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短編vol.5「南那と僕の13回目の喧嘩」

【登場人物】
前原亮一    高島教授の研究室の研究員
熊井南那    前原亮一の彼女、弁護士の卵
笠井麻衣子   熊井南那の同級生

高島教授    前原が通っていた大学の教授
蟹江准教授   前原と同じ研究室の研究員

女子高生
駅員

1996年・春
駅のホーム。
両手に大きなバックを持った前原亮一が女子高生から文句を言われている。
そこに駅員が現れる。

女子高生 ちょっとアンタ!
     何とか言ったらどうなの?
亮一   え。
女子高生 私のお尻……スカートの上から触ったでしょう。
亮一   いや……そんなことしな……。
女子高生 気持ち悪!
     駅員さん。
     こいつ痴漢です。
     早く警察呼んでください。
亮一   警察! 
     ちょっと……。
女子高生 いやぁ!
     近づかないで!
     駅員さん助けてぇ!
駅員   あのう……あちらでお話を聞かせて頂けますか?
亮一   いや僕じゃ……。
駅員   事情はあちらで聞きますので……。
南那   ちょっと待ってください!
     その人は痴漢なんてしてませんよ。

亮一の後ろから熊井南那が現れる。

駅員   え?
女子高生 は! 何アンタ! こいつの何?
南那   何でもないわよ。
女子高生 じゃあ何なの……。
南那   同じ車両でこの人の横に立っていた……ただの乗客。
     駅員さん。
     この人の両手を見てください。
     荷物でいっぱいでしょう。
     こんな荷物……満員電車の床に置いて、
     痴漢なんて不可能じゃない?
駅員   まあ……そう言われれば。
女子高生 何言ってんのよ!
     そう思わせる為にわざと持ってるんでしょう。
駅員   ああ……なるほど。
南那   私ずっと見てたから。
亮一   え。
南那   この人の……大きな荷物が邪魔で邪魔で気になったもので。
亮一   すいません。
南那   私が証人になります。
     この人は痴漢をしていないわ。
駅員   はぁ……あの……どうしますか?
女子高生 どうしますかって……私は痴漢の被害者よ。
南那   あれ?
     あなたって……この前も痴漢にあってなかったかしら? 
     可愛いって罪なのね。
女子高生 は! 
     何? ムカつくわね。
駅員   あのぉ。
女子高生 ちっ! 許してあげるわよ!

女子高校生は捨て台詞を吐いてホームから去る。

南那   駅員さん。
     冤罪……気を付けてくださいね。
駅員   は……はい。
     ご協力ありがとうございます。

駅員は駅員室に戻って行く。

亮一   あの……ありがとうございます。
南那   礼なんて良いわよ。
     私……嫌いなの……ああいうタイプ。 
     でも……あなたも言いたい事があるならしっかり言わなきゃ
     だめ。
     「言い勝ち巧妙」ってあるでしょう。
亮一   はい。
南那   言葉にしないと、
     伝わるものも伝わらないわよ。
     (腕時計を見て)
     やばい! 
     学校遅れちゃう!
     じゃあね。

南那は走って改札に行く。

亮一   あ……ありがとうございます! 
     ……綺麗な人だな。
     あ! こんな時間! 
     入学式に遅れる!

―*― 大学の入学式。

息を切らして亮一は大学の講堂に入り、
新入生の列の最後尾に並ぶ。
入学式も終わり、
オリエンテーションを受ける為大教室へ移動する。
大教室で亮一は何処へ座ろうか見回す……そこで南那を見つけた。

それから5年の歳月が流れる。

―*― 2001年・夏 亮一の部屋 

南那   どうしてそういうこと言うの!
亮一   ……。
南那   あのね……私だって定時に帰りたいのよ!
     でも……できないの。
     どうしてだか分かる?
亮一   さぁ……。
南那   私の仕事はね……判断ひとつ誤れば、
     100万、200万……多い時は1000万の損失になるの。
     「百日の説法屁一つ」って分かる?
亮一   はぁ。
南那   言いたくないけど、
     こっちは毎日毎日顕微鏡を覗き込んでる仕事じゃないの。
     いや……私が偉いって言いたいわけじゃないのよ。
     ただね……繊細な仕事して疲れて帰って来たんだから……。
亮一   ……。
南那   ちょっと亮一! 
     言いたい事があるなら言いなさいよ。
亮一   いや……ごめん。
南那   いっつもそう!
     ごめんって言うけど口だけ。
     悪いなんて思ってないでしょう。
     ねぇ! どこ見てるの?
     ねぇ! 聞いてるの私の話。
亮一   あの……疲れたんでしょう。
     お風呂沸いてるよ……入って来たら。
南那   はぐらかさないでよ。
     いつもそうやって話題を変えて! 
     何とか言ったらどうなの!!
亮一   あと3回か……。
     お願い……1時間前に戻してくれ。

