私は私を決められない

それなりに長いことインターネットユーザーであり続けてきたので、そこで名乗ってきた名前というのもいくつか存在する。そして、そのいくつかの名前を背負ってきた数年だか十数年だかのほとんどにおいて、ずっと同じ悩みを抱えてきていた。

それは「自分で決めて自分で名乗ったはずの名前が、自分でしっくり来ない」というものだ。
オンラインでその名前で呼ばれることに違和感がある。オフラインでその名前を声に出すことに違和感がある。もうちょっと折り合いのつけられる名前で、自分を定義することができるはずだと思っている。でもそれを思いつけないから、合っていないとわかっている名前を、ずっと名乗り続けている。
インターネットユーザーとしての自分が、毎日毎日サイズの合わない服を着続けているような、居住まいの正しきれなさと共にあった……という表現でさえ、決して大げさではないと感じていた。

幸運にも、いま名乗っている「鈴木せりふ」という名前は、そんな私にも馴染んでいる。それは自分にとっても初めてのことだ。いくつもの名前を乗り捨ててきた自分が、やっと快適に動けるシャツを身に纏えたような、そんな気持ちでいる。
といっても、この名前は自分で考えたものではない。もともとは「Ceriph」という名前だった。読みは同じ「せりふ」。いまこの名前を出すこと自体も恥ずかしくてたまらないくらい、例によって、自分で名乗った名前に馴染めず、もやもやとしたものを抱えてインターネットをやっていた。

そこに「鈴木」という苗字が付いたのは、とある人に「せりふさんって本名鈴木っぽいよね」と言われたことがきっかけだった。なにが鈴木っぽいのかは今でも全く分からない。鈴も木も本名には全く掠っていない。
それでも、面白がって「鈴木せりふ」を名乗ってみたら、これが思いのほかしっくり来てしまった。それまでずっと折り合いがつかず、苦虫を噛み潰しながら付き合うしかなかった自分の名前が突然、違和感のないものとして自分に纏わりついた気がしたのだ。不思議な感覚だった。

そして、Twitterで一時のお遊び的につけていた名前はそのまま正式なHNに昇格し、私は「鈴木せりふ」になった。

ちょうどこのころ、とある論文の謝辞に私のHNが掲載されることが決まっていたので、そこに載っても違和感がないよう、せめてちゃんと人間の名前に見える名前を名乗りたかった、という理由もある。結果として、それまでの名義との連続性もあって、なおかつ人間のような(そして期せずして無性的な)名前になれたことは、自分にとっても幸運だったと今でも思っている。

それにしても、内心あれだけ嫌だ嫌だと思い続けてきた名前だったはずなのに「鈴木」と一言付け加えただけで、こんなにも違和感がなくなったのだろう。もちろん、私自身に絶望的に名づけのセンスがない、ということは分かっている。そんなことは十数年前から分かっている。でも最近になって、どうやらそれだけではないような気もしてきていて。
いまの私の名前における「鈴木」は、自分の中から出てきたものではなく、第三者からあてがわれたものだ。最終的に名前に組み込んだのは私自身だけど、ここで出てきた「鈴木」という言葉自体には、他者から見た私の要素が組み込まれている。
そうして他者から投影された自分の要素を、自らの属性に組み込むことで安心できた、というのであれば、つまり私は「人に見せる自分」を自分自身で定義すること自体が、ひどく苦手だ……ということなんじゃないだろうか。
たぶん、それが行き過ぎた自意識過剰なんだろうということは、自分でもなんとなくわかっている。それはそれで別の問題としてあるのだろうけど、ただとにかく、事実としてはそういうことなのだろうと思う。

考えてみたら、自分で定義することが苦手なのは、自分の名前に限った話ではなかった。
VRChatの話題が頻繁に上るようになったころに、当時かなりの品薄だったVIVEをどうにかして手に入れた。だけど結局、それからVRChatにログインすることはなく、あれだけ大枚をはたいたはずのVIVEもまともに使えていない。
どうしてだろう。VRChatをプレイするには、他のユーザーが自分の存在を認識できるように、何らかのアバターをまとわなければならない。自分にはそれが、どうにも耐えられないことのように思えてしまった。それが自作のアバターであれ、他者が提供するアバターであれ「その姿形を選び取った自分」の存在が、あまりにも無理だと感じてしまったのだ。
それと比べると、現実の私には名前付きのデフォルトアバターが存在していることに、とてつもなく安心感を覚える。もちろん、このデフォルトアバターの出来は酷いものだ。それでも、自分で選び取らない自分が存在していることへの信頼があまりにも大きすぎる。
まあ、実際にはそれとは別に、ルームスケールで遊ぶプレイエリアを確保するために、部屋の大規模な模様替えが必要になってしまい、色々なものを処分しているうちに心が折れてしまった、というのもあるのだけど。

以前、別のところでこんなことを書いたことがある。

だから何というか、Web上の私は、外形的になんの情報もない存在でありたいのだろう。SNSのデフォルトアバターのように、真っ白でつるっとした、人と分かる程度のもの。
最近ではその考えがエスカレートして、外形を持っているとされること自体に違和感を抱きつつある。私は何にもなりたくない。しいて言うなら無色透明になりたい。
(美少女をやめようと思う - ShortNote)

この考え自体は、今でも大きく変わっていない。でも、いまの時代にこのような考えでいたら、徐々にインターネット上に存在できなくなっていくのだろう、ということはなんとなく想像できる。
だから、しんどい思いをしながらも、どうにかして自分のことを定義していかないといけないのだろうと思っている。あなたにとってはばかげた話なのだろうけど、私にとっては本当にしんどいので適度に助けてください。

そんな私は今、自分と島の名前を決めることができず、たぬき開発のカウンターに10日近く居座っている。いい加減迷惑客だと思われているはずなので、そろそろ帰ったほうがいいのかもしれない。

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