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Gripping Story:ヤコビアンビルディング

 2004年に製作されたエジプト映画「ヤコビアンビルディング」は二十年たった今見ても、面白いです。第一、映画が提議した社会問題はほとんど何も変わっていません。

 日本ではこの映画は「社会の縮図を描写した映画」として紹介されましたが、しかし
「昔に比べて世の中は本当に豊かになったのか?昔よりも生きやすくなったのか?」
がテーマだと私は感じました。

 物語では娼婦、汚職する政治家、セクハラする経営者、アル中のムスリム、一夫多妻の金持ち男、テロリスト、そして同性愛者が登場します。

 これらの顔ぶれの中で映画公開当時、一番物議を醸したのは同性愛者の人物でした。
 「同性愛シーンの削除をしろ」

 様々なところから圧力が出ました。「有害だ」「エジプトへの冒涜だ」「神に背いている」等々。

 ちなみに同性愛シーンは男二人が寝巻き姿で腕などをくっつけ一緒に酒を飲んでテレビの映画を見ているだけです。
 なのでアラブの社会を知らない人が見れば、このシーンが同性愛を描いているとは、気付かない可能性もあります。

 以下、ネタバレありで、ある意味LGBTQをブッタ斬った映画「ヤコビアンビルディング」をご紹介します。


世界的に大ベストセラーになった原作

 原作者のアラー・アル・アスワンは、この名前から分かる通り、アスワン出身者です。

 エジプト人はいわゆる「苗字」を持つ者が少なく、普通は父親や祖父の名前が二番目につきます。例えばムハンマド・アフマド・ハッサンという名前は、ムハンマドが本人の名前、アフマドがお父さん、ハッサンがおじいさんの名前といったようにです。

 アラー・アル・アスワンの父親は1950年代にアスワンから出てきた男で、物書きでした。母親はパシャ(貴族のようなもの)の家系です。

 アラーはカイロ大の口腔歯科学部を卒業し、シカゴのイリノイ大学の歯科学部も出ており、アラビア語、英語、スペイン語、フランス語の四か国語に堪能だといいます。

 若い時に外国にでて教育を受けたことにより、逆にエジプトの問題点を客観的に見て考えることができて、この小説も書けたのだと思います。

 2002年にアラビア語版が、カイロ・アメリカン大学出版社から売り出されました。すると、これがエジプト国内のみならず中東各国で爆発的に売れました。実際のモデルがいると思われる登場人物たちの魅力のあるキャラや、リアルな背景など生々しくよく書かれていたからです。

 2年後の2004年、今度は英語翻訳が出版され、それを皮切りに23か国に翻訳されました。当時、どこの空港の本屋にも必ずこの小説が売られていました。日本語にも翻訳されているので、読んだことがある方もいらっしゃると思います。

 ちなみにヘブライ語翻訳版は出されていません。イスラエルの出版社から交渉があったものの、作者のアラー・アル・アスワニーが拒否し許可を出さなかったためです。(※その後ヘブライ語版出版も了承したかも)

 この小説はノーベル文学賞候補にも選ばれ(予選落ちだったかもしれませんが)、世界各国で賞を総なめ、2004年に映画版が製作されました。

 映画版にはエジプトの第一線の大物俳優たちが総出演しました。ただし大物俳優が出ても、イケメン俳優は皆無です。それが残念です。トルコ映画はイケメンが多いのですけどね…。

「ヤコビアンビルディング」とは

 原作と映画両方のタイトルであるヤコビアンビルディング(オマレット・ヤコビアーン)とはなんぞや?

