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短編小説:猫になりたい

朝起きたら、猫になっていた。

東の窓から差し込む朝陽を掴もうと手を伸ばしてみたら、自分の手の様子がなんだかおかしい。そう毛深い方ではないはずのわたしの腕に真っ黒な毛がみっしり生えている。おかしいなあと思って身体の向きを変えると、今度はこの家に引っ越した時に買ってもらったスチールフレームのシングルベッドが妙に広い。倍、いやもっとだ。

(なんか、ヘンじゃない?)

ひとまずベッドから降りようと、いつものように床に足を降ろすと、床が異様に遠かった。

(あ、落ちる!)

そう思うと同時に体が重力に従ってずるりと下に向って落ちたわたしの体は、宙返りの要領で身体をくるりと一回転し、ポフンと小さなぬいぐるみが落ちた時のようなごく軽い、微かな音を立ててきれいに着地した。

「ニコは着地が上手だねえ!ちゃんと身体がくるんってなったよ!」
「え?シラタマ?話せるの?猫なのに?」
「違うよ、ニコが猫になったんだ」
「エッ?嘘でしょ?」

声の主は、この家に越してきた時から一緒に暮している白猫のシラタマだった。そのシラタマの言葉に、わたしは今は亡きおばあちゃんの鏡台に飛び乗って自分の姿を確かめた。

するとシラタマの言う通りわたしは猫になっていた。三角形の耳に金色の瞳、長い髭と艶々した黒い毛並み。

当然びっくりした、びっくりしたけれどなんとなく、自分が黒猫になった理由には少し、心当たりがあった。


元旦早々、強い地震があった冬休みが明けた新学期の初日、わたしは突然自分自身を保っていた糸がぷつりと切れたようにすべてのやる気をなくしてしまった(何もしたくない、すべてむなしい)。それでまずは屋外に出なくなった。つまりは、学校に行かなくなったのだ。

もともと学校という場所をわたしは好きでも嫌いでもなかった。でも三学期の初日、いつものようにカーテンの隙間から差し込む朝の光で目が覚めて、布団から起き上がろうとした時にふと

(あ、なんか、ぜんぶ面倒くさい)

そう感じてからずっと、わたしは学校に行っていない。毎日ただ特に何もせずに自室の床の上に転がって、窓から差し込む陽光で日向ぼっこをして過ごしている。トイレとお風呂と食事の時には一階に降りるけれど、二足歩行が面倒だから四つん這いだ、体を起こすことがおっくうというか、思うように動いてくれない。わたしの奇行に当然両親は困惑し、まずはお父さんがこう言った。

「ニコは骨の病気なんじゃないのか、足とか肩とか…あホラ、背骨がおかしいとか?」

それでお父さんはまずわたしを大学病院につれて行った、そこで血液検査をしてからレントゲンとMRIを撮影し、更にはおしっこまで採取。そうやって散々検査をして出た結論は『特に問題なし』。穏やかな白髪の先生はわたしに「君はとても健康!元気だよ、よかったねえ」と言って微笑み、お父さんには小声でこう言った。

「思春期のお子さんですからね、精神的なものと言うか…まあしばらくお家でゆっくりさせてあげてください、お父さんもそう焦らないで、ねっ」

何の成果も得られずに帰宅したお父さんを見て、今度はお母さんが言った。

「だったら学校で何かあったのよねニコ、お母さん、学校の先生と話してくるから!」

それでお母さんが、中学校に乗り込み、担任の南先生を捕まえて、わたしがお正月明けからトイレや食事以外の用事で部屋から出てこない半ヒキコモリ状態になった上に、マトモに歩くこともしなくなってしまった、これは学校で何かあったのではないかと、早口でまくし立てた。

「…だから、ニコは学校で何かあったんじゃないじゃないですか、先生には心当たりとかないんですか、ケンカとか、揉め事とか、いじめとか」
「いやあ、白井さんは大人しすぎる位大人しいお子さんですから、クラスでトラブルが起きるようなことは特にない…と思うんですが…」

