妊娠の可能性のある人には、最初は使われにくい薬なんじゃないかなと思います。

実際に Clinicaltrial.com というところでモルヌピラビルの第3相試験の除外基準を見ると、妊娠している女性、妊娠する可能性のある女性というのが除外されていて、そうであっても高い効果のある避妊方法を使用しているか、投与から4日間は性交渉をしない、男性に関しても、投与から4日後までは性交渉をしてはいけない、しても必ず避妊をすること、という基準が設けられています。この辺りの安全性については、今後も確かめられていくことになります。

これに関して曽宮先生、何かあります?

曽宮正晴
はい。このモルヌピラビルの話を聞いたときに、モルヌピラビル開発者のアメリカの大学の方で、コロナの研究でめっちゃ有名で、レムデシビルの開発にも貢献しためちゃくちゃ偉い先生がいるのですが、その人も、やはり妊娠中の方に使うリスクは慎重に検討しなければならないだろうと話しているようです。

▼Scientist behind Merck's Covid pill: We need to watch out for resistance
https://endpts.com/scientist-behind-mercks-covid-pill-we-need-to-watch-out-for-resistance/
出典:Endpoints News 2021/10/12

もう1つは、変異を誘導する薬なので、モルヌピラビルがウイルスの変異を誘導したり、耐性をつけてしまうのではないかという懸念も残っていますが、その開発者の先生は、この原理で働く薬で、ウイルスに耐性がつく可能性はそんなに高くないだろうと語っています。

ただ一方で、問題は、経口薬で処方されてご自宅で服用するため、5日間朝夜ちゃんと飲むことが重要です。
人によっては、多分症状が無くなってきたら「もういいや」と途中で止める人がいるかもしれません。
使い方が良くないと、もしかしたらこの薬がウイルスの変異を中途半端に誘導して、変なウイルスを作ってしまう可能性があるということを、やはりすごく懸念されているようです。

以上が僕も心配しているところです。

安川康介
なるほど、ありがとうございます。非常に重要な視点です。
もともとモルヌピラビルを投与される方は、それほど重症化していない方です。1つでも症状があれば投与したという臨床試験だったので、1-2日で良くなって、「ああ、もう良くなったから飲まない」となると、モルヌピラビルがすごく低用量で体の中に存在することになります。
まあ、これはモルヌピラビルに限った話ではなく、HIV の薬などでも同様ですが、それに対して耐性というか、薬が効かないような変異をしたウイルスが出てきてしまう懸念があります。

峰先生、追加で何かありますか?

峰宗太郎
あまり追加することはないのですが、基礎研究として、安全性プロファイルとしては、やはり広範な非臨床試験は実施されています。
Big Blue試験とか、Pig-a(Phosphatidylinositol glycan anchor biosynthesis, class A)というアッセイですね。
つまり、変異原性があるかについては結構調べられていますが、特にヒトの細胞で、遺伝子に直接的な影響を与えるとか、催奇形性があるということは、細胞では認められていません。

それから動物でもかなり高用量で投与していますが、モルヌピラビルによって出てきた変異は無いことがわかっていますので、まずはそんなに恐れる必要はないと思うんです。
ただ、繰り返しになりますが、決して「影響は無い」と言い切れるような、長期的な安全性を確かめているわけではないので、注意事項は守っていただくことと、やはり変異を誘導したら耐性ウイルスが出てくるのは本当に嫌なので、変異が起こらないようにするためにも、しっかり決められた用量を飲むことが大切です。

レムデシビルは、実は耐性ウイルスが出ています。
レムデシビルも、チェーンターミネーターなので、あまり(変異が)出てこない可能性があると最初は言われていましたが、出てきちゃっているので、慎重に使っていくことが大事だと言えます。

安川康介
ありがとうございます。

もし周りにワクチンを受けていなくて
「モルヌピラビルが出てきたから、ワクチンはいらないんじゃないか」
と言う方がいたら、
「ワクチン ”か” 治療薬」という考え方ではなく、「ワクチン “と” 治療薬」両方で対処していくのがすごく重要なので、ワクチンの重要性は全く変わりません。
そこは付け加えておきたい点です。

最後にどなたかご意見ありますか。

峰宗太郎
これ、ブレイクスルー感染した人にもモルヌピラビルを投与するんですかね?

安川康介
これ、するんじゃないですかね?

峰宗太郎
するのかなぁ?

安川康介
すると思います。

峰宗太郎
うーん。ていうか、抗体カクテル療法は、現場の運用では今どうしていますか?

安川康介
いく場合がありますよ。

峰宗太郎
ありますよね。

安川康介
レムデシビルとかステロイドとか、施設によって違うかもしれませんが、基本的にブレイクスルー感染で来た方も、ブレイクスルー感染でない方に対する治療と、基本的には変わりありません。

峰宗太郎
ありがとうございます。
これは非常に重要なところで、ブレイクスルー感染を起こしちゃった場合には、薬物療法は同じようにかけられるということですね。
もう1つ、僕が今後どうなるか注目しているのは、抗体カクテル療法もしくはモノクローナル抗体とモルヌピラビルの併用はやるのかなっていうことです。

安川康介
そうですね。ここら辺はそんなにデータが無いですよね。

峰宗太郎
無いですけど、実際に併用すると効果はもっと上がるのかとか、アドバンスの話ですが、ちょっと気になりますよね。

安川康介
すごく重要ですよね。実際、こういう治療薬で臨床試験をやるときって、組み合わされることもありますが、別々でやったりもするので、全部一緒にすると「じゃあ効果はどうなのか?」については、グレーなエリアです。
もちろん効くことを期待するわけですが、全部いっぺんにやった場合に、もっと免疫力を下げてしまって、実は良くないんじゃないかという意見もありそうです。

どうぞ、木下先生。

木下喬弘
いや、これずっと言いたかったんですけど、峰先生もギリギリでしたけど、曽宮先生、明らかにモルヌピラビル噛みましたよね。

安川康介
……噛んでました?

木下喬弘
え、言えてなかったでしょう? 言えてますか?

曽宮正晴
モルヌピラビルですよね。

木下喬弘
あ、すっごい言えてます。もう完璧でしたね今。

峰宗太郎
ぼく全然危なくないですよ。ボブベベベベレですよ。

木下喬弘
これだけずっと気になって、その後の話が一切頭に入って来なかったんで、文字起こし楽しみにしてます(笑)

安川康介
めちゃくちゃ滑舌良かったと思いますよ。ふだん僕たちは「モルヌピラビル・カシリビマブ・イムデビマブ」とか早口言葉で練習しているので大丈夫だと思います。

今回のスペースの要点をいうと「北欧神話が現代になってもいろいろなところに影響を及ぼしてるよ」ということがテイクホームメッセージかなと思います。
それではですね、6分過ぎてしまいましたがご視聴ありがとうございました。

木下喬弘
テイクホームメッセージちゃうやろ(笑)

安川康介
北欧神話、今度じっくり読んでみようかなって(笑)

木下喬弘
誰も突っ込まないとスッと流れていくからね、このスペースだと。

安川康介
そうなんですよ。全然突っ込まれないんで(笑)

あの…終わりたいと思います。それでは皆様、今日もご視聴ありがとうございました。良い一日をお過ごしください。


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