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真面目な美容師さんと妖怪いい加減の対決の話

母がわたしの髪を三つ編みしながら「ほんとにしめ縄みたい」と言い放ったのは中学の頃だった。お正月飾りの?と問うと「出雲大社」と言われ当時はふぅんと思っただけだったが、大人になってから初めて出雲大社を知り、あの時母がわたしをディスっていたことがわかった。
せめて鳥羽の夫婦岩にしてほしかった。

毛量が多く左右で同じ方向にうねる癖があるため、何もしないでおくと古い少年マンガの主人公のような謎ヘアになってしまう。
働き始めてからはきつめのスパイラルパーマでごまかしたり、縮毛矯正をしたりと苦労はしたがそれなりに楽しんだ。

が、ずっと担当してくれていた人が美容師をやめてしまったあたりからわたしの美容院ジプシーが始まり、そのうちめんどくさくなってきた。
初めての美容院での「今日お休みですかー?」「お仕事なにされてるんですかー?」「お休みの日は何されてますー?」が苦痛だったこともある。

そして仕事柄普段は100%髪をまとめているので、多少ぼうぼうに伸びた状態でもアップにして丸めてしまえばどうとでもごまかせるのも良くなかった。
年に一度はおろか最長2年半美容院に行かないなどという事態になり、さすがにこれではイカンと最近考えるようになった。最近かよ。

美容院に行かなくても自分である程度髪はカットできるし、白髪が気になったら自分で染められるし、そこまで困らない。
前髪なんてしょっちゅうカットしていた。
ターバンが定番スタイルなので切りすぎたとしても隠せる。
後ろの髪もアップにしたお団子が膨らみすぎだなと思ったら切った。前屈してブラシで解いて適当なところでジャキーン。
お団子にしちゃうから切りすぎたとしても…以下同文。
平気平気。(ほんとは平気じゃない。良い子は真似しちゃだめ)

そんなわたしが、一年半ぶりに美容院に行ったのは先月のことだった。

予約サイトで見たら歩いて行ける距離に新しい美容院ができていた。
「丁寧なカウンセリング」
「お客さまのご希望に添って」
「再現率の高いスタイリング」
と書いてある。
「キッズルーム完備でママも安心」
とも書いてあった。

予約サイトの紹介写真はどこもかしこもポワポワの無造作風ヘアかビターッと濡れたままみたいなスダレヘアで、ほんわりしたチークに口半開きでこっちを見つめるお嬢さんたちで溢れている。
口呼吸のお嬢さんなぞなんの参考にもなりゃしないが、ママも安心ということはまあまあ年齢層高めでもいいのかもしれない、と思いそこに行くことにした。

一軒家風、イマドキな雰囲気のおしゃれな店構えだった。

「担当の〇〇です」

と迎えてくれたおにいさんは金髪で根元が黒いツートンカラーで、だるだるのダメージデニムを腰で穿いていた。
最近の若いお兄さんとの接点がまったくないので、これがおしゃれなのかなんなのかよくわからない。
向こうもタローマンのTシャツを着て猫が描かれたバッグを持って平日の昼間にのっそりと現れたおばちゃんの判断に迷っているようだった。

初回ということでお客さまシートのようなものを渡された。
なるべくお客さまのご希望にお応えしたいという気持ちが細かい質問となってわたしに襲いかかってきた。
…めんどくせえな…。
この時点でそう思ってしまったのが今回の敗因だったに違いない。

アンケートの山をなんとか乗り越えたわたしの髪を頭ツートンマンがしげしげと見た。
「カットはどれくらいで…」
「後ろでひとつに結べればいいんですけど」
「結ぶっていうのは、このへんで?それともこのあたり?今結構上の方でまとめてあったけどここだと結構長めに…」
「いや、そんな上じゃなくてもいいです」
「じゃあこのへんでも?」
「とにかく結べればいいんで」
「え?じゃあこのへんでも大丈夫ですか?」
「はあ、とりあえずひとつに結べりゃいいんで」
この、とりあえず、と、結べりゃいい、がツートンマンの逆鱗に触れたらしい。

「でも、ここで結ぶのと(わたしの髪を一掴み上の方でまとめる)、ここでまとめるのと(襟足近くでまとめる)じゃ全然長さが変わってくるんですよ」

そんなこたわかっとるがな、その上で、結べればいいと言うておる。
その時。

「あれ?これは…」

わたしの耳の上あたりの髪を持ち上げてツートンマンが鏡の中のわたしを見た。
両耳の上あたりの髪は左右で長さが全く違っている。そして右側が極端に短い。姫子カットくらい短い。

今年の夏の暑さはわたしの毛量には大変きついものがあった。
シャンプー後のドライヤーも暑くてうんざりだった。
うんざりが頂点に達した時ひとは思いがけない行動に出る。
またしてもわたしはシンクに頭を突っ込んでジャキーンと髪を切った。
そりゃもう適当に。
ぐっと髪をひと束にして適当なところで右から左へとジャキーン。

