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『ジャングルの夜』第十一話

「こんな天気でもツアーはやるんですね」と千多が言うと、「うちの会社は頭おかしいので、参加者がいるかぎりどんな天候でもやります」と答えた。この時は、ぽっちゃりはそれまでのガイドではなく、ごく普通の二十代の若者のようだった。

 聞くと今までツアーが中止になったことは「無い」そうだ。「ただ、今までで一番条件は悪いですね。昼間と比べると雨は弱くなりましたけど、風が強いし、やっぱり足場が緩いです。台風が来るか来ないかという日にやったことはないですね」と言うぽっちゃりに、千多は参加したことが申し訳なくなり、「ホームページに天候次第で中止になると書いてたから、今日はやらないかと思っていた」といい分けじみた色のある声で喋った。

 ぽっちゃりは気にした様子もなく、「バカなんですよやっぱりうちの会社は」と笑い、「動物や昆虫たちもどこかに隠れて、いつもより見られないかも知れませんが、せっかくなんで逆に貴重な経験だと思って楽しんでもらえれば」と言った。

 丘を降りたところで、一度おきなわワールド内だと思われる、舗装された道へ出た。そこでぽっちゃりは目ざとく空にオオコウモリが飛んでいるのを見つけて懐中電灯で照らした。

「見れましたね! 普段でも見られない日があるんで難しいかと思ってましたが、早速オオコウモリがいてよかったです」と幸先がいいと言いたげな声を出した。どうやらツアーで見られる生物の中でも、オオコウモリは花形のようだった。

「いま登ってきた丘はプラクティスコースで、ここから先は、一時間近くジャングルが続き、リタイヤすることも出来ないですが、体力的に大丈夫ですか?」というようなことを確認されて千多は、「大丈夫」と相づちを打った。

「昼間見に来たときは問題なかったが、もしかしたら強風で木が倒れて道を塞いでいるかも知れない」という険しい道を谷底へ向って進み、一番急な下りへ差し掛かったところで、前を歩くぽっちゃりはやや過剰に千多のことを心配し、

「気をつけてくださいよ。もし千多さんが足を滑らせれば、もれなく僕も一緒に崖を落ちます」というお決まりであろう小笑いがおきそうなくだりを、相手がひとりであるにも関わらず全力でやった。それで千多はやはり、この青年に好感をもった。

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