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ある密かな恋③


↑前編(ある密かな恋②)はこちら↑

運動会の組体操の練習。9月の暑い日。
色濃く、その頃の土埃、汗の匂い、感情を伴って色濃く思い出される。
彼女はロングヘアスタイルだったが、普段は髪の毛を束ねていることが多かった。

普段髪の毛をおろすことが少なかった分なのか、彼女が髪の毛をおろすとがらっと女性っぽくなり、鼓動が聞こえるくらいに胸が鳴った。

9月のその運動会の練習の日。彼女は珍しく髪を下ろして練習に参加していた。
僕と彼女は背丈が近く、確か4人技くらいから同じグループで組むことになっていた。
ユニットを組むとき、彼女の髪の毛がさらりと靡くたび、とてもいい香りが間近で漂う。

それを吸い込むたびに、電圧計の針がふれるように鼓動が反応した。

流行歌で「絹のような髪」というフレーズがあったが、彼女の髪の毛はまさにそれだった。

絹のような髪から覗く横顔は、少し頬の桃色をはらんでいて…うっとりした。
なにか神秘的なものを見つめるかのような気持ちになった。

カラダ全体が麻酔を打たれたような、痺れるような、焦がれるような、跳ねるような。自分のカラダが自分のものでないような。そんな言い表せない有頂天な感覚に陥った。

時間がこのまま止まってほしい。閉じ込めてほしい。

そう全身全霊で強く感じた。

僕の大好きな彼女の、大好きな髪形で肩のまさに触れ合う距離。顔を間近に並べながら、汗と土埃と、彼女から放たれる香りを感じて、同じことをする。

そのことがパニックになるくらい嬉しかったのである。

そして練習の動作中。
「あなたが支えてくれたから良かった!」という言葉を彼女から掛けられた。
好きな人に、好きな姿で、嬉しい言葉を掛けられる。
これ以上に幸せなことはあるだろうか。
まさに、天にも昇る心地だった。

僕はその日中ずっと嬉しさを噛み締めて、味わった。
彼女と触れた肩。背中。腕。
温かさや彼女の香りが残っている気がして、その服や部分を洗いたくない気持ちにすらなった。

何だろう…そのころは彼女の触れた場所。歩いた場所。髪の毛や爪の一片。放たれる香り。息遣い。
すべてが味わいたいものだった。

思い出補正かもしれないし、記憶として確証はないが、彼女から受け取った給食の割烹着を身にまとうことや、同じ団地で使うエレベータのボタン。そんなほんの少しの共通項や場所さえもが愛おしいような気がしていた。

僕は今の世の中に対して、閉塞感や不満を感じ取っているが、もしこの時代に戻り同じ体験を1つでも味わうことができたなら、有頂天になり、そんな怒りや不満は一気に消し飛ぶことだろう。
もし死後の世界で、そんなタイム・マシンのような体験が出来るのなら楽しみでならない。

(↓続きはこちら↓)


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