亮一は透明なカプセルを握りつぶす。
「パリン」
亮一は光に包まれる。

―※― 時間は戻り1時間前。
ドアのベル鳴る。南那が帰ってくる。

南那   ただいま!
     疲れたぁ。
     ねぇ……頼んでおいたあのビールある?
亮一   もちろん。
南那   冷えてる?
亮一   もちろん。
南那   分かってるねぇ!
亮一   お仕事お疲れ様です。
     (南那にビールを渡す。)
南那   (ビールを受け取って飲む。)
     亮一は私の事は何でも分かってるね。
亮一   はは。
南那   ちょっと聞いてよ……今夜の依頼人が超イラつく奴でね!
亮一   あの……これも。
南那   生春巻き! 
     どうして分かったの?
     今夜の口はベトナム一色なのよ。
     もう!
     亮一は私が欲しいのは何でも分かるんだから大好き!!
亮一   それは……良かった。

―※― 次の日 亮一が通っている大学・高島研究室
蟹江純教授が顕微鏡を覗き込みながら笑っている。

蟹江   くくくくく!
     相変わらずだねぇ……亮一君は。
亮一   はぁ。
蟹江   くくくくく!
     でぇぇ……大丈夫だったんですかぁ?
亮一   まぁ。
蟹江   しかしねぇ。
     仕事で嫌な事があったからって、
     「あれが食べたかった」
     「どうして察してくれないの? 」 
     無理無理無理無理。
     人間は面倒臭いでしゅねぇ。
     (顕微鏡を覗きこんで。)
     それに比べて君達は偉いねぇ。
     くくくくく!
高島   蟹江准教授。

高島教授が部屋に入って来る。

高島   君は生きた人間に興味を持った方が良いと思うけどね。
亮一   高島教授おはようございます。
     これ昨日の研究データです。
高島   ありがとう。
蟹江   教授。
     亮一君も……前は僕と同類。
     微生物だけが友達。
     くくくくく!
     なのに……あんな美人な女と付き合うから。
     くくくくく!
     何年だっけ?
亮一   3年になります。
蟹江   よく続くねぇ。
亮一   ええ……なんとか。
高島   それぐらいにしなさい。
蟹江   くくくくく! 
     亮一君ね……家事全般やってるんですよ。
亮一   まぁ……あっちの方が稼いでるんで。
     (高島教授にコーヒーを出す。)
高島   ありがとう。
     分かるなぁ……私も准教授時代……妻の方が稼ぎが多くてね。
     それにマスオさんだったから、
     家でも肩身が狭くてね。
蟹江   くくくくく!
高島   蟹江准教授。
     研究者たるもの現状に満足すること無く、
     不可能と思っても挑戦あるのみですよ。

亮一のスマホのLINE通知が鳴る。
亮一はLINEを見る。

高島   お! 
     噂をすれば美人の彼女からですか?
亮一   ……はぁ。
高島   何だって。
亮一   今夜は友達と飲むからご飯いらないって。
蟹江   くくくくく!
高島   じゃあ! 蟹江准教授、亮一君。
     久しぶりに飲みに行きますか?
蟹江   結構です。
亮一   僕もすいません。
高島   あ……そう……ですか。

