ある密かな恋④
↑前編(ある密かな恋③はこちら)↑
彼女のことを異性として意識したのは、5年生のときだったと思う。
同じ団地に住んでいた彼女。
僕が階上へのエレベータを待っていた夏休みのある日の昼下がり。
エレベータから彼女が出てきた。
おろされたツヤのある黒い髪。サイドに光る金色のピン。横顔。サラッと吹き抜ける香り。後姿。
全てがスローモーションになって…目を奪われた。
普段あまりしない髪を下ろすスタイルとあいまって。僕は完全に彼女にうっとりと見とれて…思わず立ち尽くし…彼女の去る姿を振り返って目で追ってしまった。
何だろう。彼女のことを母が美人だったのもあってか、とにかく彼女はかわいいというか綺麗だったと思う。
少しハスキーな声質。高めの身長。アップスタイルでも、お団子でも当時の彼女は本当に素敵に映ったし、全てが当時の自分にとってどんぴしゃだった。
彼女が書く文字も、筆跡が整っており美しいものだった。
走るのも速く(50m8秒台)運動会のリレーの選抜にも選ばれるくらいで、スポーツもできる方だった。
当時はデブで走るのも遅く、まずリレーの選手に選ばれることもない自分にとっては、それらのことも更に彼女への憧れを倍加させていたように思う。
彼女は当時は成績も自分より良い分野もあり、憧れと自分のコンプレックスが絡み合っている状態だった。
卒業前の夢として、彼女はCA(客室乗務員)を書いていたが、そのころの自分の目には「彼女は絶対になれる」と思っていたし、彼女がより大人の女性としてさらに美しくなり、CAとして働いている姿がありありと見えたのである。
上記は80年代のアイドルソングの歌詞だ。男女の別はあるが、あのときの自分の臆病な片想いの気持ちと見事に重なる。
仮に彼女の名前をマナとしよう。
同じ団地の下の公園で、マナがいるとき。
自分の家のベランダからふと目を遣った。
髪をかきあげる仕草。彼女の一動作、一動作を拝むような気持ちで見て自分の瞳に焼き付けた。
すぐ階下に行けば、会って言葉をかわすことくらいは出来るのに、その時の僕は勇気が出なかった。
話したり、触れたら何かが壊れてしまうような気がして前に行くことが出来なかった。
こんなことを書く僕をノスタルジーだと人は笑うだろう。
しかし、いつか自分の生命も果て、この体に別れを告げる。
年老いてしまうと、身の焦がれるようなあのときの想い。感覚も思い出せなくなるかもしれない。
やはり僕にとってマナを想ったことは大事な思い出だと。
過去は振り返りたくないが、味わいたいのだ。
叶わないことかもしれないが、あの焦がれるような感覚や、目に焼き付いた感覚。マナの声。息遣い。視線。あの頃と同じ温度でもう一度味わいたい。
そんな時として湧き上がる気持ちを時が経っても素直に思い出し。胸に抱き、密かに反芻したとしても、それはなんの罪でもないはずだ。
↓(続き ある密かな恋⑤はこちら)↓
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