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土曜の夜の夢の続きを

アビスパ福岡が国立へ行くらしい。

アビスパ福岡は私が応援するサッカークラブである。Jリーグに所属する28年間、J2に落っこちたりたまにJ1に顔を見せたかと思うとまたJ2に戻ったり、およそ陽の当たるところで活躍したとは言い難いクラブだ。「深海魚じゃないんやぞ、もっと浮き上がってこんかーい」と思うも虚しく、私が応援し始めた1998年からだいたいずっとそんな感じ。

「今年もアビちゃん、アビちゃんやなー笑」
というのがサポーター毎年のお約束なのだ。たまに良い時はあるけど大体いつも泣かされっぱなし。まあ、出来の悪い子である。

そんなアビスパが今年はルヴァン杯でなんと決勝進出、当たり前だが史上初である。高校野球なら村を挙げてバス40台の大応援団が組まれるレベルだ。もうサポーターは毎日祭りで浮かれっぱなし、盆と正月がいっぺんに来るより楽しいルヴァン杯。J2時代はあんなに「ルヴァン?貴族のパーティーなんか知らねー」とかうそぶいてたのに、手のひらちぎれるくらいクルックル、今や「ルヴァン杯のある国に生まれて良かった!」くらいなもんで、たぶん各家庭の神棚にはヤマザキルヴァンが飾ってある。
我々はとかく、単純である。

決勝進出が決まってから色んな人に言われる。
「決勝行けて嬉しいでしょ?」「見に行くんでしょ?」と。

確かに嬉しい。決勝の行われる国立競技場へも行く。でも微妙な違和感を覚えていた。嬉しいとはなーんか違うような?

違和感の正体はすぐわかった。
決勝は11月4日、東京国立競技場。
まさか決勝に行くとか、1ミリも考えていなかった私はしっかり子供会の引率としてイベント参加する予定を入れていて、その調整のため奥さんにしっかり小言を言われていた。

「だいたいね、いっつも適当に予定考えすぎなのよ(怒)アビスパって言えばどうにかなると思ってるんでしょ!」

忍、の心である。耐え忍ぶ。神妙な顔をする私。我が家は許可制では無いので奥さんに許可取るルールはないのだが、今回は私が全面的に悪い。そして調整は奥さんにかかっていて私にできることは特にないので、神妙な顔で何も考えてないアホの子が座っているだけである。アホに出来ることは、せめて奥さんのやる気を損ねないくらいの、神妙な顔をして見せることである。頑張れアホの表情筋。

「Aさんの奥さんが代わってくれるって!」
電話を終えた奥さんが言う。思わず私の顔が綻ぶ。イカンイカン、慌ててアホの表情筋は神妙な顔を作りつぶやく。
「…そうか」
そうか、ではない。そんな落ち着きはない。内心ロナウドばりのゴールセレブレーションしながら、心のベンチの仲間たちと30回くらい抱き合っている真っ最中だが顔には出さない。

「迷惑かけたね」
もう心は国立へフライアウェイしてるくせに真面目な顔でアホが言う。

「しょうがないよ、アビスパずっと応援してるもんね。国立にどうしても見に行きたいでしょ?」

改めて奥さんに言われアホは考える。
ずっと「見に行くでしょ?」「応援行くんでしょ」と色んな人に言われてきた引っ掛かりがここで再び頭をもたげる。
もちろん見に行きたい。いつも通り声を張り上げ、歌い、愛するクラブの名前を叫ぶ。
でも本当にそれが目的だろうか?

「うん、確かに見たいし応援したい。でもたぶん、それが目的じゃないんだよね。たぶんそれだけだったら究極、TVでもいいのかもしれない。ぶっちゃけ、今回はテレビで我慢するかと一回は思った」

「なにそれ?どうしても見に行きたいんでしょ?これだけ何十年も追っかけてきたのに」

「まぁそれはそうなんだけど…」
アホは考えた。この感情がなんなのかを。

「もちろん見に行きたいし応援しに行きたいけど、いちばん正確な言葉だと…人生を確かめに行きたい。この25年、家族より長い付き合いで、いつかたった一度だけでもと夢に願ったものがそこにあって…それを手にしても手にしなくても、自分の人生を乗せてきたものが、自分の人生がなんだったのかわかる気がするから、それを確かめに行きたい」

決勝進出が決まってから感じていたことをその時初めて言葉にできた。試合を見に行きたいんじゃなく、自分がこの25年このクラブと生きてきた人生を確かめに行きたかったんだと。

「うーん、正直よくわからないな笑 わかる気はするけどそれは私が勝手にわかった気になったらいけないものだとも思うし笑」
奥さんは苦笑いしてる。
「いいんじゃないの?私より付き合いの長い、人生を賭けた夢を確かめてきてちょうだい、TVで応援してるから」

サッカーファンというのはとかく、夢見がちだと思う。大多数のサポーターがタイトルに縁がなく、また十何年タイトルから遠かったりというのも珍しくない。どんなに現実味が無くても、無謀でも、夢でも見ないとやってられない。

我々サッカーファンは、サポーターはずっと夢を見ている。それぞれみんな、出会った日は違っても、初めて観戦に訪れ、自分の愛するクラブと出会ってしまった土曜の夜からずっと今日まで。

単調な毎日の暮らしの中でも、日々のストレスを抱えていても、仕事で行き詰まっても、土曜の夜は夢を見ることができる。

私が国立に行っても行かなくても、それは続いていく。それはこれからも変わらない。
それでも行きたいと願ったのはやっぱり、自分の人生を確かめたいから、しかないのだ。それは、たぶんそこでしかわからない。

今までたくさんの試合を見た。
日本中色んな場所で愛するクラブの名を叫んだ。
うまくいかないことばかりだった。
たくさんの人と出会った。
もう二度と会えなくなった友だちもいる。
クラブが無くなりそうになったりもした。
歳を重ね、いろんなことが変わってきた。

それでも、今も夢の続きを見ている。
それはたぶん、とても幸せなことだと思う。
国立で、ルヴァン杯決勝で勝てるのかどうかなんてわからない。
確かめたいのは、勝つか負けるかじゃなく、今までの人生が少しわかる気がするだけだ。
でも、何もわからなくても良いとも思ってる。
わかってしまったらそこで終わりという気もしてる。
その日、そこで何を思うのだろうか?

わかっていることはひとつ、これからも
僕らはずっと土曜の夜の夢の続きを見ている。





追記:ルヴァン杯優勝しました。生きててよかった。


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