イラストが描けない人による「AI イラスト」の普及に伴う所感
「AI イラスト」の興隆
現在、人工知能(いわゆる「AI」)の技術を用いて、与えられたテキストを入力とし、その内容に沿ったイラスト(以下「AI イラスト」とよぶ)を出力するサービスがトレンドとなっている。
例えば、冒頭のカバー画像に配置されているイラストは AI イラストの一種であり、「イラストお絵かきばりぐっどくん」という AI イラストサービスを利用し「かわいいポニーテールの妹メイド」というテキストを入力した際に出力されたものである。「ポニーテール」「メイド」の要素が正確に含まれており、その上「かわいい」「妹」であることはもはや論をまたない。
一方で、AI イラストの普及に伴い、イラストレーターを職業とする方々から普段イラストを投稿しない方々までを巻き込んだ賛否両論の論争が過熱しつつある。最近では AI イラストをファンメイド作品として投稿したとあるアイドルファンに対し、アイドル自身が苦言を呈する例も発生している。AI イラストに対する賛否双方の意見を大まかに総括すると、下記のとおりである。
賛成: AI イラストのさらなる普及を期待
イラストを自ら制作したり、他者に制作を依頼したりすることにより発生する時間的/経済的コストを大幅に軽減することができる
そもそも創作活動の本質は先人の活動を模倣することにあるため、仮に AI イラストがこれまで蓄積された人間による活動を模倣することによって生成された作品であったとしても、それを批判するのは失当である
仮に AI イラストに対して厳しい法規制ないしは自主規制がなされると、AI に関する技術的検証の場が失われることになり、ひいては AI に関する研究の後退につながる
反対: AI イラストの普及抑制を希望
人間による作品とほぼ遜色のないものがあまりにも低コストで生成されることにより、イラストレーターのモチベーションを大幅に損なうことになり、創作活動の後退につながる
(特に、人間がほぼコストを掛けることなく生成した AI イラストを「自分が作った作品」として公開する事例が多発することで、人間が高いコストをかけてイラストを制作するモチベーションが損なわれる点を指摘する意見が多い)
AI イラストサービスで利用されている人工知能は、学習をすすめるために人間によって生成されたイラストを大量に入力しているため、実質的には無断使用された大量のイラストを活用して新たなイラストを生成するサービスである。よって、AI イラストサービスはその存在自体が倫理的に許されるものでない
以上の意見を踏まえ、本稿では自らイラストを制作する能力が無い筆者の立場から「AI イラストの普及に伴う所感」を述べる。論点は下記の通りである。
論点
主張:「AI イラストの普及を抑制する必要はない」
論点 1:人間による創作物を無断使用して新たな作品を制作する行為を認容すべきか
論点 2:極端に低いコストで創作物を公開する行為を認容すべきか
提言:AI イラストの普及に伴うハレーション(不快感を伴う悪影響)を緩和するために
なお、下記の論点については扱わない。
AI イラストと AI 研究の相関関係について
筆者は ✝京都大学工学部情報学科✝ を卒業したことになっているが、虫けらのような大学生活しか送っていないので人工知能に関する研究や技術的側面について論じる能力が無い
AI イラストに関する法規制について
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先述の通り、筆者は「賛成派」つまり AI イラストの普及を抑制する必要はないとの立場を取る。この意見について、以下で 2 つの論点から所感を述べる。ただし、もちろん「反対派」の意見も十分傾聴に値するものであるから、最後に少しでも主に創作者の方々のスノーハレーションを緩和するための提言を行う。
論点1. 創作物の無断使用による創作
AI イラストサービスは、入力されたテキストを用いてイラストを出力するために、人工知能の技術を活用している。筆者は人工知能について何ら専門的な知識を持ち合わせていないが、一般論として、このようなサービスを提供するためには大量の画像とテキストの組をあらかじめ人工知能に与える必要がある。つまり、AI イラストを生成するためには、これまでに蓄積された人間による大量のイラストの入力が必要不可欠だといえる。
この点について、下記のように指摘されることがある。
AI イラストとは、イラストを大量に無断使用することによって生成される作品であるため、認容できない
確かに、AI イラストサービスそのもの自体がそもそも法的に問題があるように感じる人は一定数いるだろうし、また倫理的に不快感を覚える人も多いだろう。
