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短編vol.7「うどんの喉越しをとやかく言う前に餅を焼け」

東雲光子(しののめ みつこ)32歳 東雲家の次女・独身・家事手伝い。 
東雲喜美子(しののめ きみこ)39歳 東雲家の長女・光子の姉・外資系建設会社の管理職。 
東雲孝雄(しののめ たかお)46歳 東雲家の入婿・貴美子の夫・図書館員。
東雲安二郎(しののめ やすじろう)62歳 東雲家の父親・工務店を経営。

●東雲家
舞台中央には居間、炬燵が配置。
下手側は玄関に続く襖。上手側は工務店の作業場に続く襖。
居間の奥には台所が見える。
玄関も工務店の作業場も客席からは少し見える。
12月下旬。

第一場 「いつも通りの朝」

早朝。
台所からスーツに工務店のジャンバーを着た安二郎が現れる。コーヒーを飲みながらテレビをつける。
テレビからは今日の天気がながれる。じっと見つめる安二郎。
階段を降りてくる足音。
台所からジャージ姿の光子が現れる。
お茶を持って炬燵に足を入れる。

光子   おはよう。ううう……今日も寒いね。
安二郎  (コーヒーを飲んでいる)
光子   座らないの?
安二郎  (テレビを見ている)
光子   ……。(みかんを食べながらテレビを見ている)
     やだ! 
     雪が降るの!
安二郎  (コーヒーを飲んでいる)
光子   どうしたの? 
     スーツなんか着て。
安二郎  庄司さんのところへ行ってくる。
     帰りは夕方になる。
光子   庄司さん……ああ、設計事務所の。
安二郎  駅前の集合賃貸の建て替え。
光子   え? 
     なに? 
     それうちにもらえるの?
安二郎  (台所に向かう)
光子   やるじゃん。
     頑張って仕事とってきてね! 
     お父さん。

台所で安二郎がカップを洗っている間、光子はミカンを食べながらテレビを見ている。

安二郎  光子? お姉ちゃんとは連絡とってるか?
光子   え? 何?

安二郎は水道を止めて居間に来て。

安二郎  お姉ちゃんとは最近連絡‥‥。

電話が鳴る。

光子   え? お姉ちゃん? 
     知らないよ。
     (電話をとる)
     いつもありがとうございます。
     東雲工務店です。
     ああ! ご無沙汰してます。
     え? いやだな。
     そんなに似てます? 光子です。
     そうそう貴美子の妹です。
    
安二郎は何かを話したそうでいるが、時間も気になっている。

光子   (安二郎に)
     ねぇねぇ。
     貝塚の叔父さん。年末のうどん送ってくれたんだって。
安二郎  そうか……お礼言っといてくれ。あのな……。
光子   (電話に)明日の夕方着ですね。
     いつもありがとうございます。
     もう……叔父さんもたまには顔出してくださいよ。
     え? 私? 
     まだ独身です。
     いやだな叔父さん。
     今の世の中30代で初婚は3人に1人の割合ですよ。
     でも……いい人いたら紹介してください。
     はははは! 
     そうですか!

安二郎は光子に何かを言うのを諦めて、
工務店の方から出ていく。

光子   (安二郎に)いってらっしゃい!
     そう。
     お父さん。
     集合賃貸の建て替えの仕事が決まりそうなんだって。
     そんなこと無いですよ。
     年末にして一番大きい仕事がもらえそうなんですよ。
     貧乏暇なし。
     うちは小さな工務店だから不況の風当たりが強くて。
     そうそう不況と言えば……。

光子の長電話は続く。

第二場 「突然の来訪者」

夕方。
居間には誰もいない。
玄関の引き戸が開く。
孝雄の声「ごめんください」
孝雄が大きなバックを持って現れる。 
孝雄はバックを下ろして、誰かを探している。
腰を下ろさず気まずそうに立っている。
工務店の方から本を読みながら光子が現れる。

光子   いやいやいや!
     驚いた! こんな展開あり! 
     やっぱりそうだよね。
     (孝雄を見つけて)
     うわぁ! 
     びっくりした。
     孝雄兄さん?
孝雄   みっちゃん……久しぶりだね。
光子   お久しぶりでーす。