確かに学校でのわたしは友達もいないし、成績は良くもなく悪くもなく、所属している美術部で猫の絵ばかり描いている高濃度の陰キャではあるけれど、特にいじめなどのトラブルは無かった。南先生の話に納得がいかなかったお母さんは、下校時刻を待って昇降口で同級生を何人か捕まえてわたしのことを訊ねたらしい。

「白井椛子って、学校ではどんな様子?」
「白井?ニコ?そんな子いた?」
「あー…なんかあのおとなしーい子?」
「あー…あの子?よくしらなーい」
「ねー」

わたしはいじめの標的になるような存在感すら持っていなかったのだった。いるのかいないのか分からない、あるかなきかの同級生。

わたしが不登校でヒキコモリで四足歩行になってしまった原因がわからないまま、結局お父さんとお母さんはわたしに、しばらくは家で過ごしなさいと言うしかなかった。

それから数日が経ったある日、夕食にサバの味噌煮が出た。サバの味噌煮はお母さんの得意料理だ、お魚全般が苦手なお父さんのために味噌から手作りしているそれを、わたしは箸を使わずにお皿に顔を埋めて食べた。

「やだ、ニコ何してるの!」
「ニコやめなさい、骨をお箸でちゃんとよけて食べないと、喉にひっかかって危ないぞ、鯖の骨は固いから」

お母さんが驚いて椅子から立ち上がって叫び、お父さんはわたしからサバの味噌煮のお皿を取り上げた。お皿を取り上げられたわたしの口の周りは甘い味噌でべたべたで、お父さんはタオルでわたしの顔を拭きながら「なにしてるんだよニコ」と無理して笑っていたけれど、お母さんは固い表情のままだった。

「ほんとに一体何なのニコ、あんたお正月が明けてからどうしちゃったの、何が理由でこんなおかしなことばっかりするのッ!」

わたしが学校に行かなくなり、トイレと食事とお風呂以外の用事で部屋から出なくなり、二足歩行をしなくなって箸を使わずに食事をするようになってとうとうお母さんがバクハツした、一体何なのって。

「ねこになりたい…」
「は?」
「だから、猫になりたいの」
「ニコは…猫になりたいの?猫になりたくてそれで、学校を休んで、二足歩行をやめて、鯖の味噌煮を箸も使わず犬食いしてるの?」
「たぶん」
「そんなことしても人間は、猫になったりしはないんだぞ?ニコ」
「そうなの?」
「そうなのって…あんたねえ…ハァ、もういいわ」

お母さんとお父さんはその日、リビングでテーブルを挟んで遅くまで話し合っていた。

「ニコはさ、本気で自分が猫になれると思ってるのかな」
「まさか、あれは多分、思春期の女の子特有のなにかよ、反抗期の一種っていうか…」
「じゃあお母さんもニコと同じ年の頃、猫になりたいとか思ってたの?」
「流石にそれはないわ、せいぜいアイドルになりたいと思ったりしたくらいで…」
「そうだよなあ、でもニコのあの様子だと、そのうちトイレまで猫用にするとか言い出しそうじゃない?」
「やめてよ、ニコのことは、ホラ…ええと児童精神科?そういうニコの気持ちを聞いてくれそうなところに相談しましょう、ねっ?」
「そっか、そうだよね」

わたしが本当に猫になったのは、両親の間でわたしをもう一度別の病院につれていくことが決まった日の、翌朝のことだった。

「うれしいなあ、おれさあ、ニコが猫になったら楽しいだろうなあって、ずーっと思ってたんだよ」

黒猫になったわたしにシラタマはゴロゴロと喉を鳴らして体をこすりつけた、うつくしい白い毛と青い瞳のシラタマからは日向の匂いがした。わたしは鏡台の上から今度は南側の出窓にひらりと飛び乗った。

