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「写真が原稿の切り口となる」武山智史(カメラマン兼ライター)

 真っ黒に日焼けをした武山智史(たけやま・さとし)さんは、自身を「カメラマン兼ライター」と名乗る。腕の皮が日焼けでめくれているのは、この夏もカメラを手にとり、取材に駆け回った証だろうか。
 武山さんは身振り手振りを交えながら、カメラマンとライターの両方に取り組む自身の経験を語った。ここでは、武山さんの講義を5つの項目に分けて書き起こす。

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(熱心に語る武山智史さん 撮影=筆者)

1.「カメラマン兼ライター」の理由

★ライターを目指し上京
 ライターになりたい。私は高校時代から、そんな想いを抱いていました。高校卒業後は地元・新潟から上京し、「日本ジャーナリスト専門学校」 へ進学。1年生の頃から「スポーツデザイン研究所」で開講されていた「スポーツマスコミ講座」を受講しました。この講座では、増島(ますじま)みどりさん(スポーツライター)や上田昭夫(あきお)さん(当時・慶應義塾大学ラグビー部監督)のセミナーに参加し、テープ起こしなどに取り組みました。これがライターへの入口でした。

★「写真をやれ!」師匠の言葉
 写真に興味を持ったのは、日本ジャーナリスト専門学校での写真実習。そこで初めて一眼レフカメラを手にし、写真の奥深さに目覚めます。当時は「日刊スポーツ」の写真部でアルバイトを務めていたこともあり、私は徐々に写真の世界へ惹かれてゆきました。
 そんな私が本格的に写真に取り組み始めたのは、スポーツライター・小林信也(のぶや)さんの言葉でした。私はその当時、小林さんが開いていた「スポーツライター塾」に参加。その後も小林さんの下で学び、取材のテープ起こしや小林さんのラジオ番組の準備を担当していました。私はその頃からデジタル一眼レフカメラを使用していましたが、その姿を目にした小林さんは突然こう言いました。「君は長い原稿は書けない。カメラマンになりなさい」。はじめはその言葉に驚きましたが、それ以来、私は「カメラマン」と名乗るようになりました。その後、私はシャッターを切る傍ら、テープ起こしや原稿の執筆を続けることとなります。

★写真をメインとする理由
 私が写真をメインとする理由は、カメラマンがプレーを見る場所にあります。通常、原稿の執筆のみをおこなうライターは、記者席からプレーを見届けます。しかし、カメラマンはカメラマン席からプレーを見ることができるため、選手の表情やベンチの様子をより近くでとらえることができるのです。カメラマン席からシャッターを切るからこそ、書ける原稿があります。
 私は「撮ったものが原稿の切り口になる」という考えから、写真をメインに活動を続けています。

2.大切なのは「どう描写するか」

★敗者の日本文理にカメラを向けた理由
 「どう描写するか」。これは私が大切にしている信条の一つです。
 その例として、今夏の新潟独自大会決勝を挙げます。中越高校vs日本文理高校のカードとなった決勝戦は、9対3で中越が優勝を果たしました。試合後、中越の監督と主将による優勝インタビューがおこなわれる中、三塁側カメラマン席にいた私は、一塁側ベンチにいる日本文理の選手にカメラを向けました。そこには、一つの狙いがありました。新潟県では昨夏(2019年)の県大会の開会式にて、新潟向陽高校・大滝和真主将による選手宣誓が話題となりました。「私たちはスポーツマンシップに則り、フェアプレイに徹し、試合後はよき勝者、よき敗者を目指します」——。この選手宣誓の背景には、「日本スポーツマンシップ協会」で代表理事を務める中村聡宏(あきひろ)さんの存在があります。中村さんは2019年4月に新潟県の高校野球指導者を対象とした「スポーツマンシップ講演会」を開催。中村さんの呼びかけもあり、新潟ではスポーツマンシップを重んじようとする動きが高まっていたのです。
 私はそうした経緯を踏まえ、敗者である日本文理にカメラを向けました。レンズの先には、中越の監督インタビュー終了後に、拍手を送る日本文理の監督と選手たちの姿がありました。私はそのことを「新潟のスポーツマンシップが受け継がれている」と描写し、記事にしました。
 「どう描写するか」を頭に入れているからこそ、撮れる写真があり、書ける記事があります。

★サードフライ後の表情から見えたもの
 「どう描写するか」について、高校時代の綱島龍生(つなしま・りゅうせい)選手(現・西武ライオンズ)の印象的な場面に触れます。
 綱島選手擁する糸魚川白嶺(いといがわはくれい)高校は2017年春の新潟県大会4回戦で日本文理と対戦。9回2死2塁、1点を追う状況で綱島選手に打席が回りました。一打出れば同点という場面。しかし、綱島選手は初球を打ち損じ、サードフライに倒れてしまいました。結局、1対0で糸魚川白嶺は敗戦。綱島選手の凡退が勝負の分かれ目となりました。
 私はサードフライを打ち上げた綱島選手の表情をカメラで追いました。その時、いつもは淡々としている綱島選手が、一瞬渋い表情を見せました。それから半月後、その場面について尋ねると、綱島選手は「悔しい」と振り返りました。
 綱島選手はその後、西武ライオンズに入団。今でも日本文理戦でのサードフライを悔しい場面として挙げています。
 サードフライ。一見すると、何ともないような場面も、描写次第で見方が変わります。私がとらえた表情から、何を訊くかが生まれ、そこに溢れた感情に辿り着くことができます。「どう描写するか」は、「何を訊くか」を生むのです。

