【旅する鉄塔】試し読み

※この本は、そらとぶさかなのファンタジー小説『旅する鉄塔』の試し読みです。本の詳しい情報はこちらをご覧ください。

◆さびしがりな灯台の話

 あるところに、灯台がいた。
 白くて大きな灯台で、背はそこまで高くないけれど、海のかなたまで照らせるきれいなレンズを持っていた。
 そして灯台は、とても、さびしがりやだった。
 灯台は海に面した山はだの崖に、たった一人で建っている。
街へ続く一本しかない道は、山を越えていく時間のかかる道なので、ひとが訪れることは滅多にない。
 近くにはむかし灯台守たちが住んでいたいくつかの家があって、みんな灯台とも仲が良かったのだけど、ずいぶん前に無人になってから家達は言葉を無くした。その時からずっと灯台は一人だった。
 誰も来ない場所。聞こえるのは、鳥たちの声と風の吹く音。見えるのは山と空と海。
そんなひとりきりの毎日が、灯台は心底つらくて、大きなレンズがくもってしまうほどだった。

 とても、さびしい。
 誰かと一緒にいたい。

 灯台は毎日、光を送りながら話し相手を探した。周囲には野花がたくさん咲いているので話しかけてみる事もあるけれど、花の声はあまりに小さくて聞き取れず、灯台の話し相手にはなれないのだった。

◆時計ネコ

 とある町に、鐘のついた立派な時計塔がいた。
 レンガ造りの時計塔は、町で一番背の高い建物である。毎日、決まった時刻に自動で鐘を鳴らす仕組みになっていて、その鐘の音はとても美しかった。
 時計塔は、ステンドグラスの見事な教会と一緒に建っていて、教会に通う町の住人だけでなく、やってくる観光客にも人気だった。
 毎朝、時計塔は鐘を鳴らし、ミサの時刻を町中に知らせる。
「さあ時間だぞ! 早く集まるんだ!」
 澄んだ鐘の音を聞いて、人々が早足で教会に集まる。時計塔は人々を見下ろしながら、満足して言う。
「ああ、今日も良い音だ! おれはなんて素晴らしい音を持った時計塔なのだろう!」
 時計塔は、自分が町で一番高く、また自分の鐘を基準にして町全体が動いているという事を、とても自慢に思っていた。

◆旅する鉄塔

 あるところに鉄塔がいた。
 そんなに背は高くなくて、ちょっと太めのフォルムに、立派なパラボラアンテナを持った鉄塔で、様々な電波を受信する事が出来た。
 鉄塔は川のそばの施設に建ち、周りにはたくさんの鉄塔仲間がいて、互いに協力しながら、毎日色々な電波を聞いていた。
 ある日、鉄塔は強いノイズを聞いた。ただのノイズかと思ったら、ザーザーと鳴る中にかすかに、声が聞こえる事に気づいた。
 それは歌だった。この場所で長い間電波を聞いてきた鉄塔でも、初めて聞く歌だった。
 その声は人間達の作る電波ではなく、同じ鉄塔の声のようだった。本当にかすかなので、何と言っているのかまでは聞き取れない。
だが、声は澄んでいて、美しかった。
 晴れ渡った早朝の青空や、透明な水溜まりみたいだと鉄塔は思った。
 もっと良く聞きたいと思った鉄塔は、声にアンテナをすませたが、ノイズに埋もれて聞こえたり聞こえなかったりする。それでも鉄塔は辛抱強く待ち、かすかな声に聞き入った。