(5/21追記) 4/18 深圳アビガン臨床試験論文「受理→撤回→修正再受理」の経緯??? (やや専門的)

(5/21: 倫理委員会の承認日に関する記述を追記)
アビガン (Favipiravir)の臨床効果を示した研究として、昨日の感染症学会シンポジウムでも紹介された中国・深圳第三人民医院での臨床試験。

Patients (誰に): 臨床検査で確定した (Labolatory-Confirmed)Covid-19患者にExposure(何をすると): Favipiravir (後発品)+インターフェロンαを投与するとComparator (何と比較して): カレトラ (Lopinavir/ritonavir合剤, 抗HIV薬)を投与した人と比べて
O
utcomes (どーなった): ウイルス消失時間が11日から4日に、有意に短くなった

が概要。研究デザインは、アビガン群とカレトラ群をランダムに振り分けるのではなく、1/24から1/30までに来院した患者をカレトラ群に、1/30から2/14までに来院した患者をアビガン群に割り付ける非ランダム化比較臨床試験である。アビガン群には35名・カレトラ群に45名が組み込まれた。両群の患者背景に、有意な差はなかった。
(5/21追記)
後ほど紹介する中国の臨床試験登録サイトによれば、この試験が倫理委員会の承認を受けたのは1/30で、カレトラ群の投与期間はすでに終了している。記述が正しければ、「倫理委員会の承認が得られるまでは、通常の診療として全員にカレトラを投与していた。1/30に承認が得られた後は、アビガンの投与を開始した。アビガンのデータと、さかのぼって整理したカレトラのデータとで比較を行った」という形式になる。

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Figure3とTable2がメインの結果。
Figure 3 はFPV (アビガン群)とLPV/RTV(カレトラ群)で、ウイルス陽性者の割合の変化を追跡した生存曲線(値が100%に近いほど、ウイルス残存者が多い)。
単純には、二つの曲線が離れているかどうかを評価する。この場合は図からも見て取れるように、両群の生存曲線は大きく離れており、統計的にも有意であった。
Table2では、4日・9日では差がないものの、14日間経過後のCTスコアが両群で有意に異なっていたことが分かる。

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2群をランダムに分けず、前半:カレトラ、後半:アビガンに分けているため、バイアスが生じる可能性はある (例えば、どちらかの時点の方がより重症の患者が多いなど)著者もこの点は認識しており、「感染が急拡大して患者が殺到する状況下で、二群に分けて治療を行うのは倫理的にも困難で、ランダム化は現実的ではない。隔離を拒否される可能性もある」とし、「患者背景に大きな差はない。また背景の調整をしても、治療法の違いがウイルス消失時間に有意に影響している」と述べている。

時折誤解されるが、「どんな時でもランダム化比較試験 (RCT)!」「RCTにあらずんば臨床試験にあらず」は成り立たない。今回のような「非常にランダム化が困難な」ケースでランダム割付を行わないことは、一定の妥当性はある。もちろん、著者らも指摘するように、さらなる研究は不可欠である。

論文の撤回?

3/18に雑誌サイトに掲載されたこの論文だが、4月初めにいったん撤回 (WITHDRAWN)されている。
(こちらはwebarchive上の4/4の該当ページ)

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特に撤回理由は明示されておらず、「著者 and/or編集側からのリクエスト」とのみ記載されていた。

軽微なミスであれば論文修正 (correction)が一般的なので、何が起きていたのか非常に気になるところだったが、いつの間にか修正→再投稿→受理 (accept)されていた。昨日の感染症学会シンポジウムの発表中、「この論文は撤回されていたのでは?」と気になってアクセスしたところ、再投稿に気付いた次第。

何が変わった?

現時点でアクセス可能な"Corrected Proof"と、たまたま以前ダウンロードしていた撤回前のPDFを比較してみた。なお、図表の数値や試験の参加人数・解析結果などは、すべて同一であった。

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非常に見づらいが、これが抄録部分。上が撤回前、下が再投稿後。
撤回前の記述は「アビガンが疾患進行とウイルス消失時間について、有意に優れた治療効果を示した (significantly better treatment effect)この結果は新型コロナウイルス感染症の診療ガイドラインを作成する際に、重要 (important)な情報となる」
再投稿後では「アビガンがが疾患進行とウイルス消失時間について、優れた治療反応性を示した。この暫定的な (preliminary)結果は、新型コロナウイルス感染症の治療に関して、有用 (useful)な情報となる」
と、やや「引いた」表現になっている。

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こちらはDiscussionの冒頭部分。下の再投稿バージョンの方が、研究デザインの限界をより詳しく述べている。全体的に、撤回前にはなかった"Before-After trial"の表現が多く登場し、同時並行ではない限界がよく分かるようになった。細かい点では、感染確認の方法もわずかに記述が変わっている。

より慎重な(すなわち、誇張のない)表現になったことは望ましいことだが、依然として解決していない部分もある。

臨床試験登録とのズレ?

近年の臨床試験は、「うまく行かなかった試験をほっかむりしてなかったことにする(→最終的に、『効いた』試験のみ論文化され、出版バイアスが生じる)を未然に防ぐため、始める前に臨床試験を登録することが推奨される。名の通った雑誌では、「事前登録のない臨床試験は問答無用でrejectする」という姿勢をとるところもある。

この試験も、中国の臨床試験登録サイトに掲載されている。

論文中の登録番号とも一致するのだが、こちらのサイトでは2群の比較ではなく、「インターフェロンαのみを投与」の群も含めた3群の比較である。なおかつ、30名ずつの比較となっている。

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論文中では、インターフェロンαのみの"A組"はどこにも出てこない。この点は全く情報が得られないが、撤回との関連の有無を含めて、気になるところではある。

蛇足ながらこの"Engineering"誌、カバーする研究領域が不思議に広い。

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個人的に気になるこんな記事も。

いずれにせよ、アビガンの効果を判定するには他の臨床試験の結果が待たれるところだ。


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