「すごーい、こんなに遠くまで飛べた!」
「当然さ、おれたち猫なんだから」

シラタマも、わたしの後を追って朝陽の差し込んでいる出窓に、ひらりと飛び乗った。

「ねえこれって、わたしが猫になりたいって言った言葉がそのまま叶ったってこと?それともシラタマが何かしたとか?」
「おれは『そうなったらいいな』ってずっと思ってただけだよ、アレじゃないの、ネコとニコって、名前が似てるからじゃないの?」
「そんなことで猫になったりする?こういうのって猫界では普通にあることなの?」
「さあどうだろ、でもおれがネコでニコがヒトなのはたまたま偶然だろ、いきものが産まれたり死んだりするのもそう、そのたまたまがちょっとのことで変化するって、実のところ別に珍しいことじゃないんじゃないの?」
「そうなの?そういうことってあるもの?」
「ウン、たぶんねー」

シラタマと猫になったわたしは、その日から一緒にのんびり昼寝をしたり、窓の外から見える雀を眺めたりして過ごすようになった。猫になって初めて知ったけれど、猫は猫以外の小鳥や犬なんかとも会話ができるらしい。

雀はわたし達を見ると「おはよう猫!」と挨拶をしてくれるし、ちょっとお天気の話をしたりもする、猫は雀の捕食者だと思っていたけれど、意外に和やかだ。でも鳩は猫をバカにして笑うので、だいたいいつも険悪だ。鳩は家の中を覗き込んでは「猫ってそこから出てこられないんだろ!」と薄ら笑いを浮かべてクルクル喉を鳴らす。

「鳩ってバカだな、おれがここから出てこられないと思ってる、その気になればここを抜けだすなんておれには簡単なことなのにさ」
「え?シラタマってこの家から出たことないんでしょ、おばあちゃんが生きてた時から今まで」
「そんなことない。サチコが生きてた頃から、おれは外出自由の半ノラ猫だよ、みんなが知らないだけさ」

サチコというのはお母さんのお母さん、つまりわたしのおばあちゃんのことだ。シラタマは元々おばあちゃんの猫だった。わたし達一家はおばあちゃんが骨折して歩けなくなってしまった二年前、この家に引っ越して来た、おばあちゃんのことが心配だからって。でもおばあちゃんは一年前に病気で死んでしまって、シラタマとこの家がわたし達家族に遺されたのだった。

桜のつぼみが春を含んで膨らみ始めた暖かな晩、シラタマはわたしに秘密の出入り口のことを教えてくれた。それはお風呂場の脱衣所にある換気用の小窓だった。人間は通れないけれど、猫なら簡単に潜り抜けられるその窓の鍵のネジが緩んでいて、シラタマがちょいと前足で鍵の端っこを跳ね上げれば簡単に鍵を開けられるようになっていた。

シラタマはわたしがおばあちゃんの家に引っ越してくるずっと前から、この小窓から家を抜け出しては、ひとりで夜の散歩を楽しんでいたんだそうだ。

「ねえ、夜になったらふたりで外に行こうよ、今夜は満月だし」
「でも飼い猫はあんまり外に出ない方がいいんだよ、野良猫と喧嘩になったり、病気をもらったりして危ないって、お父さんがそう言ってた」
「そんなの大丈夫だよ、おれはもともとノラだし、この辺はぜんぶ俺のナワバリなんだぜ」
「えっ?シラタマってノラだったの?捨て猫じゃなくて?」
「そうだよ、チビの頃はミカヅキ公園のねこばあさんの世話になってんだ、サチコの家に来たのは成猫になってからだし、だったら捨て猫じゃなくて元ノラってことにならない?そうだ、ミカヅキ公園に行ってみようよ、ねこばあさんが来てるよ、きっと」

ミカヅキ公園とはうちの目と鼻の先にある児童公園だ、タコの滑り台があって、そこでよく近所のおばあさんがネコのエサやりをしている。そのエサやりをしている近所のおばあさんがねこばあさんで、本名は確か犬養さん。

