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花束を抱えて


 明日は、母の日。
 自分のために、花を買った。

 近所のママ友が、この土日限定で、お花屋さんをしていて、土曜のお昼過ぎに、「よかったらどうぞ」と連絡をもらったのだ。彼女とは一年以上会っていなかった。いつもなら、行くかどうか迷うところだが、その日、わたしは元気いっぱいだった。友人とのおしゃべりで、霧が晴れるように、抱えていたもやもやがなくなった。しかも、友人と、そのママ友は同じお名前。「行ってらっしゃい」と、誰かに言われたように感じて、「行く行く!」すぐに返事をした。

 彼女は、フラワーアレンジメントの先生をしている。いつもにこやか、ほがらかで、わたしは会うと元気になれる。お花にたとえると、八重の桜のような人。彼女に憧れて、彼女の教室に通ったこともあった。

 ブーケにチャレンジしたんだっけ。わたしは、必死に花を束ねていった。ブーケの根本を、しっかり、でも、やんわりと握ることが、まずできず、わたしのブーケはどんどんと崩れていってしまう。結局、時間切れになり、先生である彼女にやり直しをしてもらって、ため息が出るほど、美しいブーケが出来上がった。5回ほど通ったけれど、毎回同じ。手先の器用さやセンスが、わたしにはないんだろうな。それでも、楽しかったらよかったのだけれど、楽しくなかった。

 なんでなんだろう。

 それで思い出した。わたしはものつくりが大好きだから、小学校の頃の図工の時間も大好きだった。先生が「こうした方が素敵になるよ」と言っても、頑として自分のやりたいように、やった。それだけは譲れなかった。当時は、そう強く意識していたわけではないが、とにかく自由にやりたかったんだと思う。その頃のわたしの生活では、自由にできることが少なくて、だから余計に、「それだけは!」と、こだわっていたんだろうな。

 これの延長だと思った。自由にやりたいんだ。たとえ、出来がイマイチでも、自分で心ゆくまでやりたいんだ。時間を気にすることもなく、自分の好きなブーケが作りたいんだ。そもそもブーケより、ママ友に会いたかっただけかもしれない。それで、教室に行かなくなった。しばらくして、また気づく。わたし、切り花より、根っこがある花が好き。花に来てもらうんじゃなくて、花に会いに行く方が好きだって。

 そうして、彼女とは疎遠になった。でも、声をかけてくれたから、会いに行った。素直にうれしかった。わたしは、自分から声をかけることが苦手だ。これは、自信のなさの裏返しかもしれない。余程のことがない限り、自分から約束は取り付けない。わたしなんて…という気持ちがどうしてもある。

 久しぶりに会った彼女は、やっぱり、キラキラとしていて、眩しかった。自分の力を信じ、好きなことをして、それを楽しんでいる…

 わたしは、自分用のお花が欲しいと言った。子どもたちの話をしつつ、選んでいく。以前は、おすすめをきいていたが、もうきかない。自分で、ピンときた、好きな花を、連れて帰りたい。あまり悩むことなく、花を選んだ。それから、小さな花瓶もひとつ、購入した。息子が、母の日だからって、庭の花を積んで、小さな小さなブーケを作ってくれたから、そのコもいけたくて。

 花を包んでもらい、また、30分ほどおしゃべりをした。楽しかった。いつもなら思うだろう、教室に行かなくなって申し訳ないなど、全く思わなかった。ただ、楽しかった。また、こうやって、会えたらいいなと思った。何かあったら、声をかけてくれるように頼んで、ゆっくりと歩いて帰る。家まで10分ほど。

 風に吹かれ、陽を浴び、花束を抱えて、川沿いを歩く。サッと、青緑色の鳥が横切った。「カワセミだ!」思わず、叫んでしまった。まだ住んでいたんだ、カワセミ…うれしくなって、足取りが軽くなった。

 川縁には、わたしの背より大きな木が立っている。よくよく見たら、グミの木だった。懐かしい。赤く色づいた実。でも、もっともっと赤くならないと、甘くない。5年ほど前まで、家の庭にもあったけれど、気づいたら切られていた。わたしに決定権はない。いつも事後報告。わたしだって、ここに住んでいるのにな。悲しくて、しばらく落ち込んだんだっけ。あなたは、このまま、ここにいられますように。

 それから、また歩く。ふっと思った。わたし、美しく花を束ねたりはできないけれど、今、文章を書いたり、読んだり、声に出したり、自分の好きなことを、いっぱいやっているなぁ。数年前までは、いつも子どもたちのことなど、家族のことばかり優先して、暮らしていたけれど、今は、自分のために好きなことができる時間もある。しあわせだなぁ。

 家に着いたら、母が草むしりをしていた。

 わたしを見て、ギョッとした顔をする。わたしは、いつも母からすると、意味不明なことをしているみたい。花束を抱えて歩いてるって、そんなに変だろうか。

 母に、友人のところで、花を買ってきたこと伝えてから、あっと気づく。母にも、お花を買ってきたらよかった…でも、これは譲れない。「これは、わたしのお花、ごめんね」と言うと、母は、「花はここに腐るほどあるからいらんわぁ」と笑った。確かに。畑にも庭にも花があふれている。父は、きっと、緑の指の持ち主だ。父が、母のために、育てた花だって、たくさんある。そう父は言わないけれど、母の好きな花ばかりだもの。

 家に入り、花をゆっくりと束ねる。ふふふ。楽しい。

 花たち、来てくれてありがとう。


手前は息子作のミニブーケ💐




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