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バカンスはやめられない【本編無料】

※スパム対策のため有料にしてありますが、全文無料で閲覧できます。

商業未発表作品
2024年執筆

登場人物


〇リゾートアイランド・ソリトン従業員
岬了(みさきりょう) オーナー兼総支配人
福留衣福(ふくとめいふく) 南館支配人
万来富士子(ばんらいふじこ) 北館支配人
あ9(あきゅー) 接客担当
ポッチ 四足警備ロボット(人間の警備員に変更可能)
船長     
 
〇宿泊客
沼笠絵恋(ぬまがさえれん)
まう 
妃(きさき) 歌手 
 
〇その他
河原淑子(かわらよしこ) 運送会社経営者
河原一繁(かわらかずしげ) 淑子の息子
沼笠早千江(ぬまがささちえ) 絵恋の母
 
スタッフ
淑子の部下


本編

〇結婚式場・教会
神父の前に並ぶウェディングドレス姿の沼笠絵恋とタキシード姿の河原一繁。

神父「新郎一繁さん。あなたは新婦絵恋さんを妻とし、健やかなる時も病める時も……」

神父の言葉の間、絵恋は終始浮かない顔。
一繁は緊張しているのか、強面が更に険しい顔になっている。
参列席は新郎新婦側の誰もが険しい表情。沼笠早千江は申し訳なさそうに、河原淑子は不服そうにしている。