3.「何を撮るか」がその人の「視点」となる

★「何を撮るか」が生む発見——選手のグローブから
 何気なく撮影した写真から、生まれた発見があります。
 それは2015年、春の大会で横浜高校の試合を訪れた際、相川天河(てんが)選手のグローブを撮影していた時のことです。私は相川選手のグローブにカメラを向けながら、「何か見覚えがあるな…」と感じていました。よく見ると、そのグローブは相川選手の1学年先輩にあたる浅間大基選手(現・日本ハム)が使用していたものでした。そのことを相川選手に尋ねると、「浅間さんにすごく可愛がってもらってて」と語ってくれました。私が予想した通り、相川選手のグローブは、浅間選手から譲り受けたものでした。
 相川選手のグローブの裏話は、カメラを向けたからこそ、聞き出すことができました。「何を撮るか」によって、新たな発見は生まれるのです。

★撮ったものが自分の視点——映像を例に
 「撮ったものが自分の視点だ」——。これは映画『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』で監督を務めた山崎エマさんの言葉です。私はこの言葉に触れ、「そっか…。そこに個性が出るのか」と感銘を受けました。全部を撮ることができないのは、映像も同じ。それゆえ、映像の世界もまた、「撮ったものが自分の視点」となります。
 映像における視点の例として、田中晃(あきら)さん(現・WOWOW代表取締役社長)が日本テレビ時代に携わったある試合のスポーツ中継を挙げます。その試合とは、伊藤智仁投手(当時・ヤクルト)が先発し、巨人相手に16奪三振と好投した試合の中継(1993年6月9日)。伊藤投手は粘投を続けたものの、巨人の篠塚和典(しのづか・かずのり)選手にサヨナラ本塁打を打たれ、敗戦を喫しました。通常であれば、この場面はサヨナラ本塁打を放った篠塚選手にカメラを向けます。しかし、その試合を担当していたディレクターがカメラを向けたのは、伊藤投手でした。そこには、伊藤投手が悔しそうにグローブを叩きつけたシーンが映し出されていました。
 もう一つの例として、記録映画『東京オリンピック』を挙げます。私が特に印象に残ったシーンは、「東洋の魔女」と呼ばれたバレーボール女子日本代表が金メダルを果たした場面です。日本が金メダルを決めた場面で、カメラが映し出していたのは大松博文(だいまつ・ひろふみ)監督。映像を撮影していた市川崑(こん)監督は、ベンチで喜びに浸る大松監督にカメラを向けたのです。
 以上の2つの場面は、いずれも「撮ったものが自分の視点」となることを表しています。サヨナラ本塁打を打たれた投手を撮るという選択。優勝を果たす瞬間の監督を撮るという選択。選択の先に映し出したものこそが、その人の視点となるのです。

4.カメラマンとライターを兼ねる強み

★原稿に必要な写真を思い通りに撮影できる
 ここでは、高校野球のチーム紹介雑誌を例に挙げます。各校のチーム紹介のページには、チームの様子を撮影した写真が添付されています。他チームの多くが主力選手のポーズ写真である一方、私が担当した紙面には、練習中の選手を切り取った写真を添えました。選手の躍動感ある動きを描写し、より惹かれる紙面とするためです。このように、カメラマンとライターを兼ねることで、原稿に必要な写真を頭の中でイメージすることができます。そうすることで、紙面の完成度をより高めることができるのです。
 取材の内容に応じ、撮るべき写真を予(あらかじ)めイメージすることができるのが、カメラマンとライターを兼ねる一つのメリットだと思います。

★原稿の幅が広がる
 カメラを手にとることで、原稿の幅が広がります。例えば、先に挙げた綱島選手の表情(★サードフライ後の表情から見えたもの)や相川選手のグローブ(★「何を撮るか」が生む発見——選手のグローブから)はその好例です。私は写真をもとに原稿を書くこともあるため、自分が撮った写真から原稿のバリエーションを膨らませることができます。
 そのため、原稿に必要な写真を確実にカメラに収められるよう、事前に取材日の練習メニューを聞くなどの準備も怠りません。シャッターチャンスを逃し、「もう1人の自分がいたら…」ともどかしく感じることも多いですが、カメラを手にすることで新たな原稿の切り口が見つかることもあります。

5.忘れられない失敗と最高傑作

★相手を怒らせ、インタビューが中止に
 私には忘れられない失敗があります。
 それは2011年秋頃、あるプロ野球の2軍監督を取材した時のこと。私はその取材で、思わぬ失敗を犯します。ある質問で相手を怒らせ、取材は中止となってしまいました。これは今でも忘れることができない失敗です。
 それ以来、私は2度と同じ失敗を犯さないと誓いました。取材相手がどのような状況であるのかを事前に把握することはもちろん、写真を撮る時もなるべく早く現場へ足を運ぶようにしています。

★私の最高傑作
 「今まで撮れた一番良い写真は?」という問いに、私はこう答えます。「ないです」と。
 毎回撮る度に、「こうすれば良かった…」という後悔を繰り返しています。私は最高傑作を、ネクストワンに求め続けます。だからこそ、私の最高傑作は、まだないのです。

◆講義で紹介された書籍・映画等
・山崎エマ監督『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』(2020年 日本公開)
・田中晃著『準備せよ。——スポーツ中継のフィロソフィー』文藝春秋(2019年)
・市川崑監督『東京オリンピック』(1965年 日本公開)

◆講演者の紹介
武山智史(たけやま・さとし)さん。1980年生まれ。新潟県長岡市出身。カメラマン兼ライター。
日本ジャーナリスト専門学校在学中、写真実習にて一眼レフカメラに触れる。その後、スポーツライター・小林信也(のぶや)さんに師事し、カメラマンに転向。写真をメインに活動を続け、アマチュア野球を中心に撮影、原稿の執筆をおこなっている。

※講義情報:「スポーツライティング講座 第6回」として2020年09月11日(金)19:00~20:45に開催(喫茶室「ルノアール」銀座六丁目店にて)

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