 まず、この建物が建っているのはカイロのど真ん中の広場です。スレイマン・パシャ広場と呼ばれていました。

 この広場の名に付けられたスレイマン・パシャは誰ぞや?
 もともとはナポレオン・ボナパルトの率いるフランス軍のエジプト遠征のメンバーだったフランス人軍人でした。本名はジョセフ・セルバといいます。

 その後、ナポレオン・ボナパルトのエジプト(・シリア)大遠征が失敗に終わると、フランスでは大勢の軍人が失業しました。
 すると、当時のエジプト総督のムハンマド・アリはそういった彼らをリクルートし、どんどんエジプトに招きました。その結果、エジプト軍は大いに強くなりました。

 中でもジョセフ・セルバが特にエジプト軍に貢献し、その後この国に骨を埋める覚悟をしてムスリムに改宗しました。そうして名前をイスラム名のスレイマンにしました。

 このジョセフ・セルバ大佐こと、スレイマン・パシャに敬意を払い、カイロに生まれた新しい広場にスレイマン・パシャ広場と名付けられ、そこにカイロ一の高級マンションを建てる話が持ち上がりました。
 1937年のことで、エジプトが王国時代の自由主義で国際色豊かだった頃です。

 オーナーはレバノン系とユダヤ系のアルメニア人億万長者、ヤコブ・ヤコビアン。ヤコビアンはエジプトのアルメニア人コミュニティの代表者でもありました。

 建物の設計を任されたのは、旧オスマン帝国生まれのアルメニア人ガロ・バルヤンでした。

 なぜこうもアルメニア人が多かったのかといえば、もともと彼らは8、9世紀からエジプト移住をしていました。
 その後20世紀に入ると、オスマン帝国(トルコ)でアルメニア人大虐殺が始まり、この時一気に彼らはエジプトに入ってきました。そのため、意外とカイロやアレキサンドリアには今でもアルメニア人が建てた建物や芸術、料理が残っています。

 1952年にエジプト革命が起きると、外国人追放が始まりました。
 その際、アルメニア人もほとんどこの国を離れ、アメリカやオーストラリアへ移住しました。

 しかし、土地財産を放棄した少数のアルメニア人たちはそのままエジプトに居残り、完全にエジプト人に同化していきました。中でも有名なのが、レバノンの歌姫ファイルーツ、そしてもうひとりの女性歌手アヌシュカです。この二人の大スターのルーツも元々はエジプトのアルメニア人です。

ファイルーツ。父親はトルコのアルメニア人の印刷業者でした。アラビア語で歌っていますが、元々はカトリックのフランス語圏の歌手です。2020年に、ファンだったマクロン仏大統領がファイルーズに会っています。

ヤコビアンビルディングのセレブ住人たち

 スレイマン・パシャ通りに建てられたヤコビアンビルディングですが、原作の小説では

「高度な古典的ヨーロッパ様式で設計されており、石に彫られたギリシャの顔で飾られたバルコニー、柱、階段、廊下はすべて天然大理石で作られている」
と描写されていますが、実際はそこまでは立派な代物ではありません。高さは9階建てであり、屋上には洗濯室と複数の倉庫がありました。

 住人はムハンマドアリ一族のエジプト王族、映画スター、ユダヤ人の富豪、フランス人、イギリス人の実業家たちなど様々な国籍、言語、人種の富裕層たちでした。まさに国際色の豊かな富と成功の象徴の建物でした。

エジプト革命(1952)以降のヤコビアンビルディング

 1952年に革命が起きると、フランス人の軍人のジョセル・セルバ大佐のイスラム名スレイマン・パシャの名前をつけられた広場は、エジプト人実業家のタラット・ハルブの名前に置き換えられました。

 革命以降、旧王族や外国人の名前からとった広場や通りの名前が全て消されたのです。

 王政廃止により王族は追放され、エジプトはソ連寄りの半社会主義政策の共和制国かつ軍事国家への道に進みました。

 新名称タラット・ハルブ広場になった旧スレイマン・パシャ広場に、どんと構えていた街一番の高級アパルトマン、ヤコビアンビルディングも国に没収されました。
 当然その時、それまでそこに住んでいた華麗な特権階級の住人たちは全員追い出されました。

 王族や国際的なセレブの住人らに変わって、ヤコビアンビルディングの新たな住人になったのは、品性も教養もない粗野な田舎者の軍人たちでした。
 それまでの華麗な住人たちに比べ、カーストが格下で品格や洗練さに欠けた顔ぶれです。

