因縁

 シルバーウィークの頭三連休はその大部分を映画だらだら観で消化してしまった。というとめっちゃ連休続くみたいに聞こえるけど中三日は普通に仕事。
 日課にしてる日曜朝の散歩も天気が安定しなさそうなので諦めて、久しぶりに引きこもってた。
 もっとやりたいこととかやらなきゃいけないこととか色々あったんだけど、まあ、いいか……みたいな。
 気づいたら月曜の夜で原稿も思うように進まなくて、久しぶりになんか適当にnote書いてやった感出して寝るか……みたいな。

掃除

 日曜の散歩を諦めた瞬間に「掃除するか」と思い立つ。
 というのも、土曜に部屋で筋トレしてたときに出所不明の異臭を感じて、大したことないレベルではあったんだけど本格的に拭き掃除などしないとなあとじんわり思っていたのである。
 デスクやらテレビの前やら床やらに散らかってるゴミを拾って掃除機をかけて、雑巾を絞って洗剤を手に取って、デスクや棚やらを粗方拭いたら雑巾がもうかなり黒くなっていた。

 ずっと――もう何年、下手したら十数年「掃除しなきゃなあ」と思っては「また今度でいいか……」となっていた場所があって、それがドア。自分の部屋に出入りするドア。
 部屋に持って入ろうとした飲み物でドアを汚してしまっていて、それをそのままにしてしまっていて、階段を上がってくる度に「きたねぇ。ちゃんと拭いとかないと……」と思うんだけどその数秒後、部屋に入る頃にはすっかり忘れてしまっていて…………というのを本当にもうずっと繰り返していた。ようやく因縁に決着をつけるときが来たのだ。
 洗剤を付けて拭くと、信じられないレベルで雑巾が茶色に変色した。汚さに対して驚きよりも疑念が勝る。雑巾の一面がべったり茶色になるほど派手には零していない。
 少し考えて……ああ、タバコの煙かと気づいた。両親共に喫煙者なので、二階のリビングから昇ってきた煙が三階のドアを汚していたらしい。飲み物を零した跡なんてささっと拭いたら取れてしまっていたんだけど、触ってみると全体的になんかベタベタする。どうやらドアにヤニ汚れの層みたいなのが出来てたらしい。ベタベタしなくなるまで拭き掃除するとそれだけで雑巾が四面分くらいは真茶色になってしまった。写真をツイッターにあげたくなるくらい汚かった。
 それから床。結果から言うと床はそれほど汚れていなかった。でも所々カビっぽい黒ズミがあって、それを掃除すると雑巾がもうかなりダメになってしまった。のでおかわりでもう一枚。
 階段汚れに取りかかる。手すりを一通りやってからウタマロクリーナー片手に踏面を一枚一枚やっつけていく。汗がポタポタ垂れるのでタオルを首にかけながらの作業である。
 一通り終えると両腕を中心に全身に疲労感。良い筋トレになったのでプロテイン片手に自室に戻ったら思ったより時間が経っていた。

 特にオチがあるわけではないんだけど……と思ったけど、そういえば関連が薄そうなのが一つだけ。
 買った馬券が当たってた。去年に続きローズステークス二連勝である。
 良いことしたからかな~とか思ってたけど、それまでにサボった分があるわけだし、そもそも自分の部屋だし……固めの決着だったし……でもまあ、無理矢理にでも運に関連付ければ次に掃除する時の動機づけにはなるので良いか。
 来週もやるぞ。掃除も、競馬も。

 十代の頃、特に中高生の頃はよく金縛りにあっていた。
 部屋で昼寝をすると身体がガクガク震えだして目覚める。自分で自分の動きを制御出来ないまま数秒……下手したら数十秒間は全身が痙攣し続ける。腕でも足でも、無理矢理どこか身体の一部分を動かせることが出来る頃には収まる。それが毎週のようにあった。
 半分寝てるのもあってか幻覚らしきものも見えてたんだけどここ十年ほどその現象は鳴りを潜めていて、今になって思えばストレスが原因だったんだろうなあ、と思う
 それが久しぶりに来た。ちょっと前。夏前かな。やば、だいぶ前じゃん。
 海で溺れる夢を見た。海岸から父親が必死になって泳いできて、抱き上げられるんだけど身体がうまく制御できない。自分の身体の震えで目覚める。意識が覚醒するにつれ震えも収まる。

