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note書き下ろし短編vol.1「今日はこんなに元気です。ー返信ー」

山村麻尋  女・年齢30歳 大手商社に勤めるキャリアウーマン
              高校卒業後に東京へ上京。
              バイトをしながら大学へ通い卒業。
原好恵   女・年齢30歳 山村の大学の同級生
             人材紹介会社のヘッドハンター

小林東二  男・年齢18歳 高校時代の山村麻尋の友人。

寺岡陽平  男・年齢23歳  山村の部下
海藤優子  女・年齢25歳  山村の部下
花村栄治  男・年齢28歳  山村の部下

鉄堂宗二  男・年齢50歳  会社の常務取締役

山村麻尋は誰も居ない暗いオフィスで仕事をしている。
電気が点く。

麻尋  ……。
寺岡  !?
    課長まだいらしたんですか?
麻尋  ……ああ。(資料に目を通しながら)
    明日のプレゼン資料の確認をしておこうと思って。
寺岡  じゃあ……花村先輩呼びましょうか?
麻尋  いいから。
寺岡  ……。
麻尋  大丈夫よ。
    何かあったら朝一で修正頼むから。
寺岡  はい。
麻尋  寺岡君は……まだ仕事?
寺岡  いえ……忘れ物を取りに来ただけで。
麻尋  ……そう。
寺岡  ……お先に失礼します。

寺岡は頭を下げてオフィスを出て行こうとする。

麻尋  寺岡君。
寺岡  はい。
麻尋  電気消しといて。
    その方が集中できるの。
寺岡  はい。(オフィスの電気を消す)
    ……失礼します。

誰も居ないオフィスで麻尋は再びパソコンに向かう。

―※―次の日 会議室

会議室から大きな拍手が聞こえる。
プレゼン発表が終了して会議室を出てくる麻尋とその部下(寺岡、海藤、花村)

麻尋  お疲れ様!
    みんなのおかげで今期のプロジェクトの目玉は……私達の企画に
    なったわよ!
    花村主任! 素晴らしいプレゼンだったわ。
花村  あざっす。
    これも海藤ちゃんが資料を整えてくれたおかげっす。
海藤  どう致しまして。
花村  山村課長と海藤ちゃんが居れば敵なしっすね。
麻尋  調子に乗るのは早いわよ。
    本番はこれから。
花村  ういっす! 
寺岡  先輩……先輩。
花村  何だよ。
寺岡  俺も居ますよ。
花村  寺岡!
寺岡  はい!
花村  今日の祝勝会の場所はお前に任せる。
寺岡  畏まりました!
麻尋  じゃあ! 今日は私のおごりで。
花村&海藤&寺岡  山村課長! ゴチになります!

その日の夜。
麻尋と部下は行き付けの飲み屋でプレゼン成功を祝った。

―※― 数日後 役員室

麻尋  どういうことですか常務? 
    もう一度言ってください!
鉄堂  山村君……何て声を出すんだ。
麻尋  申し訳ありません。
    ですが……子会社に出向って……理由をお聞かせください。
鉄堂  出向って言ってもね……あちらでは君……本部長待遇だよ。
    企画部で培った手腕を生かす良い機会じゃないか。
麻尋  常務。
    私を企画部から外してどうするおつもりですか?
    私が居なくなったら……。
鉄堂  花村君を部長に推薦しようと思う。
麻尋  花村を……部長に!
鉄堂  どうした?
    花村君は君の一番弟子だろ? 
    これは異例の大出世だよ。
    元上司として嬉しくないのか?
麻尋  ……いえ……鉄堂さん、あの夜の事は……。
鉄堂  入社した時からずっと君の事は見ていたよ。
    本当に残念だ。
    今回の人事は上から一方的に言われてね、
    受けざるを得なかったんだよ。
    企画部一筋でやってきた君にとって、
    思うところはあるだろう。
    だがね……これは君のキャリアにとって必要な人事だから。
麻尋  ……決まった事なんですよね。
鉄堂  ……。
麻尋  常務!
鉄堂  ……。
麻尋  分かりました。
    ……謹んでお受けいたします。
鉄堂  そうか。
    出向先の会社は癖が多い奴も居るだろうが、
    企画部の男共と渡り合った君なら問題ないだろう。
    辞令は来週に出るから……それまでゆっくり休みなさい。
麻尋  ……来週。

麻尋は役員室から出てくる。

麻尋  私が何をしたって言うの……。
    ようやく……ここまで来たのに……畜生!

