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変な人 (47)小さな駅前スーパーの、妖怪手伸ばし女。

 その女はわざわざ間仕切りの裏から手を伸ばし、買い物を袋に詰めていた。

 いったいなぜそんな苦しい体制で、袋詰めをしているのだろう。
 私のすぐ隣で行われているその作業に、胸騒ぎは収まらなかった。

 それは駅前の小さなスーパーで支払いを済ませた後のこと。
 私は清算済のカゴをサッカー台に置いてレジ袋に品物を詰めていた。
 隣には、他の人も余裕で袋詰め作業ができるくらいのスペースが残されている。
 そこに、一人の女が来た。
 女は、私から少し間をとるように横長のテーブルの端にカゴを置く。
 しかし、そのあとの動きが異様だった。
 女はテーブルの前の低い格子状の間仕切りの向こう側にクルリと回り込み、仕切りの横から右手を伸ばす。

このテーブルに清算済みのカゴを置く。
そして、わざわざ自転車の置かれている外側に立ち、
そこから右手だけを伸ばして
品物をバッグに入れていくのだ。

 いかにも無理のある、苦しそうな角度でカゴの中の商品を手に取り、それを左腕に下げたエコバッグに入れてゆく。何回も何回も。
 角度が不自然だから、一つずつしか商品をつかめない。
 だから、何回も何回も。
 ちなみに私のカゴと女の置いたカゴの間には70㎝ほどの空間があり、ごく普通にエコバッグを置いて商品を詰めていくことができる。
 改めて女の姿をチラッと見るが、特に狂ったような風体ではない。
 薄手のニットジャージの上着を着た、どこにでもいるような30がらみの女である。
「え? 俺のせい?」
 ほんの一瞬思ったが、普通に買い物しているただの親父がそれほど怖がられる理由もなく、何よりほかのテーブルも空いているので、もし怖いのなら、そちらで作業をすれば済むだけのことだ。
 疑問は広がるばかり。
 どんな想像をしてみても、その行動の理由が思いつかない。
 まさにミステリー。
 今思い出そうとしても、不思議に女の顔は思い出せない。
 その間仕切りの向こうから伸びる白い手ばかりが浮かんでくるのであった。


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