クリスマスの夜に【ショートショート】


クリスマスイヴの夜。21時。

足早にベッドへ滑り込む。本当はまだまだ夜ふかしするはずだったけど、もうどうでもいい。外界と遮断するかのように掛け布団を頭まですっぽりと被り、電気を消した。



何回か寝返りを打ちつつ、やっとうとうとしてきたところで、小さな物音が聞こえてきた。足音のようなものがゆっくりと、だが徐々に大きくなり、すぐ近くでピタリと止まった。直後、ゴトンという音がして、「バカッ」というささやき声。


この時点ですっかり目は覚めていたけど、目を開けるのは怖い。もしも泥棒だったら? 気づかないふりをしたほうが安全な気がする。でも、問答無用で息の根をとめてくるタイプだったら?……恐怖心で小刻みに震えだした体を両手でおさえながら、どうせならと薄っすら目を開けてみた。



そこには、細長い小さな箱を隣のミニテーブルにスローモーションで置こうとしている、ロバの姿があった。


*****

「キャーーーーーーー!!」
「わーーーーーーーー!!」

私の甲高い声に1秒ほど遅れて、中低音ボイスが部屋中に鳴り響く。すると後ろから白くてもこもこした何かが近づいてきて、

「なんでお前もびっくりしてるんだよ!」とロバの背中を引っぱたいた。


「いやだって、起きると思ってなかったから」
「さっき思いっきり音たてただろ。こんな綺麗な部屋で何にぶつかるんだよ」
「それならお前だって『バカ』って声出したじゃん」


わたしそっちのけで小競り合いが始まっている。白いもこもこは、どうやら羊らしい。二足歩行のロバと羊が、わたしのベッドの横で言い合いをしているこの状況はなんだろう。だんだんイライラしてきたわたしは、上半身を起こし、電気を点けた。時計は22時をまわっていた。


「すいません、何の用ですか」

彼らはハッとした表情をして、こちらに向き直った。取り繕うような、引きつった笑顔を浮かべている。

「いやあ、僕たち、プレゼントを持ってきたんです」
「そうです、僕たち、サンタさんたちの代役なんで」

「代役?」


羊が右手を胸に当て「ぼくがサンタ」、ロバがさっきの衝撃で落ちたらしいカチューシャを装着し直し「ぼくがトナカイ」。そして揃ってビシッとポーズを決めた。

「ロバはわからなくもない気もするけど……なんで羊がサンタ?」

「失礼な。見てくださいよこの真っ白な毛を。サンタの髭そっくりでしょう。ほら、このカール具合も最高じゃないですか」羊は均等にカールが施された自らの毛を愛おしそうに撫でた。それをロバが呆れたような目で見てから、わたしに向き直った。


「赤い服着てるんで勘弁してやってください。で、僕たちプレゼントを持ってきたわけなんです」

悪い人たちではなさそうだ。それに、これはおそらく夢だろう。そう思うと気が楽になり、すぐにもう1つの疑問を投げかけた。

「プレゼントはうれしいけど、なんで今さら? だって私もう29歳ですよ」


数秒間の沈黙が訪れた。天使が通ったのかもしれない……クリスマスだけに。全然面白くないな。

1人で勝手に自滅している私を見て怒っていると思ったのか、羊がなだめるような口ぶりで言った。

「でもまなみちゃん、明日誕生日じゃないですか。だから誕生日プレゼントということで、ね?」

「なんでわたしの名前と誕生日知ってるんですか」気味が悪くなって、やや後ろにのけぞる。

「僕たち、サンタさんたちの代役なんで……ぼくがサン」

「ああ、わかりましたわかりました」

「言わせてよ!」羊のソプラノボイスが部屋中に響き渡った。

*****


すると、ロバが持っていた箱の包み紙をベリベリと剥がしながら「まあまあ、飲みましょうよ」と言い出した。箱から出てきたのは、小ぶりの赤ワインだった。

「今から?」急展開に驚いていると、

「だって、飲むつもりだったんでしょう?」と言いながら羊が肩にかけていた袋からお盆と紙皿、そしてお菓子を取り出し、テキパキと並べた。

「予定していたのとは違うと思いますけど、これもとびきり美味しいんで……あ、グラス借りますねー?」ロバは勝手に食器棚へと向かい、物色している。


いったい、どこまで知っているんだろう。それもこれも夢だから? 布団の裾をキュッと握り俯き加減になった私に、グラスが差し出された。そこにルビー色の液体が注がれていく。ロバが全員分のグラスを満たした後、羊が口を開いた。