役員室があるのはビルの15階。
ビルの窓からは東京タワーが見える。
麻尋はビルの窓から東京タワーを眺める。

―※― 12年前 麻尋の生まれ故郷 神崎町

18歳の東二と麻尋は寺の境内で話をしている。

東二  東京に行く?
麻尋  そう。
東二  どうして?
麻尋  行きたいから。
東二  いやいや……行ってどうするの?
麻尋  ……大学入って東京で就職する。
東二  東京で就職? 
麻尋  そう。
    良い大学入って、良い会社入って。
    ……もう……負けないって決めたから。
東二  いやいや……何言ってんだよ。
    大学行くって学費はどうするんだよ?
    おっちゃんや……おばちゃんには相談したのか?
麻尋  ……。
東二  麻尋!
麻尋  東二。
    落ち着いて……お願い。
東二  悪い。
麻尋  ううん。
    私も東二に相談しないで決めちゃったから。
東二  決めちゃったって……決まった事なのか。
麻尋  そうよ。
東二  麻尋……本当に神崎町……出て行くのか?
麻尋  ……。
東二  今勤めてるところは?
麻尋  勤めてるって……スーパーのパートよ。
    私が居なくなっても大丈夫でしょう。
東二  ……何時行くんだ?
麻尋  来週。
東二  来週! ってことは来週には出てくのか?
    ……そうか。
麻尋  ……ごめんね……東二。

―※―役員室で辞令を言われた日の夜 麻尋の家

麻尋  ただいま……はぁ……飲み過ぎた。

留守番電話のメッセージボタンが点滅している。
ボタンを押そうとするが止める。

外は雨が降っていたので髪が濡れている。
洗面所でタオルを取って髪を拭く。
留守番電を見つめる。

麻尋はソファーに座り、濡れた髪を拭く。
泣きそうな顔をタオルで拭う。

しばらくソファーで蹲る。
立ちあがり……留守番電話を見つめ……ボタンを押す。

「2018年5月15日のメッセージです」

「麻尋。元気してる? ちゃんと食べてる?
 連絡ぐらいよこしな。もう何年たったと思ってんの……おとうちゃん
 怒って無いから。
 ああ! そうだ。
 東二君のとこ赤ちゃんが生まれたのよ……可愛い女の子よ……」

麻尋はボタンを押す。

 「2018年7月30日のメッセージです」 
 
「麻尋。元気してる? あのね昨日……おとうちゃんが倒れたの……連絡
 くれる……」

麻尋はボタンを押す。

 「2018年8月5日 今日のメッセージです」

「麻尋。元気してる? おとうちゃん明日から入院することになったの。
 おとうちゃん麻尋に会いたがってるわ。お願い一度だけ帰って来てくれ
 ない……」

麻尋はボタンを押す。

「ピー。メッセージは以上です」

冷蔵庫からビールを取り出し一気に飲む。
その場に座り込み頭を抱える。

麻尋  ずっと1人で……1人で……頑張ってきたのに……こんな所で……。
    どうして! どうしてなのよ!
    畜生!!