しかし、前者については、筆者も法律の専門家ではないので議論を避けるが、おそらく実在する企業が大々的にサービスを打ち出している以上はそれなりの 確認を経て公開しているものと推定できるし、仮に法的問題が生じた場合は最終的な判断権は司法に委ねられるべきである。よって、少なくとも市井の人々にとっては、法的な観点を論拠にして AI イラストの普及に関して説得力のある反対意見を主張するのは困難であろう(稀に賛否問わず関連の薄い判例や海外事例を安直に持ち出して種々主張する者を見かけるが、そのような態度は控えたいものである)。
一方、後者については十分検討する必要がある。特に、心血を注いで日々イラストを制作している方や、それを職業にしている方からすると、自らの作品が知らぬ間に無許可で活用されることに対して不快感や憤りを感じることはごく自然なことであるし、その深刻さは普段イラストを制作しない筆者からすると計り知れないほど大きいであろう。
しかし、冒頭の賛成意見でも触れたが、創作活動の本質は先人の活動を模倣することにある。なぜならば、AI はもちろん、人間であっても、ある作品を創作する前には必ず先人による創作物を享受する必要があるからだ。そして、多くの人を感動させたり、商業的に成功したりするような作品を制作するためには、ごくごく一部の天才を除けば、膨大な創作物をあらかじめ入力し、それこそ血のにじむような学習を続ける必要があるだろう。
例えば、今まで全くイラストを見たことがない乳児にクレヨンを渡しても、商業的に成功するような卓越したイラストを制作することは事実上不可能であろうし、そもそもイラストが何かわからないのでクレヨンを食べてしまうかもしれない。
また、筆者は多少音楽の知識を持ち合わせているが、ある楽曲の和音の進行(配列)は、たいてい他の楽曲のそれと近似している。世の中にはドとミとソを使った和音からサビが始まる楽曲は多いが、ドとミとソ♯とシ♭を使った和音からサビが始まる楽曲は聴衆に奇妙な感じを与えるので圧倒的に少ない。いわゆる「作曲者」とよばれる方々は大量に曲を聴き込み、そして圧倒的な勉強量を日々こなしているからこそ、これらの基本を実践し、つまり多数の作品を「模倣」しながら、日々の創作活動にあたっているのであろう。
(先述のような「ドとミとソ♯とシ♭を使った和音からサビが始まる楽曲」についても、作曲者が基本を全くわかっていない状態で制作したのではなく、おそらく基本を踏まえた上でわざと基本形から外して聴衆に「驚き」を与えることを企図しているものと考えられる。よって、このように一見新奇で誰もやったことがないように思える創作を行う場合についても、ある意味過去の作品の「模倣」が必要不可欠である)
まとめると、人間であれ AI であれ創作を行うためには過去に生成された作品の模倣/学習/無断使用が必要不可欠であり、創作活動における人間の学習と AI による学習の違いはせいぜい学習データ件数の違いくらいである。よって、その数が多いからといって AI イラストを無断使用に係る倫理的観点から批判する行為は失当であると筆者は考える。
そして「AI イラストの学習のために人間によるイラストを無断使用してはいけません」という規制を設けることは「2つ編みの黒髪はしずかちゃんの髪型なので今後どなたもイラストに使用してはいけません」「ドミソの和音からサビが始まる楽曲は『A・RA・SHI』と一緒なので使用する場合はジャニーズ事務所に著作権料を支払ってください」というのと同じくらい非現実的なことである。
本章冒頭で述べたとおり、特に自ら心血を注いでイラストを制作する方々からすると、AI イラストに対して複雑な感情を覚えることはごく自然なことである(少なくとも、いくら AI イラストの普及を願うからといっても、そのような感情を安易に卑下するのはあまりにも冷酷である)。
しかし、今一度人間が現在まで綿々と紡いできた創作活動について冷静に分析すると、このような無断使用問題を論拠にして AI イラストを批判するのは必ずしも的を得ているとはいえない。AI イラストの興隆に伴いつらい思いをしている方は、自らの創作活動を振り返り、今までに触れて心を動かされた多くの作品に思いを馳せ、AI に負けないくらいの勢いでさらに学習と研鑽、そして創作に邁進したほうが心理的安全性を高く保てるであろう。
論点2. 極端に低いコストによる創作物公開
AI イラストに関する反対意見の論拠として、下記のような言及もみられる。
AI イラストが極端に低いコストで大量に製造されることにより、イラストを制作する人間のモチベーションを欠くことになり、ひいては創作界隈の沈滞につながる
こちらもなるほど一定の説得力を持つ意見である。筆者は、創作者のモチベーションが低下するまでのストーリーとして、下記 2 点ほどを想像した。
今までイラストを創作しない人がイラストを必要とした場合、創作者に対し対価を支払うことで需要を満たしていた。しかし、AI イラストが登場したことで創作者に対して対価を支払うよりも AI イラストを利用する方を選択する人々が増加し、結果として有償で創作を引き受けづらくなった創作者のモチベーション低下につながる