「では、聖なる夜に乾杯!」


そして2匹はわたしをじっと見つめた。どうやら飲むのを待っているらしい。おそるおそる口に含んでみると、酸味のある果実のようなフレッシュな味わいが広がっていった。

「……おいしい」

そう呟くと、彼らは顔を合わせてうれしそうに微笑み、再び軽くグラスを上げて飲み始めた。


*****

それからしばらく、他愛もない話で盛り上がった。2匹とも話が上手で、片方が話し出すともう片方が小気味よく相槌をうち、まるで打ち合わせしてきたかのようなハマり具合だった。こんなに笑ったのはいつぶりだろう。そしていつしか、時刻は23時半をまわっていた。



ほろ酔い気分になっていると、ロバがやや神妙な面持ちで尋ねてきた。

「それで、なんで早く寝ようとしたの?」

「え?」

「本当はそんなつもりじゃなかったんでしょ?」羊も加勢する。


そう、本当は21時なんて小学生みたいな時間に寝るはずじゃなかった。なんなら徹夜するつもりだったのだ。


「僕らでよかったら話聞くよ。場合によっては、良い方に転ぶことだってあると思うんだ」ロバの長いまつげが優しく揺れた。けど、わたしは言葉を発することができない。人に相談するとか、弱いところを見せるのが嫌いなのだ。いや、本当はしたい。けど、どうしてもできないのがわたしだった。


「抱え込むの、悪いクセだと思うよ。それにどうせ僕たち、一夜限りの関係なんだから、知り合いに言うよりもよっぽど楽だと思うんだけど」

「おい、言葉のチョイス気をつけろよ。曲がりなりにも今はサンタなんだから」ロバはげんなりした顔で羊を見やった。そしてわたしに「ね、だから話してみてよ。僕たちしゃべりすぎたから、今度はまなみちゃんの番だよ」と微笑んだ。


*****

今日、唯一の親友である「ゆみ」と、クリスマスイヴと私の誕生日の合同パーティーをするはずだった。高級レストランでディナーと洒落込み、そのあと彼女の家でダラダラ飲みながらクリスマスパーティー続行。そして0時になったら誕生日パーティーに移行……そういう計画だった。



しかし20時頃、ゆみの家で突然歯車が狂った。ハイペースで飲んですっかりできあがっていた2人は、彼女の軽口が普段よりも強くなり、わたしも普段なら笑って流しているところを何故か許せず、気づいたら売り言葉に買い言葉。そしてわたしは家を飛び出してきたのだった。

随分前から2人で楽しみにしていたクリスマスイヴは、一瞬で終わってしまったのである。




「……なるほど」羊がよもぎクッキーを片手に呟いた。

「それで、まなみちゃんは今どう思ってる?」

「向こうも向こうだけど……私も大人げなかったなって」

仲直りしたい。その言葉もあるのに、喉の奥で引っかかって出てこない。視線はお盆の左右を行ったり来たりし、彼らの顔も見れなくなっていた。


「ちょっとトイレ行ってくるね」ロバが突然立ち上がった。わたしが言うのもなんだが、このタイミングでトイレ? しかし、羊もツッコむことなく「おう」と右手を挙げるのみ。


「あいつ、飲むとトイレ近くなるからさ。ごめんね。そうだ、まだ僕の自慢の毛並み触ってないでしょ。ちょっと撫ででみてよ。後悔はさせないから」
そう言ってグイッと頭を近づけてきた。


そこまで気乗りはしなかったが、目をキラキラと光らせている羊に悪いのでそっと頭に手を乗せた。それはそれは素晴らしい羊毛だった。ふわふわとした綿菓子のようで、軽く触れただけなのに手を包みこんでいき、けれど離すとすぐに元に戻る。彼が誇らしげになるのも無理はないと思った。


いつの間にか我を忘れて羊毛に顔を埋めていたようで、いつの間にか戻ってきていたロバの咳払いでハッと体を離した。勢いあまって羊は軽くよろめいた。

「じゃあ、仕切り直しに乾杯でもしますか」ロバがワインボトルを持ったときだった。わたしのスマホがブルリと震えた。ゆみのLINEアイコンが視界に入った。思わず視線を上げると、2匹はわずかに微笑んだ。恐る恐るトーク画面を開く。時刻は23時50分をまわっていた。



