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短編vol.6「麻里とマリリン」

【登場人物】
門田麻里 東都銀行 経営企画室主任
マリリン スナックマリリンのママ
健太郎  酒屋三河屋
鮫島喜一 東都銀行 経営企画室 室長

東都銀行本店の会議室で鮫島と麻里が話している。

鮫島    門田君? ……門田くん。

呆けている麻里。
鮫島が麻里の肩を叩く。

麻里    失礼しました。 
鮫島    出向は長くても3年……その間に必ず君を本店に呼び戻し
      ますよ。
麻里    ……。      
鮫島    約束しますよ。
麻里    鮫島室長……これは……東都ミッドタウン計画の失敗の責任……。
鮫島    責任?
      違いますね。
      東都ミッドタウン計画は銀行間でも様々な利権が絡んで
      いました。
      門田君の責任とは思ってはいません。
      ただ……。
麻里    誰かが責任を取らないといけない。
鮫島    そうですね。
麻里    まさか……私がトカゲの尻尾になるとは……夢にも思いません
      でした。

麻里は辞表を鮫島に渡す。

鮫島    ……早まってはいけませんね。
麻里    鮫島室長。
      私は男社会の銀行で女の分際でと揶揄されながらも、
      歯を食いしばってここまで這い上がってきました。
      銀行員の失敗……出向が何を意味しているか分かって
      おります。
      東都銀行に入行して5年、
      本店経営企画室で2年、
      本当にお世話になりました。
鮫島    門田くん。
麻里    (深々と頭を下げる。)
      今回の件では鮫島室長のキャリアに、
      大きな傷を付けてしまいました。
      大変申し訳ありませんでした。

鮫島は会議室から外を眺めている。
 
鮫島    門田君が本店に移動してきた時……私に何て言ったか覚えて
      いますか?
      「私が東都銀行初めての女性役員になります! 」
麻里    ……。
鮫島    私はね……この銀行が大好きです。 
      大好きだからこそ変わらなければいけないと思っています。
      その改革の為にも君が必要なんです。
      だから私は門田君をここに呼んだのですよ。
麻里    感謝しております。
      支店の窓口だった私を本店の経営企画室に抜擢して頂き……。
鮫島    私はまだ諦めておりませんよ。
麻里    これ以上は……。
鮫島    今回は専務派閥の皆様にいいようにやられてしまいまし
      たが……。
      勝負はここからです。
麻里    諦めていないんですね。
鮫島    ええ……私はどんな事をしてもこの銀行を変えたいんです。
      その為には門田君……君が必要なんです。
      (辞表を麻里に戻す。)
麻里    ……分かりました。
      出向の辞令……謹んでお受けいたします。
鮫島    まぁ……出向というか研修のような気持ちで楽しんで
      ください。
麻里    畏まりました。
鮫島    (辞令を渡す。)
麻里    (辞令を読む。)ブロンド株式会社……どういった会社
      ですか?
鮫島    接客業中心のお仕事ですよ。
麻里    接客業……鮫島室長はご存じなのですか?
鮫島    ええ……大変……お世話になっている会社の1つです。
      今回の門田君のお話をしたら、
      先方の社長さんは大変喜んでおりましたよ。
麻里    そうですか。
鮫島    頑張ってくださいね。
麻里    はい!
      門田麻里。
      再び東都銀行に戻ってこられるように精進いたします。

―※―数日後。

朝。
門田麻里は西麻布にあるスナックマリリンの店の前に立っていた。

麻里    ここ……じゃないよね。
      でも……住所はここよね。

麻里はスナックの扉を開けて中に入る。

麻里    失礼します。
マリリン  いらっしゃい。
麻里    ……。
      あの……ブロンド株式会社と言うのは?
マリリン  ここよ。

麻里はスナックの外に出て看板を見て戻ってくる。

麻里    (店を見渡す)……。
マリリン  ふふふ。
      そんな仏頂面で立ってないでこっちに座ったら?
麻里    (周りを見回して)あのぉ……私……東都銀行より出向して
      まいりました。
マリリン  門田麻里さん……よね。
麻里    えっと……ここは……スナックマリリン。
マリリン  そうよ。
麻里    あの……ブロンド株式会社と言うのは?
マリリン  ここよ。
麻里    ……。
マリリン  喜一さんが名付け親なの。
麻里    喜一さん……それは……鮫島室長のこと……。
マリリン  そうよ。
      何か飲む?
麻里    あのぅ……社長様はどちらに?
マリリン  ふふふ。
      社長なんて……私がママのマリリンよ。
麻里    マリリン……ママ……はぁ……。

