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妹に布教されJO1にハマってしまった姉の話

来たる2021年6月13日

※どんぐりが妹です(以下左側のアイコンは全て妹です)。

妹とのLINE(何も知らなかった頃の私)

妹の「推し」と呼ばれる人がデビューしたらしい(INIの藤牧くんでした)。

藤牧京介(ふじまききょうすけ)くん

この時の私は「推し」も「日プ」も全く知らない、カフェとサウナ巡りが好きなどこにでもいる新卒2年目のIT企業勤めのOLでした。

ちょっとふざけててすまん

藤牧くんがいるグループは「INI」らしい。

小中学生の時は、NEWS、KAT-TUN、Hey!Say!JUMPとジャニーズが好きで、高校生の時はSHINeeが好きだった。代々木でやったライブにも行った。懐かしい。

今思えば確かにクセ過ぎる。
何となく選んだ動画がこれだった。
白岩瑠姫が家でチュロスを作る動画だ。

イケメンが家で奇声を上げながらチュロスを作っている。
クッキングペーパーに絞り出したチュロスが、ゆっくりと油の中に入っていく様はおもろかった。

ここからだ。
妹の怒涛の布教劇よ。

かわじりって読みがち

川尻蓮くんとタメです、はい。(どうでもええ)
妹はJO1では当初木全くん推しでした。

やっぱり私は王道に顔が整った男が好きだったようで、初見では白岩瑠姫がぶっちぎりで輝いて見えた。(みなさん輝いていましたけども)

白岩瑠姫(しろいわるき)くん

JO1って、読み方難しい名前多くない?それに珍しいんだよな。
※当方碧海推しですが、この時は本当に読めなかった。

2021年6月19日

問題となるLINE

これで私がえろい男が“めちゃくちゃすき”であることもバレてしまいました。
まぁ別に気にしません。
皆さんだって好きですよね?(道連れにすな)

JO1を知ってから7日後のLINE

ハマったら早い女です。

夏休みの作文も書き出したら秒速で終わる女でした。(ハマるのとはまた別物だろ)

話は脱線するが、妹と同時期に帰省した時に母親が運転する車で永遠とJO1の曲を流され「今のは誰の声でしょう!」「んー、豆ちゃん」「違います。」「はい、これは!」「るきくん?」「違います。」と、5歳下の妹にけちょんけちょんにされた。新参者には鬼畜すぎるスパルタ特訓だった。

それに、外出した時にはCDを持って来て、ほら見ろと言わんばかりにグイグイ勧めてきた。

おそらくこのあたりで、GYAO!でプロデュース101(オーディション番組)の配信が終わってしまうことを知り、連日徹夜で見たのを覚えている。MacBookを抱えて寝落ちしてたなぁ。

金城碧海くん、あなたを好きになりました。

連日一気にプデュ(プロデュース101)を見た。
season1も2も。
通して見て、やっぱり1番好きになったのは金城碧海(きんじょうすかい)くんでした。

練習生時代の金城くん

見てください、この三白眼。
それにシュッと通った鼻筋。
小さめの口元に白く透き通るような肌。
身長は180cmで、このビジュアルで関西弁を喋る。
まさに私が大好きなタイプ。

Black Outで金城くんにハマったJAM(ファンネーム)の1人です。
あれはえろすぎ。(そんなストレートに言うな)
19歳で出す色気じゃないんよ。

それに、クラス分けで最初の頃は1番下のFクラスにいたのに最終的にデビューしてるの強すぎ。
努力の鬼すぎる。

同じグループになった子が辛そうにしていた時、寄り添い、言葉をかける姿には目頭が熱くなった。
とりあえず何らかの方法でプロデュース101を観て欲しい。(観れましたっけ?ちょっとそこらへん分からないのですが)(しっかりしろ)

当時の国プ(国民プロデューサー)の方々、彼をデビューさせてくれてありがとう。
投票してくれた国プには足を向けて眠れません。(四方八方にいるので私は逆立ちをして眠るようかもしれない)(やめろ)

と同時に、妹に感謝した。
妹がいなかったらJO1を知ることも金城碧海に出会うこともなかった。
偉大な妹よ。
昔、家で学校ごっこして厳しく採点して泣かせてごめん。
夕飯が終わった後に、なかなかリビングからお風呂に移動しない妹をほん怖のBGMを口ずさんで怖がらせてごめん。
なんて酷い姉だったんだろう。
それなのに、そんな姉だったのに、こんな素晴らしいアイドルを教えてくれた妹。
本当に本当にありがとう。

そんなことは一旦置いて。

でも私が金城の沼にハマりかけた頃、碧海は活動休止中で、リアルタイムで動く金城碧海を見たことがなかった。

だからYouTubeで過去のコンテンツを見漁った。

そして、JO1 HOUSEをこの頃にやっとちゃんと見ることになる。
バカおもろかった。

JO1ってアイドルだよな?

「なんだこのイケメン。
ただのイケメンじゃねぇのかよ。
おもろポンコツイケメンだったのかよ。
そういうの大好きだ__。」

ダブルダッチの「と部」の部長を務めていた金城くんは、飛ぶ度に足を滑らせすっ転んだりなかなか縄の中に入れなかったりと、顔面の良さとは裏腹にヘンテコな一面を見せてくれた。
そして直射日光に弱い。(ドラキュラなのか?)

