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へっぽこぴーりーまん書紀〜2社目編 新潟編vol.9

冬の到来


新潟に赴任して1回目の冬はすぐにやってきた。
11月中旬になると、冬タイヤに交換。
その直後に、鉛色の空が広がり粉雪が舞い始めた。
長く続く曇天に、気持ちまでが重たくなってくる。

降り積もる雪

初雪は積もらないが、次第に雪の降る時間も長くなっていき雪は路面を埋め始めた。
ボクの住む中越地域は、そんなに大雪は降らないとされていた。
しかし、この年は違った。
12月に入ると、雪が深く積もった。
朝出勤前の車のフロントガラスは雪と氷で覆われ、雪払い、解氷から1日が始まるようになった。
雪の猛威は更に増し、一晩で車が雪に覆われ、周囲の雪をシャベルで掻き出さないとクルマが出せないようになった。 
クルマを出せるようにするのに、1時間近くかかることもザラだった。
路面も雪で覆われ、タイヤは度々スタックした。
渋滞が発生し、普段職場まで10分の道が1時間以上かかった。
数十年ぶりの大雪とのことだ。
太平洋側の雪のない地域で育ったボクに雪は容赦なく襲いかかった!

雪に埋もれる車
雪に埋まった歩道

大雪により、職場でも早期帰宅指示が出るほどだった。
路面が悪いため、大好きな銭湯にもいけなくなった。
行動範囲が狭くなった上、雪の降る曇天。仕事も相変わらずうまく行っておらず、話し相手もいない。
気が狂いそうだった。

新幹線で


誰とも話せず、雪に籠もった憂鬱さにボクは耐えられなかった。
都会と言える新潟市まで新幹線で一駅。
家から雪を掻き分け、新幹線に乗り人と話せるような新潟市内のバーに何度か一人行ったこともある。
とにかく、人との会話、ふれあいが欲しくてたまらなかった。
人は苦行などではなく、孤独感の強さで弱くなり、死にたくなるのかなぁ。なんてことを考えたりした。
吹雪くこともあり、外出が容易にできない。大雪は2月半ばまで続いた。
当たり前に道路が通行でき、当たり前に行き来ができる状態の有難さを思い知った。

大雪を経て

この年の大雪は記録的で、北陸地区、新潟地区に大きな被害をもたらした。
災害と言っても良いレベルだった。

しかし、テレビ局各社は特集も組まず、首都圏のグルメなどを呑気に紹介している。芸人が馬鹿騒ぎをしている。
露骨な温度差を感じた。
マスコミは、東京中心、視聴率至上主義で地方のことを考えていないのかなぁと思った。
そして、そこに物を言わないためにどんどん首都圏一極集中、過疎化が進む。
ボクのような働き盛りの地方に来た人間をもっと活用する動きがあってもいいのになぁと思った。

地方からどんどん東京に人が出ていく。
地方はどんどん過疎化、高齢化が進む。
このままで本当にいいのだろうか。

首都圏に出ている多くの人間も、もとは地方出身だろう。
もう少し、自分の故郷に誇りを持ち盛り上げようという意識を持たないと。
地方は寂れてなくなるのでは。

そんなことを色々と大雪を前にして考えた。ゆくゆくは地方を活性化する。そんな仕事にも携わりたい。
地方ならではの、しがらみも新潟赴任中に感じた。
必要なしがらみ、不要なしがらみをシビアに判断していかないと。
地方や日本は生き残れないだろう。
そんな意識のもと、ボクの心は傾いていくことになるのだ。
(→次回に続きます)







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