『伝説の剣道部 後編』

【同期のライバル 坂本美枝】
 月曜日。道場に行くと丸刈りになった主将、副主将が道場にいた。一瞬言葉を失った。元からスポーツ刈りの主将はともかく、ロングだった副主将までもがツルツルになっていた。しかも千里よりも短い…。

 それを見た監督は「2人とも素晴らしいです!その気持ちがあれば強くなるでしょう。もし部員の中で、2人を見習い坊主にしたい人がいたら、私がいつでもやってあげるので遠慮なく言ってくるように。床屋では恥ずかしいでしょうから。」なんて言ってきた。

 剣道と髪型は関係ない。私はそう思っている。ショートにはしているが、動きやすいのと面が被りやすいためそうしているだけだ。

 だが、高校に入ってからは一度も千里にまともに勝てていない。中学まではライバル関係だったのに、差は開く一方だ。私だって猛練習をしているし、あの子に負けている部分はないと思っている。

 一つだけ違うのは、彼女が坊主にしてから、何かに吹っ切れたかのように強くなったことだ。時にはあの辛いかかり稽古まで行う彼女に圧倒されることが多かった。

 坊主にすれば強くなれるの?いや、そんなことはない。剣道に髪型なんて関係ない!私は私のままで千里に勝ってみせる!!

 だが何度挑むも、千里には勝てなかった。戦略、スピード、スタミナ、どれも劣っているとは思わないが負け続けた。

 トイレの鏡をじっと見つめて考えた。こうなったら…私は一つの覚悟を決めて、監督室をノックした。

「お疲れ様。何かご用?」
「はい。えっと…私ずっと考えていたんです。なんで千里に勝てなくなったのか。特に今日の試合では、私の全てをぶつけました。でも全然歯が立たなくて、差が開く一方なのを感じました…それで私、決めました。…わ、私の髪を…坊主にしてもらえませんか?」
「うふふ。そう言ってくると思っていたわ。あなたに欠けているのは、なりふり構わず剣道に打ち込む気持ちなのよ。きっと今日の試合で負けて、そう言ってくると思ったわ。」
「…。」
「そこに座りなさい。」
 監督はケープをかける。バリカンを準備している。私も坊主にして、吹っ切れて強くなりたい。千里や先輩たちのように…。

 一度だけ後ろを刈り上げにしたことがある。試合で惨敗して、気合が足りないとか言ってみんなでやった。あの時のバリカンの感触は、薄っすらと覚えている。

 でもきっと大丈夫。いつもショートカットだから、襟足にバリカンを使われている。それにきっとあの時の刈り上げの延長よね…。

 だが、いざバリカンを目の前にすると怖くなった。今度は刈り上げではなく坊主だ。坊主になればお洒落なんかしても意味がない。当然彼氏なんて出来ないだろう。本当にこれでいいのだろうか。

 バリカンのカタカタと無機質な音が響き、私の前髪に入る。えっ?と思った時にはもう遅かった。バリカンは一気に頭のてっぺんまで進み、刈り取られた前髪が床に落ちた。

「イヤーッ!!」いつもと全然違う感触に絶叫していた。
「我慢しなさい!あなたが決めたことでしょ!!」と一喝された。

 バリカンの冷たい刃が頭に当たり、次々に私の髪を奪っていく。鏡に映る私は、どんどん坊主頭にされていっている。こんなに辛いことだとは思わなかった。みんなやっているから私も大丈夫と思ったのは甘かった。
 
 前髪が全部なくなると、そこだけ涼しかった。ショックが収まらないうちに、耳横の髪を刈り上げていく。耳は半分出していたが、全部丸出しにされた。耳まで真っ赤になっていた。そしてあとは後頭部を残すのみだった。

 頭を抑えられ、襟足にバリカンが入る。刈り上げの時とは違い、襟足に吸い付いたバリカンは、頭のてっぺんまで進む。監督室にはバリカンの音と、私のすすり泣く声だけが響いていた。