わたしはあまり気が進まなかったけれど、シラタマがどうしてもと誘うので、ほんの少しの間だけと約束して、シラタマと夜の公園に出かけることにした。三月の夜風はふんわりと優しくわたしの髭を揺らし、人間だった頃はタコの滑り台の中や、五月に赤い花をつけるツツジの茂みの奥にオバケが潜んでいる気がして、不気味に怖いと思っていた夜の公園がなんだか親しく感じられた。

「おれ、子猫の時にミカヅキ公園のツツジの植え込みに捨てられてて、その次のツツジの花の咲く頃まで、ばあさんの世話になってたんだ」
「ふーん、じゃあシラタマっていま八歳くらい?あたしが小一の頃におばあちゃんの家に来たんでしょう?」
「自分が何歳かとかはよくわかんないなあ、サチコの家で暮らすようになった頃にはもう大人だったってのは、おれも覚えてるけど」
「じゃあさ、あたしが小一だった五月の連休にシラタマに会いに来たのは覚えてる?おばあちゃんが猫を飼ったって言うから楽しみにしてたのに、シラタマが押し入れから出てきてくれなくて、おばあちゃんがニコちゃんごめんねえってわたしに謝ったの」
「あー…あの日はさ、サチコのマゴが遊びに来るって言うから、おれも楽しみにしてたんだけど、ニコを見たらなんか急に恥ずかしくなっちゃって、それで隠れてたんだよ」
「猫も、照れたりするんだね」
「猫は人間よりずっと恥ずかしがり屋なんだぜ」

シラタマは春の宵の空気せいか、いつもより饒舌で、自慢の長いシッポがご機嫌そうに天上の北極星をピンと指していた。

ミカヅキ公園に着くと、ねこばあさんがいつも通り野良猫達にキャットフードを振舞っていた。ねこばあさんの周りには、キジトラとミケと白黒ブチに茶トラにサビ、五匹の猫が集まってにゃあにゃあとせわしなく啼いていた。

「おや、シラタマじゃないか、ずいぶんとご無沙汰だったねえ」
「ばあちゃん、この子がいつか言ってたおれの大切な子だよ、連れて来た」
「フーン、綺麗な黒猫だね、家猫かい?いや…この子はもともと人間だった子だね」
「そうなんだよ、ずっと猫になってくれないかなーって思ってたんだけど、やっと猫になってくれたんだ」

ねこばあさんは、シラタマに魚の形をしたキャットフードを何粒か食べさせると、頭をかりかり掻くようにして撫で、次にわたしの顔を覗き込んで言った。

「あんた、猫になってみてどうだい?快適かい?」
「えっ、うーんと…わりと楽しいよ、のんびりできるし、シラタマもいるし」
「そうかい、猫の暮らしは気に入ったかい、まああたしはあんたとは逆で、もともと猫だった方の人間なんだけどね」
「おばあちゃんが?猫だったの?どうやって人間になったの?いつ?」
「昔々ね、人間の男を好きになったのさ、その男とずっと一緒にいたくてねえ、そればっかり考えていたらある日、なんだか知らないけど叶ったんだよ」
「願ったら、それが叶ったってこと?」
「そうさ、でもねえ人間になれたはいいんだけど、相手の男は随分前に死んじゃってさ、だからもう人間じゃなくてもいいんだけど、今度は戻り方がわかんないんだよねえ…」

そういうこともあるんだ。わたしはねこばあさんにキャットフードを一粒貰ってぽりぽり食べた。人間の頃にシラタマが食べているのをひとつ貰って口に含んだ時は「全然味がしない」と思ったのに、猫になった今食べる魚の形のキャットフードはすごく美味しいものに感じる。