 いかんせん無骨な軍人たちには建物の美観を維持しようという意識がないものですから、美しかった外観も内装も途端に寂れていき、建物全体が醸し出していた「オーラ」そのものも消えました。

 1960年代に入ると、ナセル大統領の政策の失敗が浮き上がり、中産階級に比べ、完全に見捨てられ取り残された労働階級の貧困が悪化しました。とくに地方が完全に見捨てられ、都心部との貧富差が激しくなりました。
 すると職を求めて、田舎の人間が続々とカイロに上京してきました。

 カイロの人口増加が一気に跳ね上がり爆発すると、インフラ整備が全くそれにおいつかず、地方から出てきた貧しい人々は市内の墓地や空き地空き家にどんどん住み着きました。

 ヤコビアンビルディングの屋上には洗濯室と倉庫がいくつもあったと書きましたが、ここにも大勢の貧しい人々が住み始めました。

映画「ヤコビアンビルディング」の登場人物たち

 「ヤコビアンビルディング」の物語の舞台は1990年代です。第一次湾岸戦争の頃なので、それを匂わす言動が何かと出てきます。

 そして、既にエジプト革命から40年経ちますが、社会のひずみが何も改善されていなく、むしろ悪化しているというのを物語では間接的に伝えています。

 そもそも、自由で国際的な雰囲気の象徴であったヤコビアンビルディングの建物名を物語タイトルと舞台に持ってきたのも、皮肉なのに違いありません。
 だけど日本にこの小説と映画が入ってきた時、そこの説明がまるでなされておらず、非常に残念でした。

登場人物①西洋で高度教育を受けたパシャの息子

 ザキという名の中年男です。彼は一応ムハンディス(エンジニア)ですが、親が遺した遺産を浪費し酒ばかり飲み、娼婦を買い漁る堕落した日々を送っています。

 西洋で教育を受けているので、物の考え方や生活習慣など西洋のものなのですが、その一方、保守的なムスリムの面も持ち合わせており、帰国子女によくあるであろう混乱を内面に抱えています。

 ザキには妹がいます。これまた気の強い中年女で(エジプトの女性みんなそうですが)、兄妹仲は最悪です。このヤコビアンビルディングの部屋の名義問題で兄とはずっと揉めています。

 物語は、ザキがいつものように娼婦を部屋に入れるところから始まります。その娼婦はザキの妹の宝石を盗みました。これが発覚すると、妹は激怒します。当然です。そこから妹は兄のザキをヤコビアンビルディングから追い出そうと画策していきます。

登場人物②屋上に住む貧しい若い娘

 うら若き女性のブサイナはヤコビアンビルディングの屋上に家族と住んでいました。貧しいけれども、この建物の門番の息子タハと将来を誓い合っており、幸せに暮らしていました。

 ところが父親が亡くなってしまうと、がらりと状況が一変します。長女のブサイナが母親と年下のきょうだいたちを養うことになったのです。

 まずクリーニング屋に就職しますが、あたかも当然のようにそこの店主に性的奉仕を期待されます。
 母親までもが
「雇用主に性的奉仕をし、給料以上の手当ももらい、稼ぎなさい。だけども処女は守りなさいよ」

 はあ?です。
 雇用主にも母親にも憤慨し、社会そのものにも失望したブサイナは、がらりと性格が豹変。
 いっそう自分の若さと美貌を武器にしたたかに生きていこうと決意し、いろいろあって彼女を見初めたヤコビアンビルディングの住人のザキの愛人になることを選びます。

 ちなみに、映画ではザキとブサイナのキスシーンを入れました。これはエジプト映画としては画期的なことでした。しかもザキとブサイナは役の上でも、実際の役者たちもどうみても2回りは年齢差があり、色々な意味でよく検閲に通りました。