―*― その夜 
ワインバーで飲んでる南那と友達の麻衣子

麻衣子&南那 カンパーイ。
南那   お帰り!
麻衣子  おひさ! 
     変わらんね南那は……いや……ますます女に磨きがかかったね!
南那   サンキュ!
麻衣子  で! 今の男は?
南那   唐突。
麻衣子  まだあれ?
南那   ちょっと麻衣子。
麻衣子  まだ一緒に居るの?
南那   そうよ。
麻衣子  うわ! 名前なんだっけ?
南那   亮一。
麻衣子  そうだ! 亮一君。
     確か……2年のゼミでだっけ。
南那   そう。
南那   クリスマス会で盛り上がって、
     そのまま……亮一君の家に転がり込んで……。
南那   文句あるの?
麻衣子  いえいえ。
南那   何?
麻衣子  長いよね。
南那   悪いの?
麻衣子  意外なのよ
     南那……ゼミの男に人気あったからなぁ、
     佐伯君とか関君とか。
南那        知らないわよ。
     あのね……私は一途なの。
麻衣子  一途って意味知ってる?
南那   失礼ね。
麻衣子  で……何時から?
南那   何が
麻衣子  何時から一途に好きなの?
南那   まぁ……好きって言うか……まぁ……好きだったのかな。
麻衣子  のろけ?
     (ワインを飲んで)
南那   亮一はさ……あんまり人と話せないし、
     変な奴だし、
     何考えてるか分からない奴だけど……
麻衣子  (ワインメニューをさして)
     あの……これください!
南那   ……。
麻衣子  どうぞ……続けて。
南那   ……亮一は本当に変な奴。
麻衣子  それさっき聞いた。
南那   1年の夏かな……亮一がね学食の裏の草むらで、
     泥だらけになってずっと何かをしてたのよ。
     何してんだろうって……学食からずっと見てたのね。
     雨が降ってきても、
     ずっと草むらを行ったり来たり……。
麻衣子  人の彼氏捕まえてゴメンだけど……本当に変な奴よね。
南那   ……。
麻衣子  続けて続けて。
南那   実はね……その何日か前に学生証を失くしちゃって、
     多分……誰かに言ったのよ。
     学食の近くで失くしたって。
     でも……私は失くしたこと自体忘れててね。
麻衣子  まさか。
南那   そう。
     数日後に学生証は見つかって学生課に届けられたの。
     見つけた亮一は自分の名前も名乗らず。
麻衣子  へぇ。
南那   学生証が土で汚れていたから亮一に聞いてみたの。
     そしたら。
     「たまたま学食の裏で見つけたから」
     それだけしか言わないのよ。
麻衣子  変な奴。
南那   こっちは知ってるのに……。
     何時間も泥だらけになって探してくれたのに、
     何も言わないのよ。
麻衣子  (ワインメニューをさして)
     あの……これください!
南那   ちょっと聞いてるの。
麻衣子  ふふふふ。
     それがロス行きを蹴って、
     日本に残った理由なのね。
南那   ……あ……そうね。
麻衣子  ふうん。

―*― その夜 深夜2時 亮一の家

亮一はノートパソコンを開いて論文を書く。
時計を見る。
鍋を火にかける。
ドアのベルが鳴る。

南那   ただいま。
亮一   遅かったね。
南那   へへへ!
     驚け! 今夜の特別ゲスト!
麻衣子  ごめんね……私は止めたのよ。
南那   (麻衣子に抱きついて)覚えてる? 
亮一   笠井麻衣子さんですよね。
     同じゼミだった。
     ご無沙汰しております。
麻衣子  ……ご無沙汰しております。
     おお! 良く覚えてたね。
南那   ほら言ったでしょう。
     私の亮一は凄いんだから。
亮一   かなり飲んだんですね。
麻衣子  ああ……盛り上がっちゃって。
亮一   (麻衣子に)どうぞ……入ってください。

南那と麻衣子は亮一の部屋のソファーに座る。

南那   亮一……あれ頂戴。
亮一   (南那と麻衣子に)はい……お水。
南那   そうそう……ありがとう。
     亮一……あと……あれもある?
     (麻衣子に)飲んだ後と言えばあれだよね。
麻衣子  何よ。
亮一   豚汁でしょう。
南那   あたり!
麻衣子  豚汁?
南那   ワインの後は豚汁に限る!
麻衣子  はぁ。
亮一   温めておいたから、
     ちょっと待っててね。

