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祖母の言葉と、寄せられた反応と… 私たちは“伝えることの価値”を見つけた

「え、あの時参加してなかったら、メイとも出会えてなかったんだ」

マコさん(野原真子)が感慨深そうに笑うと、メイさん(青木明衣めい)も呼応するかのように笑みを浮かべた。

2人は上智大学の学生団体「Go Beyondゴービヨンド」に所属している。
マコさんとメイさんは、その団体で共に代表を務めてきた。


周りに流されているような人間で…

2018年初夏。
平昌五輪を訪れた上智大学の学生により、「ソフィア オリンピック・パラリンピック 学生プロジェクト Go Beyond」はスタートした。

五輪を通じて、つながりあう人々。その様子に感涙し、「私たちもできることを」と思い立ったことが出発点だった。

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オリンピック・パラリンピックをきっかけに、誰もが輝ける社会の実現を目指す。
その理念のもと、まずは2020年に自国開催される大会に向け、活動の輪を広げてきた。

パラスポーツの体験イベント。ラグビーワールドカップの観戦会。小中学校での出張授業。

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マコさん(写真右)とメイさん(左)は、結成当初から活動を盛り上げてきた。2020年10月からは、正式に共同代表も務めた。

2人は今でこそ代表を務めるまでになったが、かつてはそうではなかったという。

メイさんは苦笑いを浮かべて振り返る。

「私は前に出るタイプではなくて、むしろ周りに流されているような人間で…」


異国の地で気付かされたこと

三重県で生まれ育ったメイさんは、小学生の頃からサッカーをしていた。

きっかけは兄の影響。自分から始めたわけではなかった。
中学でサッカーはやらないつもりだったが、友達に強く誘われ、はからずも続けることにした。高校に入学すると、何となく吹奏楽部に入った。

これに挑戦したい。これをやり遂げたい。
そう思えるものが、なかなか見つからなかった。周りに流されて、道を選ぶことが多かった。

そんなメイさんの転換点となったのは、高校3年の頃に経験した留学だった。

訪れた先はアメリカ。
異国の地では、誰もが自分なりの意見を持っていた。それに比べ、私は何も持っていない。
はじめは落ち込んでばかりいた。

だが、ほどなくして気付いた。

アメリカでは、自ら動かないと何も始まらないこと。
大切なのは、周囲の反応ではなく、自分が何をするのかということ。

だからこそ、大学では主体的に動こう。メイさんはそう思っていた。

☆   ☆   ☆

そんな折、大学の掲示板に目がとまった。
平昌五輪を現地調査した学生2人が、学内で報告会を開くことがわかった。

心細さもあったが、1人で足を運ぶことにした。

そこでは、カナコさん(山本華菜子かなこ)とホノカさん(神野帆夏じんのほのか)が、生き生きとした表情で語りかけてきた。

オリンピック・パラリンピックは、メダルだけに価値を置いているわけではないこと。社会のあり方を見つめる場でもあること。そして、Go Beyondを結成すること。

カナコさんとホノカさんの想いに、心を惹かれた。

メイさんは自分の判断で、その輪へ加わることを決めた。


涙を流した8歳の頃の記憶

マコさんも、カナコさんとホノカさんの熱い語りに耳を傾けていた。
スクリーンには、平昌パラリンピックの閉会式で涙を流す2人の写真が映し出されていた。

思わず身震いした。
それはマコさんにも、涙を流した記憶があったからかもしれない。

☆   ☆   ☆

「国際協力や途上国の貧困問題をどうにかしたいって、小学生の時から思っていたんです」

小学生の頃。マコさんは地元・沖縄の合唱団に入っていた。

小学2年の時、「信じる」という合唱曲を歌うことになった。爽やかなメロディーから始まるこの曲は、谷川俊太郎さんによって作詞された。

マコさんは「信じる」のなかで、一つの詞が気にかかった。

地雷を踏んで足をなくした子どもの写真

どういうことだろう。
実際に本を手に取ってみた。すると、そこには足をなくした子どもの写真があった。

歌詞だけではイメージできなかったことを、写真はありありと映し出していた。

私と同じ子どもなのに…。住んでいる国が違うだけなのに…。

幼いながら、衝撃を受けた。写真を見て、毎日のように泣いた。
そして、思った。

国際協力をして、苦しむ人々を救いたい。

その想いをずっと抱いたまま、マコさんは大学生になった。

☆   ☆   ☆

前に目をやると、涙を流したカナコさんとホノカさんが、衝動を力に変え、動き出そうとしていた。

私もやらなきゃ。マコさんの想いは固まった。


Twitterでの投稿。反応が示したこと。

Go Beyondへ入ってしばらく経った頃、メイさんは都内の競技場を訪れていた。
メンバーと連れ立ち、ブラインドサッカーを観戦したのだ。

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陽を浴びたグラウンドでは、目を隠した選手たちが溌剌はつらつと走っていた。鈴を頼りにプレーする姿は、まるでボールが見えているかのようだった。

