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【映画】愛について語るときにイケダの語ること

たったの1時間が、2時間にも3時間にも感じられる映画。

軟骨四肢無形成症(通称・コビト症)として生まれた池田英彦(イケダ)は、相模原市役所に勤める青年。

スキルス性の胃がん、ステージ4の告知を受けたことで、自身の“生”と“性”について真剣に向き合うべく、ある着想を得る。

「僕の本当の姿を映画にして、見せつけてやる」

生きているうちにセックスをたくさんして、その過程をカメラに収めるという、壮大なプロジェクト。親友の脚本家、真野勝成の協力を得ることで、撮影はスタート。

イケダは、フィクションとノンフィクションの狭間を、自由に行き交うはずだったが、9割がたはノンフィクションになってしまう。だが結果的に、“イケダ”という障がい者であり、末期がんを抱えた“逆・無双状態”の男の偽りない日常を、白日のもとに晒すことに成功。

NHKや民放の深夜枠で放送されるような、数多のノンフィクションとは一線を画す、攻めた内容。これがイケダの生きる道

“仲良くなった女の子を自宅に招いた際、彼女のほうから告白される”といった、イケダが憧れるシナリオを用意していたにも関わらず、純粋な彼は、芝居ができない。余命宣告を受けたからなのか、今さら“愛”の何たるかについて考え込んでしまう。ふざけているように見えて、根はすこぶる真面目なのだ。

とにかく、スクリーンに登場するイケダが、かわいらしい。身長100cm程度だから、そのフォルム自体がもう“ゆるキャラ”。見た目だけでなく、普段の移動手段がまたイカしている。

キックボードを巧みに操り、都会の喧騒を疾走する。なるほど、この方法なら足への負担はかなり軽減されるだろう。

もちろん、車も自分で運転する。愛車はブリティッシュ・グリーンのダイハツ・COPEN(コペン)。コンパクトなオープン・スポーツだ。運転する姿も、ドアを開け車外に降り立つ姿も、さまになっている。

そう、イケダはセンスがいい。着ている洋服にしても、どれもおしゃれで似合っている。さり気なくストローハットをチョコンとかぶれるなんて、カッコ良すぎるじゃないか。

冬場の撮影で、コートを着込んでキックボードを駆る姿は、どことなくジェダイ・マスターの“ヨーダ”を彷彿とさせる。劇中でイケダ本人が、自分は「暗黒面に落ちたシス側だ」と公言していたので、勝手に脳内でリンクさせて笑ってしまった。

本作撮影時はまだ『スカイウォーカーの夜明け』の公開前だったはず。イケダはついにスター・ウォーズ完結編を、劇場で観ることなく逝ってしまったのだと思うと、なんとも切なくなる。

映画好きで思慮深く、心底エロいイケダ。もちろん自分自身のセックスライフも、記録としてどんどん残してゆく。不思議なのは、顔出しNGはわかるとしても、どの風俗嬢もイケダとの行為自体の撮影は、OKしているということ。

それだけ、イケダが交渉上手ということなのか。たしかにイケダの語り口は、温和で誠実さが伝わってくるものではある。だが、果たしてそれだけなのか。

小動物のような愛らしさ、やさしい雰囲気、そこはかとない魅力の持ち主なのだろう。風俗嬢の同情心を煽るようなやり方は、イケダ自身が願い下げのはずだから、にじみ出る“聖(性)なるチカラ”としか言いようがない。

イケダがインタビューで語る、自身の初体験に関する独白が出色だ。名古屋まで出張って、童貞を無事卒業。その際、イケダがお相手のお姉さんに「障がいがある自分で、本当に大丈夫なのか?」と事前に確認をとる。

するとお姉さんは、「同じ人間でしょっ!」と、こともなげに返す。

すごい。深い。素敵すぎる。シンプルだからこそ、ダイレクトに胸をつらぬく

この瞬間、イケダは吹っ切れたそうだ。童貞卒業から胃がん発病までの約20年。イケダの人生は、辛い場面も多かったにせよ、良き友人に囲まれ、満たされたものになっていったのではないだろうか。

しかし病魔は、観客の想いとは裏腹に、着実にイケダの小さな体をこれでもかと蝕んでいく。「筋力がなくなると、あっちも勃たなくなるんだな」、あっけらかんと語るイケダ。

頬はこけ、薄くなった皮膚の下で、骨の形が鮮明になってくる。明らかに痩せぎすになってしまったイケダだが、病室でグラビアを見つめる眼差しは鋭い。カメラを回す真野を相手に、まだ冗談を言う余裕があった。

胃を全摘し、人工肛門になってしまったイケダ。おむつを揺らしながら、トイレに向かう自分をドナルドダックに例え揶揄する。自虐ネタが過ぎるぞ、イケダ。

がんばれイケダ。かっこいいぞイケダ。もっと生きろ、イケダ。

こころの中で、自然と激励している自分がそこにいた。

1時間に満たない上映時間。濃密すぎて、観るものの時間感覚をおかしくする。7月25日現在、全国で上映している劇場は、東京、名古屋、大阪のたった3館だけ。

スクリーン越しではあるが、生前のイケダに出会えた奇跡に、感謝するしかない。

「映画の神様っているんだな」

イケダがあの世から教えてくれたような気がする。

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