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筋肉・攻撃性・モテ


はじめに

 なにやらすごいニュースがインターネットを騒がせていた。


 簡単に言えば、「ぷろたん」という筋肉系Youtuberについて、交際相手がいながら複数の女性と関係を持っていることや、DV疑惑、さらには「127人リスト」の存在などが暴露されたという騒動である。ちなみに渦中の「ぷろたん」は、中学時代にソフトテニスで全国大会出場経験があり、大学時代にスポーツジムでアルバイトしていたという経歴を持っているようだ。

 とは言え現段階では定かではない内容もあり(ぷろたんはDVについては否定しているという)、こういったケースでは後々大どんでん返しということもあり得る。さらに、そもそも筆者はこの騒動の登場人物についてほとんどなにも知らない(ぷろたんは過去何かの動画で見た記憶があるが、他の人は全く知らなかった)。そのため、今回の記事はこの騒動について語るものではない。

 今回の記事は、ぷろたんが「筋肉系Youtuber」であるということから、筋肉について考えてみようというものである。具体的な内容はタイトルの通り。

 

筋肉は男性的な特徴である

 特に驚くべきことではないが、筋肉は男性的な特徴であると言えるだろう。というのも、男性は女性よりも筋肉量がとても多いのだ。

 LassekとGaulinがアメリカの全国健康栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey;NHANES)のデータを分析した研究から、上腕の筋肉量と除脂肪量(体重から脂肪の重量を引いた値)の性差についてグラフを作成した。(年齢は18~59歳)。


Lassek & Gaulin (2009)より筆者作成。エラーバーは標準偏差。


Lassek & Gaulin (2009)より筆者作成。エラーバーは標準偏差。


 上記のグラフを見ると分かるように、男性は女性よりも上腕の筋肉量が多く、除脂肪量が多い。そして、これらの差の大きさを示す効果量dはそれぞれ2.50、2.06となっており、これは効果量dの目安に照らし合わせるのであれば大きな差であると言えるだろう(d = 0.2が「小さな効果量」、d = 0.5が「中程度の効果量」、d = 0.8が「大きな効果量」とされている)。

 また、筋肉の性差は思春期に拡大することが示唆されている。Neuらの研究によれば、14歳以降の男児において前腕筋の断面積(cross-sectional area , CSA)や握力の顕著な増加が見られ、男女差が拡大することが分かっている。下記グラフは前腕筋の断面積と握力の年齢による変化を表したものである(エラーバーは標準偏差)。


Neu et al(2002)より筆者作成


Neu et al(2002)より筆者作成


そして、筋力の性差は特に上半身において顕著である。様々な研究により、女性の上半身の筋力は男性の約50%~60%、下半身の筋力は男性の約60~70%、体幹の筋力は男性の約60%と推定されている。下記の図は、様々な部位の筋肉について、男性に対し女性の筋力がどの程度(%)かを表したものである。

Nuzzo (2022)

 
 これらのことから、男性はより筋肉量が多く、筋力が強いことが示唆される。また、性差は思春期以降に拡大し、成人においてはかなり大きいものとなる。こうしたことを踏まえると、筋肉は男性的な特徴と言えるだろう。



筋肉質な男性はより攻撃的

 筋肉質な男性を目にしたとき、皆さんはどのような印象を持つだろうか?男らしい、強そう、怖いといった印象を持つ人もいるかもしれない。では、筋肉質な男性の特徴にはどのようなものがあるだろうか。

 研究では、筋肉質な男性はより攻撃的であることが示唆されている。例えばSellらの研究によると、上半身の筋力が強い男性ほど怒りっぽく(r = 0.32~0.47, p < 0.001~0.0001)、身体的攻撃の経験が多い(r = 0.37~0.47, p < 0.0002~0.00001)。また、個人的な攻撃性や政治的攻撃性の有効性を信じる傾向も強いようだ。

※これは余談だが、読者の皆さんは「ナポレオン・コンプレックス」という言葉を聞いたことがあるだろうか。ナポレオン・コンプレックスとは、「身長が低い人は攻撃的」という考え方であり、インターネットでも良く言われる説である。しかしこの説に反して、Sellらの研究では、身長と怒りっぽさとの有意な関係はほとんど確認されなかった。このことから、Sellらの研究結果はナポレオン・コンプレックスとは矛盾するものと言えるだろう。


