SmartHRシリーズB資金調達に見る、SPV方式による出資方法についての一考察

とても恥ずかしい話だが、SmartHR社がシリーズCで61.5億円の資金調達を成功させた、というニュースを見るまで、同社のシリーズB資金調達において日本では類を見ないSPVを用いた出資手法が用いられていたことを全く存じ上げなかった。

そこで、恥を忍びつつも同シリーズでとられたCoral CapitalによるSPV方式について考察したいと思う。
なお、手が届く範囲の文献を探してみたが、本スキームについての解説は不見当であったため、まずは頭の体操として、ゼロから、本スキームの特徴について検討してみたい。

1.SPV方式による投資手法

まずは、SPV方式による投資手法について整理してみたい。

インターネット上に公開されている情報を元にすると、通常の投資手法との違いは、以下の図のとおり。

(通常の投資手法)

(SPV方式)

このように、一度SPVがファンドとして投資者(LP)から資金を募り、これを対象会社に出資する、というスキームが、SPV方式とのことである。

2.SPV方式は、対象会社にとってどのようなメリットがあるのか?

SPV方式の対象会社にとっての最も大きなメリットは、

「新しく株主になるのは1社のみ」

これに尽きるのではないか。

この点には、様々なメリットが含まれている。例えば、


・通常の投資手法だと、様々な思惑を持った投資者が関与することになり、その利害調整に時間がかかるが、SPV方式であれば、株主になる1社とのみ交渉すればよく、契約交渉の時間が圧倒的に短縮される(作成する書類も少なくて済む)。


・株主が1社になることで、会社経営に株主として参画できる外部者の数を減らすことができ、投資者の利害に左右されずに経営に専念できる。

・株主がいたずらに増えないことにより、事前通知・事前協議事項、表明保証事項等が区々にならず、社内での管理が容易になる。


といった具合である。

他にも、SPVのGPが資金の出し手(LP)を探してくれることで、対象会社が自らリーチできないような投資家から資金を拠出してもらうことができる、といったメリットもあるかもしれない。

3.他方で、投資者側のメリットは?

恥ずかしい話であるが、この点が最も大きな疑問である。

確かに対象会社にとっては、メリットのある手法といえるが、投資者側、特にGP(今回のケースの場合Coral Capital)にとってこの手法はどのようなメリットがあるのだろうか?

SPV組成の際の契約内容にもよるが、一つは、GPが無限責任を負うことに対する対価(成功報酬)として、自身が直接投資した金額よりも多くの金額を得られる、という点がメリットなのだろうか。

しかし、そもそもGPはSPVの行為について無限責任というリスクを負うのであり、成功報酬は無限責任という大きなリスクに対する対価であって、そもそも無限責任を負わなければ発生しないものであるから、この点は、SPV方式を取ることのメリットにはならなそうである。

特に、1社への出資に特化したSPVの場合、通常のベンチャーファンドと異なり、ポートフォリオが組めない分、リスク分散ができないために、LPにとってもリスクが高い投資となることから、LPからは必然的に多くのリターンを求められるだろう。
そうすると、GPへの成功報酬に先んじて、LPに対するリターンの分配を求められるのではないかと考えられる(ハードルレートの設定)。

なにより、SPVとしてLPから資金を募る際の説明に、多大なカロリーを使いそうなものである。
投資条件についてもきちんとLPに説明しなければならないだろう。
LPはその説明をもって、自身のLPにも説明しなければならないだろう。
「自分が投資するのではなく、SPVを通じて資金を拠出することの合理性」をきちんと説明しきらなければならない。
そのためのシナリオまでも描いてあげる必要があるのではなかろうか。

そう考えると、経済合理性の観点からは、投資者側のメリットは説明できないのではないかと考える。

経済合理性の観点から説明できないとすると、やはり投資者側にとってのメリットは、

「経営者のリソースを経営に集中できる」

ということなのだろうか。

経営者がファイナンスに割く時間を極小化し、経営に集中できる環境を作ることで、経営者は、自社の企業価値向上に自身のリソースをフル投下することができる。それによって、対象会社への投資の成功確率を高めることができる、というのがSPVスキームにおける投資者サイドのメリットなのではないかと仮説立てている。

4.雑感

以上の検討から、現時点での個人的な雑感としては、このSPV方式による投資手法は、限られた企業のみが受けられるVIP的な投資手法なのではないか、と考えている。

すなわち、この方式による投資が行われるための前提として、「その1社にのみ拠出する資金を集める」ということの合理性が保たれる企業に対してしか、この手法は使えない。

「この企業は、大きく成功する可能性が高い。経営者のリソースを経営に集中させるためにも、SPVを組成しよう。そうすれば、高いリターンを得られる可能性が高くなる」

という説明に合理性が認められるほどの高い実績を上げていることが、このスキームの前提となるのではなかろうか。

このようなプラチナチケットを手にされたSmartHR社と、自ら手足を動かし、対象会社と一丸となって企業価値向上を支援するCoral Capitalに多大なる敬意を表しつつ、引き続き、本スキームについての理解と見識を深めたいと思う。

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