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おれは怖かった

子ぐまのころからおれは弱いクマだった。そのまま親を離れ、大人になるときの決定的な闘いに敗れ、敗れ敗れて山から逃げてきて腹が減って死にそうだった。そこへ、目の前にぼくよりも死にそうなシカが居た。ぼくよりもかわいそうなシカが居た。

気がついたら鼻に温かいぬめり。そして腹がくちていた。もう山には戻れない。山は怖い。クマがたくさんいるから。しかし、人里も怖い。人間はクマを見るなり殺そうとするから。でも、シカはかわいそうだった。

人里でウシを襲って食べた。できるだけ素早く、人間に見つからぬように暗い夜を選んで襲って森の浅いところへ引き摺っていって夢中で食べた。人間は動物を肥えさせるのが得意なんだな、と思った。それからはウシを狙って食べた。人間は怖いけど、シカよりウシを食べて生き延びたかった。

人間に見つかった。食べ残しのウシを食べに行ったら周りからぷんぷんと人間の匂いがした。クマが怒っているときみたいな、ぼくを殺そうとしているときの匂いがした。ぼくは走って逃げた。

走るだけ走った。足が腫れるまで走った。何も食べずに走った。ウシやヒトがいないところまで走った。疲れて、とにかく近くの森に身を隠そうとしたら、そこいらじゅうに大人になるときの若いクマがオスもメスも、たくさんいた。まだ走らなきゃいけない。逃げなきゃいけない。

もう足は痛くなくなった。そのうちだんだん頭もわからなくなってきた。なんで生き延びなきゃいけないと思っていたのかも忘れた。

草はいい匂いがするな。いい気持ちだなと思ってねそべっていたら、ズドンと大きな音がした。

#OSO18

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