雨が強くなる。
遠くで雷が鳴っている。

―*― 12年前 麻尋の生まれ故郷 神崎町 

18歳の東二と麻尋は花火工場で雨宿りをしながら話している。

東二  俺さ……次の花火大会で何発か打ち上げの許可をもらったんだ。
麻尋  へぇ……おじさんが良く許してくれたね。
    じゃあ次の花火大会がデビュー戦か……おめでとう。
東二  おう……ちゃんと応援してくれよ。
麻尋  ……うん。
東二  麻尋?
麻尋  東二……ごめん。
    花火は見られないや。
    丁度……列車に乗ってる時間だから……もしかしたら……窓から
    見えるかも……。
東二  麻尋……俺達さ……。
麻尋  東二、言わないで……お願い。
    私は神崎町を捨てるの……多分……もう二度と戻らないわ。
東二  麻尋。
麻尋  私……この町が嫌い。
東二  お前……あんな事まだ気にしてるのか?
麻尋  まだ?
    そうよ。私はあんな事を未だに気にしてるの……悪い?
東二  ……麻尋。
麻尋  私は神崎町の人気者よ。
    馬鹿な男に引っかかって妊娠して……その男に殴られて流産した
    馬鹿な女。
    神崎じゃ……みんな知ってる……あんな事よ。
    この町に居る限りね……私は前に進めないの。
東二  そんな事無いだろう。
麻尋  何が分かるの?
    みんな東二の前じゃ言わないだけよ。
    外で私が何て言われてるか知ってる?
    男なら誰とでも寝る女。
    私の事を知らない人達が……かってに噂話を大きくして私と言う
    女を語るの。
    この小さな町じゃね……それが唯一の楽しみなのよ。
    もうウンザリなの!
東二  じゃあ尚更逃げるように出て行ったら。
麻尋  良いのよ。
    逃げるように出て行っても……その後どれだけ陰口を叩かれ
    ても……。
    もう……私には関係の無いことだから……。

雨が強くなる。

麻尋  ……ごめん。こんな事言うつもりは無かったの。
    じゃあ……花火大会……頑張ってね。

麻尋は雨の中を走って行く。

―*―次の日の朝 

麻尋の携帯が鳴る。

麻尋  「はい」
花村  「課長……大丈夫ですか?」
麻尋  「花村君?」
花村  「はい……課長?」
麻尋  (時計を見る……10時過ぎ)
    「……」
花村  「課長?」
麻尋  「あ……ごめん……昨日の雨で濡れちゃって……熱が出たみたい」
花村  「大丈夫ですか? 会社来れますか?」
麻尋  「……」
花村  「今日の企画会議どうします?」
麻尋  「……ごめん……頼める?」
花村  「もちろんっす!」
麻尋  「ありがとう」
花村  「では失礼します……お大事にしてください」

携帯を切る。

麻尋  何やってんだ……私……。

麻尋はソファーに横になり、テレビをつけ、
そのまま夕方近くまで呆けていた。

部屋は夕日で赤く染まってきた。
麻尋がソファーでうたた寝をしていると……郵便受けから音がした。

起き上がり玄関に向かい、郵便受けを開ける。
そこには一通の手紙があった。

宛先は書いていない手紙……ただ……差出人の名前には……。

麻尋  山村麻尋……私からの手紙?