初めて目の当たりにした衝撃。
サッカー経験者のメイさんをしても、歯が立たないと思った。

そのことを知った先輩から「Twitterで投稿してみて」と頼まれた。
感じ取ったことを、伝わるように言語化する。

それまで、SNSで発信したことはほとんどない。投稿をしても、誰も振り向いてくれないのでは。そんな不安もよぎった。

しかし、その気持ちは、すぐに安堵へと変わった。

増えていくいいねの数。投稿を拡散してくれるユーザー。
それを知らせる通知が鳴るたびに、嬉しさを感じた。

「今思うと、友達とのツーショットも載せたりしていたので、恥ずかしいんですけどね」

そう笑って振り返ったが、一つの確信も得た。

パラスポーツには、共感を生む力がある。それを伝えることには、価値がある。

SNSの投稿が、そのことを示してくれた。

パラスポーツは障害者の方のためだけにあるのではない。それを多くの人と共有したい。

そう、強く思った。


差し出した水。大阪での3日間。

マコさんは確かな手応えを感じていた。
2018年に結成されたGo Beyondは、活動の幅を広げていた。多くの方々と関わる機会も得た。

それだけに、あの日の出来事が、どうしても脳裏に焼き付いた。

それは大学2年の夏、大阪で開かれたCPサッカーの大会でのことだった。

☆   ☆   ☆

CPサッカーとは、脳性まひの選手が出場する、7人制のサッカーだ。
脳性まひは、片半身が全く動かないなどの症状がある。発声を難しく感じる人や、歩行に苦労する人もいる。

マコさんは東京のチームに帯同し、3日間にわたって大阪で過ごすこととなった。

それまで、多少なりとも、パラアスリートや障害のある方々と関わる機会を得てきた。そうした方々への理解も深めてきた。そのつもりだった。

だが、10名ほどの脳性まひの方々を前にすると、そんな自負はすぐに揺らいだ。

私はどう接したらいいんだろう。

「何かお手伝いしますか?」「持ちましょうか?」。
そう声をかけ、構えた態度に終始してしまう。初めてのことに、戸惑いを隠せなかった。

しかし、行動を共にするにつれ、それは杞憂きゆうに過ぎないと気が付いた。

一緒に食事をし、お風呂に入る。そうするうちに、他愛もないやり取りも増える。「好きな人いるの?」と、恋バナをすることもあった。

「最初は外見ばかり見てたんですけど、話していくうちにそれが気にならなくなって。その人の内面の良さが、どんどん見えていきました」

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とりわけ、同じ年齢くらいのある男性と、よく話すようになった。ずいぶんと打ち解け、同じ席で食事をとることに。

その食事中でのことだった。
てんかん持ちのその男性が、体勢を崩し、倒れてしまった。

マコさんは急いで水を用意した。

「はいどうぞ」と、それを手渡そうとした。

☆   ☆   ☆

差し出された水を前に、倒れた男性は、何度も何度も謝った。

「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしてごめんなさい」

そう言って、謝罪の言葉を繰り返した。

なぜあれほど謝ったのか…。
その夜、マコさんは一つの想像を巡らせた。

おそらく男性は、いつも周囲に気を遣っているのではないか。
障害があることへの負い目。迷惑をかけているという申し訳なさ。
それが積み重なったがゆえに、繰り返し謝った。

そう思えてならなかった。

ただ、その男性は優しさにも溢れていた。

緊張したマコさんを見かねて、「大丈夫?」と声をかけてくれた。CPサッカーの話もしてくれた。
そのおかげで、肩の力を抜くこともできた。

食事をした日の翌日。
サッカーコートでは、男性が楽しそうにプレーしていた。そこに謝罪を繰り返す前日の面影は、見当たらなかった。

マコさんは思った。

障害がある方には、知り得ないような苦しみを抱えている人がいる。そのことは、なかなか伝わらない現状がある。

しかし、パラスポーツは、それを考えるきっかけになり得る。
そして同時に、障害をもつ人にとって、輝きを放つ場にもなる。

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食事中の謝罪。競技中の表情。

相反する二つの光景が、「障害とは何か」「パラスポーツとは何か」を教えてくれたような気がした。


押し寄せたコロナ。オンラインでの挑戦。

それから、マコさんとメイさんは、少しずつ願いを束ねてきた。

2019年秋のラグビーフェスティバル。
パブリックビューイングに訪れた人々が、ハイタッチをして喜ぶ姿に、感動を覚えた。

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小中学校での出張授業。
子どもたちと社会のあり方を考え合う機会は、多くの発見があった。