↑驚きました!がよく見ると、中華ドラマのように、ちゃんと上下唇を重ねてはいませんでしたね

登場人物③ヤコビアンビルディング門番の息子

 青年タハは通う成績優秀な大学生で、高尚で潔癖な精神を持つ素晴らしい若者です。結婚を約束したブサイナとはヤコビアンビルディングの屋上で初々しい会話を交わし、とても仲良しでした。

 タハの父親はバワーブ(門番)なので、ヤコビアンビルディングの屋上ではなく地下に住んでいました。普通、門番は建物の地下の部屋に住むものですから。

 成績優秀のタハの夢は卒業後、警官になることでした。ところが試験を受けにいくと、門番の息子ということで不合格になります。バワーブ(門番)はエジプトでは非常に馬鹿にされた最下位の職業なのです。

 父親の職業のせいでいい仕事に就けない現実を知り、タハは眼の前が真っ暗になります。
 その最中、心のよりどころであり、結婚を約束していたはずのブサイナにこっぴどくふられます。なんと、彼女は金持ちのザキの愛人になるというではありませんか。

 生きる目標を失ったタハに感じのよい人物が近寄って来ます。そしてタハに理解と同情を寄せ、社会を変えようということを訴えてきます。高尚な理想を声高に言われ、しかも初めて自分を認め受け入れてくれた人物です。
 素直なタハはそれに活路を見い出します。

 その後、タハはモスクに出入りをするようになります。そこからはよくあることですが、そのモスクがテロリストの巣になっており、徐々にタハは洗脳されていきテロリストへの道を進みます。
 
 この箇所がリアルなのは、本人は決してテロリストになるつもりはなかった。本当に真の理想を実現させたく、世の中を変えたいという熱い思いしかなかったのに、気付かないままそちらの道に進んでおり、もう後戻りできなくなっていたというくだりです。

 もっとも、タハ青年は下層階級の貧乏人の息子という設定のわりには、ぱりっとした糊の効いたいいシャツを着て、毎回服装が変わるなど、「ぬ?」と思うところはありましたが、純朴で優秀だった好青年が転落していく過程はとにかく見事でした。

登場人物④一代でのし上がった政治家議員

 ハグはもともと貧しい農村出身者で、靴磨きから一代でのし上がった成り上がり者です。
 ちなみに私が思うに、この登場人物はダイアナ元王妃の恋人だったドディの父親、ムハンマドをモデルにしたのではないかと思います。

 この男が大成功した理由には、闇ビジネスの麻薬売買がありました。ナセル時代、ソ連や東欧と手を組み、多くの武器を輸入しており、その流れで麻薬なども入ってきたという噂は私も耳にしています。

 ハグは表向きは敬虔で真面目なムスリムで、良き夫の顔を見せていました。ところが年が老人と中年の境の域で、最後の?性欲に悶々。どうにもその欲望が収まりません。そんなときに魅力的な未亡人に出逢います。

 エジプトは一夫多妻ですし、法律婚以外に宗教婚も認められています。ハグは妻に内緒で、こっそりと未亡人を自分のものにすることを思いつきます。よくある話です。私もうんざりするほど、類似した話を耳にしました。

 物語ではこの登場人物を通して、エジプトの結婚制度の問題提議そして政治家の汚職問題も取り上げているというわけです。

登場人物⑤フランス人とのハーフの仏語新聞編集長

 最後の登場人物ハティームです。
 ハティームはエジプト人とフランス人のハーフで、フランス語新聞の編集長です。

 映画では部屋の内装を徹底的にヨーロッパスタイルにし、部屋全体の色使いを赤色にした点は上手でした。
 ただしハティーム自身、垢抜けていないし、服装のファッションがダサい。もっと上流階級出身という「匂い」「雰囲気」やフランスのオシャレなモダンな感じを匂わせてほしかった。

 それはともかく、ハティームは独身そして同性愛者です。
 夜な夜なバーや街中で男を物色しています。

 ある夜、そんな彼が交通警官だった貧しい男をひっかけます。
 映画では、その警官の肌は色黒く、喋る言葉もちょっと垢抜けず、おそらく上エジプトの田舎出身の貧しい層であろうというのが、一発で分かります。

