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イデオロギーは作れる! ① ~ナチスドイツ出身、過去を悔いる産科医(アメリカ、1958年)~

前回、「イデオロギーは作れる! 歴史系シナリオにおけるバックストーリー作成術」という記事を書いた。ツイッターにそのnoteへのリンクを貼ったところ、予想以上に閲覧をしていただけた。ひょっとして、上掲記事で取り上げた探索者だけではなく、他探索者の作成例も需要があるのでは? 具体例を複数提示することが読者への手がかりになるのでは? と思って、Twitterでアンケートを行ったところ、ちょいちょい投票を頂けたり、「読んでみたい」等の反応をもらったりした。

本稿は、このアンケートの結果をうけて、とある探索者(ナチスドイツ出身の産科医)が作成されるまでの過程を追ったものである。


0.前回の要約

それでは、前回の記事の要約をまずは掲載しよう。


1.能力値を導き出す
2.バックストーリーを想像する
  ①舞台となる年を確認する
  ②シナリオのトーン、テーマを確認する
  ③時代、地域、歴史を調べる
   ・舞台となる地域社会の特徴を確認する
   ・大きな歴史上の出来事を調べる
  ④探索者の出来事への関わり方を決める
  ⑤年齢を決める
  ⑥名前を決める
3.職業を決める
4.技能を選び、技能ポイントを割り振る
5.探索者に装備を与える


大まかには、この流れに従って探索者を考えていくことになる。今回作る探索者はこの人物だ。個人的には、私の作った探索者のなかでも、それなりに悩んで作成したほうなので、結構思い入れ深いPCである。


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探索者
ウィリアム・シュナイダー(ヴィルヘルム・シュナイダー) 45歳
ナチスドイツ出身、過去を悔いる産科医

イデオロギー/信念
自由主義神学の立場に基づき、人工妊娠中絶を行っている。ナチスドイツ下のレーベンスボルンで働いていた自身の経歴を嫌悪しており、生殖(出生観)が宗教的な問題であるだけでなく、政治的な要請に基づくものあることを強く認識している。
宗教的には、20世紀を代表するキリスト教神学者の一人、ディートリヒ・ボンヘッファー(1906~1945)の影響を大いに受けており、極めて限定的にだが、中絶は容認されうるという立場を取っている。
資本主義に関しては、否定する立場を取らない。

容姿の描写
金髪碧眼。ナチスドイツにいた頃は「金髪碧眼のアーリア人的特性」という高評価を受けていた。今では「反ナチ」的立場を取っているため、高評価を受けていたことは苦い思い出である。

意味のある場所
レーベンスボルン。忌まわしい記憶である。
勤務当時は、産科医として出生に向き合う正義感にあふれていた。が、敗戦およびナチスの絶滅政策の全容を知って以降、レーベンスボルンは、政治的立場に無批判で無自覚で愚か者だった自らの経歴を象徴する場所となった。

秘蔵の品
人工妊娠中絶に関わる書物や手術録など。

メモ
1913年ドイツ生まれ。第二次世界大戦後、アメリカへ移住(亡命)してきたドイツ系移民。産科医としては優秀であり、もとはレーベンスボルンで働いていた。開業医であり、裏では人工妊娠中絶の手術も行っている。

自らがかつてナチズムを無批判に受け入れていた経歴を猛省している。社会的に「善」とされる営為が根本から否定されるのを目撃してきたため、社会的正義(とされるもの)に懐疑的である。


それでは、実際の作成過程に入ろう。



1.能力値を導き出す

ダイスを振った。今回はどのステータスも並程度で、そこまで極端なステータスはなかった。強いて言うならEDU75と高かったので、高学歴にしようかなと思ったぐらいだ。




2.バックストーリーを想像する

今回参加した卓は、Twitterでの野良募集だった。


①舞台となる年を確認する

ありがたいことに、募集段階で舞台が記載されていた。年は1958年、アメリカのカリフォルニア州である。




②シナリオのトーン、テーマを確認する

・生物学者のルーナ・ストラスバーグと知り合いであり、彼女の依頼を受けるところからはじまる
・堕胎ネタあり
・共産主義ネタあり
・あなたは、キリスト教徒である。

開示された事前情報は以上の通り。プレイヤーに事前資料が配られるときは、それがそのままシナリオのテーマやトーンへと繋がることが多いため、よく確認しておくことをオススメする。今回は、知り合いによる依頼から始まる導入であることから、ある程度自由に行動ができるキャラクターにしたほうが良さそうだと思った。それから、「堕胎」「共産主義」が関わってくるということなので、「堕胎」「共産主義」のどちらかをバックストーリーに織り込んだキャラクター作成をしたいなと思った。シナリオに関わってくるバックストーリーを持っていると、探索者のそのトピックに関するポジションが固まり、それによってロールプレイやキャラクター発言がしやすくなったり、関連する技能のダイスを振る機会が増えたりして、セッションをより楽しみやすくなると思う。




③時代、地域、歴史を調べる

今回の探索者のエントリーを決定するまでに、私は紆余曲折をたどった。まず「舞台となる地域社会の特徴を確認する」ところからはじめた。ありがたいことに、時代背景、「堕胎」「共産主義」に関わるハンドアウトが事前に配られていたので、これをよく確認した。