手紙を恐る恐る開けて読む。
食い入るように読んでいる……と……携帯が鳴る。

―※― その日の夜 渋谷のバーにて

好恵と麻尋はお酒を飲みながら話している。

好恵  びっくりしたのはこっちよ。
    変な声で電話に出るんだから?
麻尋  ごめん、ごめん。
好恵  何? 会社……休んだの? 
麻尋  ま……そんなとこ。
好恵  ふーん……珍しい。 
    男よりも仕事が好きな麻尋がね。
麻尋  男より好きなんじゃなくて、仕事より好きな男に出会えな
    かったの。
好恵  上手いこと言うね!
    カンパーイ!
麻尋  (お酒を飲んで)
    で? 話って何?
好恵  あなたに紹介したいの。
麻尋  え! また男? 興味無い、無い。
好恵  男じゃないわよ。
    紹介したいのはあなたの転職先よ。
    私の仕事忘れた?
麻尋  ……何? 私をヘッドハンティングする気?
好恵  聞いたわよ……企画部外されて子会社の倉庫管理会社に出向
    だって?
    いったい会社で何したのよ?
麻尋  いろいろとね……しかし……昨日の社内事情よ。
    どういうネットワークしてんのよ。
好恵  四井物産企画部でエリートキャリアウーマン・山村麻尋。
    あなたは目立つからね……他の紹介会社も獲得に動いてるわよ。
    明日にはコンタクト取って来ると思うわ。   
麻尋  へえへえ。
    どこでも人の噂話は蜜の味ってことかしらね。
好恵  どういうこと?
麻尋  こっちの話? 
    で……紹介したい会社は?
好恵  会社名は今は言えない。
    あなたが本気なら教えるわよ。 
    言える事は……女性の新たな働き方を考えるベンチャー会社よ。
    もちろん条件は今以上……役員待遇よ。
麻尋  (お酒を飲む)
好恵  麻尋……あんたのキャリアを活かすなら絶対こっちよ。
    今の会社に骨埋めるなんてガラじゃ無いでしょう。
麻尋  ねぇ……好恵……私に手紙出した?
好恵  手紙?
麻尋  そう……手紙? 
    宛先書かずに……私の家に直接。
好恵  私が?
麻尋  違う?
好恵  あのね……麻尋が今何処に住んでるかも知らないわよ。
麻尋  そうよね。
好恵  何?
麻尋  ううん……こっちのこと……。
    (お酒を飲む)
好恵  ねぇ……麻尋……真面目に考えてよ。
    先方の社長は本気で麻尋を取りに来てるわよ。
    こんな良い話無いって。
麻尋  ……うん……少し考えさせて。

―※― 好恵と別れて 麻尋の家

麻尋は家に帰ると、夕方の手紙を取り出す。
そして……便箋と封筒をとりだし返信を書く。

次の日の夕方……郵便受けに手紙が届く。
麻尋はそれを読む。

そして……その手紙に返信を書く……。

―※― 数日後 渋谷のバー 好恵と2人

好恵  はい!?
    自分が出した手紙から自分宛に返信が来た?
    麻尋……大丈夫?
麻尋  大丈夫……だと思う?
好恵  ストーカー?
麻尋  じゃあ……無いと思う。
好恵  じゃあ何よ。
麻尋  分からない……でも……差出人は……18歳の私なの。
好恵  18歳の麻尋?
    (お酒を飲む)
    で……手紙はどんな内容なの?
麻尋  悩み相談。
好恵  はぁ。
    18歳の麻尋からの悩み相談ね。
    男関係?
麻尋  そう。
好恵  はははは! 
    男……麻尋がねぇ。
    誰にでもあるのものなのね……青春時代って。
麻尋  うるさい!
    でも……笑っちゃうぐらい……本当にあった話しなのよねぇ。
好恵  何何……聞かせてよ。
麻尋  高校生の時よ……年上の男に夢中になってね。
好恵  うんうん。
麻尋  若気の至りって奴で……。
    (お酒を飲む)
好恵  ……。
麻尋  (お酒を飲む)
好恵  言わんのかい!
麻尋  (お酒を飲む)
好恵  いやいやいや……そこが重要でしょう。
麻尋  良くある話よ。
    男にベタ惚れした挙句……子供が出来たの……相手の男は25歳、
    私は18歳。
    ま……惚れた相手が悪かったのよ。
    代議士の息子なんだけどね……酒を飲むと……まぁ性質が悪くて
    ねぇ。
    でも私……その男の子供がどうしても産みたくてねぇ。
    相談したの……そしたらおろせって口論になって、階段から突き
    落とされたの。
好恵  !?  
麻尋  (お酒を飲む)
    権力って凄いね。
    病院で気が付いたら……私は別の男と浮気して、
    その男からの暴力で流産した事になってたの。
好恵  え?
麻尋  慰謝料と口止め料がとにかく凄かったわ。
好恵  本当にあるんだ、そんな話。
麻尋  私が……生き証人。
    (お酒を飲む)    
    でもそのせいで……。
好恵  で……手紙ってその男との悩み相談。
麻尋  そう。
    「その男を本気で愛している……結婚したいって」
好恵  うんうん。
    18歳の悩みってそんなものよねぇ。
    で……何て返信したの?
麻尋  「その男は近い将来あなたを裏切るからすぐに別れなさい。
     その男より良い男はもっと沢山いるから安心しなさい」
好恵  まぁ……そうね。
麻尋  私の踏み外した道をどうにか軌道修正させようと返信したん
    だけど……。
好恵  したんだけど?
麻尋  2通目の手紙が来てね。
    「その男の間に子供が出来ちゃいました。どうしたら良いで
     しょう」
好恵  ははははは! 
麻尋  はぁ……不幸な運命を変える事は出来なかったわ。
好恵  ちゃんと三十路の麻尋が忠告したのに……18歳の麻尋ちゃん。
麻尋  悩み相談の忠告って……本当に聞かないよね……恋話は特に。
好恵  まぁ……相談したいだけってあるよね。
    (お酒を飲む)
    若い頃ってさ……大事なモノが何なのか……分からなくなるのよ
    