 夢を思い出しながらスマホを手に取った。

 海派か山派か、って定番の質問に対しては必ず「山派」って答えてる。山が好きなんじゃなくて海が嫌いなのだ。海が~ってよりも泳ぐことが嫌いで、海水浴場もプールも不衛生だし人前で半裸になるのもなあ……というところなんだけど、実は海には普通にトラウマがある。

 マリンジャンボをご存知だろうか。書いてて思ったけどなんかもうエピソード的に年齢がバレちゃうな。
 全日空がやってたキャンペーンで、クジラをモチーフにしたデザインがペイントされたボーイングっていうジャンボジェット機が飛び回っていて、なんかテレビとかでも結構取り上げられたりしてた記憶がある。
 出張の多かった父が、ある日懸賞でマリンジャンボのグッズを当てたのである。
 父は上空を飛ぶ旅客機を見上げては「あれはどこどこから伊丹(大阪国際空港)に帰るやつやな……」とか呟いてるような飛行機好きで、そんな父からプレゼントされたマリンジャンボグッズに対して緊張感を持っていた。
 大切に扱わないと父をがっかりさせてしまうかもしれない……と子供心に考えていたのだ。

 マリンジャンボグッズには浮き輪があった。ビニールで出来たクジラの形の大きなフロートで、幼い姉と僕がギリギリ二人で乗れるようなサイズだったと思う。
 家族四人で海に行って、泳がない父は砂浜で荷物番。僕と姉が代わりばんこにフロートに乗って、母が横で支えてくれていた。まだ泳げなかった僕は最初こそ戦々恐々としていたものの、慣れていくに従って波に揺られる気持ちよさと海の開放感をかなり楽しんでいたように思う。今思うと初めての海水浴だったかも。
 確か帰り際だったと思う。姉と母がお手洗いか何かに行って、僕は浅瀬で一人でフロートに乗っていた。どれくらいの浅瀬かというと、足をつくとまだ小学生にもなっていなかった僕の胸の辺りに水面が来るレベルの浅瀬だった。
 大きな波が来たのかバランスを崩したのか、とにかくフロートがひっくり返って僕は溺れた。足がつくことは分かってたんだけど海水を飲み込むとパニックになってしまって身体が思うように動かない。周囲にけっこう人が居たように思うけど、遊んでるように見えたのか誰も助けてはくれなかった。
 気づいたら抱き上げられて、周囲に居る人が助けてくれたのかな……と思ったら海岸に居るはずの父だったので驚いたのを覚えている。
 夢に見たのはこの場面だった。記憶を辿ると父がこちらに泳いできた場面は見ていないのでそこは想像なのだろう。
 ひっくり返ったフロートが少し沖の方に流れてしまっていて、「しまった」と思った。父の大好きな飛行機が、マリンジャンボのフロートが流されていく。
 必死にアピールしたけど父の反応は鈍かった。幼い我が子が少し目を離した隙に海で溺れ、もう少し気づくのが遅ければ……という状況なのだから仕方ない。
 抱きかかえられたまま海岸に行くと母と姉が荷物の場所からこちらに走ってくるのが見えて、父が母に状況を説明している間にもフロートはどんどん流れていった。それに気づいた姉が声を出して、やっとマリンジャンボに両親の注目が集まった。
 父が「ああ、クジラさん海に帰ってもうたな……」と感情なく呟いたのを覚えている。

 それから海に流されていくマリンジャンボのフロートの夢を何度も見た。
 家にあったマリンジャンボグッズには他にもオルゴールとかがあって、底面が半円形になっているデザインで音楽と共に左右にスイングした……と思う。それがけっこうお気に入りだったんだけど、その出来事以来少しイヤな感じがして、あまり触らなくなってしまった。いつ捨てたのかも覚えていない。

