BAD COMMUNICATION

土砂降りの国道沿いの歩道。
ポツンと佇む電話ボックス。
男A、その電話ボックスの中で受話器に手をかける。
男B、その電話ボックスに入ってくる。

A「ちょっとちょっと、何入ってきてるんですか!」
B「すみません追われてるんです」

A「追われてる? 誰に?」
B「何でそんなこと初対面の相手に言わなきゃいけないんですか」

A「いや、この状況下で私を"ただの初対面の相手"にカテゴリしないでくださいよ」
B「え、どこかで会ったことありましたっけ。すみません記憶力悪くて」

A「いや初対面ですよ、こんな他人のプライベートなところに突然踏み込んでくる人とは知り合いたくもない」
B「じゃあ初対面じゃないですか。初対面の相  手にいきなり立ち入ったこと聞くのは失礼ですよ? 何でそんなこと気になるんですか」

A「私は別にあなたが誰に追われてるかなんて少しも興味ないんですよ。ただ、お互いのダメージをイーブンにしたいんですよ」
B「どういうことですか」

A「私は、自分が使うはずだった電話ボックスという空間をあなたに侵された。これは1ダメージです。だから私もあなたのプライベートな部分を侵さなきゃ気が済まない」
B「追われてる相手に対して理由も聞かずに匿ってあげる優しさはないんですか」

A「それを聞いて思い出した。あなたは入ってきて開口一番こう言いましたね?『すいません追われてるんです』と」
B「正しくは『すみません追われてるんです』ですけどね」

A「そんなことどっちだっていい!!私は既に2つのものをあなたに与えてるんですよ」
B「何ももらってませんよ」

A「一つは私が1人で使うはずだった電話ボックスという空間の一部。そしてもう一つは『すいません追われてるんです』って言われたときに抱いた、『そうか、この人誰か悪い人に追われてるんだ、可哀想に』っていう同情の気持ちですよ」
B「どっちも与えてもらった覚えはないですけど。それと正しくは『すみません追われてるんです』です」

A「そんなことどっちだっていい!少なくとも前者は与えてもらったという自覚は持ってて欲しかったですね!いいから誰に追われてるのか、何でこんな状況になってるのか教えてください」
B「いやもしね、これで私が追われているこの状況の顛末をお話ししたとしましょう。『ギャンブルによる借金で首が回らなくなった。ついに借金取りが家に取り立てに来た。そこで私は"知り合いにお金を工面してくれる人が見つかった。そいつは今国道沿いの電話ボックスにいるはずだからちょっと待っててくれ"なーんて、嘘八百並べ立てて逃亡してきた』なんて言ったとしたら」

A「最悪だ!完全に巻き込まれてるじゃないですか!聞くんじゃなかったよ!」
B「でしょ?3ダメージになっちゃいます」

A「なっちゃいますじゃねえ、なってるんだよ」
B「まあ今のは譬え話なので本当のところは全然違う事情があるわけですが」

A「嘘なのかよ!」
B「2ダメージで済みましたね」

A「そっちが決めるな」
B「だから、私がプライベートな部分を開示したとて、純粋に私だけに1ダメージが入るとは限らないわけです。よくあるでしょ?『知らない方が幸せだった話』って。たとえば、『布団を干したときのいい匂いは実はダニの死骸の匂い』とか」

A「え!そうなんですか!こういうときは普通誰しもが知ってる雑学言うでしょ? 何で普通に知らないヤツ言うかな? 聞かなきゃよかった話をこんな短時間で2つも聞いちゃったじゃないですか」
B「いや、そのうち1個は嘘ですから。
……あ、そろそろ追手もいなくなったと思うんで、帰ってもいいですかね。すみませんね、お邪魔して」

A「ダメですよ。まだあなた私に何も返してないじゃないですか」
B「返しましたよ?ちょっとしたスリルある作り話と、今後の人生の役に立つ雑学を。これで2つです。確かあなた今2ダメージでしたよね?」

A「それで与えた気になられても困りますよ。そうだもう一つ、時間!時間返してください」
B「後付けじゃないですかそんなの…。わかりました、僕も早く帰りたいですからね。お風呂沸かして来ちゃったんですよ。今頃洗面所まで水浸しですね。それで?時間はどうやって返したらいいんですか」

A「お金。1000円札ください」
B「お金?時間はお金じゃ買えないですよ」

A「買えないのにお金でいいってこっちが言ってるんだから取引は成立するでしょ」
B「何に使うんですか」

A「何であなたに言わなきゃいけないんですか」
B「こっちも後付けの3ダメージ目を弁償することを飲んだんですからそれくらいいいでしょ」

A「宇宙と更新するんですよ」
B「…は??」

A「だから、この電話で宇宙に電波を発して、神と更新するんですよ」
B「うわぁ…」

A「別にいいでしょ!信仰は自由なんですから。あなた初対面の人に信仰している宗教を聞くっていうコミュニケーション最大のタブーを犯してますからね?」 
B「聞かなきゃよかった…」

男B、千円札を男Aに渡す。
男A、電話をかける。
大きな雷が2人のいる電話ボックスに落ちる。

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