 バリカンの音が止むと、鏡には青々とした丸坊主の私が映っていた。床には大量の短い髪の毛が落ちていた。
「短い…。」そう呟くと
「どうせすぐに伸びるから、1ミリにしておいたわ。」と言われた。続けて
「ここまでやったのだから、あなたもきっと強くなる。千里を追い抜いてごらんなさい」と激励された。

 ショートカットと丸坊主は全然違う。顔のパーツや頭の形が丸見えで、裸にされたみたいで恥ずかしかった。ショートカットの延長だと思っていた私が甘かった…。

 家に帰っても後悔したが、もちろん刈られた髪が元に戻ることはない。それでも涙が次々に溢れてきた。お風呂でシャンプーをしても、すぐに洗い終わってしまった。これが坊主なんだ-。

 泣くのは今夜限りにしよう。明日からは強い自分になろう。止めどなく流れる涙に誓った-。

 それからの私は、今まで以上に剣道に打ち込み、千里とも互角の勝負を展開するようになった。

 やがて、あれだけ敵視していた千里とも、それまでとは違う目で見られるようになった。千里の行動や考え方を素直に認められるようになり、良い所も分かった。気づいたらライバルではあるが、友達にもなっていた。

【監督】
 千里が丸坊主にしてから、次々に続く部員が出ている。そして強くなっている。喜ばしいことだった。剣道に髪なんかいらない。本気で全国一を目指すのであれば、お洒落なんかに気を取られている暇はない。本当は部員全員を坊主にしたいぐらいだ。

 そんな折、美枝が坊主にしたいと言ってきた。私の目論見通りの展開だ。坊主にした子たちが強くなる一方、髪が長いままの子は伸びてこない。たかが髪型、されど髪型。坊主にすると不思議と強くなるのは、私が経験済だ。

 美枝の柔らかいショートカットにバリカンを入れる。高校時代を思い出した。こんなに可愛い子を坊主にしてしまうのは、何だか申し訳ない気もした。

 でもこの子が強くなるために選んだことだ。心を鬼にして、敢えて前髪からバリカンを入れた。こうしてしまえば坊主になるしかない。美枝は当然のように泣き叫んだが、構わずにバリカンを進めて坊主にした。

 その後ずっと考えた。私もこのままで良いのか。厳しい練習を課し、部員を坊主にし、それだけで良いのか。私も本気であることを、あの子たちに示さないといけない。決意をして床屋のドアを開けた。

 女性客など珍しいのだろう。店員や男性客は一様に驚きの表情を浮かべる。ちょっとおかしかったが、すぐに気を引き締めた。これから思い切ったことをするからだ。笑ってなんかいられない。

 私の番が来た。
「今日は顔剃りですか?」
「いえ、スキンヘッドにしてもらえますか?」
「え!?スキンヘッドって…剃っちゃってもいいんですか?」
「はい。決心して来ました。思いっきりやっちゃって下さい。」
「本当にいいんですね?」
「はい。」
「分かりました。まずはバリカンで短くしていきますね。」
 
 可愛い部員たちが次々に坊主にしていくし、この手で坊主にもした。監督である私がこのままではいけないし、坊主以上にしないと示しがつかない。そうなると剃るしかない。私も剣道に賭けている。その気持ちを表す必要があった。

 理容師がバリカンを準備する。今更ながらドキドキする。バリカンを使われることはよくあるが、坊主にするのは高校生以来だ。あの頃の気持ちが蘇る。
 
 まだロングヘアだった高校生の私。先輩に言われて、半ば強引に丸刈りにすることになった。床屋へ連れて行かれた。何でも剣道部御用達の床屋みたいで、先輩が「この子を丸刈りにして下さい。」と言い、問答無用に刈られた。
 
 あの時の長い髪をバッサリ切られる感覚、バリカンの音、額から刈られる感触、ショック…何もかもを思い出していた。

 カタカタと音を立てて、ショートカットの前髪からバリカンが入った。思わずウッと声が漏れる。バリカンが離れると、かなり短くされていた。これから剃るのだから仕方がないが、おそらく0.1ミリだろう。青々としていた。
 