そのせいで、そりゃもうひどいザン切リ頭になっている自覚はあった。

こんな頭で平気で過ごしてるんですよ、ほらね、さっきから言ってるでしょ、『とりあえず』『ひとつにまとめられれば』『それでいい』んですよ、そういうニンゲンなんですよ。

ツートンマンは少し無言になり「じゃあ…このへんも含めて全体的に揃える感じで、長さはこのくらいで」と突然譲歩した。
なんだ?この人…とその顔に書いてあった。
ああよかった。わかってくれて。

と思ったのも束の間、今度はカラーをどうするかという話になった。

お色のご希望はありますか、と問われて、軽い気持ちで「そーですねぇ久しぶりにちょっと明るい色にしたいかなー」と口走ったわたしが悪かった。

だって明るい色にしたかったんだもん。白髪染めは家でやってるけど、全体にカラーをするのはすっごい久しぶりだったし、てゆーか美容院で白髪染めしてもらうのも1年半ぶりだし、明るい色いいなって思ったんだもん、それくらい言ってもいいじゃん。

が、それを聞いたツートンマンは「はぁぁぁぁ????」と信じられないものを見たような顔をした。

そして、

「セルフカラーされてますよね?セルフカラーってものすごく濃い色を髪にいれてるんですよここのセルフカラーしてある部分がなくなれば明るい色もいれることができるけど今のまま明るい色は絶対無理だしそれでもいいならやりますけど確実にムラが出るし綺麗には染まらないし一度色を抜いてからまたってことになるとどれだけ髪が痛むかわからないしそれくらいお客さまの髪はセルフカラーのせいで濃くなっていて」

と一気にぶちまけた。

あまりに一気に言われたのでこっちにはまったく響かず、はぁそうですか別に多少のムラくらい気にしないけど、と妖怪明るい色にしたいなは呑気に答えた。

それがまたツートンマンをイラつかせたようだった。

「絶対にきれいに染まりませんけどォ!」
「あ、はいそれはわかりましたけど?」
「多分何回もセルフカラーしてますよね?だとするともともと濃い色がもう何度も入ってるのでめちゃくちゃ濃く…」
「あの、それももうわかりましたけど」
「ですからカラーしたとしても絶対うまく染まらないので」
「うーん、じゃあ何色なら染まるんですか」

真っ黒ですね

「…まっくろ…」
「はい、真っ黒以外は無理ですね」

妖怪明るい色にしたいな、は確かに能天気だったけどそこまで?
真っ黒以外は染まらないほど?
そんなにカラーって厳しい?

「んー、でもセルフカラーしてるひと多いですよねえ?そのひとたち全員カラーしてもムラになるし綺麗に染まらないってことですか?」
「セルフカラーでも明るい色にしてるならなんとかなりますけど」
「ああ、じゃああたしは濃いめの色を入れてたからダメってことですね?」
「そうですね、それも何度も繰り返し入れてますよね?」
「じゃああたしが綺麗にカラーの色をいれたいと思ったらどうしたらいいんですか?」
「セルフカラーの部分がなくなれば大丈夫です」

ははぁ、この根元の白髪以外がなくなればってことね。
ってどんだけ伸ばさなあかんのか。

「うーん、今までもセルフカラーして美容院でカラーしてもらったことあるけど、ここまで絶対染まらないなんて言われたことないし、普通に染まってたとおもうんだけど」
「そうですか。じゃあそこが超絶いい腕の美容院だったってことですね」

丁寧なカウンセリングでお客さまの要望にお応えしたい、その上でできないことはできないと正直に言うのはとても大事なことだと思う。
思うけど。
なんつーか言い方ってあるよね、と妖怪髪を染めたいだけなのには悲しくなったのだった。

「うん、お兄さんがプロとして、できないことをできないと言っていることはとてもよくわかった。でも、最初からそんなに、できないできない、セルフカラーしてるからだめだみたいに言われちゃうと、ちょっと」

「…はあ」

「お兄さんが美容師さんとしてとても真面目なのはわかるけど、あたしはお願いしたくない、というか」

美容院って髪を切ったりカラーしたりがもちろん1番の目的だけど、それだけじゃない。
リラックスするために、ちょっとワクワクする気持ちやおしゃれしてる自分を楽しむために行く。

おまけによく知らない他人が自分の髪を触るのだ。
信用できない他人に誰が触って欲しいものか。


そしてわたしは、申し訳ないけど、と言って立ち上がった。
ツートンマンもホッとしたようだった。
お互い人種が違いすぎたんだと思う。
わたしはいい加減すぎたし、ツートンマンは細かすぎた。

めんどくせぇなと思いながら書いたアンケートを返してもらい、その美容院から出て家に帰り、すぐ違う美容院に予約を入れた。
2軒目の美容院では「多少のムラはできるかもしれないけど」の注釈付きで普通にカラーしてくれた。
多分、わたしのザンギリ頭を見て、こんなひとが多少カラーにムラがあるくらい気にするはずがない、と思ったんじゃないかと思う。

案の定、ムラなんてまったくわからなかった。




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