小売りの視点から見た新規TCG失敗の要因

今回のnoteはいつもと違う趣旨でお送りいたします。

0.最初に

私は2010年からカードショップ業界で働きだしました。
今年で12年となります。

働き始めて、最初に登場した新規TCGは、2011年に発売された『ヴァンガード』です。
以降、発売された新規TCGは大体触らせて頂きました。

以前別の記事でも書いた通り、当店のスタンスは「新規TCGはとりあえず情報取集、例外なく取扱いの検討をする」です。

そしてそのスタンスの元、数多くの新規TCGの発売を見守り、サービス終了を看取ってきました。

上記の記事で「2022年は新規TCG戦乱期になりそう」と書いた通り、2022年は数多くの新規TCGの発売/発表が見込まれます。

この記事では、12年間新規TCGを見ていた者として、是非ともメーカー様へ見て頂きたい小売りからのお話となります。
たかだか一小売りの差し出がましい記事ですが、少しでも業界が良くなることを願いながら書きましたので、本当に差し出がましいことは重々承知しておりますが、何かしらのお役に立てれば幸いです。

1.新規TCGで一番大事なものは

新規TCGで一番大事な要素は何でしょうか?
ゲームの面白さでしょうか?
IP(版権)の強さでしょうか?
メディアミックスの多方面さでしょうか?

私は断言します。

"封入率"です。

もちろんその他の要素も大事ではあります。
決してゲーム性やメディアミックスの重要性を軽視しているわけではありません。

しかし色々な新規TCGを見てきた上で、残念ながら短命で終わってしまったTCGも数多くあります。
特にその中で共通する、明らかにメーカー側がミスをしてしまっている事例が多い要素があります。
それが"封入率"です。

"封入率"を間違ってしまうと、他の要素がどれだけ良くてもTCGとしては絶対に破綻します。
そして"封入率"は、最初に間違ってしまうと後から改善ができません。
そのままTCGとして詰みの状況になることが多々あります。

何故破綻してしまうのか、何故改善できないのか、ご説明させて頂きます。

2.封入率に明確な正解はないが、不正解はある

封入率というのは、そのカードゲームの生命線のような役割です。
当たり前の話ですが、高レアリティのカードを出にくくすれば、そのカードの流通は減り、逆に出やすくすればそのカードの流通は増えます。

この記事では「封入を厳しくしろ!」と言うわけでもなく、「優しくしろ!」と言うわけでもありません。
ただ「不正解だけは避けてほしい!」ということを声を大にして伝えたく思います。

例えば、新規TCGの発表会で封入率について質問や指摘をすると、下記のような返答が返ってくることが多いです。

・封入が厳しめという指摘に対して→「この封入率は〇〇(TCG名)を参考にしたので、厳しめではないはず」

よくこう言われることがあります。
ハッキリ言いますが、これは明確にダメです。

何故ならば、その参考にされているTCGは十数年という歴史が積み重なった上で、その封入率で問題なく維持されている状況だからです。

新規TCGと、何年も続いている既存TCGではそもそもの前提が違います。
ある程度カードプールが存在する既存TCGと違い、新規TCGは全てのユーザーが"何もない1からの状況"から始まります。

例え既存TCGの封入率がある程度厳しめだったとしても、それはそのTCGの積み重ねてきた歴史による信用が担保されている状況です。
その経緯を見ずに、ただ既存TCGはこれぐらいだから新しいTCGもこれぐらいで良いはず!というのは間違っていますそのゲームにあった封入率を販売側が独自に考えるべきです。

封入率は時代性もあります。
昔は許されていたことも、今新しくやるときには許されないということも多々あります。

ちなみに私は「この封入率は〇〇を参考にした」という言葉を人生で3~4回は聞いてますが、例外なく初弾で封入が厳しいと称された新規TCGでした。

次によく言われる言葉として

・「もし厳しければ緩和する。最初から優しくすると途中から厳しくできないが、逆はできる」

これも良く言われます。
数々の新規TCGの歴史を辿っていくと、この論法はそもそもの認識が間違っています。というより真逆です。

まず大原則として、TCGの根幹部分である"封入率"はそう安易に変えられるものではありません。
何十年の歴史があるTCGがレアリティの追加等で徐々に変えていくのならともかく、駆け出しの新規TCGがコロコロ変えられるようなものではありません。商品自体へのユーザーの信頼を失いかねないです。

