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準備しない

 随分以前、休日に神保町へ行った。有名な古書店街へ行って見ようと思ったのである。
 わくわくしながら電車を下りて、改札を出た。改札の前には新本屋があるばかりで、肝心の古書店街がどこにあるのかわからない。
 迂闊だったと、ここに至って気が付いた。全体、神保町の駅を出たらそこら中が古書店だらけなのだろうと勝手に思っていたので、実際はそういうわけでもないらしい。
 まだスマホどころかiモードもない時代で、道行く人に訊くようなコミュ力は持ち合わせない。
 結局駅前の新本屋で村上春樹の文庫本を買って帰った。こんなものはわざわざ神保町まで来なくたって近所で買えると思った。
 これより前に、大阪でも同じようなことをやった。

 ある時、木寺が難波でライブを演るから、たまには来いとチケットをくれた。
 木寺とは随分つるんでいたが、彼のライブへ行ったことは存外ない。だからチケットをくれるのだったら行こうと決めた。
 せっかく行くのなら、素面で行くよりも酒を飲んで行こうと思って、出かける前にブラックニッカをちびちび飲み始めたけれど、どういうわけか一向酔いが回らない。そのうち時間になって、酔わないままで家を出たら、玄関ドアを閉めた途端にふらついた。知らない間に実は随分酔っていて、どうも真っ直ぐ歩けないようだった。
 それでも行くと約束したから、電車に乗って難波まで行ったが、改札を出たらハタと足が止まった。ライブハウスの名前を聞いていただけで、場所を知らないと気付いたためである。
 チケットには住所も電話番号も書いていない――もっとも、住所が書かれていたところで、それで行けたとは思えない――。
 コンビニに入って情報誌を見たけれど、随分簡略化された地図があるきりでさっぱりわからない。
 適当に歩き回るうちに開演時間になったから、諦めて電車で帰った。
 そこからの記憶が断片的で、ハンバーガーを食ったのと、知らない路地を歩いたのを覚えている。
 後は地下鉄のホームで駅員から「大丈夫ですか」と声をかけられたようだったから、多分ホームで吐いたのだと思う。

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