亮一は豚汁をとりにキッチンへ行く。

南那   何だかんだ……日本の味がやっぱり落ち着くのよね。
麻衣子  以心伝心だねぇ。
     ワイン飲んでくるって言ったの?
南那   言わなくても分かるのよ。
     ねぇ!
亮一   (豚汁を麻衣子に)
     良かったらどうですか?
麻衣子  ありがとうございます。
亮一   (豚汁を南那に)
南那   ありがとう!
麻衣子  亮一君……南那の事なら何でも分かるんだ。
亮一   ……まぁ……どうにか。

―*―
時間は少し戻る。
深夜2時。亮一はノートパソコンを開いて論文を書く。
ドアのベルが鳴る。

南那   ただいま。
亮一   遅かったね。
南那   へへへ!
     驚け! 今夜の特別ゲスト!
麻衣子  ごめんね……私は止めたのよ。
南那  (麻衣子に抱きついて)覚えてる? 
亮一   え……あの……。
南那   何! 覚えてないの! 私の親友を!
亮一   ごめん。
麻衣子  ……ご無沙汰しております。
     同じゼミだった笠井麻衣子です。
亮一   ああ……ご無沙汰しております。
南那   もう……どうして覚えてないの……ねぇ……どうして。
亮一   酔ってますね。
麻衣子  ああ……盛り上がっちゃって。
亮一   (麻衣子に)どうぞ……お入りください。

南那と麻衣子は亮一の部屋のソファーに座る。

南那   亮一……あれ頂戴。
亮一   え? 
南那   お水を頂戴。
亮一   ああ! ごめん。
南那   (麻衣子に)ごめんね。気が利かなくて。
亮一   (南那と麻衣子に)どうぞ。
南那   ありがとう。
麻衣子  亮一君……こっちでやるから……気にしないで。
南那   いいのいいの。
亮一   ……あと……あれはある?
     飲んだ後のあれ。
亮一   あれ?
南那   あれって言ったら豚汁でしょう。
亮一   ああ。
南那   ワインの後は豚汁に限る!
     何? もしかして無いの?
亮一   ごめん。
南那   どうして! どうして!
     ワインの後は必ずって言ってるでしょう。
亮一   でも……ほら……今日ワイン飲むなんて……。
南那   は!
     「古い友達と古い葡萄酒に勝るものなし」
     て言うでしょう!
麻衣子  南那……いいから……時間も遅いし。
南那   嫌! 豚汁食べたい! 食べたい!
亮一   はぁ……あと2回か。
     1時間……いや……豚汁作らなきゃ……3時間前に戻してくれ。

亮一は透明なカプセルを握りつぶす。
「パリン」
亮一は光に包まれる。

―*―
時間は元に戻る。

麻衣子  亮一君……亮一君。
亮一   はい。
麻衣子  南那の事なら何でも分かるんだ。
亮一   ……まぁ……どうにか。

亮一はキッチンに戻り
ノートパソコンにむかう。

麻衣子  ……亮一君……高島教授の研究室に残ったんだよね。
亮一   はい。
麻衣子  えっと何だっけ?
南那   宇宙環境における微生物学の研究。
麻衣子  へぇ。
南那   でもさ……宇宙に生物って……どう思う麻衣子?
麻衣子  え……居るとは思うけど……分からないわね。 
南那   そうでしょう。
     そりゃあ何処かには居るかもしれないよ。
     でもさ……何光年先の星って言われても見当つかないわよねぇ。
亮一   1光年は光の速度で1年間進み続けて到達出来る距離。
南那   分からない。
亮一   1秒間で地球を7周半するってこと。
南那   7周半ねぇ。
     じゃあ……他の星に生命体がいるって分かっても、
     時間がかかって行けないじゃない。
亮一   (南那の方に体を向けて)南那。
     時間という概念はね、
     地球に存在する物資の変化であって、
     そもそも宇宙は時を数えないんだよ。
     宇宙は変化を許容するのみ。
     未来も過去も認識しない。
     変化のみを許容するんだ……分かる?
南那   全然分からない! 
     こっちは酔っぱらってるのよ。
     もっと丁寧に教えてよ。
亮一   だからね……仮に隕石の中に微生物の存在が発見されたと
     するね……。

