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煙の向こう側 7話

こうは店に来たお客のひとりだった。
車のディラーで整備を担当していたが、この春の移動でフロントマンになり、着慣れないスーツを着なければならなったとか
「スーツなんてよくわからいので自分に合うものを探して欲しい」と頼まれたのがきっかけだった。

孝ともよくドライブをした。
半年ほどたって二人で結婚を決めた。
しかし初婚である孝に対して、なごみは再婚である。しかも和は孝より一つ年上だ。孝の両親が首を縦に振るはずがない。とはいえ、孝も実家を離れている時、同棲していたこともあったのだが…
孝は両親に頭が上がらないようだったが、両親の反対が続くようなら二人で何処かで暮らそうと決めていた。
ところがえて和がえとんでもない行動にでた。

孝の両親に、自分の生い立ちやら家庭環境やらb杉田のことやらをすべて
ぶちまけたのである。

孝の両親は、そのことで和をえらく気に入り、親戚には和が再婚であることは伏せてという暗黙の了解のもとにお許しがでたのである。

世の中何が幸いするかわからない。

当然のことながら、筒美のことは認められるはずもない。
和は申し訳ないとは思ったが、親戚でもなく、父でもない筒美には結婚式は
ご遠慮願ったのであった。
世の中では、これが現実なのだと思った。
母に告げるのは怖かったが、事実をそのまま伝えるしかなかった。
和は正直、複雑な気持ちだった。
母を憎々しく思っても、筒美をそんな眼でみたことはなかったからだ。
疎遠になっていた杉田にも、このことを報告し、孝と引き合わせた。勿論
杉田のことは孝も承知の上でのことだった。
お互いが車好きのせいか、すぐに打ち解けて話が弾んだ。

最初は孝の両親、弟と同居していたが、長男の悟が産まれてから二年後
世帯を別にすることとなる。
性格の穏やかな孝であったが、転職のことで父親と衝突してしまったのだ。
勿論、父親に頭の上がらない孝にとって、家を出ることなど言い出せるはずもなかった。

そこで、和が、このままでは孝がダメになってしまうからと両親に頭を下げ、やっとのことで県営の団地に引越したのだ。この時、和のおなかの中には、長女の玲がいた。
精神的に参っていたのか、流産の危機もあったが何とか乗り越え、可愛い玲をこの手に抱くことができた。二度目の出産だったが、幸い陣痛の間もずっと傍にいてくれたのは孝だった。

この後、孝が軽い鬱状態で仕事を休みがちになり今の仕事に落ち着くまで
大変な時期もあったが、和は幸せな日々を送っていた。

この頃になると、筒美は自分の子供たちが皆独立したため、田舎に帰ることも少なくなり、殆ど母のもとで生活するようになっていた。
しばらく離れていたせいもあって、和の『かたつむり』は鳴りを潜めていた。
子供たちは筒美のことをおじいちゃんと呼び、筒美も可愛がってくれていた。母は、相変わらず筒美から金を引き出すことしか考えていないようにみえたが、少しは棘が取れたようだった。


この後、和にとって思いもしなかったことが起こるとは誰が予想しただろう。

悟が小学校に上がるのを期に団地から一戸建ての借家に変わろうかと相談している矢先だった。
筒美の娘婿が不動産業を営んでいると聞いていたので、それとなく話をしていたことが裏目にでた。母の住んでいた借家の取り崩しが急に決まり、この際一緒に住んではどうかと、筒美が言い出したのである。

和はまた『かたつむり』を思い出し気乗りはしなかったが、気のいい孝は
「和が我慢できるのならいいよ」といってくれた。
和は『かたつむり』が頭から離れず、隣同士でもいから別々の借家を探してくれるように、筒美に頼んだ。
だが、筒美が探してきたのは、一戸建ての売家だった。
金は出さずに口だけだすというやつで、あれよあれよという間に話が進み
家を買うことになってしまった。
しかもその家に、筒美達が先に引越し殆ど1階部分を占拠してしまったのだった。思えばこの頃から和はストレスが絶えなかった。

筒美が母の面倒は田舎の長男夫婦にみさせると言っていたこともあったが
わがままな母が、知らない土地で、ましてや他人に世話になるなど、承知するはずもなかった。
孝はこの時、和には言わなかったが、筒美の魂胆が見えていたらしい。
田舎に連れて帰ることをを承知させられなかった為、家をあてがい、母のくらしを落ち着かせようとしたのだ。こうなると、長男夫婦が見るという話も
まゆつばものに思えてくる。

母と一緒に住むことを快く承諾してくれた孝や、孝の両親に気を使い、家でもまた筒美や母が孝の気に障ることをするのではないかと気を使い、和は心底疲れていた。体調のすぐれない日が一年以上続き、やむなく近くの病院を
受診。結果は一週間後とのことで帰宅したが、その一週間を待たずして病院からの呼び出しがあった。内臓の数値が尋常ではないので、総合病院に
いって検査を受けるようにとのことだった。
次の日、紹介状を貰い総合病院を受診した。
辛い検査が2日間続いたが、この症状から抜け出せるならと、歯をくいしばった。
この時、一番きつかった脊髄液検査に付き添ってくれたのは、親友の岡林直子だった。
検査の結果、甲状腺のホルモンが不足する甲状腺機能低下症と診断された。
甲状腺のホルモンが不足すると、身体が冬眠状態になり、その結果、倦怠感
眩暈、内臓の機能障害等が現れる。原因は今のところ不明とのことだったが、ストレスが大いに関係しているとのことだった。
肝臓や腎臓にも問題はあったが、それは治療をようするほどのものではなかった。
和は、この先一生、毎月の定期検査とホルモン剤の服用が続くのだ。

少し元気のない和に母が珍しく声をかけた。
「こんなになるまで放っておくなんて」
思わず和は
「あんたのせいだ、思ったことそのまま言えてたら、こんなことにはならなかったわ」と、語気を荒げた。
『かたつむり』の殻からでて角を出し、恐れている母に口答えした瞬間だった。
和ははっとしたが、隠せない本心だった。

おりしも、この頃、和の父良二が咽頭癌で入院している。


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