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今度こそ、サンタに。


「サンタさん、うちの家には25日に来られへんねんて。」

クリスマス直前のある日、当時担任していたなほちゃん(仮名)は、教室でそう言った。
お家の人がなほちゃんにそう伝えたらしい。

なほちゃんの家庭は、教材費や給食費の滞納が目立っていた。いわゆる貧困家庭、と呼ばれるような家庭だったのだと思う。

月末にお金が振り込まれるので、それまでにクリスマスプレゼントを買う余裕がないのかもしれない。
クリスマス当日、なほちゃんが枕元が空っぽでも、悲しまないようにお家の方は前もって伝えたのだろう。

夏休み明けのときにも、たくさんの子どもたちが
「〇〇へ行ったよ!」
「〇〇を買ってもらった。」

と声を弾ませて話す声が響く中、なほちゃんはふてくされたような顔をしてわたしの机に来て、
「わたしは、どこにも行ってないし、何にも買ってもらってない。」
とこぼしに来たっけ。

周りの子たちには当たり前にあることが、自分だけにはない。

その事実は、大人が思う以上に子どもたちに悲しい思いをさせているに違いない。



様々な理由で困窮している家庭の子どもの数は、約200万人。

どこぞの発展途上国の話ではない、この国日本の話だ。

単純計算すると、1クラスの中で4〜5人程度が貧困家庭の子どもということになる。
地域によってはもう少し多いかもしれない。

きっと、なほちゃんのお家の他にもわたしが知らないだけで、家計のやりくりがしんどい家庭が結構な数、あったに違いない。

しかし子どもの貧困はなかなか見えてこないのも事実だ。

一担任でしかないわたしに相談しても、金銭的なことは直接的な解決が難しいことは十分わかっているので、生活が苦しくて…と話す親御さんにほとんど出会ったことがない。

食事も昼はみんなと、栄養士さんが考えた栄養バランスの良い給食を食べることができる。しかし朝や夜も、ちゃんと栄養バランスが摂れるものを食べているかどうかを知ることは難しい。

服や身体も他の子たちと同じように清潔にしているし、子どもたちが学校で困らないように、と文房具など最低限必要なものはしっかり持たせている家庭も多い。

(ちなみに目に見て分かるような、何日もお風呂に入っていなさそう、毎日同じ服を着ているというのは、ネグレクト(育児放棄)という虐待であり、貧困とはまた話が違ってくる。)

特に1人親家庭では、生活していくために朝早くから夜遅くまで働かなければいけない家庭もあった。
1日の中で一緒に過ごす時間があまりにも短く、お家の方とのコミュケーションが十分にとれる時間も心の余裕もない。

もちろん、全ての家庭がそうではないが、
そのような状況が何年も何年も積み重なった結果、上手く他の人との関係性を築きにくい「愛着障がい」も抱えている子たちも見てきた。

そんな子どもたちにわたしは何ができるんだろう、どんな関わりができるんだろう。

そう悩んでいたときに受けた研修で、児童発達心理を専門にするある教授の言葉が印象に残っている。

「親と充分関わることがその子にとってもし難しければ、第三者だっていいんです。
先生、そんな子たちには特にたくさん、関わって認めて、褒めてあげてください。あなたが大切な存在なんだって、言葉で、行動でたくさん伝えてあげてください。それがその子の生きていく力になりますから。

その言葉は、悩むわたしにすっと沁みた。

クラスの全員に温かい関わりは意識していたけれど、その言葉を聞いてからは、そんな子たちには特に関わった。
そんな関わりが功を成したのか、たまたまその子の成長のタイミングだったのか、1年間の中で、問題行動や試し行動が減っていった子もいた。

しかし、クリスマスの当日サンタが来ないという問題はわたしには、どうすることもできない。
立場上、その子に何か特別に買ってあげるということもできない。

自分になんだかんだ言い訳して、当日サンタが来ないなほちゃんにあげるつもりであった木彫りの小さいサンタさえ、わたしは渡すことができなかった。

(そのときのエピソードは2年前に詳しく書いているので良かったら・・・。)


だから、街の本屋さんのポスターで「ブックサンタ」の取り組みを知ったとき、まさにこれだ!!!と思った。


今度こそ、わたしも誰かのサンタクロースになることができる・・・!

しかもプレゼントするのは、お菓子でも、おもちゃでもなく、本なのがいい。

本を読むことで子どもたちは、登場人物たちと一緒に本の中でさまざな世界を経験することができる。
ときに彼らと共にいろんな感情を味わうこともあるんだろう。

「これが切ないということか。」
「あのときの〇〇もこんな気持ちだったのかな。」
それは、きっとリアルな世界でも結びついていくに違いない。

また、本は日常の中で見聞きできることを飛び越え、いろんなことを知って、自分の知る世界をぐんぐん広げていくことだってできる。

子どもたちよ
子ども時代を しっかりと 
たのしんでください
おとなになってから 老人になってから 
あなたを支えてくれるのは
子ども時代の 「あなた」です。

石井桃子

これは、日本の児童文学界を牽引してきた、児童文学作家であり翻訳家でもある石井桃子さんの言葉だ。

本を通してあらゆる世界の旅を楽しんで、たっぷりと幸せな時間を味わうことのできた子どもたちは、大人になってもその感性を抱いて自分の人生を豊かに生きていくことができる。