マリリンは麻里の顔を覗き込む。

マリリン  麻里ちゃん……いい顔してるわね。
      ふふふ。
      ドキドキするわ。

麻里はカウンターに置かれているコップの中身を飲み干す。

麻里    !? 
      これ! お酒ですか!
マリリン  水割りよ。
麻里    水割りって……ウイスキーですか!
マリリン  あら……嫌い?
麻里    いえ……そうじゃなくて……ちょっとすいません。
      
麻里はスナックの外に出て携帯電話をかける
      
麻里    もしもし……鮫島室長ですか?
      はい……門田です。
      はい……はい……今来ています。
      あの……接客業って……スナックの経営コンサルタントですか?
      え……ホステス?
      ちょっと待ってください!
      私に……「ホステス」をやれってことですか!
      ……いやいや……そうだよって。
      もう一度聞きますよ。
      私がここで「ホステス」を!     
     ちょっと……どういうことですか!
      ちょっと! 
      もしもし? もしもし?

麻里は携帯をきりスナックに戻る。

―※―スナックマリリン

マリリン  ふふふ。
麻里    ……すいません……お水頂けますか?
マリリン  ふふふ。
麻里    あのう……マリリンさん。
マリリン  マリリンでいいわよ。
麻里    鮫島室長は私の事を何て?
マリリン  ふふふ。
      可愛いホステスが行くから面倒見てくれって?
麻里    ……可愛いホステス。 
      あのぉ……私……ホステスじゃありませんよ。
      銀行マンです。
マリリン  銀行マンのホステス……ドキドキしない?
麻里    しません!
      あのぅ……マリリンさん。
マリリン  マリリン。
麻里    他に従業員は居ないんですか?
マリリン  居ないわよ。 
      従業員は麻里ちゃんだけよ。
麻里    はぁ。
      (コップの水を一気に飲み干す。)
マリリン  あら……素敵な飲みっぷり。
麻里    (携帯に届いているメールを見る) 
      もう! 
      どういうことよ!
マリリン  何だって喜一君は?
麻里    (マリリンにメールを見せる。)
マリリン  「これも重要な仕事ですよ。
      ホステス初日おめでとう! 」 
      ふふふ。
麻里    もう!
      どういうつもりなの!!
マリリン  ふふふ。

マリリンは氷入れと水とウイスキーを麻里の前に持ってくる。
コップに氷を入れてマドラーで回す。
麻里はマリリンの水割りを作る姿に見とれる。

マリリン  どうぞ。
麻里    ……。
マリリン  どうしたの? 
      麻里ちゃん。
麻里    やっぱり無理です。
マリリン  無理?
麻里    こういうお店は接待で何度も使わせてもらっているので、
      何をしたらいいかも……何となく分かっているつもりです。
マリリン  頼もしい。
麻里    だから無理なんです。
マリリン  どのあたりが?
麻里    どのあたりって……男に媚び売って……お酒作って……愛想笑い
      して。
マリリン  うんうん。
麻里    こんな言い方失礼かもしれませんが……。
マリリン  どうぞ。
麻里    日本のホステスという仕事が、
      男社会の縮図と言うか、
      男尊女卑を増長させているようで……あ!
マリリン  ふふふ……続けて。
麻里    私は……こんな所で男のご機嫌取りをしている時間なんて
      無いんです。
      私は……。
マリリン  東都銀行初の女性役員。
麻里    ……そうです。
マリリン  どうしてなりたいの?
麻里    マリリンさんには……。
マリリン  マリリン。
麻里    マリリンには分からないかもしれませんが、
      女性行員はお茶くみと愛想笑いをするだけの存在じゃないん
      です。
マリリン  「男社会」って不公平。
麻里    不公平です。
      同じ事やっていても私は女だからって……。

勢いよくスナックの扉が開く。
三河屋の健太郎が元気よく入って来る。

健太郎   失礼しやっす! 
      三河屋っす!
マリリン  けんちゃん……今日も元気ね。
健太郎   あざっす! 
      今日はどうしやすか?
マリリン  うーん……まだ大丈夫かな。
健太郎   あ! 
      新しい女の子っすか! 
      どうも!
麻里    違いますから。
      あの……失礼します。

