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VUCAとタレブ

(全裸不動産 全裸幡随院)

さほど有名な言葉とまでは言えませんが、投資に関心のある層の中では比較的知られている言葉にVUCAという言葉があります。これは、
(1)Volatility(変動性)
(2)Uncertainty(不確実性)
(3)Complexity(複雑性)
(4)Ambiguity(曖昧性)
の頭文字を取った造語で、目まぐるしく変化する現代の不確実で予測不可能な様相を指し示す言葉です。ところが、この“不確実性”について、漠然とした理解しかされていないように思われます。

なぜ、“不確実性”の意味を理解する必要があるのかと言えば、“不確実性”を理解できなければ、“不確実性”に翻弄されてしまう危険性が大きいからです。“偶然性”・“不確実性”については、数学や物理学あるいは哲学の分野で昔から考えられてきましたが、最近では、“不確実性”についての定量的な研究は、主としてファイナンス分野のリスク分析においてなされています。


一般に“リスク”という言葉はよく使われますが、そのリスクにも実は種類があります。リスクは一般に、“ボラティリティ”と“不確実性”に分けられます。“ボラティリティ”とは、確率分布が予めわかっている場合の出現度合いに関係しています。コイン投げ、サイコロの出目の確率などはこれに当たる。コイントスでは、表が出るか裏が出るかは事前にわかりませんが、どのくらいの確率で結果が生じるかは期待できます。

これに対して、“不確実性”とは、事前に確率分布が自明でない場合の出現度合いです。例えば、新規事業の成功確率などが該当するでしょう。成功/失敗の線引きを設けるとして、二者のいずれかになるとしても、その確率はコイントスのようにはいかないことはイメージできるのではないでしょうか。そして、通常“リスク”とされているものは、それがそうと意識されているかどうかはともかく、“ボラティリティ”のことに限定されて、“不確実性”の側面については見落とされてしまいがちです。

“リスク”と“不確実性”それぞれへの対処法はかなり異なってきます。先述の通り、“リスク”と言われる場合、“ボラティリティ”の大きさのことを指しています。ボラティリティであれば、リスク分析における方法論は発達しており、どのようなシナリオになったとしても数学的に比較的扱いやすく対処がしやすい。このことは、将来予測のしやすさに直結します。

しかし、“リスク”には“不確実性”が混じっている場合があります。“不確実性”は原理的に確率を推し量ることは難しく、数理的な分析にとって厄介な概念です。それゆえ、“不確実性”が混じっていることに気づくことができないと、ボラティリティと同様に計量化可能であると安易に考えてしまう。その結果、その分析は役に立たないどころか、甘い分析をしてしまったばかりに手痛いしっぺ返しを受けることにもなりかねない。“不確実性”の厄介さとは、“計算のしにくさ”と、“気づきにくさ”にあると言えるのではないでしょうか。

ナシーム・タレブは『ブラック・スワン-不確実性とリスクの本質』において、確率分野での“ボラティリティ”と“不確実性”の区別に加えて、“ペイオフの複雑さ”を考察に加えています。つまり、ペイオフがシンプルなのか複雑なのかという区別です。ペイオフとは“払い出し”という語義ですが、広義では、“事象が発生した場合の影響”を指しています。コイントスで何か(例えば1ドル)を賭ける場合は、ペイオフはシンプルです。1ドルをもらえるかもらえないかです。非常に単純であり、不意に10ドルを失うことはありません。対して、複雑なペイオフとは、事前に正確に払い出し(や影響)が容易に予測できない場合のことです。

①確率分布が事前にわかっているか(“ボラティリティ”か“不確実性”か)と、②ペイオフがシンプルか複雑か。この2つの軸でタレブは4つの象限を作り、不確実性+複雑なペイオフの組み合わせである“第四象限”を“ブラック・スワン”なのだと説明します。こうして見てくると、巷間言われているように、「リーマン・ショック = ブラック・スワン」だと単純に捉えてはいけないことがわかります。リーマン・ショックはブラック・スワン的ではあるが、ブラック・スワンは必ずしもリーマン・ショックだけではありません。

“ブラック・スワン”という概念は、リーマン・ショックを契機に一気に世界的に広がった概念になりましたが、“ブラック・スワン”自体はリーマン・ショックの存在いかんにかかわらず、どこにでも存在する可能性があります。事実、タレブの『ブラック・スワン』はリーマン・ショック前に書かれたもので、リーマン・ショックを分析したものではありません。“ブラック・スワン”という言葉は、“黒い白鳥”が見つかるまでは“黒い白鳥”が存在することすら想像できないという不可知性を象徴する言葉です。不確実性と複雑性を兼ね備えた事象を“ブラック・スワン”に喩えるタレブの命名は、論理的にも正確に思われます。

タレブの代表作は『ブラック・スワン』ですが、そこから考察は広がり『反脆弱性-不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』や『身銭を切れ-「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』へと繋がります。では、“ブラック・スワン”への対処をどのようにすればよいのか。それを論じているのが、『反脆弱性』です。

タレブは金融機関でトレーダーとして長く働いてきており、中でも金融オプションの取引に堪能であり、その価格算定にファイナンス理論が使われているため、ファイナンス理論に通暁しています。タレブは“ブラック・スワン”を、確率的な“不確実性”と“複雑なペイオフ”の組み合わせであると説明しています。期待値は、発生確率とペイオフの2つのファクターの積で基本的に決まります。

“ブラック・スワン”の特徴は、確率の算定が難しい(しばしば稀な、気づきにくい)事象で、起こった時の影響が計り知れないということだと書けば、世間一般に流布しているイメージとズレのない説明になるでしょう。数学者でもあるタレブの記述は、かなり論理的に正確です。そして、ファイナンス理論的に見ても、“ブラック・スワン”の扱いは非常に厄介で、4つの象限のなかでも最も扱いの難しい類の“リスク”です。

この最上級に厄介なリスクである“ブラック・スワン”をどう扱うか。これは現代のファイナンス理論においても難題中の難題で、専門家の中でも見解が分かれています。一つは、厄介すぎるので“存在しないもの”として扱うという態度。意外にそう考ええる人は多く、むしろ多数派だということがわかります。そして、そのような見解で構築された債券(一部のCDO(債券担保証券))や戦略は、“ブラック・スワン”の前では滅びる運命にあるということは、ベア・スターンズ社やLTCMを引くまでもなく歴史的な事実です。

“ブラック・スワン”を存在しないものとして扱う専門家たちに、タレブは事あるごとに警告を発しています。しかし、今もなお、彼ら彼女らは多数派です。では、“ブラック・スワン”が存在するとして、我々はどうすればいいのか。そこで、タレブの著作を読む意味が出てくるのですが、そのタレブ自身が網羅的に記した書が『反脆弱性』です。“反脆弱性”というのはanti-fragileの訳語で、タレブが歴史的、経験的な事象から再発見した性質です。“脆い”の反対の性質ということですが、単に“頑強だrobust”ということとはまた違った性質です。その具体的内容は後日触れてみたいと思います。

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