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てのひらサイズのワンダーランド

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1000文字程度の短い掌編ばかり書いてます。note書下ろし用マガジンです。
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記事一覧

倖せな結末

 彼女は静かにそこにいた。青い光が斜めに射し込む部屋の中で、まるで月の女神のような佇まいだ。

「明日、行ってしまうのですね」

 絞り出すような声に、涙が混ざっている。今日ここへ来たのは、彼女に別れを告げるためだった。桜の花の綻びる頃、ここを旅立たなければいけないことはわかっていたが、改めて別れを言葉にするのは胸を引き裂かれるようで彼には辛いことであった。



 * * *



 ディス

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『絶望、いりませんか』

『絶望、いりませんか』

「えー、絶望、絶望はいりませんか」
 駅の改札の前で、絶望屋が商売をしていました。籠の中には威勢のいい絶望がたくさん入っています。しかし電車から降りてくる人たちは、絶望屋なんかに見向きもしません。
「そんな物騒なものいらないよ」
「誰が好き好んで絶望なんて買うんだろうね」
 人々は絶望屋の隣に店を出している希望屋を訪れては、籠に詰まっている温かそうな希望を求めます。

「おいちゃん、希望ひとつくれ

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羊が全ていなくなる夜

 眠れない時は羊を数えると良いと言う話には続きがあって、「夜にどうしても眠れない時に羊を数えるので、眠る気もないのに羊を数えてはいけない。特に灯りをつけたまま羊を数えると逆に眠れなくなる」というものだ。しかし次第にこの後ろの部分は忘れ去られ、今では眠れない時に羊を数えるということも迷信だと思われるようになった。

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 ある日「

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夢に見た街

 仲の良い兄妹がいた。兄は妹を大切にしていて、妹は自慢の兄であると思っていた。ところがある日世界の規律を乱す者が現れ、世界は滅亡するかに思えた。しかし、妹の持つ不思議な力によって規律を乱す者の力は無効化され、世界の平和は保たれた。その代わり、妹は肉体を失って解放された不思議な力の中にその精神をとどめるのみの存在になってしまった。

 兄は悲しんだ。世界が救われても、妹のいない世界などで暮らしたくは

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おいでやす、終わりそうな村

 村の重役たちが集会所に集まって話をしていた。
「すっかり村の若い者も都会へ出て行ってしまった」
「村おこしで作った裏山のアトラクションも、さびれ放題じゃ」
「一体どうすればいいのかのう」
「だから今新しい村おこしのアイディア出そうって集まったんだべ」
 しかし村に残っているのは年寄ばかりで、若者も数が少なく期待できそうな人材はいない。

「今流行りのゆるキャラを作ってみるのはどうだべ」
「ダメだ

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おうちの事情

 今日はアキちゃんのおうちに遊びに行きました。アキちゃんはいつも新しいゲームや漫画の話をします。私はお母さんにあまり漫画を買ってもらえないのでアキちゃんがうらやましいです。
「どうぞ、あがってちょうだい」
「お邪魔します」
 私はアキちゃんのお母さんに挨拶をしました。アキちゃんのお母さんはとてもニコニコしていて優しそうな人でした。

「クッキーがあるよ、ジュースとポカリどっちがいい?」
 アキちゃ

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あるところにヒーローがいた

 公園のベンチに座っているおじいさんは、何でも知っている物知りじいさんだ。僕たち子供はおじいさんのところに行っていつもお話をしてもらう。
「昔々、戦争があってな、この公園は兵隊さんがたくさんいたんだ」
「お城に住んでいたお姫様は、それはとってもきれいな方だった」
「今日は国を守ったヒーローの話をしてやろう」
 僕たちは何時間でもおじいさんの話を聞いていたかった。でも、夕方になると家に帰らなければ

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彼女はワガママ

 どうして君は泣いているんだ。またそんなオーバーなことを言ったってもう僕は騙されないよ。何度君のわがままを聞いたと思っているんだ。この前はお月様を取ってほしいと泣いていた。その前は虹の向こうに行ってみたいと駄々をこねていた。どれだけなだめすかせても、君は泣きやみそうにない。またお月様にそっくりなパンケーキでも探して来ればいいのか。虹色のキャンディーをお土産に買ってくればいいのか。それでも君は泣き止

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「絶望、いりませんか」

「えー、絶望、絶望はいりませんか」
「いらないよ、そんな物騒なもの」
「そうだよ、好き好んで絶望を手に入れる人なんていないよ」

 絶望屋はいつも駅の前で絶望を売っていましたが、誰も買ってくれません。隣の店の希望屋はいつでも繁盛していました。
「おいちゃん、希望ひとつくれよ」
「はい、毎度あり。あなたにいいことが訪れますように」
 希望屋の店主はいつもにこにこしていて、客から人気がありま

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「好きなことを書きなさい」

 サアヤちゃんの今日の宿題は作文でした。先生は「自由に書いてきなさい」と言ったのですが、サアヤちゃんは「自由」という言葉を知りませんでした。先生に聞きに行くと怒られそうなので、家に帰ってきてからお姉ちゃんに聞きました。

「今日ね、作文の宿題で自由に書いてきなさいって言われたの」
「ふうん」 「自由に書くって、何を書けばいいの」 「そうね、好きなものを書くといいよ」 「好きなもの?」 「例えば好き

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夏休みと噴水公園

 八月四日、晴れ。雲一つない快晴だ。今日も暑くなることを予感させるようにセミがけたたましく鳴いている。窓を開けると朝の涼しい風と夏の熱気が同時に室内に流れ込んだ。じっとりと夜の湿気を残していた部屋の中も瞬く間にわくわくするような空気に変わる。冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐと、テレビをつけた。まだどの局も朝の情報番組を流している。画面の端に流れる天気予報を見ると、全国的に今日は晴れるそうだ。

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