例を出しますと、

・同一カードは4枚まで使用可
・UR(パラレル除く最高レアリティ)は8種類
・1BOXに2枚(パラレル除く)封入
・1カートン20BOXで、1BOXは5000円(定価)

となった時、全てのカードがデッキ枚数分揃う期待値は、16BOXとなります。
各4枚ずつ=1人分として、つまり1カートンで1.25人分のカードが出る計算になります。
この場合、1人分のカードを揃えるのに必要な期待値が80000円という計算になります。

この80000円という期待値、人によって感じ方は違うと思いますが、
一般的なTCGの基準と比べると、かなり高額の部類に入るかと思います。
もちろん、既に何年も続いているTCGでこれぐらいの期待値が必要なTCGもあるとは思います。
しかし、これから新しいTCGとして世に広めていこうとしたときに、高額な金額が必要な封入率でユーザーがそのゲームを継続していけるでしょうか?

そしてこの話の重要な点が、「それでも1弾はそれなりに売れる」というところにあります。
新規TCGの1弾というのは、触ってみようという興味による購入も多いです。
その結果、どの新規TCGの1弾もそれなりには売れることが多いです。
なので、このような比較的高単価の封入率だとしても、1弾の時点ではあまり問題にならないことが多いです。

しかし、2弾以降となると話は変わっていきます。
大多数の新規TCGが、2弾以降の販売数を大きく減少させます。
それもそのはずで、出たばかりの新規TCGに、毎回高単価の買い物を出来るユーザーは限られています。
中には1弾の時点でふるいにかけられてしまい、そこで購入をやめてしまうユーザーも多いはずです。

じゃあそこで何をするかというと、上記で「途中から厳しくできないが、逆はできる」とあるように、封入率のテコ入れを行います。
大体3弾ぐらいで変わる印象です。
これで一件落着!大丈夫!と思われるかもしれませんが、前述した通りこれには大きな落とし穴があります。

それは"封入率を変えたところで、封入が厳しかった時代のカードは据え置き"という問題です。
これによって何が起こるのかと言うと、"需要と供給のバランスがぶっ壊れる"という現象が発生します。

上の例で説明しますと、

・1BOXに2枚封入→4枚に増やす

このような変更があったとします。
これにより、1人分の期待値は40000円(8BOX)まで減退します。
これならば既存ユーザーは続けていけそうですし、これぐらいカードが揃いやすいなら始めてみようっていう新規ユーザーも増えるかもしれません。

しかし、封入が厳しかった時代の期待値は80000円なのです。
これは揺るがない事実です。
これによって、既存ユーザーは過去のカードを集めようにも、現状の期待値との落差によって集めにくさを感じてしまいます。
そして新規ユーザーは、始めようにもそもそも80000円の期待値という壁が無くなったわけではない為、いくら新弾のカードは安く集められようとも、根本は変わらないわけです。必要なカードを選んで個別に購入したとしてもカード単品の価格は新弾のカードから見れば割高なことが多いでしょう。

そして、期待値の低下はカードショップのシングル価格にも大きな影響を及ぼします。
基本的に商品を発注する際は、予約分や一般販売分の想定とは別に、確定で決まっている数量があります。それが"シングル剥き分"です。
これは基本的に固定となっていることが多く、例えば「URを各20枚ずつ用意したい!」となれば、期待値80000円の例で言うと4カートン分となりますね。

ところが、途中で封入率を変えてしまうと、本来4カートンを剥き分として発注していたにも関わらず、余剰分が生まれてしまいます。
上記の例ですと2カートンで十分になるわけですので、残りの2カートンが丸々残ることとなります。
ただの2カートンが余るわけではなく、"封入が優しくなった商品"のカートンが余るわけです。

その分も剥けば良いじゃないかと思う方もいるかもしれませんが、"封入が優しくなった商品"のシングル価格は、今までの期待値と比べ、非常に安価になりやすいです。
そして、パック在庫&シングル在庫が市場に溢れてしまい、"剥いても地獄、余らせても地獄"という状況に陥ります。

そういう状況になってしまうと、小売り側は"原価を割ってでも良いから売るしかない"という結論に至ってしまいます。

なので、封入率の変更というのは、何年も続いたTCGが慎重に慎重を重ねて、徐々にだったり新レアリティを作ったりと極力市場にショックを生まないように熟慮を重ねてされるべきことなのです。
新規TCGが易々と「今まで封入が厳しかったから緩和してみよう」で変えられるような要素ではないのです。