 また、二つの大規模サンプル("original cohort"と"newer cohort")を対象に行った縦断的研究によると、11歳時点で反社会的傾向が強かった男児は、17歳までの間の握力の増加がより大きいことが分かっている。女児ではこのような傾向は確認されなかった。下記のグラフは、この結果を示している。11歳時点では反社会的傾向が強い男児グループとそうでないグループとで握力に大きな差はないが、17歳になると握力の差が拡大している。


Isen et al(2015)より。11歳時点における反社会的傾向が強い男児グループとそうでないグループとの握力の差を表したもの。


Isen et al(2015)より。17歳時点における反社会的傾向が強い男児グループとそうでないグループとの握力の差を表したもの。


 これらのことから、筋肉質な男性はより攻撃的であることが分かるだろう。とは言え、ここまで聞くと筋肉質な男性はろくでもないやつなのでは、という印象を抱くかもしれないが、実は必ずしもそうとは言えないのだ。次章では、筋肉質な男性の良い側面についても語っていこう。


筋肉質な男性はモテる

 前章では筋肉質な男性はより攻撃的であるということについて述べた。しかし、それだけでは筋肉質な男性のネガティブな側面を強調するだけのnoteになってしまう。そこで、筋肉質な男性の良い面も検討していこうと思う。

 筋肉質な男性は確かに攻撃的ではあるものの、同時に女性からはモテることが示唆されている。先ほど紹介したLassekとGaulinの研究によると、男性の除脂肪量は過去の性的パートナー数を有意かつ正に予測し(p < .01)、男性の四肢筋量(上腕部と大腿部の筋肉量の平均)は過去1年間の性的パートナー数を有意かつ正に予測する(p < .001)ことが分かっている。

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1090513809000397


 とは言え、単に「筋肉質な男性は性的パートナーが多い」ということだけでは、前章の「筋肉質な男性は攻撃的」ということを踏まえ「筋肉質な男性は攻撃的であるため、女性を恐怖で支配しパートナーを得られるだけなのでは」という考察もできるだろう。しかし実際は、女性は筋肉質な男性に対し魅力を感じていることが様々な研究で分かっている

 Sellらが実在の男性の写真を使用し行った研究によると、最も上半身の筋力が強いと推測された男性は最も魅力的であると評価され、最も筋力が弱いと推測された男性は最も魅力的でないと評価されることがわかった。また、参加者の女性の個々の回答を分析した結果、上半身の筋力が弱い男性を有意に好む女性は存在しなかった。

下記のグラフは、男性の上半身の推定筋力(横軸)と身体的魅力(縦軸)との関係を示している。

Sell et al (2017)


 また、女性は男性の「逆三角形ボディ(すなわち、ウエストが細く胸と肩が広い体型)」に魅力を感じることを示す研究もある。男性の逆三角形ボディは学術的には"WCR(Waist to Chest Ratio)”という指標で表され、「ウエスト周囲径÷胸囲」という式で算出される。つまり、WCRの値が小さいほど「逆三角形」であることを意味する。

↓逆三角形のイメージ

 

 Maiseyらの研究によれば、WCRの低い男性ほど女性から魅力的であると評価されやすいことが分かっている。またWCRは男性の身体的魅力(顔は含まない)における主要な決定要因であり、魅力の分散の56%がWCRによって説明された。結果は下記の図を参照。
※Bのグラフに注目(AはBMI)。横軸がWCR、縦軸が魅力を表している。


Maisey et al (1999) 

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140673699004389/fulltext


 また、同様の結果はFanらの研究でも確認されており、魅力の分散の53.6%がWCRによって説明された。下記グラフはFanらの研究結果である。
※横軸がWCR、縦軸が女性からの魅力評価を表す、(AR = Attractiveness Rating)


Fan et al (2005)


別の研究では、WCRが低い男性ほど女性から性的に魅力的であると評価されやすいことが分かっている(r = -.30, p < .001)。またWCRは、長期的関係(恋愛・結婚など)においても短期的関係(ワンナイト、浮気など)においても男性の魅力を予測することも分かっている(それぞれp < 0.0001)。

 これらのことから、筋肉質な男性は過去の性的パートナーが多く、女性にとって魅力的であることが示唆される。しかし、「攻撃性」という負の側面を持ちながら、なぜ筋肉質な男性はモテるのだろうか。次章ではそうした点について検討していこう。


なぜ筋肉質な男性はモテるのか?