神父「命ある限り心を尽くすことを誓いますか?」
一繁「ち、誓います!」
 
〇ホテル・スイートルーム・寝室
一繁が口から舌をダラリと垂らして死んでいる。
一繁の死体はベッドの上で全裸の状態。

絵恋「(すすり泣く)」
   
ベッドから離れた場所で、シーツにくるまり泣いている絵恋。
彼女の左頬は腫れあがっている。
 
タイトル「バカンスはやめられない」
1話タイトル「ソリトン」
 
〇海上
海上を進む高級小型クルーザー。
 
〇クルーザー・メインデッキ
操縦席にはアロハシャツを着た船長。
船内後方のソファに俯いたまま座っている絵恋。依然、頬が腫れている。

了(off)「外に出ないんですか?」
絵恋「!」
   
出入口部分から凛とした顔立ちの女性・岬了が顔を出して絵恋を見ている。

了「海がキレイですよ」
絵恋「気分じゃなくて……」
了「そうですか」
   
了、デッキに入ってきて、絵恋の近くに座る。手にはシャンパングラス。

了「飲みますか? ソーダです」
絵恋「いえ」
   
了、気にした様子もなくニコリと微笑み、ソーダを飲む。

絵恋「ご旅行……ですか?」
了「仕事です」
絵恋「2度と出られない島って聞いたんですけど……」
了「(笑って)大丈夫ですよ。宿泊費を払わなければ、出られます」
   
了、窓の外を見て

了「ほら、そろそろ着きますよ」
 
〇蝶島外観
俯瞰に島全体表示。
蝶の様な形をした蝶島(ちょうじま)。

了(off)「あれがリゾートアイランド・ソリトンです」
   
島中央が本館。島北部が旅館。島南部がホテル。蝶の頭部の様に突き出た部分に船着き場があり、そこにクルーザーが近づく。
 
〇蝶島・船着き場
キャリーケースを持ってクルーザーから桟橋に降りる絵恋と了。
四足歩行ロボットのポッチが2人に近づいてきて、見る。

ポッチ「危険物の反応はありません」

すぐに去って行くポッチ。
リゾートスタッフが近づいてくる。
スタッフが了に深々と頭を下げる。

了「お客様を優先して」
   
スタッフ、すぐに頷いて絵恋の方へ向き直る。

スタッフ「ようこそお越しくださいました。お荷物をお持ちいたします」
絵恋「あ、はい」
   
スタッフに荷物を預けつつ、チラッと了を見る絵恋。
了も絵恋の視線に気がつく。

了「バカンスをお楽しみください」
絵恋「(戸惑う)」
スタッフ「どうぞこちらへ」
   
スタッフに促されてゴルフカートの後部座席に乗る絵恋。
カートが走り出す。
それを見送る了。

富士子(off)「岬さーん!」
  
うしろから別のゴルフカートが近づいてくる。
助手席から着物姿の万来富士子が手を振り、運転席にはスーツ姿の福留衣福が乗っている。

了「(手を振って)富士子さん、衣福くん!」

了の前でカートが停まる。

了「久しぶり。父さんの告別式以来?」
衣福「絶対、了ちゃんがここに来ると思ってた」
了「(乗り込みながら)そお?」
富士子「ええ、賭けになりませんでした」
   
カート、走り出す。
 
〇リゾートアイランド・ソリトン(以下ソリトン)・本館・ロビー
窓際のソファに座っている絵恋。
そこにスタッフのあ9がやってくる。

あ9「沼笠絵恋様」
絵恋「はい」
あ9「この度はリゾートアイランド・ソリトンをご利用いただき、誠にありがとうございます。沼笠様の担当になります『あ9』と申します。以降よろしくお願いいたします」
絵恋「あ、はい」
あ9「失礼いたします」

ローテーブルの前にメニュー表が開かれた状態で置かれる。
和室と洋室の写真。ページの下部には旅館とホテルの支配人である富士子と衣福のバストショット。

あ9「当施設には和室の旅館と洋室のホテル、もしくはヴィラがございます。お部屋のスタイルにご希望はございますか?」
絵恋「一番安いプランはありますか?」
   
と、気まずそうに言う。
あ9、絵恋の身なりを確認。
ハイブランドのハンドバッグに靴。どちらもヨレて汚れている。

あ9「かしこまりました。では、破格の洋室プランがございますので、そちらにいたしましょう」
絵恋「助かります」
あ9「また当施設にご宿泊される間、通信機器をお預かりする規則となっております」
   
と、ジュエリートレイを絵恋の前に置く。

絵恋「えっ」
あ9「スマートフォン、スマートウォッチ、スマートグラス、ノートパソコンやタブレットなどをお持ちでしたら、こちらのトレイにお出しください」
絵恋「どうしてもダメですか?」
あ9「申し訳ございません。当施設は知る人ぞ知る秘密の楽園をコンセプトに運営しておりますので」
絵恋「……」
あ9「もし、お客様が当施設のことを口外なさった場合、我々に多大な損失が生じてしまう可能性がございます。その場合、それ相応の――」
絵恋「わかりました」
   
絵恋、トレイにスマホを置く。
 
〇同・渡り廊下
あ9と荷物を背負うポッチの後を歩く絵恋。
渡り廊下の向こう側にはプールサイドが見える。
 
〇同・南館ホテル・客室
キッチンや寝室が別の広々としたスイートルーム。
それを見て唖然とする絵恋。

絵恋「これが最安値ですか?」
あ9「すべての客室がスイートルームでございます」

ポッチの背中から荷物を降ろすあ9。

絵恋「……あの、親にも連絡できないんですか?」
あ9「ああ、説明不足をお許しください。当施設の会員の方とはご連絡も可能です」
絵恋「じゃあ、ちょっとだけスマホを返してもらえますか?」
あ9「電話室がございます」
 
〇同・本館・電話室
高級感のある部屋に椅子と机がワンセットのみ。
机には電話1台。電話にはボタンひとつない。
絵恋、戸惑いつつも電話の受話器を持ち上げて、耳にあてる。

電話の声「ご利用ありがとうございます。どちらに繋げますか?」
絵恋「あ……そうか、母の携帯番号を調べてからかけ直します……」
電話の声「問題ありません。沼笠早千江様の携帯電話ですね?」
絵恋「!!」
電話の声「少々お待ちください」
絵恋「(ぞっとして)……」

コール音。

早千江(off)「もしもし?」
絵恋「お母さん? 私」
早千江(off)「絵恋、島に着いたの?」
絵恋「着いたけど……なんか変だし、凄く高そう」
早千江(off)「不便かもしれないけど、我慢して。お金のことは心配しないで」
絵恋「お金がないから、あんなヤツと結婚することになったんじゃない」
早千江(off)「ごめんなさい、絵恋。とにかく島を出ないで。出たら殺される」
絵恋「出たらって……ここは大丈夫なの?」
早千江(off)「ええ、そういう島だから」
絵恋「……」
 
〇同・同・総支配人室
絵恋(off)「わかったよ、お母さん」

皮張りの椅子に座って液晶を見ている了。
液晶には電話室の監視カメラ映像。絵恋が映っている。

了「この子、何したの?」
衣福「殺しだよ。沼笠絵恋。運送業を営んでいる沼笠組社長の一人娘」
了「ああ、盗品の密輸入で儲けてるとこか」
衣福「だいぶ傾いているらしくて、ライバル企業のカワヨシ経営者・河原淑子の一人息子である一繁と政略結婚」
   