ねぇ。
麻尋  分かる、分かる。
    プレゼントを見つけた子供みたいに、
    眼の前のモノを直ぐに……紐解いちゃう。
好恵  三十路の麻尋としては、自分と同じ運命はさせたくないと。
麻尋  悪い?
好恵  ううん。
    私もきっと同じ事するわ。
    25歳に付き合った男とは絶対に別れるな! ……てね。
麻尋  ああ……あの男……まだ忘れられないの?
好恵  ウルサイ!  
    で……その2通目にはどう返信したの?
麻尋  「その男の子供が産みたくても、男に言わずにおろしなさい。
     それが未来あるあなたの為よ」
好恵  ……未来を知っている麻尋が言うんだから、
    それが正解なんだろうね。
麻尋  ……正解ね。
    (お酒を飲む)
好恵  その返信には?
麻尋  手紙は来てない。
好恵  ふーん。
    それにしても不思議ね。
    そんな込み入った事情……他の人は知らないでしょう。
麻尋  そうなのよ。
好恵  ていうか……どうして麻尋の返信は届くの? 
麻尋  住所書いてあったから。
    その住所宛に投函したの。
好恵  じゃあ……その住所の人が書いたんでしょう。
麻尋  そんなはずあるわけないのよ。
好恵  どうしてよ。
麻尋  だって私の家……ダムの底だから。
好恵  え?
麻尋  私が住んでいた町ね……神崎町って言うんだけど、
    半分が10年前の区画整理でダムの底に沈んだの。
    だからその住所は存在しないはずなの。
好恵  じゃあ……何……麻尋が書いた手紙は……ダムの底に届いて、
    18歳の麻尋がそれを読んで、
    30歳のあなたに手紙を書いたってこと?
麻尋  ……やっぱりそうなるか。
好恵  麻尋……いろいろあって疲れてるのよ。
麻尋  ……やっぱり……そうよね。
    
麻尋はお酒のお代りを頼み……一気に飲む。

―※―その日の夜 麻尋の家。

麻尋は家に帰って来る。

麻尋  ……。

留守番電話のメッセージボタンが点滅している。
ボタンを押そうとするが止める。

ソファーに横になる。

麻尋  何が正解だったのかね……。

そのままソファーで寝る。
次の日……夕方近く……夕日で部屋が赤く染まる。
郵便受けに手紙が届く。
麻尋はその手紙を読む。

手紙を読み進めれば読み進めるほど、涙が込み上げてきた。
そして……その場に座り込む。

家の電話が鳴る……留守番電話のメッセージが流れる。

「麻尋。東二だ……留守電電話聞いて無いのか?
 おっちゃん……麻尋に会いたがってるぞ……これを聞いたら直ぐに帰って
 こい」

麻尋は立ちあがり……留守番電話のメッセージボタンを押す。

 「2018年8月10日 昨日のメッセージです」

「麻尋。俺だ東二だ。
 おばちゃんから電話番号を聞いたんだ。
 聞いてるだろ。おっちゃん入院してるって……今、要態が急変してな、
 何時どうなるか分からない……早く帰ってこい」