麻里は勢いよくスナックを出て行く。

健太郎   可愛い子すね!
マリリン  でしょう。
      ドキドキしない?
健太郎   ドキドキしますね。
      あ! 空瓶さげときますね!
マリリン  ふふふ……ありがとう。

―*―西麻布 街中

麻里はスナックを飛び出して歩いている。
麻里の携帯が鳴る。

麻里    はい……門田です。
      お疲れ様です。
      分かりました。本店に向かいます。

―*―スナックマリリン

昼。
スナックマリリンの扉が開く。
鮫島が入って来る。

鮫島    どうもです?
マリリン  あら……喜一君。
      こんな時間にどうしたの?
鮫島    門田君の様子を見に来たんですけど……いません……ね?
マリリン  出ていっちゃったわよ。
鮫島    ああ……そうですか。
マリリン  喜一君。
      相変わらずねぇ。
鮫島    はい……お土産です。
マリリン  ありがとう。
      飲んでく?
鮫島    いいえ……今度にしますね。
      マリリン。
      門田君をお願いしますね。
マリリン  ふふふ。
鮫島    半年後にはもう一度勝負しますので、
      よく磨いておいてくださいね。
マリリン  ふふふ。
次は勝てるの?
鮫島    勝たないといけませんね。
      マリリン……頼みましたよ。
マリリン  はいはい。
鮫島    じゃあ……失礼しますね。


―*―東都銀行 本店

麻里が銀行の廊下を歩いていると前から同僚が歩いてくる。
咄嗟に麻里は物影に隠れる。
同僚達の噂話が聞こえてくる。
 
「門田の話聞いたか? 」
「ミッドタウン計画融資の失敗で出向だろ」
「ご愁傷様」
「あいつさ……女の癖に偉そうな態度でよ……あれ……鮫島室長の愛人なんだろ」
「まじかよ! 」
「じゃなきゃ……女が本店のキャリアになれるかっての」
「じゃあ……愛人として用済みになったからか……ポイってか」
「まぁ……女なんて笑ってお茶出してりゃいいんだよ」
「ははは! あ……銀座にいい店見つけたんだよ。今晩行かない? 」
「いいねぇ」


―*―スナックマリリン

夜。
スナックマリリンの扉が開く。
麻里が入って来る。

マリリン  ごめんなさいね。
      今日はもう終わりなの……あれ? 麻里ちゃん。
麻里    こんばんわ!
      麻里でぇす。 
      はい! マリリンにお土産でぇす。
マリリン  ふふふ。
      ありがとう。
麻里    へへへ……マリリンの水割りもらえます?
マリリン  飲んで来たの?
麻里    はい……飲んできました!

マリリンは水割りを作り麻里の前に置く。
麻里はマリリンが作った水割りをじっと見つめてからゆっくり飲む。

麻里    美味しい。
マリリン  ふふふ。
      ありがとう。
麻里    もう!
      やっぱり無理ですよ!
      こんなの作れましぇん! 
マリリン  コツがあるのよ。
麻里    コツって何れすか?
マリリン  願いを込めるのよ。
      今夜も素敵な夜になりますように……ってね。
麻里    なるほろ……覚えておきます。
      (水割りを飲む。)
      マリリン。
      私……男に負けたくないんです。
      銀行に入る時に決めたんです。
      女だからって……下に見られないようにしよう。
      男より良い成績とって……女を馬鹿にしている奴ら顎で
      使ってやるって!
      だから……窓口でもがむしゃらやって……。
      本店に異動が決まった時は本当に嬉しくて!
      これで見返せるぞ……私は……女役員になるぞ!
      畜生!
      ……専務だって……部長だって。
      「期待してるぞ。銀行のイメージアップの為に頑張ってくれ」
      そう励ましてくれたんですよ。
      それなのに……結局……私は負けたんです。
マリリン  ふふふ。
      麻里ちゃんは負けたんだ。
麻里    そうでーす。
      負けました。
      私は負けたの! 
      だから……ここに飛ばされたのよ!
マリリン  ふふふ。
      麻里ちゃんは飛ばされたんだ。
麻里    そうでーす。
      男社会の……縮図……底辺に飛ばされました!
マリリン  ふふふ。
      ドキドキするわね。
麻里    ?
マリリン  ドキドキしない?
麻里    あのう……話聞いてました?
      私……飛ばされたんですよ……用済みなんですよ。
マリリン  ふふふ。
      麻里ちゃんを用済みにした男が、
      麻里ちゃんの笑顔を見たくてここに通うのよ。
      考えただけでドキドキしない?
麻里    しません。
マリリン  麻里ちゃん。
      負けたとか勝ったとかは……麻里ちゃんが嫌ってる男の考え
      方よ。
      男はね……周りと自分とを比べたがる生き物なの。
      キャリアを気にする。
      肩書を気にする。
      見栄っ張り。
      だから……本当の自分が見えないでいる。      
麻里    ……。
マリリン  私はね。
      女であることを楽しんでいるの。
      女はね……どんな世界でも……女である限り、
      ドキドキ楽しむことも、
      ドキドキ楽しませることも出来るのよ。
麻里    ドキドキ。
マリリン  そうよ……ここはね麻里ちゃんに肩書を与える場所じゃない。
      ドキドキを与えてくれる場所なのよ。
麻里    ふふふ……なるほど。
      