衣福、了に資料を渡す。

衣福「だけど、結婚初夜で絵恋が一繁を絞殺した。ベッドの上で殴られて怖くなったらしい」
   
資料に目を通す了。
資料には一繁殺人現場(ホテルスイートルーム)の写真や一繁の死体の写真。
一繁の死体は首に絞め跡。手首に擦り傷。

了「……カワヨシってかなり武闘派じゃなかった?」
衣福「だから、沼笠は娘をウチに入れた」
了「揉め事にならないといいなぁ」
 
〇同・プールサイド(夜)
ライトアップされたプール。
プールサイドの席でカフェごはんを食べている絵恋。
近くのステージ上では頭から目元まで隠したマスク姿の妃が歌っている。
その姿に釘付けになる絵恋。

まう(off)「新顔はっけーん」
絵恋「!」
   
キャミソールにショートパンツ姿の女性・まうが近づいてくる。

まう「相席いーですかー?」
絵恋「歌を聴いているので」
まう「大丈夫だよ。妃さん、ほとんど毎晩歌ってるもん」

勝手に対面に座るまう。

まう「(スタッフに)すみません、いつものー!」
絵恋「ちょっと勝手に――」
まう「アタシ、まう。あなたは?」
絵恋「……」
   
緊張する絵恋。

まう「あなた逃亡犯? 逆に目撃者とか被害者とか?」
絵恋「言うと思いますか?」
まう「アタシはヘマして隠れてる。外に出たら警察に捕まっちゃう」
絵恋「(少し警戒が弱まる)……何をしたんですか?」
まう「言うと思う?」

