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『チルソクの夏』 ロケ地は山口県下関。昭和ノスタルジー全開だがツメがちょっと甘い。

評価 ☆



あらすじ
1977年夏。まだ日本と韓国の国交が断絶していた頃、下関と韓国・釜山は親善事業として陸上競技大会を毎年開催していた。長府高校陸上部員・郁子はそこで、同じ高跳び競技をしていた韓国の男子高校生、安大豪と出会う。帰国前夜、安は戒厳令の中、郁子に会いに来てくれた。郁子はそんな安に淡い恋心を抱き「来年のチルソク(七夕)に再会しよう」と約束を交わす。



『チルソクの夏』を観る。2004年公開の映画。監督は佐々部清。出演は 水谷妃里; ‎上野樹里など。上野樹里がまだ有名じゃなかった頃の映画である。といっても、僕は別に上野樹里のファンではない。



『チルソクの夏』は1977年、1978年の日本が舞台。当時は極めて珍しかった韓国と日本との高校生の交流を描いた青春物語。



4人の女の子が陸上の交流試合で釜山へ行き、その中のひとりが韓国人男性と恋に落ちるというストーリー。当時の歌謡曲がいっぱい流れていたり、『幸福の黄色いハンカチ』の一場面が登場したりなど、昭和ノスタルジーが満載。



流しの人がまだいたんだよね。酒場で音楽が流れない時代、生ギター一本で歌って、お金をもらっていたひとたちのことを言う。僕は新宿の思い出横丁で流しの人たちをよく見かけました。本当にギター弾いていた。結構、かっこよかったです。



とはいうものの、僕は昭和ノスタルジー的映画は好きではない。「昔はよかった」と思うこともあるけれど、いまさらそんなこと言っても始まらないし、そんなの見せられても「困ったな」って思うくらい。だからといって、いまがいい! というわけでもない。昨今のメイドブームは嫌いだし、秋葉原は昔の方が絶対よかった。



『チルソクの夏』を昭和ノスタルジー映画にしたかったのなら、もっと描写を徹底すべきだった。貧乏な家に電子レンジなんてなかったし、障害者用の点字ブロックも敷きつめられていなかった(しっかり映っている)。



伊丹十三監督の言葉を借りれば「映像に映るすべてが大切」である。この映画のカメラはよろしくない。今時、カメラの上部分に紅葉や桜の枝を置いて季節をみせるなんて演出もまずい。もうテレビドラマですらやらない。興ざめである。




さらに、この映画の欠点は4人それぞれのストーリーが見えないところ。主役と上野樹里以外のふたりの女性に対する物語がない。脚本家の丸山昇一氏曰く「どんな登場人物にも人生がある。たとえ通行人であっても」。



陸上競技をしている女のコたちという設定なので、部室などで着替えるシーンが何回も出てくる。サービスカットのつもりだろうか? 三回も出てくる必要はない。何か大切な意味があるのか? と考えたがあまりなさそう。




欠点ばかりをあげてきたが、もちろん好感が持てるところもある。監督の思い入れが映画に出ている。監督はこの映画のような恋をしたかったのか、あるいはしたのだろう。思いが映画を通じて伝わってくる。そういう映画って悪くない。




題材として、陸上競技による日韓交流は個人的に思い出があった。僕は山口出身で、クラスのひとりが実際にこの交流会に参加していた。韓国語がわからないから英語でコミュニケーションをしたという話を覚えている。月日が経つのは速いものです。



韓国語で歌われる「なごり雪」は良かったですね。




初出 「西参道シネマブログ」 2006-10-31



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