じゃあ「新弾のカードだけでも新規ユーザーが遊べるようになればいい!」と考えられるわけですが、それによって待ち受けているのは"旧弾の値崩れ"と"カードパワーのインフレ"のキッカケに繋がりやすいです。旧弾のカードが必要ないということはそういうことなのです。

ならば「需要の高いカードを再録しよう!」となるわけですが、
そうなると"期待値80000円でも購入してくれた既存ユーザー"という、いわばメインの客層に対しての資産的な損害、そしてカードの価値及び、ゲーム自体に対する信用を損なう結果を与えることになります。

「じゃあどうしろと言うんだ!」となると思います。

どうしようもないんです、詰んでるんです。

ただ封入率をミスしただけ…。それだけかもしれませんが、
その一つのミスで、どうやっても挽回できなくなります。

封入率は例えミスと分かったところで、変えられません。
もちろん物理的には変えられますが、それは物理的に変わっただけで、それに伴うそのTCGを取り巻く状況は変わらないどころか、悪化するケースが圧倒的に多いです。

数多くの新規TCGを見てきましたが、7割近いTCGは大体ココで躓きます。
新規TCGで大事なことは"いかに長く安定して供給し続けられるか"です。
その根幹の部分を担うもの、くどいようですがそれが"封入率"です。

3.まだまだある封入率のミス

上記では期待値に関しての話ですが、
ここからはレアリティに関する話です。
また例を出します。

・URは6種類で1BOX3枚封入
・SRは8種類で1BOX4枚封入

これを見て何を感じますでしょうか?
言いたいことはわかります。
どっちも3/6と4/8で1/2、つまり2BOXで1枚の割合になります。
ただの割り算なので、正直馬鹿にしてるのかって内容です。

ところが、新規TCGではこういう事例が時稀に起こります。
何だったら上の例ならまだ可愛いもので、ごく稀に

・SRは8種類で1BOX4枚封入
・Rは26種類で1BOX12枚封入

のような、何故かRの方がSRより期待値が低いみたいなケースもあります。

どちらにせよ、レアリティの区分が区分として全く機能していないのがわかると思います。
1つ目のケースならば、そもそもSR14種で1BOX7枚封入と何が違うんだって話になりますからね。

それとこれはレアケースではありますが、同じレアリティなのに謎の封入操作がされているケースもございます。

・SRは8種類で1BOX4枚封入

となってますが、実際はSRの中でも「出にくいSR4種/出やすいSR4種」に分かれていて、出にくいSRは実質4種類で1BOX1枚封入といった感じです。

そうすると、仮にその上のレアリティであるURが同じく1/4だった場合、この出にくいSRと同等のレアリティということになります。
そして残りの出やすいSRは、3/4になるわけなので、何ならその下のレアリティよりも出やすいといった形になります。
レアリティ区分という概念が崩壊してしまっています。

そんな馬鹿なことが本当にあるのか…?と思う方も多いと思います。
これは実際にあったことなんです。

4.そのゲームに合った間違っていない封入率を目指すために

一概に全てのTCGの封入率をこうしろ!とは言えませんし、上記で述べている通り「明確な正解はない」と思っています。

例えば

・色やコスト毎に分かれている
→俗にいうマナコスト制

・クランやその他勢力等で分かれている
→俗にいうクラン制

TCGを大きく2つ分けろと言われたら、この2つに分けられますが、マナコスト制で封入が厳しめだと、そもそもカードが揃わずにデッキが組みにくいです。
しかしクラン制であれば、全体的に厳しめだとしても何かしらのクランに特化すれば、デッキが組めないという事態はそうそう起こり得ないはずです。
逆にクラン制で優しくしてしまうと、逆にデッキが組みやすすぎてしまい、飽和気味になり、市場での価値が付きにくくなることも多々あります。

そのTCGの方向性や狙っているメインターゲット層、そしてその層に求められている期待値。
色々な要素を考えつつ、少しでも正解に近づけられるように、不正解にはならないように、慎重に判断すべき要素であると思います。

繰り返しになりますが、新規TCGで一番大事なものは、

ゲームの面白さでもなく…
IP(版権)の強さでもなく…
メディアミックスの多方面さでもなく…

封入率です!!!