「堕胎」「共産主義」のどちらか主軸に据えてキャラクターメイキングをするかについてだが、私は「堕胎」のほうを選んだ。堕胎に関してであれば、Pro-life vs Pro-Choice(英語圏で堕胎の是非を議論する際に用いられる表現。Pro-lifeは、子供の命に生きる権利があるとして堕胎を容認しない立場。Pro-Choiceは、母親に選択する権利があるとして、堕胎を容認する立場である)という言葉だけは知っていたので、ここから色々調べていけるかもしれないと思ったからだ。あとはぶっちゃけた話、タイトルが「静寂の春に亡かりし聖母」なので、なんかキリスト教的な出産観とか関わってきそうだな~~探索者がキリスト教徒であるってことも言われているし、できればそこらへんでRPキメたいな~~~っていうタイトル読みをした。

共産主義でもよかったのだが、そちらについてはバックストーリーに盛り込むのをやめることにした。私個人が好いているのが欧州近代史であって、第二次世界大戦後のアメリカにおける共産主義に関してあまり詳しくなかったからだ。あとどこまでが「共産ネタ」としてPL間で受け入れられ、どこからが「流石にそれは……」と引かれるレベルなのかが今ひとつよくわからなかったというのもある。あと共産主義ネタはネットミームとして広まっている側面もあり、情報量が多すぎて調べきれなさそうだと思った。




④探索者の出来事への関わり方を決める

シナリオ内で、とあるテーマにまつわる善悪観、倫理観が出てきそうなときに、PCに当時の価値観通りの考えを持たせるか、当時としてはイレギュラーな考え方をもたせるかは、PLに委ねられている(はずだ)。今回のシナリオのテーマの一つである堕胎に関して言えば、当時のアメリカにおける主流派は「堕胎=悪」であるし、「堕胎してもよし」としている人は少数派だろう。ここまではいい。もう少し踏み込んでキャラクターメイキングをしたいと思う。

まず、堕胎事情について詳しく知らなかったので、Pro-life vs Pro-Choiceに関わる議論の動画を見た。しかし、これはあまり参考にならなかった。社会的背景が完全に現代基準であることと、各人がそれぞれの経験談のぶつけあいをするのが主であって、倫理的考察の深まりがあるわけではなかったのがその理由だ。探索者に、舞台となる年代においてありえそうな思想的背景を持たせるには、この類の動画ではちょっと目的に噛み合わなかったのである。


動画がダメなら文字情報に頼ろう。続いて、Wikipediaの「人工妊娠中絶」の記事における、キリスト教の項目を見た。

あと、「堕胎 キリスト教」や「中絶 キリスト教」で調べて、出てきたウェブページを参考にしていく。主に見ていくのは、大学の論文やホームページなどだ。論文を調べるときは、王道だがグーグルスカラーやCiNiiなどのサーチエンジンを使うと手っ取り早い。今回調べた中では、立命館大学の「カトリックの教説から見る中絶問題──中絶に関わる諸事項の関連」のページは中絶に関するカトリックの教説の基本的な考えを理解するために大いに役立った。

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主流派というか、スタンダードは「堕胎=ダメ=ゼッタイ」である。わかっていたことだが、ここらへんでもぞもぞと、社会の主流派から外れた、プロチョイス側の探索者を作りたい欲が出てくる。これはもう私の手癖なようのもので、社会の主流派から外れたキャラクターを作りがちなのである。主流派からなぜ外れた(外れてしまった)のかを描くことによって、キャラ立ちがはっきりしたり、経歴(バックストーリー)を独特のものにすることができるという点も魅力的なので、ついついそういうキャラを作ってしまうのだ……。

しかし、中絶を容認する立場であるプロチョイスの立場は、そもそも1960年代の後半以降に起こってきたものだ。今回の舞台(1958年)にそれを持ち込むのはちょっと時代の先取り感がある。探索者を時代の先駆的なオピニオンリーダーにするのならばそれもまあいいのだが……。だいぶ迷ったが、今回は一旦止めておこうかなと思った。

できれば、キリスト教神学のなかにおいて、堕胎(中絶)を可能にする理論的背景がほしい。

『初代教会と中絶』という本が検索に引っかかってきたので読めればよかったんだが、セッション開始日は迫っており、間に合わなさそうだった(付け焼き刃の知識をRPに活かすのも苦手なので、結局この本は読めずじまいだった)。そう。私はキリスト教に詳しくないし、神学を学んだわけでもないので、ココで一回完全に「詰み」だと感じた。開きに開きまくったタブを閉じ、作業通話に友人を呼び出して、PCができないと泣き言をいっていた。そうこうして、ぐずぐず半泣きになりながら友人に検索を手伝ってもらったりなどしたところで、私はとある人物を見つけることになる。


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ディートリヒ・ボンフェッファー(wikipedia)。「生命倫理とボンヘッファー」という題の、関西学院大学の社会学部の紀要に掲載されていた紀要論文を、友人が見つけてくれたのである。