 ここまで、筋肉は男性的な特徴であること、筋肉質な男性はより攻撃的だがモテるということについて述べてきた。しかし、筋肉質な男性が「攻撃性」という一般的には望ましくない特徴を有しながらも女性からモテるという事実は、一部の人からすれば不可解なことだろう。

 筋肉質な男性がモテるのはなぜか。これについては様々な説が考えられ、現段階で唯一の解が得られているわけではない。しかし、「筋肉は男性的な特徴である」ということや、「筋肉と攻撃性との関係」を踏まえると、なぜ筋肉質な男性がモテるのかという仮説を提示することは可能だ。




男性がより筋肉質な理由

 男性は女性よりも筋肉質であるということは先述の通りだが、なぜ男性はより筋肉質なのだろうか。

 研究者は、男性がより筋肉質になった進化的要因として、「戦闘」を挙げている。

祖先の攻撃形態を分析すると、上半身の強さが戦闘能力において最も重要であることが分かる。これは槍、弓、手斧、こん棒、岩を用いた祖先の戦闘(Brues 1959)でも同様で、これらの武器は上半身の力を使って推進されたはずである(実際、主に下半身の力で推進される原始的な武器は見つかっていない)。さらに、骨格の分析によれば、上半身の力は武器を用いない戦闘、特に祖先の戦闘を特徴づけていた可能性が高いレスリング、グラップリング、レンギング、チョーキングなどにも不可欠である(Walker 1997)。

Sell et al(2012)

他の大型類人猿と同様に、ヒトの男性も頻繁に戦闘を行い、戦闘は非常に有害または致死的である場合がある(Adams, 1983; Chagnon, 1988; Daly and Wilson, 1988; Keeley, 1996; Puts, 2010; Wrangham and Peterson, 1996)。男性は女性よりも除脂肪量が41%多く、腕の筋肉量が75%多く、その結果上半身の筋力が90%高い(脚の筋肉量は50%多く、筋力は65%高い、Lassek and Gaulin, 2009)。ヒトの上半身の性的二型が大きいのは、男性同士の競争におけるパフォーマンス向上に対して性淘汰が働いた結果であるかも知れない(Carrier, 2011; Lassek and Gaulin, 2009; Morgan and Carrier, 2013; Puts, 2010)。

Morris et al (2020)


 人類の進化の歴史(大部分は狩猟採集社会)において、攻撃的で戦闘能力に長けた男性はより自身の遺伝子を残す上で有利だっただろう。どのような点で有利であったかということについては様々な可能性が考えられる。例えば、そうした男性はコミュニティ内の地位が高いと思われるため、他の男性ライバルを威嚇し、時に実力を行使することによって女性を独占することができたかもしれない。また、他のコミュニティに侵攻して資源や女性を奪うという手段も考えられる(研究では、先史時代にも集団間の争いがあった可能性が示唆されている)。

 言うまでもないことだが、攻撃的で戦闘能力に長けたオスが交尾機会を得やすいのは人間に限った話ではない。様々な生物において、オスは戦闘に有利な特徴を進化させており、戦闘能力に対して淘汰が働いている。

多くの種において、オスの交尾機会は戦闘能力やオス同士の争いにおける能力によって決定される(Andersson, 1994; Darwin, 1871)。このため、体格、武器の大きさ(犬歯など)、相手を操ったり傷つけたりする能力を高める筋骨格系の特徴(例:Clutton-Brock, 1985; Crook, 1972; Morris and Brandt, 2014; Morris and Carrier, 2016; Morris et al., 2019; Plavcan, 2001; Plavcan and van Schaik, 1992, 1997)などの戦闘能力を向上させる特徴において、オスに偏った性的二型が進化してきた。哺乳類や霊長類の多くの群において、戦闘関連形質の二型性の程度は、オスの戦闘能力に対する性淘汰の強さを示す一般的な指標である(Clutton-Brock et al.,1977;Mitani et al.,1996;Plavcan,1999、2004;Plavcan and Van Schaik,1997;Puts,2010,2016)。

Morris et al (2020)

 遺伝子を残す上で有利な特徴は、より後世に伝わりやすく、代を重ねるごとにそうした特徴が発達していく。そう考えると、男性の筋肉も、このような背景で身に付いた特徴なのではないだろうか。