麻里はお酒を一気に飲み干す。
コップを置くと倒れるようにカウンターで寝る。

―*―

次の日の早朝。
スナックマリリンの扉が開く。
静かに男が入ってくる!
男は電気を点ける。
麻里を見つけてびっくりする!

健太郎   うわぁ!
麻里    いやぁ!
      痴漢、泥棒!
      ……あのう……ここはいったい?
健太郎   スナックマリリン。
麻里    スナックマリリン。
      あなたは!
健太郎   どうもっす!
      三河屋の健太郎っす!
麻里    三河屋さん?
健太郎   酒屋っす!
麻里    ああ……そう……。
健太郎   新人さん……あざざっす!
      健太郎って言います!
麻里    健太郎さん……私……麻里です。
健太郎   麻里さん!! 
      あざざっす!
麻里    ちょっと!
      健太郎さん。
健太郎   なんすか?
麻里    ちょっと……静かにしてもらえます? 
      頭が痛いんで!
健太郎   わっかりました! 
麻里    静かに……静かに!
健太郎   あざっす!
麻里    ……。(頭を押さえる)

健太郎はカウンターの裏から空瓶を運び出す。

麻里    あの……健太郎さん?
健太郎   はいはい!
      (麻里の目の前にくる)
麻里    近いから。
健太郎   すいません!
麻里    マリリンのこと詳しい?
健太郎   詳しいって言うか……ラブって感じっす!
麻里    ああ……そう。
健太郎   素敵っすよね……マリリンさん。
麻里    素敵……あのぉ……どこら辺が?
健太郎   え!
麻里    どこらへんが素敵なの?
      顔? 体? どこ?
健太郎   全部素敵じゃないですか?
麻里    まぁ……私も素敵だと思うわよ。
健太郎   そうっすね。
      あ! 暑い時に来ると麦茶くれます!
      それと!
      お腹空いたなって言ったらハムサンドくれます!
麻里    ああ……そう。
健太郎   それと!
      笑顔が素敵です!
      あの笑顔を見ると頑張れます!
      ドキドキします。 
麻里    笑顔……ねぇ……ありがとう。
健太郎   それじゃあ失礼します!!!

健太郎は空瓶を持って外に出ていく。

麻里    それにしても……飲みすぎたぁ。

麻里はコップに水を入れて飲む。
一息附いて鏡をとりだし笑顔をつくる。

麻里    (自分の笑顔を見て。)
      無理ぃ。 
      まったくドキドキしないし。

麻里はポーズを変えて笑顔をつくる。
そこに現れる健太郎。

健太郎   あ! そうだ麻里さ……。

麻里のポーズを見てから、静かに外に出て行く健太郎。

麻里    違う意味でドキドキしすぎ。


―*―スナックマリリン

その夜。

お客様   マリリン……今日から新しい子が来るって本当?
マリリン  ふふふ。
      耳が早いわね。
お客様   三河屋の倅からだよ。
マリリン  ふふふ。
      可愛い子よ。
お客様   楽しみだね。
      早速お酌してもらおうかな。
マリリン  あら……私はいらないみたいね。

お客とマリリンが楽しく話していると扉が開く。

麻里    すいません遅れました。
      その……服が見つからなくて。

麻里は髪をほどきドレスを着ている。
マリリンは麻里の姿を見つめる。

麻里    ……変ですか?
マリリン  ふふふ。
      いいわよ麻里ちゃん。
      ドキドキするわよ。
      ほら……皆様にご挨拶して。
麻里    今日からスナックマリリンで働きます。
      麻里です。
      よろしくお願いします!

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