 その貧しい警官には妻子がいます。しかも彼はゲイでもバイでもありません。ところがハティームによって華やかなカイロの都会の世界を見せてもらい、内心いけないいけないと思いつつも、ブレーキが効かず、誘惑に負けていきます。

 その結果、ハティームに与えられる大金の小遣いや、グルメ、高級なワインや贈物に目が眩み、ついに一線を越える関係になってしまいました。

 ちなみに、深夜にザキの部屋に娼婦が上がっていくだとか、ハティームの部屋には若い男が訪れるなど、タハの父親の門番が手を貸しているのも分かります。

 本来ならば、門番はエジプト人の部屋にエジプト人のそういう人々を通してはいけないのです。建物の入口で追い返すべきです。
 しかし、堂々といかがわしい人々が出入りしているということで、
「ああ門番は住人のタハやハティームから賄賂を受け取っているな」
という事実も透けて見えます。

数多くの問題提起

 これらの登場人物の紹介で見えてくるように、物語ではヤコビアンビルディングに住む人々を通して女性差別、娼婦問題、セクハラ、カースト制度の問題および職業差別、結婚問題、政治家の汚職問題、地方からでてきた貧乏人が這い上がるのが難しい構造になっていることなど、多くのカイロの闇を見せています。

 しかしです。映画が公開された時、エジプトで一番物議を醸したのは、どの登場人物だったか分かるでしょうか?

 冒頭に書きましたが、そうです。フランス語新聞の編集長です。

 エジプト人の父親とフランス人の母親を持つ特権階級の息子として生まれたものの、幼い頃に性的虐待を使用人に受けていたためにゲイになってしまい、最終的に「バチが」当たり?、殺されてしまう人物です。

 過去の不幸な出来事のせいでゲイになったという説明がああアウトなのですが、しかし映画公開当時、エジプトではそこは誰も批判せす、それよりも

「なぜゲイを出すのか。恥ずかしい。ゲイを出すな」
 など、同性愛者を映画の登場人物の一人として出したことそのものに、一斉に非難の声が上がりました。かなりのバッシングだったので、私も覚えています。

 これはある意味、非常に興味深いことでした。登場人物の中で大きな罪を犯していないはずの唯一の登場人物にも関わらず、ゲイという設定であるがゆえに非難が集中したのです。 

 ゲイ役を演じた俳優はインタビュー
「同性愛を促進するものではなくて、悲劇的な結末に終わったから、私はこの役を引き受けた」
と話しました。

 幼少時代のトラウマ(性的犠牲になった)と親の愛情が不十分だったので同性愛者になり、最後は不幸に終わったという設定だったから、啓蒙や教訓、ゲイ批判に繋がるので役を受けたと。

 この答え自体もどうかと思うのですが、しかし「素晴らしいインタビューだった、役者魂だ」と当時、エジプトでは絶賛されました。

「ヤコビアンビルディング」の結末

  登場人物たちの結末です。

 未亡人とこっそり結婚したハグは野望だった国会議員になり、人生順調でしたが、女を囲ったことが妻にばれてしまいます。

 カイロに限らず、日本でもそうですが、こういうことはいくら隠しても必ず妻にはバレるものですね…。

 映画では、ハグの本妻が女(第二夫人)の住む家に押しかけ、罵り暴れ、その部屋から女を追い出します。
 ハグ本人は議員になってしまったことにより、巨大組織の汚職問題に巻き込まれ、破滅へ向かいます。

 仏語新聞編集長でフランス人の母親を持つ同性愛者のハティーム。
 ある夜も、例の貧しい警官を自宅に招き親密な時間を過ごしていました。

 すると、警官の妻が突然現れます。よく門番も通したなとかいろいろ疑問はあるのですが、それはさておき、いかにも貧しそうな身なりの妻は大声で夫を罵ります。

 なんと、幼い息子が病気になり生死を彷徨っていると。しかし夫が全然帰って来ない。ここを突き止めるのが容易ではなく時間がかかり、その結果、息子を病院へ連れていくのが遅れたと。