筋肉質な男性が攻撃的な理由

 男性が筋肉質である進化的背景として「戦闘」を挙げたが、このことを踏まえると、筋肉質な男性がより攻撃的な背景も見えてくる。つまり、筋肉質な男性はより戦闘力が高いため、「怒り」や「攻撃性」を発揮することで利益を引き出せる(厳密には「人間の心が進化した時代にはそれが可能だった」という方が適切)といったメリットがあったのではないだろうか。力の弱い人間は、力の強い人間が攻撃性を発揮した際は自身の身を守るために退かざるを得ないため、攻撃性は力の強いものが利益を引き出すために機能し得る。


 逆に言うと、力の無い者には、「怒り」や「攻撃性」を発揮するメリットはあまりない。当然のことであるが、力の無い者が「怒り」や「攻撃性」を発揮したとしても、より強い者に蹂躙されてしまうためだ。力の無い者は、直接的な攻撃性を発揮するよりも、じっくりと機会をうかがい、「あわや」を狙う方がまだ良いだろう。


筋肉質な男性がモテる理由

 さて、それでは、上記の内容を踏まえ、「なぜ筋肉質な男性はモテるのか?」ということについて検討していこう。

 筋肉質な男性は、その戦闘力や攻撃性を発揮することで女性を獲得しやすかったかもしれないが、女性にそのような男性を好む心理が備わったのはなぜだろうか。これについては様々な説が考えられるが、筋肉質な男性を好むことで女性が得られる遺伝的な利益は何か?という視点で考えると良いだろう。

 女性が筋肉質な男性を好むことで得られる遺伝的な利益として、「筋肉質な息子を産む可能性が高まる」ということが挙げられる。どういうことかというと、筋肉質な男性がより多くの女性と関係を持つことができる(そして多くの子を残せる)環境において、筋肉質な男性と関係を持ち、その男性との間にできた息子が父親の特徴(筋肉)を引き継ぐことができれば、息子も多くの女性と関係を持つことができる、ということだ。息子が多くの女性と関係を持つことができれば、(避妊具の無い環境では)多くの子を残す可能性も高まる。言い換えれば、筋肉質な男性と関係を持つことで、女性は自身の遺伝子を継ぐ「孫」を多く持つ可能性を高めることができるということである。このことは、いわゆる「セクシーな息子仮説」から導き出すことができる。

https://www.journals.uchicago.edu/doi/abs/10.1086/283379

 

 実際、筋肉は遺伝性が高い特徴であることが分かっている。第5回韓国国民栄養健康調査(KNHANES V)を分析した研究によると、筋肉の遺伝率は55~80%(親から息子に限ると55%~71%)と推定された。また、父親と息子の筋肉量には有意な相関が確認された(r = 0.27~0.40(p < .01))。

 こうしたことを踏まえると、筋肉質な男性がモテる理由としては「人間の心が進化した環境においては、筋肉質な男性は多くの子孫を残すことができ、女性は筋肉質な男性と関係を持ち筋肉質な息子を産むことで多くの孫を得ることができた」ということが考えられると言えるだろう。現代社会は避妊具が発達し、身体的な攻撃の有用性も下がってはいるものの、人間はその歴史のほとんどを狩猟採集社会で過ごしているため、その時代に獲得した心理が現在も残っているのではないだろうか。


余談

 現代は身体的攻撃の有用性が下がっているものの、現代においても男性の身体的攻撃は性的パートナーの数と有意に関係しているようだ。SeffrinとIngulliの研究によると、過去1年間に多くの暴力行動を行った男性は、より過去の性的パートナー数が多く、一度きりの性的パートナーが多く、浮気をする可能性が高く、パートナー以外の相手と性関係を持つ可能性が高いことが分かっている。


  最も、これが現代社会においても身体的攻撃がパートナー獲得において有利であるためなのか、身体的攻撃と関係する特徴(それこそ筋肉など)によるものなのか、はっきりした答えはいまのところ出ていない。しかし、少なくとも「多くのパートナーを得る」ということについて言えば、身体的攻撃が致命的なマイナスになるというわけではないようだ。


終わりに

 ここまで、筋肉に関する様々なことについて検討してきた。本noteで扱ったようなことがどのようなことに活かせるかは分からないが、マッチョを見たら是非一度思い出していただければ幸いである。

 




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