【白の展示会】試し読み

※この記事は、そらとぶさかなの本『白の展示会』の試し読みです。
本の詳しい情報はこちらをご覧ください。

■表題作 白の展示会

 いつもの通学路は薄曇りの空に押しつぶされてひしゃげて見えた。
 人気の無い道を、ユミカはかしかんだ手に高校のかばんをぶらさげて歩いている。
 土曜の昼なのに歩く人影がまばらなのは、この冬一番の寒さのためだろう。葉を落としきった街路樹のせいで一段と寒々しい。
 今日は半日だけの授業の後、二者面談を受けた。
 卒業後の進路、ちゃんと考えてるか。大学に行くなら一刻も早く志望校を決めた方がいい。担任はそう話したがユミカは何も反応できず、渡された書類やら資料やらをかばんに押し込んで、うわ重すぎじゃねと思いながら帰路についた。
 ぼんやりと空を見上げると、一面、同じようにぼんやりとした灰色。明日は母と映画を見に行く。月曜は古典の小テストがあるから単語を暗記しないと。火曜は友達の誕生日会。そういえば今度、好きなバンドのCDが出るから、予約しなきゃ……。
 いつもの毎日は、少しずつ、確実に、終わりに近づいていく。変わらないはずの自分も、いつか何かに変わっていかないといけない。
 私は何になっていくのだろう。
 ふと、視界の端に何か白いものが映る。何げなしにそちらを見やると、ギャラリースペースがあった。いつも何かしら企画展が行われているのを登下校時に見かけるが入ったことはない。
 ガラスのドアの向こうは白一色だった。入口横に案内板が立っていて、真っ白のボードには今にも消え入りそうな灰色の字でこう書かれていた。
『白の展示会』
 ユミカは引き寄せられるようにしてドアを押し開けた。

■空をとかす

 私は窓を見つけるのが得意だ。
 建物を見るとまず窓を探し、その窓の印象、例えば犬の置物があって可愛らしい等、建物を窓で覚える癖がある。小さい頃から何となく窓が好きでそんな癖がついてしまった。
 買い物のために街へ出かけても、時間を忘れてウィンドウに見はまる事が多い。ガラスの向こうのわずかなスペースに構築された世界はどれも見事で、私は美術展を歩くようにそれらを鑑賞してまわる。
 景色を切り取って作る額縁、それが窓の魅力だと思う。
 ガラス細工に興味を持ったのも、そういった美しいものを閉じ込めた世界が好きだったからかもしれない。
 高校の頃にバーナーワークを始めて、とんぼ玉を作るようになった。母がハンドメイド好きで、知り合いから使わないバーナーをもらったのがきっかけだった。
 大学生になり、作ったとんぼ玉を手づくり市やネット通販で販売し始めた今でも、最初にうまく作れたとんぼ玉は大切にとっている。それはオーロラを閉じこめたようなきれいな緑色である。

■真冬のサボテン

 私の通勤はサボテンに見守られている。
 駅から会社までの道のりに、川沿いの遊歩道がある。広い花壇、芝生、木陰にはベンチも揃っていて、十一月の今こそ寒くて人気が少ないものの、暖かい季節にはオフィス街のちょっとした憩いの場となる。その花壇の中に、サボテンがいる。
 サボテンは丸さや大きさがバレーボールに似ていて、けれどボールよりはどっしりとした重みがあるように見える。畝のような縦列に、鋭利なとげが規則正しく並んでいて、服の裾が少しでも触れれば破られてしまいそうだ。
 花壇にはパンジーも植えられている。遊歩道の花壇にある植物として、明らかに場違いなのはサボテンの方だったが、サボテンはパンジーを守る番兵のように胸を張っていて、不思議な風格がある。私はそんな頼もしげなサボテンが気に入っていた。
 毎朝、駅を出て遊歩道を通るたび、サボテンと出会う。サボテンはいつも変わらず堂々としている。私はサボテンに心の中で挨拶して、少し元気を出して会社に向かう。

■コトリの進化

 まだ一月なのに、その日は冬の空気を突き抜けて日差しがまぶしく降り注いでいた。
 私は母と一緒に、母の兄の家に泊まりに来ていた。そこにいるイトコとは私は小さい頃から仲良くしてもらっていた。イトコはこの春で大学二年生になり、私は高校生になる。
 私はイトコと一緒に、近くのコンビニまで歩いていた。頼まれた不足分の年賀状を買った際、イトコは肉まんを買ってくれて、お寺にある階段で一緒に食べた。
 イトコが、私の名前を呼んだのはそんな時だ。
「虎羽、強くなりなさい」
 いつもは私を、トラちゃん、と呼んで優しく接してくれるのに、イトコはその日、きっぱりとした口調で名前を呼んだ。
 イトコは何だって出来た。県内トップの私立高を出て第一志望の国立大に受かり、成績優秀で返済不要の奨学金だってもらっていた。
 そんなおおごとだけじゃなくて、バスでお年寄りに席をゆずるときもスマートだったし、美人で服もおしゃれで、手入れされた髪の毛の一本一本がきらきら光っているような人だった。
 そんな完璧な人から微笑まれて、一緒に歩いてもらえるのが、私には嬉しいような寂しいような事に思えた。そんな人に目をとめてもらえる幸運の影に、そんな人にはきっとなれないだろうという諦めがうずくまっているような気持ちになった。
 私が持っている強さなんて何も無かった。しいて言えば、「虎羽」というやたら強そうな名前くらいで、しかし大して役には立たない。
「どうなったら、強くなった事になるの」
 私はイトコに聞いた。