あるところにヒーローがいた

  公園のベンチに座っているおじいさんは、何でも知っている物知りじいさんだ。僕たち子供はおじいさんのところに行っていつもお話をしてもらう。
「昔々、戦争があってな、この公園は兵隊さんがたくさんいたんだ」
「お城に住んでいたお姫様は、それはとってもきれいな方だった」
「今日は国を守ったヒーローの話をしてやろう」
 僕たちは何時間でもおじいさんの話を聞いていたかった。でも、夕方になると家に帰らなければならない。おじいさんは話の最後に必ずこう言っていた。
「いいかい、今日のことはワシとお前らだけの秘密じゃよ」
 僕たちはおじいさんが好きだったので、おじいさんとの約束は必ず守った。家に帰ってもつまらないので、おじいさんのところに行くことだけがひとつの楽しみだった。

 やがて僕たちは学校へ行くようになった。朝から晩まで勉強をしなくてはいけないので、次第におじいさんの話を聞きに行けなくなっていった。僕たちも勉強で忙しくて、家にいてもつまらないと思うことは少なくなった。それよりも人よりたくさん学んで、世の中の役に立つ人間になることのほうが大事だと気が付いた。僕は中でも世の中のことを悪くしている人間をやっつけたいと強く思うようになった。だから、家を離れて寮に入り、たくさん勉強をした。僕以外の子供も寮に入って勉強をしていた。寮に入らない子供は向上心がなく、怠惰な性格だといじめられていたからだ。

 僕は警察官になった。毎日忙しく働いているうちに、ふとおじいさんのことを思い出した。どうしても確かめたいことがあって、休暇を利用して家に戻り、あの公園に行った。おじいさんは少し小さくなって皺も増えていたけれど、やはりあの公園にいた。そして依然と変わらずに子供たちに昔話をしていた。
「昔々、戦争があってな、この公園は兵隊さんがたくさんいたんだ」
  おじいさんがよくする話のひとつだ。僕は続きを知っているが、何年も前のことなので内容があいまいだ。確かに思い出す必要がある。
「兵隊はあの今ではボロボロの建物を攻撃しにいったのさ」
 「あの建物は何だったの?」
  子供が無邪気に尋ねる。彼らはあの建物について教えられていない。 「あそこは王様がいて、お妃様や王子様にお姫様もいたんだよ」
「王様って何?」
「国で一番偉い方だよ。今は違うがね」
「へえ、王様は今どこにいるの?」
「兵隊につかまって、この公園で殺されたのさ。お妃様や王子様たちも一緒にね」
「どうして?」
「兵隊の隊長が国で一番偉くなるためさ」
「ふーん」
  子供たちは聞いたことのない話を聞いて、目を輝かせている。この国では昔話は禁じられているのだ。

 もうここまで聞けば十分だった。国を守ったヒーローは、国王の親衛隊長の話で戦の時に敵将に単騎で乗り込んだ話である。
「そこの方も、昔話を聞きに来たのかい?」
「はい、かつて僕も昔話をここで聞いていました」
「それで、どう思った?」
「あなたの語っている思想は大変危険であり、当局はあなたを拘束する必要があると判断しました」
「ほお、ワシを連れて行くのかい。強制収容所かい」
「いえ、政治犯用の獄です」
「昔話をしただけで拷問を受けるとは、時代も変わったのう」

  僕は老人を拘束して、現地の警官に引き渡した。おそらく、彼は二度と口のきけない体にされてしまうだろう。でも、このあたりに反乱分子が多く潜んでいる理由がわかった。その糸口をくれた彼には感謝をしなければならないだろう。兵隊の隊長、もとい総帥は正しいクーデターを行い悪しき王政を撤廃した偉大なる方であり、腐敗した王政の犬であった親衛隊長ごときをヒーローと呼ぶなど言語道断である。僕は公園に立つ総帥の像に役目を果たしたことを報告する敬礼をした。

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