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映画感想『Summer of 85』

原題「仏ETE 85 / 英SUMMER OF 85」

◆あらすじ◆
1985年、夏のフランス。ヨットで一人沖に出た16歳のアレックスは、転覆したところを偶然通りかかった18歳の少年ダヴィドに助けられる。互いに意気投合し、やがてアレックスはダヴィドの母が営む店でバイトを始める。これを機に、急速に距離を縮めていくアレックスとダヴィド。それはアレックスにとってあまりにも鮮烈な初めての恋だった。しかし6週間後、そんなアレックスにダヴィドとの突然すぎる永遠の別れがやって来るのだったが…。


新聞で目にした或る記事から着想を得て執筆されたエイダン・チェンバーズの小説『Dance on My Grave(おれの墓で踊れ)』が原作。

まさかあのシーンが映像で観られるとは!
そして私の中ではかなり名シーンの中に入るものだった。

ロッド・スチュアートの『セイリング』があれ程熱を帯びるなんて想像出来るか?
中盤のディスコ(今ならクラブだね)で流れるのと同じ曲なのに全く違う風に聴こえるのは主人公アレックスの心情の異なりがそうさせるし、それを見事に演じられてるのが凄い。

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自分が同性愛者かどうかも判らず生きてきた青年が全身を夢中にさせる初恋相手に出会う。が、それはとても苦く辛い経験を齎す。

決して同性愛に比重が置かれているわけではない。
しかし冒頭、アレックスが男友達から約束を反故にされるシーンでは絶妙にそれを匂わす表現がされている。アレックスを演じるフェリックス・ルフェーヴルの表情がとても巧い。
女子より男友達と一緒に居る楽しさが優先される、そして自分との約束が女子によって守られない僅かな悔しさみたいなものが微妙な筋肉の動きで読み取れるのだ。

でもその友人の行動が無ければアレックスはダヴィドには出会わなかった。

ダヴィドを演じるバンジャマン・ヴォワザンの存在感やモテキャラぶりは見事だ。
全てを自分のペースに持っていく立ち振る舞い。

一見相手を思いやっているように見えるが実は自分を中心に物事が回っている事に楽しさを見出すタイプなのかもしれない。アレックスが友人に借りたボートの一件もそれを如実に表している。

原作のタイトルにもなっているがアレックスはダヴィドから「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上で踊る」ことを提案される。
それもダヴィド独特の発想なのだろうがアレックスは戸惑いながらも合意する。

しかし、それが確固たるダヴィドの魅力として打ち出されているのが見事だ。 

アレックスも実はアレクシが本名だがダヴィドが「アレックス」と呼んだ事から改名状態なのだ。
個人的に全く好きなタイプじゃないのでダヴィドに惹かれたりはしないんだがww(ましてや私なら自ら口に出した約束事を守らない時点で疑惑満載になるけどね)アレックスはすっかりホの字で余りに夢中になり過ぎて最悪の結末を迎えてしまう。


もしかしたらアレックスが描くダヴィド像は本人とはかけ離れたもので、アレックスが求める【心の拠り所】はダヴィドと言う青年そのものではなく自分が理想として描いた(思い込んでしまった)虚像だったのかもしれない。

その理想がダヴィドには重荷になってしまった・・・。

アレックスが常軌を逸して墓の土を叩き、嘆くシーンは自分の全てで凭れ掛かっていたダヴィドを失った理由が自分にある強い悔恨なのではないか?
ダヴィドはアレックスを追いかけたのだから・・・。

人が長い時間心を通わせるのはとても難しく、ましてや若い時期は気持ちが移りがちだ。
相手の何を見、自分の何が見られているのか?

その加減を知りつつあるアレックスはきっとその意味が理解でき【憧れ】や【虚像】はもう必要なくなるだろう。
いや、もしかしたら更に理想を追い求め続けるのかも知れない。
だとしたらちょっと怖いけどね。

若さ故の刹那的で無謀な自意識、その反面に描かれる一途さや脆さ。

随所にオゾン監督らしさを感じさせつつクライマックス墓の前で約束を果たすアレックスの姿に胸が苦しくなる。

死と言うテーマも然る事ながら偏見を持たずアレックスに接し支えとなるケイトの存在描写が好きだ。ニュートラルな彼女が居なければアレックスはもっと独りで苦しんだだろう。


そしてメルヴィル・プポー演じるルフェーヴル先生に勧められダヴィドとの関係を手記に記す事で混乱した自分の想いを整理し、立ち直るきっかけを掴むシークエンスでも繋がりや支えと言うテーマが覗く。

厳しい父親と従順な母を持つ一人っ子で心の何処かに寂しさを抱えていたアレクシがアレックスになり知り合った人達の支えを知る。
この物語はそういう心の成長の機微が描かれている。

もう一度小説が読みたくなったな。



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