光子は再び本を読む。
孝雄は台所でお茶を汲んで炬燵に入る

光子   ちょっとちょっと。
     こんなの信じられる! 
     ねぇ……ねぇ……どうよ。
孝雄   (光子が誰と話しているのかと思いキョロキョロしている)
光子   何してるの?
孝雄   みっちゃん……誰と話してるの?
光子   誰が?
孝雄   みっちゃんが。
光子   え……ああ! 
     これ私の癖なんです。
     本を読む時ついつい誰かに話しかけちゃうのよね。
     全部独り言です。
     無いですか? 
     そういう事?
孝雄   さぁ。
光子   ……ねぇ……孝雄兄さん……何で立ってるの?
孝雄   なんだか落ち着かなくて。
光子   落ち着かないのはこっちですよ。
     横でボケーと立たれちゃ……なんか……。
孝雄   ああ……ごめんね。
     (ゆっくりと炬燵に入る)
光子   食べます?
     (みかんを渡す)
孝雄   ありがとう。
光子   ……孝雄兄さん。
孝雄   はい。
光子   もう! 
     自分の家なんだから、
     もっとリラックスしなきゃ。
孝雄   そうだね。
     自分の家だよね。
     でも……なんか久しぶりだからさ……。     
光子   図書館は良いんですか? 
     あ! そうですよね……年の瀬ですもんね。
     仕事納めですよね……ご苦労様でした。
孝雄   どういたしまして。
光子   仕事を収めたんなら、
     日頃の疲れをとるために炬燵は必須アイテムです。
     ほら、ほら、孝雄兄さん。
     横になって体中の力を抜いて……癒されましょう。

光子と孝雄は横になって天井を見つめる。

孝雄   極楽ですね。
光子   極楽でしょう。
孝雄   ……お父さんは?
光子   夕方ぐらいには戻りますよ。
孝雄   そう。
光子   (急に起き上がって)
     まさか!
     お姉ちゃん来てるの?
孝雄   いや……きみちゃんはまだだよ。
光子   そうですか……?
     「まだ」って言った!
孝雄   うん。
光子   「まだ」ってことは地球が動いている限り、
     何時かこの家に来るって事を暗に言ってるのよね。
     本当、嘘、マジ、信じられない。
     え? お姉ちゃん来るの? 
     いつ来るの?
孝雄   夜かな。
光子   夜! それって今日の夜って事ですか? 
     (孝雄が持ってきた荷物を見る)
     え! 何これ? 
     ねぇ……この荷物は何なの?
     もしかして夜にお姉ちゃんが来て、
     そのままこの家に泊まって行くつもりなの?
孝雄   まぁ……自分の家なんだか……。
光子   孝雄兄さん……それは違うわ。
     ここはね。
     この家は私とお父さんの家。
     お姉ちゃんの家じゃないわ。
     お姉ちゃんはこの家から出て孝雄さんに嫁いで行った人よ。
     もう東雲家の人間ではないわ!
孝雄   でもほら僕……入婿だから。
光子   そういう事を言ってるんじゃないのよ。
     いいですか? 
     これは法律観の話じゃないの……道徳観の話をしてるの。
     お父さんはこの工務店をお姉ちゃんに継いで欲しいから、
     建築士になるまで金銭的に支援したのよ。
     なのにお姉ちゃんはお父さんの気持ちを裏切って、
     大学卒業したら海外に行って就職。
     まぁ……自分の人生だからね、
     親の敷いたレール乗りたくない。
     百歩譲って分からなくもないわ。
     でもそれは二度とこの家に敷居は跨がないって!
     覚悟あってのことでしょう?
孝雄   いやそこま……。     
光子   しかも!
     日本に帰って来ても顔を出さない。
     帰って来たと思ったら突然の結婚報告。
     なんじゃそりゃ!
     孝雄兄さん。
     どんだけ……お父さんが寂しかったか分かる?
     私はいつもお父さんの傍にいたから分かるの。
     お父さんは無口だからね……でも心じゃ号泣よ。
孝雄   すいません。
光子   で……今さら帰って来て一晩泊まらせろってのはどういう
     了見な……。

そこに現れる貴美子。

貴美子  相変わらず煩いね。あんたは。

孝雄   みっちゃん!
光子   お姉ちゃん!