『まだ起きてる?』

少しの間、指を空中に漂わせた後、短い文を返した。

『起きてるよ』

するとすぐに返事が来た。

『よかったら、今から電話してもいい?』

わたしはもう一度彼らを見た。画面を見ていないはずなのに、「どうぞどうぞ」と言っているようなあたたかな笑顔を浮かべていた。


*****

「……もしもし」

「あ、遅い時間にごめんね」

「ううん……」さっきまで薄まっていた数時間前の記憶が一気に蘇り、気まずさで言葉が出てこない。それは向こうも同じだったのか、2人の間に5秒ほど沈黙が訪れる。しかしそれを打ち破ったのは、意を決したような彼女の声だった。

「あのさ……さっきはごめん。言い過ぎだったよね。2人でクリスマスと誕生日を過ごせるのがうれしくて、ハメ外しちゃった。いや、言い訳だねこれ。ごめんね」

彼女のこういうところが好きだ。素直に謝れるところ。その姿を間近で見ているはずなのに、わたしにはうまくできないところ。でも、今度はわたしの番だ。小さく息を吐き、そして短く息を吸い込んだ。

「わたしこそ、出てってごめん。全然冷静じゃなかった。普段ならもっとうまくやれるはずだったのに」唇を噛む。体内に渦巻く感情を、言葉にうまくできない。ちゃんと、伝わっているだろうか。


「いいのいいの……それで、ちょっと提案なんだけど」彼女は一呼吸置いてから続けた。

「今から、仕切り直ししない?」

「えっ? 今から?」


「だって、0時ちょうどの乾杯してないし」様子を窺うような、それでいて寂しそうな声。本当に今日を楽しみにしてくれていたんだ。時計を見ると、23時55分になっていた。


「でも、もうあと5分しかないよ」会いたい気持ちは山々だが、隣近所でもないし、日付が変わる瞬間に乾杯なんて無理な話だ。すると、彼女は思いがけない言葉を返してきた。

「ごめん、実はさ、玄関の前にいるんだ……」

「えっ!?」驚愕の声をあげると、ロバは手をひらひらさせた。顔を向けると、彼は右手で自分の胸をトントンと叩き、グーサインをしてニヤリと笑った。まるで『私めがお呼びしました!』と言っているかのよう。その隣の羊も、『どうするどうする?』と期待を込めた目をしている。


「……いいよ、今開けるね」そう言った途端、視界の端で軽快なハイタッチが見えた。



3時間ぶりにベッドから抜け出し、スマホをポケットに入れる。ロバと羊はにこにこしてこちらを見ている。出会ったときは何事かと思ったが、今や感謝しかなかった。


「本当にありがとう。わたし……」

「いいからいいから! ほら、あと5分きってるから!」ロバが急かす。わたしは頷いてドアを開けた。少し経ってから「仲良くねー!」と叫ぶ羊の声が聞こえた気がした。


*****


再びドアを開けたときには、彼らの姿はなかった。咄嗟に「あれ、どこ行った?」というと、ゆみはそっと囁いた。

「もしかして、角付けたロバくんのこと?」

「あと赤い服の羊くんね……やっぱり、そっちに行ってたんだ」いつしかこの不思議な出来事をすんなり受け入れている自分がいた。本物のサンタはとうの昔に来なくなったけど、あの2匹はそんなわたしたちのために飛び回っているのかもしれない。


「あ! そうだ、誕生年のワイン持ってくるの忘れちゃった。」

「いいよいいよ、さっきまで飲んでいたボトルがまだあるし……あれ?」


ミニテーブルの上には、グラスやお菓子が新たにセッティングされ、さらに1993と書かれたボトルが栓抜きとともに置かれていた。


「あ! これだよこれ! なんでここに……」ゆみはそう言ったものの、答えはわかっているようだった。もちろん、わたしも。



「さっ、急いで乾杯しよう。せっかく来てくれたんだから、間に合わせないと!」2人で手際よくグラスにつぎ、ベッドに腰掛ける。



「じゃあ……聖なる夜に乾杯!」


グラスが上がった瞬間、時計の針が0時をさした。














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