1年生日記(1日目)
4月8日
朝、電動車椅子に乗ったウッチャンと、集団登校の集合場所に行き、その日初めてお顔を合わせた登校班の班長さんとご挨拶。利発そうな眼鏡の彼女は、ぺこんと頭を下げたわたしとウッチャンの姿を見て
「えっ?」
という顔をしたものの、わたしが「こういう事情のある子なので朝は親が付き添うし、電動車椅子はそれほどスピードが出る設定にしていなくて段差を迂回することも必要で、隊列には遅れがちなのでどうぞ他の子たちを連れて先に行ってね」と伝えると少しだけホッとした顔をしていた、ごめんね突然。
もうすこし事前に、班長さんか班長さんの親御さんにこちらの事情を話しておけばよかったのだけれど、医療的ケア児の親ももう7年目、普通のお子さんとの接触が極端に稀薄になってしまったわたしはご近所さんのことをよく知らないし、ウッチャンのにいにはウッチャンの9学年上でちょっと世代が違う。頼みのねえねは大変に内気でシャイな性格で、1学年下の子達のことは「ぜんぜん知らない」とのこと。
我々一家の水のように薄い社交性が、新学期早々、初対面の女の子に今朝の空模様に似た曇天の困惑を作り出してしまい、本当に申し訳ないという感じ。
でも班長さんは、黄色い帽子の1年生が我先にとなだれ込んだ昇降口で軽く右往左往しているわたしに「大丈夫でしたか?」と声をかけてくれた。ありがとう班長さん、とても優しい、班長さん、大変しっかり者。
特別支援教室に在籍している子は、どれくらいの頻度で普通級に顔を出すものなのか知らんと思っていたら、所謂オリエンテーション期間の現在、ウッチャンのような病弱児も、ちょっと気持ちがお外に向かっていてつい廊下に飛び出してしまうタイプの子も、誰かとずっとお喋りしていたいタイプの子も、とにかく誰もが皆同じ教室でランドセルの仕舞い方とか、水筒の置き場所とか、体育館用のお靴や手提げかばんの掛け方などを習うのだそう。
朝、ちょっと支援学級にウッチャンが使う物品の色々を置かせてもらってから、いざ向かった教室は、35人のお友だちがもうお席にきちんと着席していて、ウッチャンが自分のお席に向うための机と机の間の通路はかなり狭くなっていた。
支援学級で酸素濃縮機、通常級では酸素ボンベを使うことにしているウッチャンは先生の「ランドセルをロッカーに置いてきましょう」とか「ロッカーの上に水筒を置きましょう」という指示に従うために机と机の間を通るとボンベがあちこちにひっかかるため、毎度毎度教室の外に出て廊下を通ってまた教室に入るというルートを使うことになり、それを何度も繰り返すと、ウッチャンは時計が10時を回る前に机の上にコテンと突っ伏した、疲労による電池切れ。
それで一度教室から保健室に、そのあともう一度教室から今度は支援学級の方に、休憩を取るために連れ出した。
教室内であっても、片手で酸素ボンベを引いて何回も教室内を往復していれば、緊張も相まってすぐに疲労が出てしまう「理想としては臥位(寝っ転がった状態のこと)で授業を受けて欲しい、起きてるだけでも体力を消耗するから」と言っていたPT(理学療法士)さんの言葉を思い出す。
座ったり立ったり、時折寝たりしているうちにたちまち時間は11時、集団下校の時間になる。その間、ずっと廊下に控えていたわたしには、連絡袋を頭に被る数名の男児が印象的だったのと、明日の「しんぞうのけんさ」について先生が「どういうことかわかりますかあ」と質問をしたのに対し
「せんせーしんぞうのけんさって刺されるん?」
「しんぞう切られるん?」
「ねーっアンパンマンは来ますかぁ?」
謎の心配ごとと行き過ぎの不安と共に飛び出した何の脈絡もないアンパンマンをよそに、ウッチャンがごく冷静に
「心電図の検査」
と答えていたところが個人的にかなりツボだった。多分あのクラスの中で誰よりも場数を踏んでいるはずのプロの先天性心臓疾患児、あの時だけは面構えが違った。簡易検査どころかホルター心電図もお手のもののウッチャン、6歳。
しんぞうのけんさを巡る問答の間に、廊下を回遊魚のように流れていった1年生のお友だちがひとり、それに付き添う支援担当の若い先生がひとり、1年生は大変だ。
ともかく小学生最初の一日は春の嵐のように過ぎ去り、下校班から少し離れてウッチャンは電動車椅子でわたしは徒歩で、昼間のにわか雨で随分散ってしまった桜の花びらを踏みしめながら帰宅した。
1年生達は、初日の諸々で脳の容量が飽和しているのか、ウッチャンの酸素ボンベだとか電動車椅子なんかの「なんか、うちらとちがうよな」という装備を
「ねーなんでそんなんしてんの?」
とは聞いてこなかった。まだ少し遠巻きに(なんだろう…)と様子を伺っている感じ。
でも下校中、背後から4,5人のカタマリで駆けてきた小学3~4年生くらいの男の子たちが突然、わたしとウッチャンに話しかけてきた。
「なあ、同じ習い事の子やんな?」
どうやら彼らはウッチャンが週に2回通う習い事のお教室に通っている子らしく、いつも酸素ボンベをガラガラ転がしてお教室にくるウッチャンのことを
(あの子はなんやろう…?)
とずっと不思議に思っていたらしい。そして今日、その子が自分の小学校の新入生であることが判明し、何やら自動車みたいに自分で運転する乗り物に乗って登下校しているということに興味津々、たまらず話しかけてきた模様。
「それって免許とかいらんの」
「それってどこで買えるん?」
「それ家のどこに置いてんの?」
好奇の目とはすこし違う「ずーっとお話してみたかってん」という視線とややはにかんだ表情にわたしはなんだか安堵して、彼等の質問に丁寧にお答えした。
「免許はいらんのよ、だって子どもが乗るのやし」
「お医者さんにお願いして診断書を貰って、車椅子屋さんに特別に作って貰ったんよ」
「車椅子は家の中のこの子の部屋に置いてるねん」
それでついでに、この子は歩けるけど病気で、あんまり歩くとしんどくなるからこれを使ってんのよと言うと、彼等の反応は、憐憫でもなく同情でもなく
「そうかあ、でもこれカッケーなあ、俺も乗りたい!」
ということで、自宅が近づいてきた時には「ほしたらまた教室でなー」と笑顔で手を振ってくれたし、同じ棟に帰る子はウッチャンのためにさっとドアを開けてくれた、ありがとう紳士。
絶対悪目立ちするだろうと心配していた電動車椅子のお影で、気の良い知り合いのお兄ちゃん達ができた。
こんな感じの、1年生1日目。
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