そんなメッセージをわたしは、この言葉から受け取った。


本は、地域の図書館や学校の図書室で借りて読むことはできる。しかしそれらは、時間が経つと返さなくてはいけない。

お気に入りの本を見つけた子どもたちは手元に置いておきたくて、お家の方に「買って」とねだる。
「まあ本なら…。」と買い与えるお家の方も多かったように思う。

家庭がしんどいゆうきくん(仮名)も図書室でお気に入りの本を見つけた。
何度も読みたいのか、返してはまた借りてを何回も何回も繰り返していた。

ずっと何週間も同じ本を連続で借りていることを、お家の方は知っていたのだろうか。
もし知っていたら本当は、彼に買ってあげたいと思っていたのではないだろうか。

文庫本ならいざ知らず、子ども向けの本は高い。カラフルな挿絵や装丁があり、1冊1000円は絶対に超えるし、ものによっては、2000円近くもする。

家計のやりくりが苦しい中でも、子どもになにかを買って喜ばせたい。数百円のお菓子ならまだ買えるけれど、そんな値段の本はちょっと厳しい。
そうやって、本を買ってあげたくても値段のことを考えるとなかなか手が出せない家庭もあるに違いない。


飽きるまで何度だって読み返せる、ずっと返さなくていい「自分だけの本」があること。

それは、借りてきた本では得られない喜びと幸せだ。

ブックサンタの活動で不足しているのは、未就学児の本よりも小学生向けの本だと聞いた。

早速本屋に足を運ぶ。
1冊1冊開いてどんな本がいいだろうと売り場を行ったり来たり、小一時間悩んだ。
しかし、誰かの喜びを思い描ける幸せな時間だったことは言うまでもない。

悩んだ末わたしが選んだ本を紹介することにする。

ビロードのうさぎ」

男の子の大切なビロードのうさぎが本物のうさぎになるまでのお話。
読んでいて、わたしにもかつて「ビロードのうさぎ」のような存在がいて、どこに行くにも一緒で、わたしの話を聞いてくれていると信じて疑っていなかったことを懐かしく思い出した。

どちらかというと、低学年向きかな。

「たまごのはなし」

シュールな絵が目をひいたので手に取ってみた一冊。たまごがある日目覚めて冒険にくり出す話。どこか哲学的で、これから生きていくのに大事なことをユーモラスにさりげなく伝えてくれていると感じた。
発達段階に応じてどの学年でも楽しめそう。

「カタリン・カリコの物語」

新型コロナウイルスのワクチンを生み出すことに貢献し、ノーベル生理学・医学賞を受賞した女性科学者のお話。諦めずに挑戦し続けることの偉大さが伝わってくる。
読んだ子がいつか自分も、と何かしらの夢を描いて欲しい。

「すごすぎる天気の図鑑」

天気については小学生の理科で学習する。
周りの子どもたちが知らないことを知っていることで、「すごい!」という周りからの称賛をもらえること。
そして何より自分自身がなるほどって思えたこと。
知識は時に、子どもたちをちょっと得意な気持ちにさせる。

身近な不思議への理解を深めることで、知ることって楽しい、そう思ってくれたらいいなと思って選んだ。
中学年~中学生くらいの子どもたちも読めそう。
イラストや写真も多いので、興味がある子であれば低学年からも読めるかもしれない。

NPOチャリティーサンタの活動目的は、「子ども達に愛された記憶を残すこと
そしてそれを叶えるために「子どものために大人が手を取り合う社会」を目指しているらしい。


この活動が始まった初年度である2017年に集まったのが848冊、そして昨年は7万500冊を超えた。実に約90倍。
それだけ多くの大人が子どもたちに本を届けるということへの価値を感じ、手を取り合ったことが数字となって表れている。

なんて素敵なんだろう。
この国もまだまだ捨てたもんじゃないなあ。

「実はあのクリスマスの日、もらった本はね・・・。」
子どもたちが成長したら、いつの日にかサンタの種明かしされる日が来るのかもしれない。

どこかの誰かが、あなたのために本を選んだということ。

その事実を知ったとき、親以外の大人も自分のために動いてくれていたんだ、という気づきはもしかすると、その子が大きくなると、また違う誰かに優しさを手渡せるようになるかもしれない。

活動目的の「子ども達に愛された記憶を残すこと」を知ったとき、いつか発達心理の教授に聞いた
あなたがが大切な存在だって、伝えることがその子の生きていく力になるということ」とどこか重なって、泣きそうな気持ちになった。

どの子もどんな子も、自分が誰かに愛されている存在だと思えるような社会であって欲しいと強く願う。


1年に1度しかないクリスマス。
自分自身で、自分を取り巻く環境を変えることが難しい子どもたちに、「悲しいクリスマス」なんてあってたまるか。

クリスマスまで、あと5日。
年々ブックサンタに参加する大人が増えているとはいえ、まだまだ本を必要としている子どもの数に対して冊数は足りていない。

一人でも多くの子どもたちが、楽しい気持ちでクリスマスが迎えられますように。

全国のなほちゃんやゆうきくんのような家庭の子どもたちがどうか、笑顔で過ごせていますように。

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NPOチャリティーサンタ代表の浦輔夏輝さんがどんな想いでブックサンタを始めたのか
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