絵恋、一瞬呆気にとられるも、

絵恋「……ふふっ」

と、思わず苦笑する。
 
〇同・南館ホテル・廊下
絵恋の手を取り、廊下を走るまう。

まう「こっちこっち!」
 
〇同・ゲームセンター
以下モンタージュ。
レーシングゲームをする絵恋とまう。
 
〇同・シアタールーム。
ポップコーンを頬張りながら、映画を観る絵恋とまう。
 
〇同・露天風呂(夜)
絵恋とまう、風呂に入る。
 
〇同・カフェラウンジ(別日)
アフタヌーンティを楽しむ絵恋とまう。
 
〇同・プール
水着姿でプールに飛び込む絵恋とまう。
モンタージュ終了。
   
〇同・本館・総支配人室
窓からプールサイドを見下ろしている了と衣福。

衣福「もう友達が出来てる。ここで心と体の傷が癒えるといいね」
了「(驚いて)それ本心?」
   
衣福、鼻で笑う。

衣福「いや全然。写真を見たら……ね」
了「ビックリさせないでよ」

ノックの音。

了「はい」
富士子「(扉を開けて)岬さん、届きましたよー」

包装された箱を持った富士子が部屋に入ってくる。

了「何が届いたの?」
富士子「就任祝いです。私と福留くんから」
了「えー、嬉しい」
   
富士子からプレゼントを受け取る了。

了「開けていい?」
衣福「開けて開けて」
富士子「どうぞどうぞ」
   
了、嬉しそうに包装を破り、箱の中身を確認する。
途端にしかめ面になる了。

了「なにこれ」
衣福「まぁ……ブレスレット?」
富士子「とても便利ですよ。きっと必要になると思います」
了「そうかなぁ?」
   
箱の中身、全容は見えないがベルトの様な物が少し見える。
 
〇同・南館ホテル・まうの客室
まう「入って入って!」
絵恋「お邪魔します」
   
絵恋、まうの部屋を見回す。
絵恋の部屋と似た造りだが、より広くて天井も高い。

まう「お茶いれるねー。適当にくつろいで!」
絵恋「うん」
   
絵恋、テーブルの上のカタログに気がつく。

絵恋「これって通販カタログ?」
   
まう、キッチンから絵恋を覗く。

まう「欲しいものあったら注文しとくよー」
絵恋「いい。お金ないし」
   
まう、カップを2つ持ってリビングに戻ってくる。

まう「いいよ、お近づきの印に何かプレゼントしてあげる!」
絵恋「悪いよ」
まう「いいからいいから」
   
絵恋の隣に座ったまう、カタログを手に取りパラパラめくる。

まう「何でも買えるよ。ブランドバッグも靴も服もコスメも……ほら、こんなのも」
   
まう、絵恋にあるページを見せる。
アダルトグッズのページ。

絵恋「い、いいよ! そういうの……」
   
絵恋、無理矢理カタログを閉じる。

まう「あはは、絵恋はオモチャには興味がないか」
絵恋「ないよ」

苦笑する絵恋。

まう「じゃあ、リアルな相手は?」
絵恋「え?」

まう、絵恋の口を口で塞ぐ。
絵恋、キスされたことに驚くも、抵抗せず受け入れる。
キスがどんどん激しくなっていく。
×   ×   ×
フラッシュ(回想)
舌をダラリと垂らして死んでいる一繁の顔。
×   ×   ×
絵恋「!!」

絵恋、まうを突き飛ばす。

まう「怒っちゃった?」
   
まう、首を傾げる。

絵恋「……」
まう「ごめんね」
絵恋「違うの……ごめんなさい」
   
絵恋、逃げるように部屋を出る。
 
〇同・同・絵恋の部屋(夜)
ベッドに寝ている絵恋。
目はパッチリと開いている。
 
〇同・本館・ラウンジ(翌日)
あ9「チェックアウトですか?」
絵恋「はい」
   
チェックインの時と同じ窓際の席に座っている絵恋。その傍に立つあ9。

絵恋「私、自首しようと思います」
あ9「申し訳ございません。それは不可能でございます」
絵恋「何故ですか」
あ9「当施設のご契約者様は沼笠様ご本人ではなく、ご両親です。沼笠様のご判断でチェックアウトすることはできないのです」

ムッとする絵恋。

絵恋「次に来た船に乗ります」
   
立ち上がった絵恋、キャリーケースを持って、ロビーから出ていく。
あ9、ジャケットの袖口を口元に持っていく。

あ9「(袖口のインカムに)エリアH、沼笠絵恋様、ウサギです」
   
〇海岸までの歩道
キャリーケースを転がしながら、船着き場まで歩く絵恋。
背後から近づく足音。
うしろから距離を保ちつつ、スタッフがついてくる。
不気味に思う絵恋、早足になる。
道の先に海が見える。
絵恋、ほぼ走っている。
それにあわせて、持っているキャリーケースのタイヤの音がガラガラと響く。
 
〇船着き場
船着き場に辿り着いた絵恋、思わず立ち止まる。
桟橋には見慣れぬクルーザーが横付けされており、傍では淑子とその部下達、それに対面する了がいる。
全員が飛び出してきた絵恋を見ている。
絵恋、慌てて引き返そうとするが、スタッフが背後にいる。

淑子「待ちなさい!」

絵恋、車道に逃げようとするが、ポッチやゴルフカートに乗ったスタッフ達が前方に、淑子の部下達が後方に立ちふさがり行く手を阻む。逃げ道がない。

淑子「岬さん、沼笠絵恋の引き渡しをお願いできないかしら」
了「それは難しいです、河原さん。彼女は我々『ソリトン』のお客様です。彼女に危険が及ぶとわかっていながら、あなたに差し出すことはできません」
淑子「あの女は私の息子を殺した」
了「存じております」
淑子「殴られたって言ってるけど、ウチの息子は優しい子だった。私とは違う。女を殴ったりしない」
了「それも理解しております」
絵恋「!?」
了「事件現場の写真を拝見しました」
×   ×   ×
一繁の死体の写真表示。
首には正面から手で絞められた跡。
了(off)「一繁さんと沼笠様にはかなりの体格差があります。正面から絞殺するなんてほぼ不可能です。仮に寝込みを襲ったとしても起きて抵抗されますからね」
一繁の両手首には擦り傷。
了(off)「一繁さんの両手には擦り傷がありましたね。何かで手首を縛られて拘束されていたのでしょう。そうであれば、沼笠様でも一繁様を絞殺できる」
×   ×   ×
了、チラッと絵恋を見る。

了「頬の腫れは後から自分で作ったものだと思います」
   
絵恋、気まずそうにしている。

淑子「そう、あいつは一繁が眠っている間に手首を縛って殺した」

淑子、絵恋を睨む。
絵恋、俯く。

絵恋「ち、違います。あれは……プレイでした」
淑子「プレイですって?」
絵恋「提案したのは一繁さんです。『縛ってイジメて』って……」
淑子「あの子はそんな変態じゃない!」
絵恋「……あの人が『もっと、もっと!』って叫ぶから……」
   