もちろんその他の要素も大事ですが、いの一番に考えるべき要素は"封入率"です。

今後、新規TCGを出される全てのメーカー様の方々…
どうにか同じ失敗を繰り返さないよう、何卒ご考慮頂けると幸いでございます…

5.1弾を強化する2弾の落とし穴

これは封入率とは関係ないですが、新規TCGにありがちな「2弾が売れない」現象についてです。

TCGユーザーなら、新規TCGを始めて一度は「1弾までは調子良かったように見えたのに、2弾から盛り下がった」的な経験を体験されている方が多いと思います。

まず上の項目でも述べている通り、1弾はお試し購入のユーザーも多数いるため、2弾が1弾より売れることは中々ないです。
もちろん小売り側もそれを考慮し、2弾の発注はある程度抑えたり、極力市場に物が飽和しないように努めます。

しかし、そのような考慮も吹き飛ばすぐらい、ヤバい2弾も存在します。
それが

「1弾のデッキを更に強化!2弾のカードを加えて更にゲームを面白く」
的な2弾です。

これは新規TCGで本当にありがちで、むしろこのスタンスじゃない方が珍しいほどです。
しかし、このスタンスで開発された2弾は、大多数が市場に余り気味の結果となります。

このスタンスで市場に物が溢れ、俗にいう爆死や原価割れを引き起こす原因は大きく2つございます。

・そもそも1弾のカードが無いとデッキが組めないケースが多いため、前提として1弾を購入した人しか購入しない限定的な商品になりがち
・そもそも商品のスタンダード的立ち位置で開発されている1弾のデッキタイプへの追加カードの為、必要性が薄いカードが多い。その為、需要が生まれづらい。

大きくこの2つの理由が合わさることが多いです。
ですので、「2弾で既存のデッキが更に強化されて面白くなる」的な2弾はそれだけで赤信号になると考えられます。

ここで、ここ近年の成功例を挙げさせて頂きます。

『ファイアーエムブレムサイファ』
・2弾は1弾とは全く別の勢力のみ収録し、2弾だけでもデッキを完璧に組めるようにした。
・後に雑誌インタビューにて「2弾は"第二の1弾"になるように制作した」との発言

『デジモンカードゲーム』
・2弾から新色として"黒"と"紫"を追加し、2弾だけでもデッキを完璧に組めるようにした。
・更に他の色も各色に別軸を用意することで、新しいデッキタイプが生まれた。

2つに共通する点として、「2弾だけでもデッキを完璧に組めるようにした。」が挙げられます。
2弾が発売される時期は、1弾の発売時にはスルーしていたユーザーも、
「そういえば新しく出たTCGどうなんだろ?」と参入へのキッカケが生まれる時期でもあります。

そこで「既存のデッキが更に強化される!」と言われても、そもそも1弾を購入していないのですから、訴求力としてはだいぶ低いセールスポイントです。
それよりも「2弾だけでもデッキが組めて、1弾を買ってる人たちとも遊べる」と言われた方が、間違いなく興味が出ますし、ならやってみよう!という気になるはずです。

そして1弾から購入して遊んでいる方は、そのゲームを気に入って購入されている方が大半だと思いますので、2弾でデッキタイプが広がることに抵抗を感じる人はいないはずです。
両者ともにwin-winですね。

仮に3弾が「既存のデッキが更に強化される!」路線であった場合、そこで興味が出てきたユーザーが「この新弾のカードが良いな」ってなった時に、そのデッキタイプを組むのに必要な1弾or2弾のいずれかで事足りるので、ハードルとしては相対的に低く感じますし、以降の参入障壁も同様に低くなります。

もちろんそのTCGの方向性等もありますから、一概には言えないと思います。
しかし、2弾の「既存のデッキが更に強化される!」路線は控えた方が、少なくとも今までの統計的には良いんじゃないかなという話でした。

6.最後に

長くなりましたが、封入率とカードゲームの2弾について書かせて頂きました。

冒頭で述べた通り、今年は新規TCG戦乱期になりそうな気運があります。
新規TCGをできうる限り応援し、ゆくゆくは業界を引っ張っていくようなゲームになってほしいという願いを込めて、あえてこのようなnoteを書かせて頂きました。

今後、封入率をミスして消沈してしまうTCGや、2弾で勢いを失ってそのまま消えていってしまうTCGが、少しでも減ってくれることを祈っています。

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