亮一と南那の会話を見て麻衣子が笑う。

麻衣子  ははははは!
南那   何?
麻衣子  ごめんごめん。
     亮一君がそんなに話すの初めて見たから。
     それと……南那も良い顔してるね。
南那   え?
麻衣子  当時ね……ゼミじゃ大騒ぎだったのよ。
     2人がクリスマス会の後に付き合い始めたって。
     男共はほとんどが南那狙いだったからね。
     私も……半信半疑だったのよね。
     南那の我儘を許容できる男がいるなんて。
南那   へへへ……何とでも言いなさい。 
     亮一は私の事は何でも分かるんだもんねぇ。
亮一   はははは……そうだね。(カプセルを見つめる。)

―※― 1999年 2年前・亮一が大学3年生の時 高島研究室

高島   亮一君。
     じゃあレポートをまとめておいてね。
亮一   はい。

亮一は顕微鏡を覗き込んでる。

亮一   うん?
     なんだこれ?
     高島教授!
     いないか……なんだこれ。
  
亮一は顕微鏡から石を外してじっと見つめる。
再び顕微鏡を覗き込む。

亮一   これは……。
    
突然。
光に包まれる亮一。

亮一   うわぁ!

亮一の目の前には光で覆われたミクロが立っていた。

ミクロ  珍しい生命体だ。
亮一   何!
ミクロ  騒がないでくれるかな。
亮一   はい! 
     ……ああ!
     隕石が割れてる!
     どうしよう……教授に何て言おう。
ミクロ  どれどれ。
     ああ……これね……なるほど。

ミクロが手をかざすと隕石は元通りになる。

亮一   すごい。
ミクロ  こんな石がそんなに大事なのかい?
     不思議な生命体だね……君は。
亮一   何を言ってるだよ!
     これは5億5000年前の地層から出てきた貴重な隕石なんだよ。
ミクロ  5億5000年前。
     この星での時間の概念か、
     5億年……だいぶ寝ていたようだね。
     ありがとう。
     おかげで目が覚めたよ。
     それと……話すのには慣れてないから。
     (亮一の頭に手をあてる)
亮一   ……え。
ミクロ  ……何も言わなくて良いよ。
亮一   君はこの隕石から出てきたの。
ミクロ  ……。
亮一   ええ! 
     地球の生命体じゃないのかい!
ミクロ  静かに。
亮一   ごめんなさい。
ミクロ  なるほど。
     今の時代の事が分かったよ。
     ごめんね……あまり長話をする訳にはいかなくてね。
     そうだ! 
     君には目覚めさせてくれたお礼にこれをあげるよ。
亮一   ……これは?
ミクロ  この星が認識している時間と言うものを操ることができる。
     そのカプセルを潰せば自分が望んだ時間まで戻ることができる。
亮一   時間を戻せるの?
ミクロ  そう……13個あるから大事に使ってね。
亮一   13個。
ミクロ  そう……13回はやり直せるよ。
     ふふふ。
     南那さんか……染色体が違う生命体と惹かれ合い。
     ……なるほどね……よく喧嘩をするんだね。
     だから……戻したいか……それが役に立てばいいね。
     じゃあ。

光が大きくなる。
気付くとミクロは消えていた。

―※― 2001年 高島教授の研究室

蟹江   亮一君……亮一君。
亮一   はい!
高島   聞いてたかい?
亮一   はい!
蟹江   くくくくく!
     大丈夫かい?
亮一   はい! 
     え……本当ですか教授。
高島   ヒューストンの研究チームが君の書いた論文に興味をもってね。
     是非に来て欲しいって言うんだよ。
亮一   来て欲しいって……。
高島   ヒューストンの研究チームにだよ。
蟹江   くくくくく!
     亮一君……いろんなもん吸収して来るんだよ。
亮一   が……がんばります。
高島   (コーヒーを飲みながら)
     亮一君。
     ヒューストンで君がまずぶつかるのは何だと思う。
亮一   ……。
高島   伝えることだよ。 
亮一   伝える。
高島   僕達が研究している分野はね、
     1つ1つに研究者の強い思い……拘りがある。
     幸いこの研究室では何も言わなくても、
     私も蟹江准教授も亮一君の考えている事を理解できる。
     だけどね……ヒューストンではそうはいかないよ。
     研究者と言う熱意はあっても文化も言語も違う。
     いいかい……亮一君。
     伝えたいという熱意があったら、
     言葉に出して何度も言うことだよ。
     「蟻の思いも天に届く」って言うだろう。
     それが今回……挑戦しなければいけない事だよ。
亮一   ……分かりました。