そして伝説の「JO1 枕投げ部」

「えっ…と…、JO1ってアイドルだよな?」

そう思った。
なんかプロに勝っちゃってるし。
運動神経良すぎない?
運動神経ってオーディションの評価に入ってたっけ?
小学生女児だったらベタ惚れだよ。(じゃなくてもベタ惚れです)
瞬発力、体力と、チームワークの良さが垣間見えた。

初めて「広告を見に行った日」

一気に時は進み………初めてアイドルの広告を見に行く。

広告を見に行くという発想、行動、そのものが初めてだった。
今まで好きなアーティストはいたものの、そういったことはしたことがなかった。

しかし、新宿でバカデカ”デジタルサイネージ”広告をやることを知り、どちらかと言うとデジタルサイネージに興味があった私、行くことに決める。(当時IT系の学校に通っていたこともあり興味があった)

人目を気にしながらも撮った金城くん
こちらがバカデカデジタルサイネージ広告
愛おしいね

デジタルサイネージって発熱するらしく『どのくらい熱いのかな』なんて考えながら向かっていた私。(普通そんなこと考えないだろ)

着いた頃にはそんなことは忘れ、ただただバカデカ広告に度肝を抜かれた。
1週間で広告費1,500万円(どこかで見た)。
規模デケーーー。

何よりすごかったのが、白線を超えぬように綺麗に並ぶJAM(ファンネーム)。
治安良くね?
これが普通なのか?

なんかさ、広告ってキラキラして『ほらかっけぇだろ俺たち』みたいなの多いじゃないですか。(まぁそういうコンセプトだから仕方ない)
もちろんかっけぇのよこれも。

でもこの広告、すっげぇあったかいのよ。(発熱してたから?)(違います)

JO1って家族やん……。

こんな柔らかな笑顔でギュッとなるアイドルいるか?
あたしの心もギュッとなってしまい、翌週も広告を見に行ってしまった。(ここで広告の良さに気付かされ、後にWEB広告業界に足を踏み入れることになる)

KINUNA

私「KIZUNA」めっちゃ好きなんですよ。

実は初めて買ったCDがKIZUNAで。

そうそう。
初めての交換会もKIZUNAだった。
トレカなんて幼稚園児の頃の、モー娘。のトレカ以来だよ。

タワレコ渋谷に行くのも初めてだった。

というか、Twitter(現X)で交換用のアカウントがあることも初めて知ったし、
譲)
求)
のテンプレートも「当方金城(のトレカ)所持しております」などの交換アカウントでよく見る定型文も全部新鮮だった。

そして初めての交換会で生身のJAMと会い(言い方やめろ)「もしよかったらこれも…」と、過去のトレカやらなんやらをくれたJAMがいた。

譲り受けた金城くんたち

めちゃくちゃ嬉しくて、カフェで広げて写真を撮ってしまった。(あの時のJAMさん、本当にありがとうございました)

JO1を知らなかったら、JO1を好きにならなかったら、こういった交換会もすることは無かったんだなぁと思うと感慨深いものがあった。

With Us ぼくたちは、いつでもひとつ。

KIZUNAのアルバムに収録されている『With Us』。
私のJO1の好きな楽曲トップ3にめり込む楽曲だ。
アップテンポでありながら、心に寄り添うような歌詞に何度も救われた。
背中を押す、というよりも、背中を支える、というニュアンスの方が近いかもしれない。(伝われ)

〜ここから一瞬ネガティヴな話になります〜

私は一度転職経験があるのですが、その転職活動中本当にボロボロで。
朝から23時までバイトしながら転職活動してっていう生活を送る毎日で、ストレスで両目はものもらいになるし、夜中に足が痺れたまま立ち上がったら捻挫するし(これはあまり関係ない)。
誰もいない家に1人で帰って、お風呂で泣いて、何がしたいんだろうって、生きる意味が分からなくなって、一度この世から消えようと思ってタヒのうとしたことがある。人生で1番辛かった。

オタ活の気力もほぼ無くて、でもその頃よく聞いていたのがWith Usだった。
この曲って、すごく上を向かせてくれるんですよね。

涙で顔がぐしゃぐしゃになりながら頭をよぎった、家族、友人、そしてJO1の姿。
ここで人生終わりにしたら、JO1追えなくなるんよな。
ええんか?それでええんか!?
……だめやろ。
まるで川尻蓮が心の中で問いかけてくれたようだった。

このMV、家族みが強くて本当に大好き。
みんな優しい顔で笑ってんのよ。幸せだよ。

「アイドルに救われたんよ、私は。」

友人に言ったら「そーなん?!」ってびっくりされたけど、それくらいJO1は私の中でおっきなおっきな存在になっていたようで。

JO1の曲を聴きながら、転職活動頑張りました。
そのおかげで、憧れていたWEB広告業界に入ることができました。

いつかさ、彼らの活動を手助けできるような仕事ができればいいな、なんて、夢の夢の話だけど、そんなことを思いながら毎日仕事をしています。

それは、夢を諦めない彼らを見ているから思えることで。

JO1は私の人生の原動力だから。
JO1は私の人生の欠片の一部だから。
何にも変えられないかけがえのない存在。

JO1がJO1である限り、私はずっと応援していきたい。
そう思わせてくれるアイドルってなかなかいないんじゃないかな。

これからも妹と一緒に、JO1を推させてもらいます。

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