「まあ、猫になって生きるのもいいさ、でも結局人間と猫は別物なんだよ、そして死ぬ時はみんな一人さ、その辺をよーく考えなよ」

シラタマは純白の体に月の光を纏わせながら、わたしとねこばあさんが話しているのをじっと見ていた。

「ねえ、さっきねこばあさんと話してたけどニコって、ネコのままずっといるつもりじゃないの?」
「エッ?えーっと…ど、どうかなあ、なんていうか、来年は受験もあるし…ねえ」
「その受験ってすっごく嫌なことなんだろ?中学校だってさ、ぜんぜん友達がいないからつまらないって言ってたじゃないか」
「でも、部活でシラタマの絵を描いてる途中だったの、あれはちゃんと描き上げてシラタマに見せてあげたいなあって」
「おれの絵?」
「そう、シラタマの肖像画」
「それってニコの手元にずっと残るやつ?」
「ウン、わたしの部屋に飾るつもりだから」
「…ならいいか、ウン、やっぱいいや。ニコは戻りな、むこうにはおれひとりで行く」
「行くってどこに?むこうって?一体なんのこと?」
「サチコのとこ!じゃあなニコ、おれニコのこと最初から大好きだったよ!」

―ニコ、ニコ、聞こえる?
―ニコ!お父さんだよ!
―反応してますね、先生、白井さん、反応がありました!

公園の暗闇にシラタマが消えていくのを追いかけようとした時、どこからかお父さんとお母さんと、あとは知らない女の人の声がした、それから機械の音。わかりますかぁ?あなたのお名前は?

「…ネコのニコ」
「えっ…猫のニコ?」
「ニコ、あんた猫じゃないわよ、人間の女の子よ、中学生で一四歳。先生この子の頭、大丈夫なんですか?」
「お母さん落ち着いてください、今意識が戻ったところですから、ちょっと混乱してるんです」


今年のお正月に、強い地震があった。

お正月ののんびりとした時間の流れていた夕方、突然家の壁が波打つように揺れた。その揺れは随分と長く、怖くなったわたしは玄関の扉を開け放って外に避難した。そうしたらシラタマがわたしの後を追って家の外に出てきてしまって、わたしはひどく慌てた、普段外に出ない家猫が急に外に出ると、知らない景色に驚いて道路に飛び出して車に轢かれたり、見当違いの場所に逃げ込んで迷子になることがあるんだと、おばあちゃんからいつも聞いていたから。

「シラタマ、ダメだよ外に出たら」

シラタマを捕まえようと車道に飛び出したわたしは、通りの向こうから走ってきた軽トラックと衝突し、道路に縫い付けられたように固まっていたシラタマは軽トラックのタイヤの下敷きになった。

アスファルトで後頭部を強打したわたしは、その日からずっと昏睡状態だったらしい。わたしが目を覚ました時、三学期はもう終わりかけで、白猫のシラタマは白い骨になっていた。

「夢だった…?」

中学校を長期欠席していたことで、妙な存在感を持ってしまったらしいわたしの枕元には「早く元気になってね」という同級生からの寄せ書きと、色とりどりの千羽鶴が飾られ、退院して三ヶ月ぶりに登校した日には、クラス全員が笑顔と拍手でわたしを迎えてくれた。

「よかったねー」
「心配してたんだよー?」

奇跡の生還者として妙な存在感を纏ったままわたしはいつもの生活に戻り、ちょっとだけ『時の人』になったお影か友達もできた。人間の女の子として学校に通い、ちゃんと二足歩行をして、お箸でご飯を食べている。金色の瞳の黒猫になってシラタマと過ごした時間と、シラタマがわたしを好きだと言ってくれたことが昏睡中に見た夢だったという事実は、少しだけ寂しかったけれど。私のいつもの日常は何事も無かったかのように、わたしの元に戻って来た。

(シラタマは、もういないけどね)

そうしてわたしが人間として世界に復帰して二カ月ほど後、わたしは学習塾の帰りにミカヅキ公園の前を通りかかった、そこにはあの晩に会ったねこばあさんこと犬養さんがいた。彼女は普段通り猫にエサをあげていて、わたしは公園の生垣の前に立ち止まってそこにいる茶トラと、サビ猫をなんとなく眺めていた。すると、犬養さんはわたしに気が付いて、わたしの頭からつま先までを注意深くじっと見つめ、それから微かに笑ってこう言ったのだ。

「おやあんた、猫はもうやめたのかい」

おわり

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