 原作を読んだのはだいぶん前なので細部を忘れましたが、恐らく貧しい夫婦なので妻は治療費を持っていないだとか、文字の読み書きもできず、夫に頼らないとおいそれと病院へ駆け込めなかったのかもしれません。

 結局、息子は死んでしまいます。もし警官の彼がハティームと毎晩遊んでばかりいなければ、ちゃんと家に帰っていれば、もっと息子の健康にも気を配っていれば、こんな悲劇は起きなかったであろうというわけです。

 警官は罪悪感に苦しみ、すぐにハティームとの親密な関係を終わらせました。

 一方、ハティームは男なら誰でもいいというような人物として描かれていますから、また男漁りを始めます。しかし次にひっかけた男を部屋に入れると、ベッドの上で殺され、金目のものを盗まれました。

 こういう悲惨な終わり方なので、ハティーム役を演じた俳優は「ゲイ役を引き受けた」というわけなのです。


 門番の息子で、警官になれず恋人のブサイナにもふられたタハ青年は、テロ活動にのめり込み、遂に警察につかまり、激しい拷問を受けます。

 しかし釈放された後、再び仲間にがんじがらめにされ、テロに身を投じます。もう後戻りできないのです。

 最後の山場であるデモ勃発の場面では、なかなか派手なアクションでしたが、タハは警察とイスラム過激派との銃撃戦の中で警察官を射殺します。

 その時、両方が転落して血が混ざり、どちらが加害者でどちらが被害者かは分かりません。この演出は見事でした。

 最終的にタハも警察に撃たれて殺されますが、この場面ははっきりと見せていたので、恐らく映画は「青年も広い意味での犠牲者のひとり」というメッセージを伝えたかったのかもしれません。

 飲んだくれで娼婦を買い漁っていたザキと、お金に目をくらんで彼の愛人になった若い女性のブサイナは最後、仲睦まじく幸せそうに夜のカイロの街の中へ消えていきます。BGMは仏語シャンソンです。

 この二人は現実を直視せず、幻想の世界に囚われているというのをいいたいのだとか、物語として多くの意味での皮肉を訴えているのかもしれません。

映画公開の影響

 前述のように、同性愛者を取り扱ったことがあまりにも問題になったおかげで、逆にこの作品の知名度・注目度が上がり、映画興行成績は素晴らしいものになりました。ちなみに、出資者の中には正体不明もいます。

 原作と映画が大ヒットしたので、ドラマシリーズも製作されたようですが、こちらはあまり評判が良くなく、私も視聴していません。

 この映画公開の数年後にアラブの春がおこり、エジプトでも革命がぼっ発しました。
 後で思えば、「ヤコビアンビルディング」の商業的成功の裏には、すでに人々の政府と社会への欝憤と不満が爆発寸前であったことだったのでしょう。

 そして、なんやかんやで映画公開から約20年が経ちました。
 渋谷区ではとっくにパートナーシップ制度が設けられていますが、エジプトでもし再び同性愛を扱った映画を公開したら、今なら向こうの世論はどのような反応を示すでしょう。ちょっと興味はありますが、相変わらず手厳しいのかな。

 YOUTUBEを見ると、映画「ヤコビアンビルディング」全編上がっていました。この私の記事で、大体の内容を分かっていただけたかと思うので、言葉が分からなくても楽しめるかと思います。

 それにカイロの有名な地区や通り、店がたくさん出てくるので、そういう意味でも特に訪れたことがある方は楽しめるかと思います。

(細かいディティールに誤りがあったら、ごめんなさい(;´Д`))

https://www.youtube.com/watch?v=L_NBJ4851tw

(視聴に年齢制限が設けられているとかで、シェアができませんが、↑をユーチューブでコピペすれば問題ないと思います。なお一体、どのあたりに年齢制限にひっかかるのか全くわかりません。一切視覚的に残酷だったり、直接的な性的場面もゼロだったのに…)



 





 

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