絵恋、顔を上げる。
堪えきれずニヤついた笑みを浮かべている。

絵恋「なんだか私も興奮しちゃって……」
   
カッとなった淑子、腰から銃を取り出そうとする。
それよりも速く、了が淑子の頭に小型の銃を向ける。
それを合図かのように、リゾートスタッフとポッチ、淑子の部下達も持っていた武器を向け合う。(ポッチは背中から内蔵銃が出てくる)

絵恋「いや!」
   
絵恋、その場にしゃがみ込む。
淑子だけが銃を抜き損ねて、了から一方的に銃を突きつけられている形になる。

了「河原さん、面白くないことになっていますよ」
淑子「岬さん、あなた子供は?」
了「いいえ。私は自分を独り占めしたいものですから」
淑子「なら、私の気持ちも理解できないでしょうね」
了「ええ、他人の気持ちなんてわかりません」
淑子「それでよく客商売ができるわね」
了「恐縮です」
淑子「(忌々しそう)」
了「我々の仕事はお客様をもてなすこと、そして外敵から保護すること。お客様が何者であろうと構いません。宿泊費さえ払っていただけたら、それでいいのです」
淑子「私は宿泊客になれるかしら」
了「現在ご宿泊されているお客様に危害を加える可能性のある方をお泊めすることはできません」
淑子「……仕方がないわね」

と、腰元から手を離し、姿勢を正す。

淑子「帰らせていただきます」
淑子の部下「いいんですか?」
淑子「ええ」
   
淑子、了をチラッと見て

淑子「御親切にどうも」
   
了、ニコリと笑う。
×   ×   ×
淑子達の乗ってきたクルーザーが島から離れていく。
それを呆然と見送る絵恋。
了が近づいてくる。

了「沼笠様はどうしてこちらに?」
絵恋「……海を見に来ただけです」

絵恋、キャリーケースをガラガラ引っ張り、元来た道を戻っていく。
それを見届ける了。

了「(インカムに)フロント、沼笠様お戻りです。それから、支配人ふたり」
×   ×   ×
ホテルにいる衣福。
衣福「はい」
×   ×   ×
旅館にいる富士子。
富士子「どうかしました?」
了(off)「プレゼント、ありがとう。早速役に立ったよ」
×   ×   ×
衣福「ほら、やっぱり」
×   ×   ×
富士子「気に入ってくれたみたいで、よかったです」
×   ×   ×
了「そうだね」
   
ジャケットを脱ぎながら話す了。
右手にはスリーブガンが装着されている。

了「素敵なブレスレットをありがとう」
  
〇『ソリトン』・プールサイド
プールサイドの席にいるまう。
退屈そうにストローでグラスの中の氷をつついている。
そこにやってくる絵恋。

まう「絵恋……」
絵恋「私、ああいうのダメなの。殺しちゃうの」
まう「わかった。もうしない」
絵恋「そうして」
   
絵恋、何事もなかったように、まうの対面の席に座る。
 
〇沼笠家・外観(夜・雨)
立派だが、手入れや修繕が行き届いていない一軒家。
 
〇同・リビングダイニング(夜・雨)

明かりのついていない部屋。
風呂上がりでパジャマ姿の早千江が入ってきて、冷蔵庫の前まで移動する。
早千江が冷蔵庫の扉を開けると、冷蔵庫内の明かりが部屋を薄っすらと照らす。
薄暗がりのダイニングに淑子が座っている姿が見える。

淑子「雨漏りしてるわよ」
   
早千江、驚く。

早千江「淑子さん!」
淑子「切なくなるわ。鳴り物入りで参入してきたあなた達が、家の修繕もできなくなるなんて」
   
天井の隅に雨漏りのシミが出来ている。

淑子「私達にシッポを振るわけね」
早千江「主人は……主人はどこ!?」
淑子「そこ」
   
淑子、持っていた肉叩きでソファを指す。
早千江、リビングソファの陰に倒れている夫の足を発見する。

早千江「あなた!!」
   
夫の頭には黒いビニール袋が被せられており、袋の口の部分から血が流れ出ている。
頭のビニール袋には厚みがなく、中身の頭部が潰れていることが窺える。
早千江、周囲を確認する。
暗がりの中、出入り口や窓の外に立つ淑子の部下達の姿がある。
早千江、夫の傍らにくずおれる。
淑子、早千江に近づく。