―※― その日の夜 亮一の部屋。


南那   え……亮一……もう一度言って。
亮一   来月からヒューストンの研究チームに参加することになった。
南那   そうじゃなくて、
     来月からいつまで居ないの。
亮一   うーん……早くて……1年かな。
南那   そう。
亮一   ……。
南那   本当に行くの。
亮一   ……うん。
南那   ねぇ……私はどうするの?
亮一   ……あ……家は使ってもらって構わないよ。
南那   あのね。
     そういう事言ってるんじゃないでしょう。
     私を1人残して亮一は平気なの?
亮一   ……平気じゃないけど。
南那   ちょっと……私の目を見て。
亮一   ……。
南那   本当に私が居なくても良いの?
亮一   ……。
南那   亮一!
亮一   あ……あのさ。
南那   何?
亮一   南那は僕がヒューストンに行かなければ良いって思ってる?
南那   はい?
     私の話聞いてた?
亮一   ちゃんと聞いてたけど。
南那   聞いてて分からないの?
亮一   ……僕の論文がヒューストンの研究チームに認められたんだよ。
     不可能かと思ってたチャンスが目の前に来たんだ。
     それなのに……行かない方がいいの?
南那   そんな事言ってないでしょう。
亮一   じゃあ……どういうことなの?
南那   何で分からないかな?
     私と会えなくても平気なの?
亮一   話の論点が変わってるよ。
南那   変わってない。
     私は亮一の気持ちを聞きたいの。
     ヒューストンンに行きたいのは分かったわ。
     それで……私はどうすればいいの?
亮一   南那は僕の成功を応援してくれないのかい。
南那   全然話が通じてないよ。
     亮一覚えてる?
     ロスの弁護士事務所から研修の誘いがあったこと。
     でも私は断って、
     麻衣子がロスに行った。
     どうしてだか分かる?
亮一   ……。
南那   亮一がいたからよ。
     亮一と離れ離れになりたくないから断ったのよ。
亮一   僕のせいって言いたいの……。
南那   違うって……聞いて。
     亮一はヒューストンに行く、
     私は日本に残る……それでいいの。
亮一   ……。
南那   ねぇ……どうして黙るの?
     何か話してよ。
     亮一が何を考えてるか……私に伝えてよ。
亮一   (カプセルを見つめる)
     ……。
南那   亮一。
亮一   ……。
南那   昔からそう……どうして肝心な事言ってくれないの?
     私の学生証を見つけた時も、
     私と一緒に暮らすことになった時も、
     亮一は私の言った事に首を振るだけ。
     「分かった」って言うだけ。
     何が分かったの? 教えてよ。
     亮一の本心を私にしっかり伝えてよ。
亮一   (カプセルを見つめる……カプセルをしまう)
南那   ……。
亮一   初めての東京で……初めての満員電車で……僕は痴漢と
     間違われた。
     どうしたらいいか分からなくて、
     困っている時……南那が僕を助けてくれた。
     入学式の後……オリエンテーションの教室で南那を見つけた。
     その時から僕はずっと南那を見ていた。
     でも……南那はゼミでも学部でも人気者で、
     僕なんかには不釣り合いで、
     ただ……遠くから眺めてるだけで十分だった。
     それが……本当に奇跡だった。
     こんな僕が南那の傍に居られる。
     今でも時々信じられなくなる。
     朝……目覚めると目の前に南那がいる。
     いつも怖かったんだ。
     いつかこの夢のような生活が終わってしまうんじゃないかって。
     不安で不安で……。
     だから……僕の気持ちを伝えて嫌われるのが怖かった。
     だから僕は何も言えなくなって……。
南那   それは……
亮一   南那……大丈夫……ちゃんと伝えるから。
     南那……ヒューストンに一緒に来てくれないかな。
南那   駄目。
亮一   ……え。
南那   もっとしっかり伝えて。
     「蟻の思いも天に届く」よ。
亮一   ……僕とずっと一緒にいて欲しい。
     南那……結婚しよう。
南那   はい……喜んで。

亮一と南那は力強く抱き合う。
「パリン」
カプセルの割れる音が……。

亮一   マジかよ……またやるのか。

光に包まれる南那と亮一。


【おしまい】



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