キリスト教内で、「生命科学が関わる問題に関して、教条主義的に対応することはできない」「中絶が、生殖の権利と、生まれる生命の権利を侵害することを認めつつ、より少ない悪の道を選び取ることを認めようとする」「善を選ぶことが不可能な状況下において、より大きな悪を避けるためにより小さな悪を選ばないことは逃避であるとする」というボンフェッファーの思想があったことを知った私は、探索者をその思想の影響下に置くことにした。(ボンヘッファーについては、浅学にして全く知らなかったので、後日下記の本を買ってきて、生命倫理に関わるところなどを読むなどした)



ナチスに反対し、ヒトラー暗殺計画に加担したボンヘッファーの影響下にあるということは、探索者もドイツ人かもしれない。ここで本来ならば、ボンヘッファーが活動した時代付近の大きな歴史上の出来事を調べるところだが、今回はそうする間もなく、私の脳裏に一つの単語が浮かんだ。

レーベンスボルン(Lebensborn)。生命の泉。

ナチ親衛隊(SS)がドイツ民族の人口増加と「より純粋なアーリア人」「純血性」を目的として設立した母子保護施設群である。

……決まった。探索者は、レーベンスボルンに勤務していた産科医。過去に「出産=善」というナチスドイツの主張を純粋に受け入れてしまったことで、「出産」が純粋に宗教的なものではなく政治的なものでもあることを強く認識せざるを得なくなった人だ。ナチスの施設で働いていたことによって戦後連合軍下で解雇されたなり、居たたまれなくなるなりして、戦後アメリカに亡命してきたのだろう。産科医として、出産関連だけではなく、当時非合法な人工妊娠中絶手術も行っているが、これはナチス社会の唱えた「善」を無批判に受け入れていた過去を悔いてのものだ。社会の唱える「善」が個人の声を抑圧してしまうことを憂いてのことだろう。

探索者の大枠が決まったところで、ほかの項目も考えていこう。




⑤年齢を決める

レーベンスボルンの最初の施設「高地荘」がバイエルン州に設立されたのが1936年。その頃には就労可能である必要がある。シナリオ開始時点が1958年であることを考えると、だいぶ時間経過があるので、1936年では若手ぐらいの年齢設定がいい。若手なら、まだ希望に満ち満ちている23歳ぐらいだろうか。

となると、1913年生まれで、シナリオ開始時点の1958年時点で45歳だ。……まあ、いけるのではないだろうか。

年齢が決定し、それからEDU上達チェックを行った。



⑥名前を決める

1913年生まれなので、「1910年代 ドイツ 名前」のドイツ語訳で検索をかけてそれっぽい名前を探していく。亡命ドイツ人設定なので、ドイツ語読みと英語読みで読み方が違っていたら、「(亡命して)別人として生きてる」感じが出そうだなあと思ったので、ドイツ語読みと英語読みが違う名前にした。ドイツ語で「ヴィルヘルム」、英語発音で「ウィリアム」だ。姓である「シュナイダー」については、名前が英語読みで名乗ったり呼ばれたりすることを見越して、姓ぐらいはドイツ語っぽい音を残したかったので採用した。




3.職業を決める

産科医にすることを決めていたので、新ルールブックの医師ベースにした。職業技能ポイントを計算して割り振っていく。任意の技能は、胎動を聞きわけたりするイメージで聞き耳を取得した。




4.技能を選び、技能ポイントを割り振る

特筆すべきは、ドイツ語出身(=母国語がドイツ語)にしたので、「ほかの言語(英語)」を30%程度取得したことだ。それからアメリカが舞台であることを考慮して取得した「射撃(R/SG)」もある。それ以外は割とよくある医者のステータスになったと思う。

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5.探索者に装備を与える

非合法な人工妊娠中絶手術を闇医者的に行っていることもあるので、護身用の武器は持っていていいだろう。「射撃(R/SG)」も取得したしね。ということで、ルールブックの最後の方のページを開いて、32口径オートマチックを護身用に持ち、ガーランドM1ライフルをいざ押し入られた時用に自宅や医院に備え付けておくことにした。




6.その他

容姿の描写(金髪碧眼)を書き加えた。容姿は、ナチス下のドイツで「アーリア人的」という高評価を受けた金髪碧眼の外見だ。ナチス期の社会において歓迎される要素を持たせておいたほうが、若手でレーベンスボルン計画に(名も無きモブの産科医としてであるとはいえ)参加できたことに対する説得力がちょっとは生まれるかなと思ったのだ。

秘蔵の品(人工妊娠中絶に関わる書物や手術録)については、まあ持っていて他人に見られたくないものとして、在るだろうなあと思ったので、簡潔に記述した。




おわりに

これでまた一人の探索者ができあがりました。いやあ、苦労しました……。

作成過程で相談や泣き言に付き合ってくれた友人と、この探索者を受け入れてくれたKPと同卓PLに感謝します。なお、この卓で別PLが持ち込んだPCは、ゴリッゴリのケインズ主義者という経済思想方面から生まれた探索者だったので、私は経済方面には詳しくないんですけど、そういう探索者の作成過程も面白そうだなあと思いました。

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