麻尋は便箋と封筒をとりだし返信を書く。

―※― その日の夜 麻尋は夜行列車に飛び乗る

麻尋は列車の窓から夜空を眺めていた。
18歳の麻尋からの手紙を思い出す。

「お返事ありがとうございます。
 ご忠告を聞かずに申し訳ありません。
 馬鹿な事をしたと本気で思ってます。
 これが最後の相談だと思って聞いて頂けますか?
 私は今回の事でこの町から出て行こうと決めました。 
 来年には東京の大学に行こうと思ってます。
 その事を幼馴染に話したら、
 こんな馬鹿な私と結婚をしたいと言ってくれました。
 神崎町に残って一緒に生きて欲しいと言われました。
 1人で東京で生きて行くと決めてたはずなのに……揺らいでます。
 こんな事で揺らぐ覚悟かと思うと正直情けないです。
 私はどうしたらいいんでしょうか?」 

列車は暗闇の中を神崎町に向かって走って行く。

―※― 12年前 麻尋の生まれ故郷 神崎町 花火大会当日

浴衣姿の人で溢れている。
18歳の麻尋は大きなバックを持って人波をかき分け歩いている。

人混みを抜けると目の前に東二が立っていた。

麻尋  ……。
東二  8時に鉄橋の上で返事を聞かせてくれるか?
麻尋  ……。
東二  俺の花火見てくれよな……麻尋への気持ちだ。
麻尋  ……。
東二  俺は……。
麻尋  早く行って……おじさんに怒られるよ。
東二  麻尋。
    俺は本気だ。
    お前の事を絶対幸せにしてやるから。
麻尋  ……。
東二  俺にはお前以外……いないんだよ。
    ……麻尋。
麻尋  ……。
    (溢れそうになる涙を我慢する)

祭りの花火師達が東二を呼んでいる。
「おい! 東二! 何してる!」

東二  8時に鉄橋で待ってるからな。
    必ず来いよ! 待ってるからな!
    (東二は走って行く)

麻尋はその場に蹲る。

蹲る麻尋の肩を通行人が叩く。

「あの……手紙……落としましたよ」

通行人が麻尋に渡したのは30歳の麻尋からの手紙。

麻尋  あ! ありがとうございます。

麻尋はその手紙を読む。

「山村麻尋さん。お元気ですか。
 お手紙ありがとうございます。
 あなたのお悩みは……どの道が正解なのか? 
 どの道が間違っているのか? 
 選べずにいる……そうですよね。
 分かると言ったらあなたに怒られるかもしれませんが、
 私にも似た経験があります。
 今思うと……その時の判断が正解なのか間違っていたのか分かりません。
 ただ……あなたと手紙をやりとりする中で1つ思い出した事があります。
 あの日、町を出て行く日。
 列車の窓から見える花火を見ながら決めた事があるんです。
 いつか……今日はこんなに元気です……って言えるようになろうって……。
 月並みな事を言うようですが、
 どの道を選んでも辛い事、悲しい事、嬉しい事はあると思います。
 何が正しいかこの年になっても分かりません。
 だけど……今ならずっと言えなかった事が言える気がします。
 ようやくです……12年もかかりました。
 18歳の山村麻尋さん。
 あなたのおかげです。
 ありがとうございます。
 最後に……あなたがどんな道を選ぼうときっと……素敵な今日は訪れ
ますよ。
 だから勇気を持って信じた道を進んでください」

花火が打ちあがる。
麻尋は泣きながら駅に向かって走って行く。

列車の発車ベルが鳴り響く。

―※― 明朝 駅の改札

列車が駅に到着する。

麻尋は12年ぶりに神崎町の駅のホームに立つ。
深呼吸をして空を見上げる。

改札を出ると、
よく知った顔が麻尋に手を振っている。
麻尋は深呼吸をして、
手を振り返す。

麻尋  ありがとう。
    ……今日はこんなに元気です。


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