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北陸新幹線敦賀開業(11)  北陸線 県内の歴史1 vol.39

 こんにちは KUROchanです!

今回は今月16日から敦賀〜米原間となります。
北陸をほとんど走らない北陸本線になります。
実はJR北陸本線が県内で一番最初の鉄道です。
歴史は実は深いのです。
大昔から日本海の船を通して、
大陸との結びつきのあった敦賀から始まりました。始まりは今の敦賀〜滋賀県の長浜です。
近代の鉄道遺産としてロマンあふれる地域として
PRされています。

北陸本線 福井県内の歴史 明治〜大正時代

●明治15年(1882)3月10日
 長浜〜柳ヶ瀬間、金ヶ崎〜洞道口間が開業 

 県内の駅では金ヶ崎、敦賀、疋田、麻生口、
 刀根、洞道口が開業

●明治17年(1884)4月16日
 長浜〜金ヶ崎間が全通   長浜〜金ヶ崎間運行


●明治22年(1889)7月1日
 米原〜長浜間が延伸開業  米原〜金ヶ崎間運行

●明治29年(1896)7月15日
 敦賀〜福井間が延伸開業  米原〜福井間運行
 杉津、今庄、鯖波(現:南条)、武生、
 鯖江、大土呂、福井    
 県内7駅開業

●明治30年(1897)9月20日
 福井〜小松間が開業    米原〜小松間運行
 森田、新庄(現:丸岡)、金津(現:芦原温泉)、細呂木 
 県内4駅開業

●明治31年(1898)4月1日
 小松〜金沢間が開業    米原〜金沢間運行
 神戸・大阪〜金沢間の直通列車運転開始
 県内から鉄道で京阪神方面に行けるようになる。

●明治31年(1898)11月1日
 金沢〜高岡間が開業    米原〜高岡間運行

●明治32年(1899)3月20日
 高岡〜富山間が開業    米原〜富山間運行

●明治35年(1902)2月25日
 新庄駅が丸岡駅に改称

●明治41年(1908)3月21日
 杉津〜今庄間に大桐信号場が開設

●明治41年(1908)4月21日
 敦賀〜杉津間に東郷信号場が開設

●明治41年(1908)5月1日
 東京新橋〜富山間 直通列車運転開始
 県内から鉄道で名古屋、東京方面に
   行けるようになる。

●明治41年(1908)11月16日
 富山〜魚津間が開業    米原〜魚津間運行

●明治43年(1910)4月16日
 魚津〜泊間が開業     米原〜泊間運行 

●明治44年(1911年)7月1日
 名立〜直江津間が開業
 米原〜泊間、名立〜直江津間運行

●明治45年(1912)6月15日
 東京新橋〜金ヶ崎間 
 欧亜国際連絡列車が運転開始
 東京〜敦賀〜ウラジオストク(ロシア)
   〜ヨーロッパ各都市
 船とシベリア鉄道を経由して
   15〜17日かけて繋がる

●大正元年(1912)10月15日
 泊〜青海間が開業
 米原〜青海間、名立〜直江津間運行

●大正元年(1912)12月16日
 糸魚川〜名立間が開業
 米原〜青海間、糸魚川〜直江津間運行 

●大正2年(1913)4月1日
 青海〜糸魚川間が開業
 北陸本線 米原〜直江津間全線開業
 柳ヶ瀬〜疋田間に刀根信号場が開設

●大正3年(1924年)7月31日
 東京〜敦賀港間 欧亜国際連絡列車の運転休止

●大正15年(1926)5月1日
 森田〜丸岡間に春江駅開業

[出典] 能登印刷出版部 「萬世永頼」北陸線を走った列車たち 2014

不思議なことに、
敦賀から新潟県直江津まで行き渡ったレールが
現代になり、
新幹線として長野・新潟から富山、石川を通り
この福井敦賀まで帰ってくるかのような
流れになっています。
最初の開通区間とほぼ同じ
敦賀〜米原が残ります。
新たなる時代の到来を実感させます!

飛行機がない、戦々恐々とした時代に
欧州国際連絡列車で
東京〜敦賀港〜ウラジオストク〜ヨーロッパまで
繋いでいたという歴史は
間違いなく、日本の歴史遺産です。

北陸本線が関西、東海から東北、関東にかけての
経済発展の要を握っていたのだと感じます。

今後、福井県を含め、北陸地域が
新幹線と各第三セクター会社が
さらに人々との発展が望まれます!


本日も読んで頂きありがとうございました!


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