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書評:『母、アンナ ロシアの真実を暴いたジャーナリストの情熱と人生』

 アンナ・ポリトコフスカヤさんは、チェチェンでのロシア軍による数々の戦争犯罪と人権侵害を徹底して取材し、記事を通して告発してきたロシアのジャーナリストでした。そして2006年10月7日に自宅アパートのエレベーター内で銃撃により暗殺されました。その日はまさにロシアのプーチン大統領の誕生日でした。それがすべてを物語っているのかもしれません。ポリトコフスカヤさんはプーチン大統領とチェチェンの傀儡政権の独裁者ラムザン・カディロフ首長からもっとも嫌われていたジャーナリストでした。

 今回ポリトコフスカヤさんの娘であるヴェーラさんが、ロシアからの亡命後にイタリア人のジャーナリストとの共同で著したのが本書です。そのヴェーラさんは、2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を機に始まったヴェーラさんの10代の娘に対する攻撃・脅迫により、ロシアからの亡命を決意せざるをえませんでした。それが起こったのはポリトコフスカヤさんの娘と孫であったからでした。そして亡命後ヴェーラさんは改めて母親の存在の大きさを感じ、残してくれた教えを記憶に留めるために本書をまとめたのでした。

 この回想録はポリトコフスカヤさんのもっとも身近でその活動と生活を見てきた、ヴェーラさんでなければ知ることができなかったポリトコフスカヤさんの私生活とハードな取材活動の日々を克明に記しています。この本を通して、ずっと危険な目に遭いながらもけっしてひるむことなく、ジャーナリストとしての歩みを止めなかったポリトコフスカヤさんの姿を知ることができます。
 またこの本は、ウクライナ侵攻以降のロシア社会の雰囲気と混乱する実態を伝えています。ウクライナ侵攻に批判的なロシア市民の意識がよくわかるものでもあります。

 ポリトコフスカヤさんは戦火のチェチェンに何度も通い、そこで起こっていたことを詳細に取材し、報道し続けてきました。それによりチェチェンの人びとから多くの信頼を得ていました。その大変なチェチェン取材の目的についてポリトコフスカヤさんは「私は書かなければならないと確信している。理由はただひとつ―私たちが生きている今、この戦争が行われている。そして結局私たちがその責任を負うのだから。その時にこれまでのようなソ連式の答えで逃れることはできない。そこにいなかったから。メンバーじゃなかったから。参加していなかったから・・・などと。知っておかなければいけない。真実を知ればみんな、居直りとは無縁になれる。」(アンナ・ポリトコフスカヤ著『チェチェンやめられない戦争』より)と記しています。

 もしポリトコフスカヤさんが生きていれば、ロシア内でのウクライナ侵攻に対する批判の声がもう少し大きなものになっていたかもしれません。今ウクライナにおいてチェチェンで起きていたような戦争犯罪が繰り返されている時だからこそ、この本をぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。

『母、アンナ ロシアの真実を暴いたジャーナリストの情熱と人生』
            NHK出版刊  発売日 2023年11月17日

2024年2月1日          青山 正(チェチェン連絡会議代表)      

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