 さて、話を悪夢と金縛りから目覚めた数ヶ月前の僕に戻すと、僕はスマホでマリンジャンボグッズについて調べた。あのお気に入りだったオルゴールの曲をもう一度聴いてみたくなったのだ。
 ミュージカル『キャッツ』の「メモリー」という曲だった。Youtube開いて聴いてみると、まさにあの『クジラさんのオルゴール』の曲だった。
 過ぎ去った美しい日々を思い返す歌を聴きながら、あの『クジラさん』ことマリンジャンボの浮き輪の画像なんかも出てくるだろうかと色々と検索をかけてみた。

 メルカリで売ってた。

長風呂

 先週の日曜は両親が旅行に出ていたので家に一人だった。
 コロナ前は夫婦で旅行に出ることが多かったけれど最近はずっと家に居たので少し心配していたところだった。元気に東北の方まで行ってたらしい。
 僕はと言うと久しぶりの静けさを満喫した。久しぶりに飲酒をしようと思い立ち、久しぶりにピザを注文してお店まで取りに行った。
 ピザの箱には『未開封安心シール』みたいなのが貼ってあって、最近はもう個人宅配サービスみたいなのが当たり前だよなあとか、そういえば店員のお姉さんの対応が少しドライだったなあとか、普段は気にも留めなかったような世間の変化を感じた。
 チーズたっぷりのピザとお酒をお供に楽しみにしてた映画を観て、期待を裏切られたショックと酔いにやられて横になっていたらいつの間にか寝てしまっていた。
 気がつけば深夜の1時。月曜から普通に仕事なので歯を磨いてさっさと寝ようと音楽を聴きながら一階に降りると風呂の扉が目に入った。けっこう汗もかいていたし、風呂に入り直すのもアリか……とおもむろに服を脱ぐ。
 軽くかけ湯をしてから風呂に浸かると寝起きの目に照明が痛かった。一旦湯船から出て風呂の電灯を消して、ついでに脱衣所からスマホを取って来て軽く音楽をかけながらゆっくりと浸かることにした。
 人生で初めての長風呂である。

 子供の頃は風呂に入るのが大嫌いだった。
 風呂に入ることそのものより、風呂に入る前にやっていたことを中断させられるのがイヤだったような気がする。
 周囲には結構長風呂をする人が多いし、風呂に入ったまま電話だの通話だのする人もそこまで珍しくもない。ただ試してみようと思ったことはなかった。
 風呂場の出窓は奥行きが20センチくらいあって、そこそこ大きな鉢植えとかを置けるようになっている。そこにスマホを置いて少しぬるくなったお湯に肩まで浸かってぼーっとする。
 最高の気分だった。無人、深夜、風呂、暗闇、音楽。
 最初は軽く汗を流すだけと思っていたのにあと一曲分、あと一曲分だけ……と時間がどんどん過ぎていく。湯船に浸かり始めたのは深夜の2時だった。
 少しずつ近づいてくる日常への焦燥感がむしろ自由な夜の過ごし方の贅沢さを際立たせるような気がした。
 徐々に冷めていく湯の温度の変化を感じながらぼんやりすること一時間。深夜の3時になってようやく風呂から出る決心がついて、身体を拭いて服を着ると尋常じゃ無いほどの汗が出てきた。
 半身浴ならまだしも、肩までしっかり浸かったまま一時間過ごすのはけっこうヤバい気がする。というかこれ書いてて思ったけど、昔は目眩とか立ちくらみが酷くて風呂上がりに意識失って脱衣所で倒れてたときとかあったし、結構危ないことしてたかも。
 まあでも、身体に悪いことってだいたい気分には良いことだし。チーズたっぷりのピザとお酒とか。

 次の長風呂に備えてプレイリストを作っておいてもいいかもしれない。

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