第三場 「突然の来訪者」
     
孝雄と貴美子が来た夜。 
外から帰ってくる。
貴美子、安二郎、光子と孝雄。帰ってくるなり炬燵に入る。

貴美子  光子お茶頂戴。
光子   何で私なのよ。
     欲しいなら自分でとってくれば。
貴美子  久しぶりなのよ。
     何処にお茶があるかなんて分からないでしょう。
光子   ああ。
     自分の家じゃないからね。
孝雄   ……僕がいれてくるよ。
貴美子  じゃあお願い。
光子   ちょっとそれってどうなの? 
     旦那が年の瀬に1年の仕事の疲れを癒してるってのに……。
貴美子  私も仕事してるんで。
     誰かさんと違って。
光子   私は家事手伝いです。
貴美子  家事が仕事?
光子   ああ! 
     お姉ちゃん。
     今……全国の専業主婦の会を侮辱する発言をしたのよ、
     分かってる?
貴美子  大袈裟。
     (台所の高尾に)買ってきた羊羹も一緒にね。
孝雄   (台所でうろうろしながら)
     あのう……お皿は……。
安二郎  孝雄君……手伝うよ。
光子   ああ~あ。
     久しぶりに帰ってきたと思ったら。
     お正月まで泊めて欲しいって。
     せっかくの休みがパーだわ。
貴美子  あんたは毎日休みでしょう。
孝雄   ごめんね……みっちゃん。
     お風呂が壊れちゃって……そうしたら家の水回りが全部
     壊れちゃって。
     工事業者も年末だから無理だって。
     3日には出てくから。
光子   大体ね。
     久しぶりに帰ってきたら、
     家でご飯を食べるのが普通でしょう。
貴美子  何が普通よ。
光子   分かってないわね。
     お姉ちゃんがこの家の敷居を跨いだのは3年ぶりなのよ。
     その3年間に何があったか?
     工務店がどうだったか?
     お父さんは大丈夫? 
     すこし痩せた? 
     あ! このお茶碗懐かしいってね、
     炬燵で鍋を囲んで話すのが礼儀ってもんじゃない。
     いいえ礼儀じゃないわ。
     家を捨てた娘が戻ってくる立派な儀式よ。
貴美子  何が儀式よ。 
光子   その神聖な儀式を駅前の双葉寿司で済まそうって根性が
     信じられない。
貴美子  一番食べていた奴に言われたくないわよ。
     あんた……ウニ何皿食べたか分かってるの?
光子   3年も家族を捨ててた姉が、
     たかだかウニを6皿食べた妹に文句言う?
貴美子  年末でお父さんもあんたも疲れてるだろうなって、
     ご飯を作るのも大変だろうなって、
     わざわざ双葉寿司さんにしたのよ。
     それにね。
     母さんが生きてた頃は、
     年の瀬には決まって双葉寿司さんに行ってたでしょう。
孝雄   そうだったんですか?
     (お茶と羊羹を持ってきて)
安二郎  そう言えばそうだったな……懐かしいな。
     貴美子や光子の入学祝もあそこでやったなぁ。
貴美子  そうよ。
     節目節目に双葉寿司さんで食事をするのは神聖な儀式よ。
光子   本当。
     ああ言えばこう言う。
貴美子  それはあんたで……。
孝雄   はい。
     (貴美子に羊羹を渡す)
光子   孝雄兄さん。
     そっちの方が美味しそう。
     (貴美子の羊羹を指さす)
貴美子  変わらないわよ。
孝雄   まぁまぁまぁ。
     (光子の羊羹を交換する)
光子   羊羹はね。
     切り分けた断面で大きく味わいが変わるのよ。
貴美子  味なんて変わらないわよ。
     羊羹は羊羹よ。
光子   じゃあ聞くけど。
     お姉ちゃんは目をつぶってお寿司を食べて美味しいって感じ
     られる?
     最高のウニでも見た目がグチャグチャのウニだったらどう?
     味わいが変わるって思わない? 
     その点に於いて双葉寿司のウニは最高の仕事と言わざる得ない。
貴美子  ああ……はじまったはじまった。
     (こたつから出て台所を抜け2階へ行く)
孝雄   食べないのかい?     
貴美子  後で食べるわ。
光子   (孝雄に)知りたい?
孝雄   え?
光子   双葉寿司のウニがどうして最高の仕事かって。
孝雄   いや……それは……。
光子   そんなことよりお父さん。
     どうして今夜お姉ちゃんが来るって教えてくれなかったの。
安二郎  今朝言おうとしたんだ……。
光子   どうして今朝なのよ。
安二郎  前もって話してたら……お前家を出てっただろう。
光子   当たり前じゃない。
安二郎  そろそろお前達も……。

2階から貴美子の声がする。
「ちょっと光子! 私の部屋にある荷物邪魔なんだけど? あんたの部屋に入れて置くわよ! 」

光子   ちょっと何勝手なこと言ってるのよ! 
     (炬燵を出て2階へ向かう)