早千江「(淑子を見上げて)殺さないで……」
淑子「もちろん」
   
淑子、肉叩きを振り下ろす。
 
〇『ソリトン』・南館ホテル・廊下(数日後・夜)
まう「じゃあ、また明日―」
絵恋「うん、また明日!」

健全な様子で手を振り合う絵恋とまう。
 
〇同・同・絵恋の部屋(夜)
バルコニーで酒を飲む絵恋。
目下の島の輝きの先には、真っ黒な海しか見えない。
絵恋、諦観と同時にサッパリとした目をしている。
電話が鳴る。
部屋の中に戻り、電話に出る絵恋。

絵恋「沼笠です」
あ9(off)「夜分遅くに失礼いたします。あ9でございます。お母様からお電話です。御足労をおかけしますが、電話室までお越しください」
 
〇同・本館・電話室(夜)
電話に出る絵恋。

絵恋「もしもし、お母さん?」
早千江(off)「ごめんにゃひゃい、絵恋」
絵恋「どうしたの? なんか変」
 
〇ある一室(夜)
防音仕様の部屋の中。
簡素な椅子に座る早千江の周りをスーツ姿の男達が囲んでいる。
黒服のひとりが早千江の耳もとにスマホをあてている。
早千江の両手には包帯が巻かれているが、指がない。

早千江「みょうたすけりゃれにゃい(もう助けられない)」
   
早千江の顎下は大きく凹んでいる。
 
〇『ソリトン』・本館・電話室(夜)
絵恋「え……」
早千江(off)「にげて……しょこはもう安全じゃにゃい(そこはもう安全じゃない)」
  
電話が切れる。

絵恋「お母さん? お母さん!」
了(off)「沼笠さん」
絵恋「!!」
   
振り向くと、了が立っている。

了「先ほど、お母様からご宿泊プランのキャンセルが入りました」
絵恋「あ……」
了「ご退室をお願いします」
絵恋「お客様を保護するのが仕事って言ったじゃない……」
了「『お金さえ払わなければ出られる』とも言ったじゃない」
   
了、すっかりカジュアルな対応になっている。

絵恋「私、島を出たら殺される」
了「でしょうね」
   
絵恋、部屋の外に出ようと走って扉へ向かう。
その扉から、あ9が部屋に入ってくる。

絵恋「!」

ぶつかる2人。
あ9、絵恋を抱きとめるようにして首に注射器を刺す。
ドサリと倒れて意識を失う絵恋。  
 
〇暗転
波の音。
 
〇クルーザー・メインデッキ(明け方)
波の音に目を覚ます絵恋。
島に来た時と同じ船内。

淑子「金の切れ目は何とやらね」
絵恋「!!」 

淑子が出口側のソファに座っている。
絵恋、逃げ場を探すが、キャビンへ降りる階段の前にはスーツ姿の男。
操縦席には誰もいない。

淑子「あなた達が退会したから、今度は私が『ソリトン』に会員登録できたの」 
  
絵恋、近くの窓を開けようとするが、開かない。

絵恋「殺さないで……」
淑子「親子ねぇ」
   
淑子、立ち上がる。彼女の手にはロープが握り締められている。

絵恋「っ!」
   
壁際に逃げようとする絵恋の首に、淑子がロープをかける。
 
〇同・メインデッキ後方(明け方)
海上を漂うクルーザー。

絵恋(off)「ぐうぅっ」
   
船内から絵恋のうめき声が聞こえる。
アロハシャツの船長、水平線を眺めながらタバコを吸っている。
 
〇蝶島・ボードウォーク(朝)
柵に肘をつき、日が昇る水平線を眺めているまう。

まう「また死んじゃった」
   
と、体を起こして、ソリトンへ戻る。
 
〇同・船着き場
ボードウォークを去るまうから海に視線を移す了。
オフなのか、カジュアルな服装でソーダ瓶片手に桟橋に座っている。   

あ9「岬さん」
   
あ9が歩いてくる。

あ9「歓迎会の準備が整いました」
   
了、立ち上がってあ9を見る。

了「ありがとう」
   
あ9、笑う。

了「どうしたの?」
あ9「いえ……目元がお父様にソックリだと思いまして」
了「(苦笑)面倒なものを遺してくれたと思ってるよ」
あ9「あなたがいちばん適任ですよ」
了「みんなそう言う」

ふたりで並んで桟橋を歩き、ソリトンへ向かう。
 
 おわり
 (400字詰め原稿用紙36枚程度)

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