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銀河鉄道を待ちながら

お久しぶりです。

ありがたいことに見ている人はいるもので、ここ最近、久しぶりに会ったひとたちに「最近更新してませんよね?」と笑いながら突っ込まれる事態に。、、、最近、久しぶり?
なんか、最近と久しぶりが並ぶと変な感じがするね。

今日はついに、その突っ込みとともに、わたしの文章を好きだと言ってくれる子に出会ってしまいました。更新せざるをえない。けど、更新できなかったのは、8割はもちろん自分の怠け癖と、寝不足解消のために意識的に早寝をしていたせい(深夜の方が筆が乗るのです、今まで徹夜せずに書き上げた小説がないくらい)だけど、2割は、感じたことを書くのが難しい本を読んでしまったからでした。

この本に触れずに違う本で書くこともできたし、実際いちどはそうしようとしたけど、やっぱり引っかかってしまった。大好きな本なのは間違いない。でもこの本の話をしようとすると鼓動が妙に速くなり、呼吸がわずかに浅くなる。そんな本に出会えることを、わたしは幸せと呼びたいから、今夜はこの本のことを考えて過ごす。

物語について

主人公は大学院生の「春」。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を研究している。過去の家族との関係と、いまの恋人との関係に、「春」は無意識のうちに縛り付けられている。自分では気づけない、いや、気づかないふりをしたくなるのかもしれない。「春」が自分に言い聞かせる言葉を、むしろ否定するひとたちとの出会いが、彼女に自分を見ることをうながす。ほら、見て、自分をだいじにして、と語りかける。でも「春」にとって自分は、鏡を何枚も合わせてやっと見えてくるような、遠くておぼろげな存在なのだ。

ただ人間模様だけを追うならば、この本はもっと湿っぽく、汚く、濁ったものになるに違いない。でもそこに光がさして、静かな美しさがあるように思えるように思えるのは、間違いなく『銀河鉄道の夜』がそばにあるからだ。「春」の腕に抱きしめられたその物語が、平坦なあまりにバランスを欠いているように見える彼女の心を、なんとか地上に繋ぎ止めている。わたしにはそう思える。

愛してるってどういうこと

「あなたが、私を愛してるって、どういうこと?」
(中略)
私は亜紀君が好きだった。私と混ざる前の、ただそこに単体として存在していた彼のことが本当に好きだったのだ。

島本理生『星のように離れて雨のように散った』

あなたがわたしを愛しているとは何か。こんな質問を好きな人にされたら。こわくて震え上がってしまうと思う。目の前にいるひとに、自分の気持ちは伝わっていない、どころか、ほとんど信じられないと言われているようなもの。

信じ切ることのできない愛だったから、「春」はその問いをぶつけた。でも彼女はこうは尋ねなかった。私が、あなたを愛しているって、どういうこと?

愛している、の存在ごと、信じられずに生きてきたのだ。自分が主語ではありえない「愛している」を口にする恋人に、どういうこと、と、責めるような問いを突きつけてしまうくらいに。

「単体として存在していた彼」のことが好きだったと「春」は言う。けれども、彼女はいま彼と付き合っている。その矛盾を埋めるような会話がある。文庫本の163頁後半から164頁、ここはぜひ物語の中で味わってほしいので引用はしない。

ただその場面は、、、ただ、どうしようもなく刺さってしまって痛かった。奥歯に力が入って、その間を呼気が通り抜ける音がした。

まるで自分に言われているみたいだった。

わたしは「春」ほどの過去も、それに伴う呪いも持ち合わせていないから、彼女を他人のように眺めていられるとばかり思っていたのに。わたしの胸に、ひとつの問いが降ってくる。その問いは、彗星のように激しく燃えている。

わたしが、わたしを愛しているって、どういうこと?

書き直される物語

小説の中では、過去を回想する場面や、同じ相手との会話シーンが何度も登場する。「春」の言葉や気持ちは、行ったり来たりを繰り返す。前まで思っていたことに線を引いて、新しく何かを加える。そんなふうに彼女は言葉を口にする。

「春」が銀河鉄道の夜で研究していたのは、その改稿についてだった。初稿から第四稿までを読み比べ、なぜ賢治は書き直したのか、と考える。

吉沢さんは、最初に書いた場面は作家にとってその物語を書き始めた動機だと前に語っていた。それなら最後まで書かれなかった場面には、どんな意味があるのか。それはもしかしたら、書き手にとって最後まで受け入れがたかった真実ではないだろうかーー。

同上

著者の島本理生さんは、文庫本にするにあたって物語の最終部を改稿したと、あとがきで明らかにしている。「春」と恋人の「亜紀」の関係が、書いてすぐには、まだわかっていなかったから、と。

島本さんはきっと知りたかったのだ。「春」と同じように。賢治がどのようなひととの関わりのなかで、どのようにあの物語を書き上げていったのかを。そして、賢治はまだ、物語を書きかえる途上にあったのだと思うことができたのだろう。自分にとって大切な物語なら、何度書き直したっていい。出会いと別れを重ねて、いつか銀河鉄道に乗る日まで。

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