 バリカンは次々に私の髪を刈り上げていく。目を閉じずにしっかりと、坊主にされていく自分を見つめていた。

 バリカンが終わり、あの時以来の坊主になった。そしてクリームを塗られる。一度拭き取ってから、剃刀で剃られる。ゾリゾリと、腋毛を剃る時のように剃られていく。時々チクッと痛かったが我慢した。

 長い時間が経ち、スキンヘッドになった。あの時の丸坊主とは違う。本当にツルツルだ。触るとペタペタした。自然と笑みがこぼれた-。

 次の日。部員達は一様に驚いた。
「か、監督!剃っちゃったんですか?」
「ええ。可愛いあなたたちが丸坊主なんだから、私はそれ以上にしないとと思って昨日床屋でやったわ。さっぱりして気持ちいいわよ。さ、部活を始めましょう!」

【大会の成績】
5月のインターハイ予選では、圧倒的な強さで全国大会の切符を手にした。7月の玉竜旗大会では、二回戦敗退と苦杯を舐めた。

 その反省を糧に臨んだインターハイ全国大会。しかし優勝することが出来ず、第三位に終わった。でもだからと言って部員を叱責したりはしなかった。あの苦しい練習に耐えてきた彼女たちは、私の誇りだった。

 だが、三位で満足する子たちではないことも分かっていた。自然発生的に、何が足りなかったのか、部員達で話し合っていた。来年こそは優勝をと、意気込んで新年度を迎えた。
 
 4月になって緊急事態が部を襲った。元々少なかった3年生が皆辞めてしまい、2年生だけになった。理由は練習がきつ過ぎることや、受験に専念するためだった。ミーティングを行い、新主将に千里、副主将に美枝が選ばれた。

【新主将 千里】
 新入部員が来た初日。私は主将として部の方針、規則等を説明した。もちろん髪型についてもだ。
「髪型は坊主を推奨します。私も副主将の美枝も、入学時は皆さんのように長かったです。でも坊主にしてから気合が入り、強くなりました。だから昨年全国三位になれました。」
 ざわつく新入部員たち。
「私は中学で日本一になり、高校でも楽勝と思って入部しました。しかしそんなに甘いものではなく、何をやっても通用しないことに気づきました。その甘さを捨てるために、長かった髪を思い切って坊主にしました。辛いのは最初だけで、やっちゃうと楽ですし、何より剣道に集中出来ます。もしそんな気かある子がいたら、いつでも私たちや監督に言って下さい。部にはバリカンが常備してあるので、いつでもやってあげます。床屋さんに行くのは恥ずかしいですし。」続けて
「それと、あまりにも気合の入っていない子がいたら、容赦なく坊主にします。私たちは日本一を目指しています。気合が入っていて当たり前です。それが嫌なら、今すぐにでも出て行って下さい。」

 道場は静まり返っていた-。
 
【新入部員 優子と希美】
 今年の新入部員は、中学で実績をあげた粒ぞろいだ。今までは自分のことだけ考えていれば良かったが、これからは部全体のことも考えていかないといけない。そのためには、後輩の育成も大切だ。

 そんな中、一人の一年生が気になった。筋はいいのだが、どこか自信がないように見える。声も出ていない。打ち込まれることが多く、日に日に元気がなくなっていく。

 ある日、その子を呼び出した。
「優子、あなた最近気合が入っていないみたいだけど、どうしたの?」
「はい…なんかみんな強くて…私なんかがここにいていいのかなって…。」
「とっても筋がいいんだから、そんなもんじゃなでしょ。気持ちの問題よ。」
「気持ち…ですか…?」
「そう。強くなりたければ、四の五の言っていないで、剣道のことだけ考えていればいいのよ。」
「剣道のことだけ…。」
「そのためには、そう、その髪よ。」
「髪…?」
「剣道をするには長すぎるのよ。私たちみたい坊主にしてみない?」
「ぼ、坊主ですか?」
「そう。気合が入るし、吹っ切れて必ず強くなるわ。私も去年はあなたみたいに長かったのよ。でも思い切って坊主にしてから、今まで以上に剣道に取り組むようになって、強くなったのよ。今この場で切る?」そう言ってバリカンを持ち出した。
「ま、待って下さい…一晩考えさせて下さい…。」
「分かったわ。じっくり考えてきなさい。」

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