AI イラストが極端に簡便かつ大量に制作されることにより、イラストを創作しない人からすると創作にかかるコストが実態よりも小さいように錯覚してしまう。その結果、イラストを創作する人が正当に評価されなくなり、モチベーションの低下につながる
このうち、前者については長期的に見ればあまり大きい問題にはならないと筆者は考える。なぜならば、そもそも有償で創作を引き受けられるほどの技倆(技量)をもつ創作者の方であれば、作品そのもののクオリティにはもちろん、その方々の名前自身にも価値を持つからである。言い換えると「イラストレーター:○○」と名前が載るだけでその作品に価値が与えられるからである。このような価値を求めて創作者に有償で制作を依頼するクライアントは、今後 AI イラストがより台頭したとしても、決して絶えることなく存在しつづけるであろう。
たとえ話になるが、昔は衣服といえば百貨店で購入するような高級品だったが、UNIQLO 等のカジュアルな量販店が衣服業界に参入したことで一気に安価な衣服が大量に流通することになった。しかし、だからいってハイブランドの価値が毀損されたり、魅力的と感じるファンが極端に少なくなったりするようなことはなかったはずである。
もちろん、短期的にはこうした量販店の物珍しさもあってハイブランドの売上が低下したかもしれないが、結局現在に至るまでこうしたブランドに唯一無二の価値を感じるファンは根強く残り続けているし、店舗が大量に駆逐されるようなこともなくさらに新しいファンをたえず獲得し続けている。このようなファンの中には、ブランドの名前そのものに惹かれて推し続けている人も多いだろう。
よって「勝手に AI イラストを○○先生の作品と偽って公開する」(いわゆる「偽ブランド」)といった悪質かつアンモラルな行為が大量に発生しない限りは、創作者の「ブランド」が毀損されることはないし、AI イラストの台頭がイラストレーターの売上や価値に係る致命的な損失に直結することはまずないといえる。
また「偽ブランド」の氾濫に関する懸念について付言しておくと、そもそも AI イラストが台頭する前から「あるイラストのクレジットを他者が無断で消して自作の作品と公言する」「無断で他人のイラストを使用して(二次創作として許容されうる範囲を大幅に逸脱して)自らの作品に登場させる」といったアンモラルな事象がすでに一定数発生しているため、このような問題についても AI イラストを規制して解決するような事柄とはいえない。もちろん、AI イラストの普及を機にクリエイターの功績を掠め取るような悪辣な行為を強く取り締まる運動/努力/対策を惜しむべきでないことは言うまでもない。
一方、後者(コストの過小評価)については、正直なところ筆者は「観衆に対する啓蒙を積極的に行おう」「創作者が努力の様子をしっかり共有できるようにしよう」といった対症療法しか思いつかず、根本的な解決は難しいように感じた。
本稿では大半の反対意見に対し議論に臨んだつもりであるが、この点については「少なくとも私自身は今後も創作者の方々による活動を蔑ろにすることのないよう肝に銘じる」ということでお許し願いたい。したがって、記事のタイトルには「議論」「思索」といったいかめしい文言を用いることは控え、「所感」と付しておくことにする。
提言:ハレーションを抑えるために
最後に、クリエイターの方々の AI イラストに対するハレーションを抑えるために、いくつか提言を行いたい。繰り返しになるが、特に心血を注いで創作を行う方々が AI イラストに対して抱く不快感や憤りの念については、何ら責められるべき点はなくむしろ丁重に顧みられるべきである。だからこそ、そのようなハレーションを少しでも緩和できるように我々は絶えず努力すべきである。
AI イラストを利用した旨を必ず明記しよう
AI イラストは大変便利なサービスであり、極端に低いコストでイラストを創作することができる。このような作品について「俺が作りました」などと公言する行為はもちろん論外だが、AI を利用した旨を申告しない行為もまたクリエイターの努力を蔑ろにする非道な行為という他ない。必ず利用したサービス名を明記するようにしよう。
クリエイターの作品にはたくさん反応しよう
世の中に作品を公開するモチベーションの 1 つとして、多くの人に評価されることが挙げられるだろう。創作者も、そうでない人も、不断の努力をもって生み出された作品を労おう。もちろん投げ銭するのが最も直接的な感謝の表現方法であろうが、たくさんRTしたりいいねしたりするだけでも創作者の方が報われて次なる創作に繋げていただけるかもしれない。たくさん反応しよう。
ということで、筆者としては創作者の方に最大限のリスペクトを表しつつ、低コストでイラストを生成できる AI イラストの技術と社会の認容度がさらに発展することを願う次第である。
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