着実に、ゆっくりと、つながりの糸がつむぎ出されていた。
2020年は、その糸がかたく結ばれ、大きな輪を描くはずだった。

だが、そうはいかなかった。

コロナウイルスが蔓延し始めた2020年3月。
東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まった。

☆   ☆   ☆

「これまでの活動が無駄になるのは嫌だなと思って」

メイさんが言うように、メンバーとは開催延期を前向きに捉えようと話し合った。

インスタグラムでの投稿。YouTubeアカウントの開設。

だが、なかなか思うようにいかない。
「オンラインでの活動は、対面のような迫力や達成感が感じられず、物足りなさもあった」と、マコさんは振り返る。

コロナ禍での挑戦に、難しさを感じていた。


手話動画とぬり絵。生まれたつながり。

そこに光を差してくれたのは、寄せられた反応だった。

YouTubeやインスタグラムで公開した手話動画。
手話を知らなかった人から、「これなら簡単に覚えられるね」とコメントがあった。


「パラスポーツぬり絵」はお家で子どもたちが楽しめるように、と願って作成した。

ぬり絵をHPからダウンロードできるようにしたり、郵送で届けたりした。それだけでなく、完成した絵を写真で送ってくれた人へ、小さな手作りのボッチャを返礼することにした。

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ほどなくすると、反響が生まれた。

受け取った方から「届いたよ」「ボッチャやったよ」と感想が届いたのだ。
子どもの写真が添えられていたこともあった。

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決して大きな反響ではないのかもしれない。
でも、確かに影響力はある。

オンラインだからこそ、新たに生まれるつながりが、そこにはあった。


パラリンピックと、祖母の言葉と

そして迎えた2021年夏。
1年の延期を経て、東京五輪が幕を開けた。

パラリンピックが開幕してほどなくした頃。
マコさんは祖母に、こう声をかけられた。

「パラリンピックに出ている人は障害者だからかわいそうって思ってたけど、すごいんだね。この方たちは、パラリンピックの世界で活躍してるんだね。感動したさ」

沖縄の方言を交え、祖母はしみじみと言っていた。
祖母の口から、そんな言葉を聴いたのは初めてだった。

「近くで関わっている人がいると、興味を持って調べたりとか、関心を持つようになったりして。そうやって、オリパラとか社会への見方が変わることを実感しました」

自分の熱は、周囲の人へ伝染する。その力は、誰もが秘めている。

身をもって、そう学んだ気がした。


「だからこそ、私たちも…」

メイさんは「復興五輪」という言葉に、引っかかりを覚えていた。

Go Beyondでは、南三陸や釜石にも訪れた。現地の方々の想いにも、耳を澄ましていた。

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本来であれば、そうした東北の声が国内外に発信されるはずだった。
ところが現実は、必ずしもその期待に沿うものではなかった。

主語をすり替え、「コロナからの復興」と言い換えられたり、そもそも東北にあまりフォーカスされなかったりしたようにも思った。

「名前が掲げられていただけで、実際には何も変わらなかったところもあって…。思い描いていたようには、多くの人には伝わらなかったのかな」

伝わらなかった復興五輪。届かなかった想い。
その現実を、自分たちと重ね合わせて、続ける。

「ただ、だからこそ」

メイさんはひときわ言葉に力を込める。

「だからこそ、私たちも発信しなかったら、活動の意味はないと思うんです」


◇   ◇   ◇


東京オリンピック・パラリンピックが閉幕し、1か月が経った。

あらためて振り返ると、今大会は「多様性の象徴」「共生社会」といった言葉が、しきりに叫ばれていたように思う。そうしたわかりやすい言葉が、物事の本質を包み隠した気もする。

言葉だけではない。
誰もが発信できるようになった現代は、いつもわかりやすさが指標となる。

再生回数。フォロワー数。いいねの数。
影響力が可視化された世界では、数字が物事の優劣をつける尺度になる。

わかりやすい言葉。わかりやすい尺度。
そういったものが、僕たちを支配している。

しかし、それだけが全てではないようにも思う。

小さな手作りのボッチャを、楽しんでくれる人がいるように。
障害をもつ方への認識を、あらためる人がいるように。

決してわかりやすい影響力ではなくとも、伝えることには価値がある。
伝える人と、受け取る人とのあいだで、その価値は生まれる。


8歳のマコさんが涙した「信じる」には、こんな詞がある。

すべてのものが日々新しい
そんな世界を私は信じる

東京五輪は通過点にすぎない。

マコさんが信じてきた日々を、メイさんが信じてきた世界を。

僕たちも信じて、共につくっていきたい。

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