光子が二階に行くと二人の言い争いが始まる。

第四場  大晦日

炬燵にはすき焼き鍋が置かれている。
肉を入れている孝雄。 
酒を飲んでいる安二郎。
貴美子は孝雄の肉の入れ方に注意をしている。

光子   ちょっと待って!
孝雄   (肉を入れる手を止める)
     あれ? お肉入れる順番違った?
光子   そうだけど……そうじゃないわ。
貴美子  光子煩い。
     大晦日ぐらい静かに出来ないの?
光子   大晦日ぐらい? 
     まるで私が年がら年中喋ってるみたいじゃない?
貴美子  喋ってるのよ!
光子   これはバランスよ。
     誰かさんがこの家を捨てたせいで静かになっちゃったからね。
     お父さんを寂しがらせない為に、あえておしゃべりな私を
     演じているのよ。
     孝雄さん、想像してみて。
     静かな食卓、会話の無い食卓。
     寂しいでしょう。
孝雄   ああ……でも……うちはいつもそうだから。
光子   で……このタイミングでお父さんに聞きたいわ? 
     この家を建て替えるって本当?
安二郎  ああ。
     孝雄君が図書館を辞めて、
     工務店を手伝ってくれるって言ってるんだ。
     そうしたら今の家じゃ狭いだろう。
光子   孝雄兄さんが工務店を手伝うのは大賛成よ。
     姉には恵まれなかったけど入婿には恵まれたわ。
     孝雄兄さん……工務店の未来を頼みます。
     だからって……どうしてお姉ちゃんも一緒に住む事になるのよ。
貴美子  当たり前でしょう夫婦なんだから。
光子   何が夫婦よ。
     今まで家族の絆をないがしろにしてきたくせに。
安二郎  貴美子。
     こっちにきて仕事は本当に大丈夫なのか?
貴美子  大丈夫よ。
     元々、私の仕事に職場なんてあって無いようなもんだから。
     駅前にレンタルオフィスも借りたし。
安二郎  そんな所借りなくても、
     家の事務所を使えば。
貴美子  いずれはそうさせてもらうわ。
     (安二郎にお酒をお酌する)
光子   ちょっと待ってよ!
     何話を進めてるのよ。
安二郎  いいじゃないか。
     家族がまた揃って暮らせるんだ。
貴美子  (お肉をとろうとしている孝雄に野菜をとらせる)
光子   お父さん甘いわよ。
     お姉ちゃんの魂胆は見え見えなんだから。
     どうせ私をこの家から追い出す作戦なんでしょう。
貴美子  何でそうなるのよ。
     今お父さんが「家族揃って」って言ったでしょう。
光子   容易に想像できるわよ。
     お姉ちゃんと孝雄兄さんが住むって事は、
     見たくもない夫婦の営みが垣間見えるという事よ。
     (鍋の肉をとる)
貴美子  当たり前でしょう。
     夫婦なのよ。
     羨ましかったら光子も相手を見つけなさい。
     (野菜をとって孝雄に食べさせようとする)
光子   はい、出た本性! 
     何時もお姉ちゃんはそう。
     正論大好き。
     でもその実……自分の思い通りに事を運ぶようにしているだけ。
貴美子  何言ってるのよ
     (肉をとる)
光子   はいそこ! 
     この鍋を見ても明らかよ。
     孝雄兄さん。すき焼きはね戦争よ。
     いかに自分の鍋エリアの野菜を減らし……肉を集めるか。
     ほら見て! 
     お姉ちゃんの陣地を……肉もシラタキもネギも白菜も十分な
     バランスよ。
     気づいてましたか? 
     一見旦那の体調管理を気遣うように見せながら……。
     その実、自らの鍋の領地拡大に勤しんでいたんですよ。
貴美子  煩い! お肉ならいっぱい買ってきたわよ。
光子   お姉ちゃん。
     お肉に話をすり替えないで。
     いい。
     二人が帰ってくる事で、
     私に夫婦の営みを見せつける。
     私に結婚願望を抱かせ。
     私がこの家から出ていくことを狙っているでしょう。
貴美子  あなたが結婚して幸せになって、
     この家を出て行くならそれはそれでいいじゃない。
光子   幸せは結婚しないと来ないって言いたいの?
貴美子  そうは言ってないけど結婚したら幸せになるでしょう。
光子   お姉ちゃんは全国未婚者の会を敵に回すつもりなのね。
貴美子  何よそれ。
光子   分かってるわよ。
     また私だけ! 置いてきぼりにしたいんでしょう。
     小学校四年生の初詣の時みたいに。
貴美子  またその話。光子しつこいよ。
光子   しつこいシミになるほどのトラウマだったのよ!
孝雄   ちょっと煮込みすぎちゃったね。
安二郎  孝雄君。
     火を弱めて。
孝雄   はい。
貴美子  ワリシタとってくるわね。
     (台所へ行く。)
光子   ……。(黙って肉を食べる。)
孝雄   みっちゃん。
     僕は一人っ子だったからね。
     兄弟喧嘩はしたことないからちょっと羨ましいな。
光子   孝雄兄さんは……誰もいない海辺に一人放置されるのが羨まし
     いんですか?   
     元旦ですよ。
     小4ですよ。
     右も左も分からいのに私を置いてきぼりにして、自分一人で家に
     帰って。
孝雄   え……それって。
光子   ご心配なく。
     自分の事しか考えてないお姉ちゃんと違って。
     優しいお母さんが探しに来てくれて家までおぶってくれたわ。
     しかもその後がもっと酷い。
     お姉ちゃん私を置いてきぼりにしたのがよほど気まずかった
     のね。
     それからずっと部屋から出てこなかったのよ。
     本当信じられない。
     (肉を食べる。)

