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築城して籠城

ここ数か月、物欲というものがほとんどない。
家電の買い替えが済んだのは去年の夏のこと。

離婚してからの1年、それから兄と母の介護があった時期、必要なものはまず100均で探した。
多少、意に添わなくても、許容範囲を広げては価格を最優先した。
安かろう悪かろうかもしれない、長い目で見たら損になると思っていても、いまあるお金が減っていく恐怖に勝てなかった。
友人知人が「捨てる」というものも結構もらってペンキを塗った。
夫が置いていった黒い家具もすべて塗り替えて、色を統一した。

すこしお金が貯まると、ちまちまとファブリックやインテリアを調えてきた、つもり。
とにかく元夫の好みで揃えてきた黒と焦げ茶を一掃したかった。
明るくてさわやかな色の中で暮らしたいというのが、幼いころからの夢。

それが、去年の秋に、ヘタってきた冬用ラグを買い替えたのを最後に、とりたてて欲しいと思うものがなくなった。

なんか、すごい。
老後の資金や健康のことには大きな不安もあるけれど、いま家の中にあるものについては、ほぼこのままでいいと思えるようになった。
いまあるものを何も捨てたくないし、買い足したいと思うものもない。
想像もしていなかった心境だ。

10年かけて、築いてきた私の城がようやく出来上がったのかもしれない。
自分としてはちょっと贅沢した家電もあるけれど、まだ100均で買ったものも生きているし、家具をシリーズ物で統一したわけでもない。
でも、ずっとこういう感じの部屋で暮らしたいと願ってきたんだよな。

築39年目に入ったマンションで、部屋をリフォームしていないのは、うちぐらいのものだろう。(お風呂とトイレはリフォームした。)
床もまだ入居当初に貼り付けられている絨毯敷きのままで、フローリングやシステムキッチンにもしていない。

廊下も絨毯敷きだから、スリッパというものはない。
すべての空間を裸足で行き来したいので、もし宝くじが当たってリフォームできるとしても、板敷きにはしない。

だから本当はラグは必要ないのだが、色味の統一感のためと、座る場所の目安的な感じで敷いている。
離婚して最初に買い替えた大物家具は、コタツ兼用テーブル。
「白」と「円形」が絶対条件で探した。

そこにノートパソコンを置き仕事をしたりネットを見たりゲームをしたりしている。
食事トレイを置くときにも、PCをちょっとずらせばいいだけの大判。

気が向くと、PCを片付けて、何もない状態にする。
白いから、ちょっとお茶のしずくが垂れたのも目について、すぐに拭き取る。
実家の母も、元夫も、白は汚れが目立つからといって黒や焦げ茶ばかり買ったけれど、白いものを白いままに保つという選択肢がどうしてないのか不思議だった。
私は、けしてきれい好きじゃないのだけれど、汚れが目立たない色は目立たないだけで、汚れていないわけじゃないよね。

兄がいたときは、リクライニングが細かく調整できる回転座椅子を置いていた。
これはガンと抗がん剤の副作用で体調が悪い兄の楽な角度を調えるため。
立ち上がるのにも都合がいい。

兄が逝ってから、これを撤去し、念願だったソファーを買った。
一人暮らしに不要なものとして真っ先にあげられるソファー。
でも、これも子供のころからの夢。
実家にもなかったから。
私にとっては、優雅で落ち着いた生活の象徴でもあり、「兄が死んだ」という現実を自分に認識させるためのもの。

床生活で腰が疲れると、ソファーに座る。
サイドテーブルは、10年前に知人が捨てるというのをもらってきて、ペンキを塗った。
そこにビールやワインを置いて、ちびちび飲みながらドラマを見る。

目が疲れると、ドラマをやめて音楽を流す。
一人なのに2人用のソファーにしたのは、ちょっと横になれるように。
足は畳むけど。
ソファーにゴロンとなってウトウトするのが夢だったんだよなぁ。
極楽、極楽。
まあ、実際ウトウトはできないんだけど(昼寝もできない不眠症)、雰囲気だけで結構満足する。

人混みが嫌なので、靴を買いに行ったほかは、GWはどこにも出かけていない。
築城の終わった部屋でひたすら籠城している。
ネットスーパーで兵糧も調達済み。

ときおり、最近、買い物してないなぁと思ってネットの「おすすめの商品」みたいなのを見ることもあるけれど、結局どれも好みに合わなくてポチらない。
結果的に、あまりお金を使わなくなる。

すると、そんなにムキになってお金を稼がなくてもいいじゃないかと思うようになった。
生きていくのに必要最低限のお金を得るために、必要最低限の労働をする。
そして、世間的には不要とされるものに囲まれて、不要最大限の時間を浪費する。
こういう幸せもあることに気づけて良かった。

でも。
これは。
家族の死と引き換えに得たものである。
けして、羨むなかれ。



読んでいただきありがとうございますm(__)m