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散っていく桜

片岡義男の本には、季節の移ろいを楽しむ描写が数多くある。

桜についての文章も多いが「and  I Love Her」の中の文章(下記に引用)は、桜が散る季節になると思い出される。

 桜が咲ききって、明日から、早ければ今夜から散りはじめるだろうという雨模様の午後、彼女は、満開の桜の木の下に、ダッチチャレンジャーをとめておいた。(中略)二時間ほどしてもどって来た彼女は、ダッチチャレンジャーを見てすくなからず驚いた。(中略)濡れたオリーブ色の車体のあらゆる部分に、散り落ちた桜の花びらが、びっしりと張りついていた。
 濡れたオリーブ・ドラブ色と花びらの色のとりあわせが、思わずじっと見とれてしまうほどに、見事だった。(中略)運転席のドアを開ける時、彼女は、しばらく、ためらった。ドアを開くと、そのとたんに、花びらの大部分が車体から落ちてしまうのではないか、と彼女は思ったからだ。(中略)途中でまた雨が降ってきた。帰りついたときには、その雨で、花びらはほとんど流れ落ちていた。それでも彼女は、写真を撮った。はっきりそれとわかる桜の花びらは、五つ、残っていた。