最終場

数時間後。
光子と貴美子はお酒を飲んでコタツで寝ている。

孝雄   みっちゃんもお酒弱いんですね。
安二郎  その癖酒が好きときてる。
     父親としては心配が尽きない。
孝雄   お父さんどうぞ
     (安二郎にお酌をする。)
安二郎  ありがとう。
     (孝雄にもお酌をする。)
孝雄   すいません。
安二郎  さっきの話。
孝雄   話?
安二郎  貴美子が光子を海辺に置いてきぼりにしたって話。
孝雄   はい。
安二郎  あれ少し違っててね。
     初日の出が綺麗に見えるからって、
     二人で遠くの海辺に行ってね。
     気付いたら光子とはぐれてしまったんだ。
     貴美子はずっと一人で光子を探して。
     警察も呼んで大変なことになったんだ。
     2時間ぐらいした時かな。
     母親と一緒に泣きつかれて寝ている光子を見つけてな。
     貴美子もクタクタだったろうに光子をおぶって家まで帰った
     んだ。
     ずっとごめんねごめんねって言いながら。
     寒空で光子を探したせいもあって、
     それから貴美子は肺炎になってな。
孝雄   それがどうして。
安二郎  母親にお願いしたんだよ。
     私のせいで光子は寂しい想いをしたんだから。
     私のせいにしてくれって……貴美子は一度聞きだしたら聞かない
     から。
孝雄   そうですね。
     あ……おとうさん。
     (安二郎にお酌をする)
安二郎  ありがとう。
     いやぁ。
     来年からは家族も増えて楽しくなりそうだね。
孝雄   騒がしくなりますがよろしくお願いします。

除夜の鐘が鳴る。
鐘の音が聞こえると二人は起きる。

孝雄   おはよう。
貴美子  孝雄。うどん。
孝雄   まだ食べるの?
貴美子  年越しでしょう。
孝雄   お蕎麦じゃないの?
貴美子&光子  何言ってるの! 年越しはうどんでしょう。
孝雄   ああ、なるほど。(台所に行く)
光子   あ! 孝雄兄さん! お餅も焼いてもらえますか?
貴美子  光子。何言ってるの先にうどんでしょう。
光子   分かってないな。
     確かに年越しはうどんですよ。それは常識です。
     でも時間を見て。
     もう後10分で新年よ。
     年越しを感じている間に新年がやってくるのよ。
貴美子  あんた……まさかうどんの中にお餅を入れる気なの?
光子   はぁ? お姉ちゃんは力うどん愛好家を敵に回す気ですか?
貴美子  あんたのマニアックな愛好家論は聞いてないのよ。
     これは好みの問題よ。
孝雄   お父さんお餅はどこに……。
安二郎  ああ……手伝うよ。
     (台所に行く)
貴美子  光子。うどんが美味しいか美味しくないかは何が決めてか
     わかる?
孝雄   うどんの腰かな?
貴美子&光子  喉越しヨ!
貴美子  それを知っているあなたがうどんの中にお餅を入れる? 
     邪道を通り過ぎてなんて愚かなの。
光子   相変わらず考えが浅いわね、お姉ちゃん。
     私達家族が今から迎えようとしているのは何?
     新しい家でしょう。
     新しい一家団欒でしょう。
     それは挑戦。
     挑戦をしようとしている家族が、新たな試みをしなくてどうする
     の?
     確かに百歩譲ってうどんに餅を入れると、
     うどんの喉越しの邪魔をするかもしれない。
     だがしかし! 新年を目前としている今なら言える。
     うどんの喉越しをとやかく言う前に餅を焼け!
孝雄   はい! 分かりました!

楽しい一家団欒の中、新年を迎えましたとさ。

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